未来シコウのチートデータガール 23
「っつぅ訳でだ。魂が離れると生き返れねぇ。何でもありのこの世界でも人間が死んじまったら生き返らねぇんだよ」
「なんか勢いだけで説得しようとしてないかい!?」
「してねぇよ。してねぇったらしてねぇ」
釈然としない様子ながら、ハジメの心は信じているのだろう。信じていなければ蒼褪めているはずだ。世界の強制力とは本来そういうものなのだから。
「静夜君も大変なんだってことはよくわかったよ」
「俺たちがしてたのってそういう話だったか?」
「途中から愚痴だったな」
「……ま、いいか」
古御堂を睨んだが無視されたのであきらめる。
「でも、転生者の素体って話は、なるほどなって思うよ」
「おっと。なんでなるほどなんだい?」
「この世界がゲームだって思った理由の一つさ」
ハジメはそう言って静夜を指す。
「ゲームには静夜君がいた」
ぎょっとしてしまう。何も悪事をした覚えがないのに、あらゆる罪を告発されてしまったようである。
「でも、中身が違うんだ。全然違うね」
「ぜひ聞かせてほしい話だな」
「すごく嫌そうに聞かないでよ」
ハジメは苦笑いした。その目つきは本当に聞きたいの? というような質問の気配が宿っていた。
「……ゲーム内最強。プレーヤーたちに勝たせる気のない運営のお気に入り。いろんな種族の女の子から好かれて付き合って、いろんな種族との懸け橋をして、困っている人を見捨てられない際限のないお人よし。私が思いつくのはこんな感じかな」
「情報が多すぎるな……。けどまぁ全部まとめて俺じゃねぇって事ぁよくわかった」
ハジメの口から語られた静夜は、今の自分とはやはり別人だった。
おそらく、それがワンダフルワールドが思い描く最強無敵の主人公なのだろう。
さすがにそんな予想が浮かんでくる。
「そう? 目の前にいる静夜君もお人よしっぽいよ」
「結構見捨てるぜ? なんつっても俺ァ別に強かねぇからな。助けたくても手も足も出ねぇ時もある。金の力でどうにかできるのも限度があらぁ」
そう言ってみたが、ハジメの目から見れば今まさにお人よしみたいに彼女にかかわっているのだ。冷静になってみれば恥ずかしいものである。
ばれないように目をそらす静夜に気が付きハジメは可笑しそうに喉の奥で忍び笑いをする。
心に余裕が出てきたようで何よりであると、心の中でそんな強がりを言う。
「もっと」
「えっ、っと?」
その声はシキのものだった。気付けばシキはハジメの隣に立っていて、彼女の袖をくいくいと引っ張り、なにかを要求していた。
「静夜、どんなだった? やっぱり怖い? 静夜の弱みある?」
「おいこら」
「幼女に弱みを探られるとは、弓代お前……」
「いや止めろよ」
「仲悪いのかい?」
困ったようにハジメは苦笑する。
「んー。弱みなんて知らないけど……ああ、今の静夜君と違うといえば、魔法が使えたよ。私も相当魔法が使える気がしているけど、静夜君の方が強かったかな。だから、静夜君のことを師匠って呼ぶ女の子がいたよ。その女の子もまためっちゃくちゃ強くてって、これは静夜君と関係ないか。魔法も使えるし、武術も強い、ゲーム内では本当に最強でね。私達プレイヤーが全力で戦っても勝てない設定だった」
「怖い?」
「怖くなんかなかったよ。挑んで負けても命までは取られる事なかった。でも本当にすごく強いし決める時は決めるんだ。それに可哀想で助けを求める人の為に巨悪とも戦うんだから人気があった」
それはあまり知りたくない情報だ。自分が妨害している転生に関しての情報を聞かされているようで、気分がよくない。が、それで静夜の妨害の姿勢が変わる事もないのでまぁ考えても仕方がない。
「困っている人の為に頑張れる人だったからね、女の子にだらしないけど優しい人って評価が殆どだったかな」
「やっぱりハーレムやろうかよ。あーやだやだ」
「……スケコマシズヤ?」
「ごめんて」
シキがこてんと首をかしげる。
静夜が顔が苦々しくなる。
食い気味にハジメが謝った。
「いや、モテたんだよ。静夜君顔いいじゃないか。だから男の子たちは皆僻んで言うし、ゲームのキャラだと思って本人にも気軽に言うし……」
「いいけどよ? いいんだけどよ? ネーミングセンスどうにかならねぇの?」
「それは本人も言ってた」
「そりゃ言うだろうよ」
人格が変わってもスケコマシなんて殆ど罵倒のあだ名で呼ばれたらさもありなん。
「鯨介は?」
「古御堂さんはね――あ、古御堂さんは古御堂さんって言える。なんだろうね。静夜さ……ん? ――あはは、ほんとごめん、これ無理だ」
「世界の強制力が変な形で働いてんだな」
「世界の強制力凄いな。あ、俺のことは古御堂さんでいいからな。古御堂さんは古御堂さんだ」
「うん。古御堂さんは……あー、どうしよう……」
ハジメの声は尻つぼみに小さくなっていく。これは、言っていいものかと悩んでいるものだと静夜の目から見てもあからさまである。
「俺も出てたのか? それとも墓でもあったか?」
古御堂は勝手にコーヒーのお代わりを用意して、マグカップを傾けていた。相変わらずわざと気の抜けた様子を作るのが好きな男である。
「というか死んでるだろうな。あんな仕事していたら長生きできん」
「あっ……。ねぇ、静夜君」
「問題ねぇだろ。俺が転生してねぇ時点でな」
不安そうなハジメに静夜は気楽に答える。古御堂が別に良さそうなのだから、ハジメが話すことを嫌がらないのなら問題ない話である。
「無理に話さんでもいいんだが?」
「……いや、話すよ。古御堂さんもゲームのキャラクターだったのは想像通りさ。古御堂さんはね、ここにはいなくてほかのエリアで戦うことができる強敵って扱いだった。話すことはできなくてただ強い、初心者たちの難関みたいな、そんな扱いだ」
「チュートリアルお兄さん?」
「初心者殺しお兄さんかな。小さなビルはいると戦うことになる敵役だった。ほかのプレーヤーたちが倒しても時間がたつと復活していたから、分類としては、うん。たぶん幽霊とかになるかな。……友達は結構苦戦していた。いろんな作戦を立てて何とか討伐しようって躍起になっていたなぁ」
「幽霊になってまで討伐作戦組まれるってほとんど怨霊じゃないか?」
古御堂が自分にドン引きした。精神安定の為かシキの頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めるシキは確かに癒しかも知れない。
「私は挑戦しなかったよ。幽霊の方にもね」
ハジメは苦笑いで言い訳じみたことを言う。気を使われて古御堂も苦笑いを返す。
「まぁ戦うまでもないだろうな」
「古御堂がいたビルってぇとアレか」
「六反園ビルに違いないだろう。うん。心当たりがあるな」
「あるんだ? 撲殺の悪鬼とか、憤怒の暴力とか、そんな風に言われる心当たりはあったり?」
「あったりするな」
「あっ、あるんだ……」
びっくりして目を見開くハジメは結構な可愛げがある。
「でも今は違うんだね」
「違うとも。危険な仕事からは足を洗ったからな」
「それって……ねっ、聞いてもいいかい? 古御堂さんの義理の妹さんってシキちゃんの事じゃないよね。私の知っている名前とは、違うんだけど」
覚悟を決めたような真剣な顔で古御堂に聞く。この時点で静夜は察し、古御堂は、何でもなさそうな顔で穏やかにハジメの質問を受け止めた。
「この子は、預かっているんだが……娘みたいなものなのか?」
「それこそ俺に聞かないでおくれ?」
「娘?」
「とにかくシキは俺の妹じゃない。妹はいるが……そのゲームにも出てくるのか?」
「出てくるね……。そっか違うんだね」
ハジメが躊躇したのはこの続きがかなり繊細な話になると思ったからだろう。そうとわかるから静夜は少し。
「こいつの妹ぁ病気で入院しててな。治せる医者が見つかったから転院して、そんでこいつも一緒になってこっちに来たんだ」
「治せるの? 聖女ちゃんとやっぱり知り合い?」
「聖女は知らねぇな。頼りにするなぁ医者だよ。原因が解かっているならどんな病気でも治しちまえる医者が俺の知り合いにいてな」
「もしかして、棘ヶ丘先生? え、そっちと知り合うのか。私が知らない静夜君って何者?」
そんな呆れに近い声を出すが、棘ヶ丘の事まで知っているなんて本当に驚きだ。棘ヶ丘は実のところこの世界でも知っている人間が限られているのだ。彼女の知識はそこらの一般人を上回っている――いや、この界隈の、光が当たらない部分を知っている。
この分だとハジメの方が静夜が何者かを知っているかもしれないとすら思えてしまうほどである。
「後で話してやるよ」
「弓代のお陰で俺の妹は手術を待つ状態だ。少なくとも俺は希望をもって待っていられる。今はもう手術の成功を祈るしか俺には出来ないんだが……どうやら甘咲さんが知っている話だと、妹は死んでいるようだな」
見極める様に、古御堂がハジメに問いかける。
「そっか……古御堂さんがただの敵なのに私が知っていたのはさ。その、妹さんの手術費を稼ぐために危険な仕事をしていて、そのまま事故で心を失っちゃったっていう裏設定が公開されていたからなんだ」
流石に重い空気になるハジメの言葉だった。それは、静夜も古御堂も想像が容易い可能性の話だ。
「古御堂さんが幽霊になって間もなくって話さ。妹さんの病気は悪化したんだ……古御堂さんのイベントは後味悪くてさ。噂話しか聞いてない私達にも印象的だった。だからなおさらかかわらなかったんだけどね」
想像通りに古御堂の義妹である凛音も死んだ未来の話がなされた。医者が見つかっていなかったら、とてもではない話を続けさせられない。
「けれど、古御堂さんが生きていて……棘ヶ丘先生が手術をしてくれる目途が立っているっていう事は、これも私の知っている設定とは異なっているね。そういう訳で、私の知っている二人と、私が見ている二人は違うんだけど……あれ、そもそも妹さんの名前は凛音さんでいいのかな?」
「……あっているよ。いや、ひやりとする話だな。が、良い運命が来ていると言い換えるならいいかな」
「そっか。じゃ私の知っている二人の大まかな話は、ここまでかな。ゲームの内容との乖離はあるけれど、でも……あっている部分もあるのか。どう判断したらいいんだろうね?」
「そこぁ今は良い。今ので大体解かったからな。まぁいい」
「そ? じゃあ話を戻そうかな。何の話だったかな……」
「ハジメはこの世界をゲームだと思いたい。静夜と鯨介はゲームに登場していたから知っていた。静夜がハジメは他の世界からやってきたって言っている。あたしの話は出てこない」
シキが言葉の隙間を狙うかの様に抑揚なく言う。一番真剣に傾聴しているのは、この幼い呪物に憑りつくの少女かもしれない。
「ごめんね。シキちゃんとは私も本当の本当に初めましてだ」
「あたしもハジメははじめて」
「よろしくね」
「よろしくハジメ」
あまり表情の変わらないシキと、シキに慣れ始めたハジメの少し浮いた会話は短く終わる。
「話を戻しちゃうよ? そんな感じでさ。私の知っている架空の人達が目の前にいるんだ。だから、ゲームで体験してきた世界を今、現実だと言われて正直混乱しているよ。漫画や小説なんかでゲームのキャラクターになっちゃったって言うのは、創作物としては結構ありふれた話なんだ。もしかしたらこっちでは珍しい現象かもしれないけどね。異世界ってただの物語、つまりフィクションだって認識してきたんだよ。ついさっきまでね。だから、これからの事を考えるのも正直言えば少し時間を空けないと難しい。難しいから、今は思考の方向性を定めないといけないと思っているところなんだ」
いろいろと信じがたい話だろう。夢だと言われたり、ゲームの特別演出だと言われたほうが彼女にとっては救いになる。けれども、それは彼女の立場に立った話だ。
静夜は静夜でこの世界こそを現実と認識し、彼女は異世界からの来訪者であると思っているのだ。ならば、彼女にはこれが胡蝶の夢でないと説得しなければならない。
なのだが、彼女は驚くほど柔軟に、自分にとって不都合な可能性を考えている。まだ十代も半ばの少女が、気丈にも自分の境遇を見据えているのは尊敬に値した。
「だから、今は信じる方向で身の振り方を考えるとしてさ」
静夜はもう、ハジメが何を言おうとしているのか察していた。
それはきっと、どんな質問よりも切り出しにくい事だろう。
ずっと静夜を見ていたハジメの瞳が、逃げる様に少し逸れる。
言葉も少し出しづらそうだが、静夜は敢えて促しもせず、ただ彼女の言葉を待つ。
短い躊躇の沈黙。それも終わって彼女は少し乾いた声で静夜に尋ねる。
「……私って元の世界に戻れる?」




