死ぬよりマシなゾンビズム 4
「――問題ねぇよ。あん中に居たってこたァ人間じゃねぇから」
「まず、なぜ人間じゃないと言えるんだ?」
「覗いても真っ暗で誰もいなかっただろ? じゃあ見間違えか幽霊って事にしておこうぜ」
「話しにならないな」
「大丈夫だって信用しろよ」
笑って静夜は答える。まだ後ろ髪惹かれるかの様に六反園ビルを気にしている鬼――古御堂だが、大人しく静夜の後ろをついて歩いていた。
すでに臨戦態勢は解かれたのだろう。ワイシャツがはちきれんばかりのパンプアップは収まり、細く筋肉を凝縮したような肉体になっている。目付きもあの鋭さは何処へやら。
「子供だったと言っていたな」
「言ったっけか?」
「言っていた。それは……白髪だったか?」
「なんでぇ。お前さんも見ているんじゃねぇかい」
呆れて思わず言ってしまう。
「いや……いや、少しだけな。ビルの中って訳じゃなかっただが」
「聞いてもいいかい? お、通りに出たな。どっちに行くかね」
薄暗い裏路地を抜けると爛々と車のライトが輝きだす夕方になっていた。スマホをいじれば駅方面に何件も飲み屋がある事が解るので、とりあえずは駅を目指して右に向く。
「あそこに着く前に、どうも道に迷ってしまって、そこで不思議な女の子がいたんた」
スマホの地図アプリをうまく扱えないらしい古御堂は、七回ほど同じ道を辿った。
さっきも同じ達磨を見た気がするし、同じ空き缶を見かけた様な錯覚と現実。狭い道、室外機から垂れ流される水の溜まりが周回事に少し大きくなっていた。
そんなときに白髪の少女が現れた。
『オジサン、迷子?』
と、問いかけてきたのだと言う。それを聞いた静夜は思わず吹き出して笑った。別におかしな話でもないのだが、この長身の男に向かってあどけない少女が迷子なのと問いただす光景を想像すると面白いと感じてしまうのだった。
「それで道を教えてもらって俺を見つけたってのかい?」
「その子が言うには生きている人がここにいては駄目だとかなんとか。道どころか何かの物語に迷い込んだのかと思ったぞ。ああ、それでそんな怪しい事を言うからな、道案内をしてもらうのは諦めて飴玉をやって別れたんだ。結局あそこには殆ど自力で辿り着いた」
「出身ぁ大阪かい?」
「何故? そう思うんだ?」
「飴玉持ち歩いている奴なんて大阪人しかいないだろ?」
「だとすると、大阪人とは気が合いそうだ。大阪に生まれたかったな」
「で、生きている奴がいちゃいけねぇなんて意味深な事を言われてお前さん何思ったよ」
「帰えれと指を向けられた逆に向かえば辿り着くだろうと思ったな」
「その考え方ぁ嫌いじゃねぇぜ」
言ってやると、古御堂は苦笑いの様に息を吐いた。
「その子供と俺が見た子供が同一人物かぁ解んねぇが、無関係って考えるよりは繋がりがあると思った方が収まり良いだろうねぇ。っと、どの店にするかね」
見えてきたのは駅とロータリーと飲食店の看板。それらの明かりである。
「この辺ぁ車文化だからかねぇ。駅の周りなのにそんなに多くねぇもんだな」
「チェーン店ばかりしかないな」
きょろきょろと初めての上京の時のように静夜が首を振り、古御堂が気のない様子で肩をすくめる。
「旅行に行くとチェーン店に入るの何となく勿体なく感じねぇかい?」
「その通り。お前の奢りだろ? 出来るだけ高い酒がいい」
「いい根性してらぁ」
そう言いながら、結局静夜の住処の近所では聞いた事のない一軒の居酒屋に入る事にした。
カウンター式の小料理屋でも良かったのだが、目についたのが大衆居酒屋だったので、ドアが開かれると同時に賑やかな喧騒が静夜達を出迎えた。
席に通されるととりあえずはと静夜は焼酎を頼み、古御堂は沈痛そうな顔をしてから烏龍茶を注文した。
「さっきの話しの通り、ここぁ俺のおごりだぜ? 好きなもん頼んでおくれよ」
「ふむ……いや、仕事中なんだが?」
「メニューを凝視しながら何言ってんでぇ」
「人の金を使うんだから真面目に吟味しないといけないだろ」
きりっと真面目な顔をして、古御堂はそんな事を云う。話してみるとこの男、随分軽い印象である。
軽薄とは違う、力を意図的に抜いている様な、考えの固定を嫌うような雰囲気を感じる。
「ま、いいんだけどよ。それより話を聞いてくれるんだろ?」
「聴くだけだぞ。明日憶えている保証はない」
「鬼のくせに酒に弱いとかいうのかい?」
「今時鬼だから酒に強いというのは思い込みだ」
「おっとそりゃ悪かった、無理に飲めたぁ言わねぇよ」
「まぁ俺は飲むけどな」
「適当にも程があるだろ……」
「種族性と個性の事を決めつけなんていうから不具合が生じているんだ。それはともかく、そもそも敵対していたのに戦いが終わればもう仲良しなんていう方がよほど適当じゃないか?」
「そう言われたら返す言葉がねぇが、だとしてもあんまり敵対する気がねぇように見えるんだが」
「これから不審な当事者と相談して仕事の失敗の言い訳を考えなければいけないんだ。敵だ味方だと言っていられない」
「辞めちまえって、白紙社の仕事なんてやってたら畳の上じゃぁ死ねねぇぜ?」
そう言いながら、静夜は目の前に運ばれてきたグラスを掲げる。
どうやら最低でも本日はこれ以上の戦いになる事はないと解かればありがたい。ならば酒が嫌いな鬼などいないと決め込んで、一番高い焼酎をロックで突き付けていた。
美味そうな酒を前に複雑そうな顔をした古御堂は、大きくため息を見せつける。そしてグラスを受け取り、困ったような顔を浮かべてグイッと一息にのみほした。
「金が要るんだ」
「奇遇だな。儲け話を今からしようと思っているんだ」
「……今の仕事が先約で、そして金の払いは間違いない」
「いいねぇ。きちんと仕事をする奴ぁ信用できる。で、具体的に白紙社でなんの仕事をしているんだい?」
グラスを半分開けて静夜は射すくめる様な目で問う。古御堂は答えるのを躊躇する様に沈黙したが、「殴り合いで勝ったなぁ俺だ。もっかいやるかい?」と静夜が問い詰めた事でため息を吐いた。
「回収班といってな、俺はそこに所属している」
「実ぁそこは知ってるんだ。白紙社の回収班に腕っぷしの良い新入りが入ったってな。お前さんの事だろ?」
「噂になっているのは知らなかったな……まだ仕事を始めて日は浅いぞ」
「なってるんだよ。んでだ。その回収班があのビルに何の用だったんでぇ?」
「あのビルにある呪物の回収か破壊だ。あのビルはもう完全呪われていてその呪いの根幹にある呪物を持って帰って研究をしたいそうだ。呪物が強力で社員も中に入れないという話でな。鬼で荒事に向いている俺が派遣された。死なずに持ち帰るか、破壊する事が出来ればそれで俺の仕事は完了だ」
「持ち帰りは白紙社の本分だな。けど破壊ってのは?」
「所有者の責任だそうだ。手に負えない物だったら処分すると聞いている。実際、今までも他の呪物を俺は破壊し、特別報酬をもらってきたぞ」
「呪いのアイテムを壊すって、よく出来たな」
「叩けば壊れるだろ」
「……嘘だろ? いや、まぁ、ぶっ壊れるか」
一瞬唖然とするが、白紙社に雇われる程なのだから、古御堂が壊れない物を壊せてもおかしくはない。そもそも、その、壊せない物を壊せるというその可能性を求めて古御堂と知り合おうとしていたのだ。
それは兎も角として、なるほど、自分たちが作り出したとは言わず、購入した物件の掃除という名目になる訳だ。
「んで、今回のあのビルは……中に入ったら人が死ぬってかい?」
「人が不用意に入ると死ぬとは聞かされているな」
「変なガキも生きている人が行く場所じゃないと忠告してくるしな?」
「そうだ。だからこそ使い捨てが出来る俺みたいな奴に大金が舞い込むんだよ」
もしかしたら、だから古御堂は静夜を追い返したくて仕方がなかったのかもしれない。
人が死ぬというのは、他人であってもわざわざ看過する様な事ではないと、静夜だってそう思うのだから。
「使い捨てって事は、正社員じゃねぇのか?」
「……鬼が正社員になれると思っているのか? 嫌味だぞそれ」
「なんで鬼が正社員になっちゃいけねぇんだよ?」
「鬼はまともな仕事に就けないんだぜ?」
「そんなもんかい?」
本当に心底不思議でならないが、どうやらこの鬼は本気でそう言っている。
聞き返した静夜の顔をまじまじと、それこそ不思議な物を見るような目で見ていた。
「って事ぁアレだろ。非正規雇用で派遣だ」
「棘のある言い草するな。だがそうだな。非正規雇用で無責任だ」
「そりゃよかった。正社員じゃ足抜けが七面倒臭ぇ」
「……俺の話を聞いていたのか? 金が要るんだぞ」
「都合以外はきいているぜ? で、派遣元はどこだい? あのインチキ拝み屋共に社員送れるような悪徳業者はそうそうねぇはずだが」
「都合を一番聞いて欲しいんだがな。ナナホシ総合人財派遣だ」
「ナナホシかぁ……」
静夜が渋顔を作る。
人材を人財と言っている会社なだけでもうんざりなのに、その財産を返済する気のない会社に人財を派遣してしまうのがナナホシ総合人財派遣だ。
《前世でも天国でも、どこでも人手は必要です》
そんなキャッチコピーでメディアで大々的に広告を出すこの会社は、なんと労働者派遣事業許可を持っていない。違法なのだ。テレビCMもどういう方法でやっているのか、電波ジャックで無断割込みをして放映している。その上で無断で流した分の放映料金を適正額分を無理矢理振り込むのである。警察はナナホシ総合人財派遣を幾度となく摘発しようとし、その度に大本の組織がどこにあるのかわからないまま失敗に終わっている。
一部では、警察も危なすぎる仕事をナナホシに頼るから摘発できないのだと噂されている。
そんな違法派遣業者であるナナホシは、同じく違法性が高い仕事をしている個人、法人に向けて人材を派遣している。
安全な仕事もあるのだが、命の保証のない仕事に関してはナナホシが筆頭だ。ナナホシが関わっているなら命に係わる危険な仕事であっても何ら不思議ではない。
「ん? ……って事は、待てよ? 古御堂、お前さん……ナナホシ経由って事は、白紙社がどういう会社か、正確にゃ知らねぇんじゃねぇのかい?」
「マジックアイテムの販売と、監理と研究だろ? お呪いの総合商社って有名じゃないか」
「ネットの情報通りだ。外れちゃいねぇが一部を全部みてぇに捉えているぜ、それぁ」
「それなりには調べた筈だぞ?」
「場合によっちゃ一日百万以上が本当に貰える仕事だもんな。怪しいってもんじゃねぇ。だから危険な仕事と言って納得させる落としどころをちらちら見せつけてるのよ」
この日本における、呪物、呪具、厄災の専門商社の最大手【白紙社】。あらゆる呪い、呪物に関してのエキスパートであり、そして販売、買取、管理までを請け負う上場企業だ。
呪いによる犯罪は立証が非常に難しい為、取り締まる法が甘く、販売をしても問題ない。むろん買取も問題がない。
魔法も呪術も根本は同じという説がある為、大枠としては魔道具の取り扱いに即した法が適応されているが、呪物は魔道具と違い再現性がない。魔力を籠めれば炎が出る、物が凍る、風が起こるといった具合の法則性がある魔道具とは違い、特殊条件下に特定個人にのみ特殊な効果が発揮される呪物は、現行の法との相性がすこぶる良くない。そのため用途以外の使い方が隠されている呪物は観賞用のインテリアや身に着けるアクセサリーとして小物、置物として販売されているのだ。
白紙社はそう言った法の穴を無理矢理潜り抜け続ける老舗である。
「古御堂さんよ、白紙社のやべぇ所はな、危険物を扱っているって所が本質じゃねぇんだよ」
すぴっと、グラスを掴む指を一本、古御堂に向ける。
自社研究室では日々呪物と呪物を掛け合わせ、新たな呪いを生み出そうとしており、過去には呪いの人形が流出した事もある。
【次々に人間を襲い、襲った対象を呪いの人形に作り変えていく呪いの人形】は未だに本体が駆除されておらず、年に数人の被害者を出し続けているというのは知る人ぞ知る逸話だ。もちろん噂話などではない。人形になった人間を二体ほど破壊した静夜は生き証人である。
この白紙社の最悪な所は、社員も含めてすべての人間が呪いのせいで死ぬ事に忌避感を抱かない社風であるという所だ。
下手をすれば人類の大敵になりうる厄災を取り扱いながら、『出来るだけしっかり管理しよう。そのためには人間の生き死になんて必要経費だ』その程度に考えている訳である。
そんな話をアルコールをかぱかぱと飲み干して静夜は古御堂に語る。
「コンプライアンスがばがばだろ? やべぇ所なんだよ。管理するつもりはあるかもしれねぇが、自分たちじゃ管理出来ねぇものまで管理しようとして大体失敗している。手が付けられなくなってから処分しようとして、使い捨て社員が酷い目に合う。おっちぬ社員にゃ金はらっときゃそれでいいと思ってやがる。ついでに珍しい呪物なら所有者呪い殺して奪い取るまでやるぞ」
「だがそれはお前の一方的な言い分だ」
「へっへっへっ」
静夜は笑う。自分が何度も殺されかけた話なんてわざわざ言うのは馬鹿馬鹿しい。
ほら、勘が良さそうな古御堂はどうやら色々勘ぐり、察しているようだ。
「でもこうしてあやをつけた訳だ。この話を聞いて、嘘かどうかは別としても、辞めちまう事に関しては、自分自身への言い訳にゃなる」
「本当に話を聞いてない奴だな。白紙社はどうあれ金払いがいい」
「そんな古御堂に儲け話だ。俺を手伝えよ。こちとらパトロンつけてここにきてるんだ。金払いの良い白紙社より金払い良いぜ?」
明確に敵対している白紙社の末端に支払われる給料の相場位は把握している静夜である。大きなことを言っても問題ないと踏んでいた。
「どうして俺にそんな話をするんだ? どうして俺なんだ。お前は呪いにも詳しいんだろう? 俺にそんな知識なんぞ全くないぞ」
吐き捨てる古御堂。酒は減るがちっとも酔った雰囲気はない。静夜を警戒し続けているのか、全くアルコールが回った様子がなく、目には理性が灯り、静夜の言を睨んでいる。
そうと悟っても嘘偽りなく語っているのが今の静夜だ。緊張もなくほろ酔いのまま、キュウリの千切りを口に運んで頬張ると、話を続ける。
「まぁ……所で聞くけどよ、白紙社の仕事は何度目だい? 今回みたいに、誰かとカチ合ってそいつを追っ払ったのは初めてじゃねぇだろ?」
静夜がこの街に来ると決めたのは、この特別な男が白紙社の仕事をしていると聞いたことも一因である。
「何の関係があるかって顔だぜ? もちろん関係がある。だからお前さんなんだ」
目の前の鬼に会いたいと思っていた。運が良ければ、こうして話したいと思っていたのである。
それでは、弓代静夜がここにやってきた理由の話をしようか。




