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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 22


 ちょっと小さい真っ黒な猫がメア。見惚れるほどの白がヘル。太っちょブチがホプレス。いつの間にかシキが三匹に名付けていた。

 シキ曰く、名付けたのではなく聞きだしたという事だが、本当だとしたらシキのスペックはもう訳が解らない。

 飼い主であるという甘咲ハジメは彼等がそれで良いなら構わないよと笑みを崩さない。


 先ほどの不安顔はきっと気のせいだったのだ。そう思いたくなるほど彼女は落ち着いていた。

 やはり空腹時に不幸な事を知るのは良くないものだ。空になった紙の容器を脇に避けて静夜は思った。

 さてと――。


「聞いた事ねぇ話が山盛りだが……」

「いや俺に顔を向けられてもな。異世界人とかかわった頃がないんだ。わからんぞ」

「期待しちゃねぇよ。んじゃ、確認だけどな、お嬢さん」

「……うん」

「ゲームで使っていたキャラクターそのままの能力を引き継いでこの世界に来たって自覚があるんだな?」

「あるよ。証拠は見せられないし、実はステータスオープンも使えないから視覚化できてないけどね」

「能力の可視化は今後もできねぇだろうが……。この世界を舞台にしたゲームで世界最強だったか……あいつ等の悪ふざけもいよいよきなくせぇな」

「あいつ等……?」


 ハジメは首をかしげるが、静夜はとりあえず聞こえない振りをする。


「いいぜ、理解した」

「俺は理解してないぞ」

「古御堂はいいんだよ。おっと、シキ、お前もいいって」

「ぶー」

「いや、これからこのお嬢さんに説明するからよ。一緒に聞いてろよ」

「ふふっ。それまではその子たちと遊んでいてね」


 シキが生き物に対する力加減が解らなくとも、どうやら三匹の猫もどきは極めて丈夫だ。魔法生物だというし、ハジメがいる限り死なないと考えれば、静夜並みに死なないのだろう。

 だから太っちょ猫もどきのホプレスの頬がみにょーんと伸ばされて、されるがままであっても大丈夫だ。後で教えてやればそれでいい。


「ま、随分ややこしい状況だからな。お前さんがゲームの続きだって思っちまうのは解るんだが、あいにく、俺たちの認識じゃここぁ夢でも物語でもゲームの中ねぇ」

「……」


 さっそくハジメは目を細める。

 静夜の切り出し方は、きっとハジメにとっては面白くないものだろう。そして面白くない事をここから続けるのである。


「さっきも話したが、たぶんお前さんは異世界転移ってやつをしちまったんだと俺ぁ考えている」

「うん。納得も理解もしてないけど、ぜひ私を説得してほしい。その話を聞かせてよ」


 彼女は耳をふさがず聞く気があるようでありがたい。


「まずな、この世界じゃ、どんな事だってあり得る。ありえない事を嫌ったすっとこどっこいどもが、ありえないをなくそうとしてやがるからな」

「えっと、早速意味が解らないかな?」


 視線が同意か助けを求める様に古御堂に向くが、古御堂は仏頂面である。


「俺を見るなって。俺にも解からんから説明もできないぞ」

「だってさ?」

「簡単に言えば、ここは転生者やら転移者やら、魔法使いやら神やら悪魔やら……全部いる。電気エネルギーもサイボーグも蒸気機関も、魔法も魔術も超能力も特殊能力も、どこかの世界にあるものは全部が集まっている、なんでもありの世界なんだよ」


 異世界人がやってきて驚いたといわれる事を列挙する。


 テレビに敗北感を感じる魔法使いや超能力に戦慄するITエンジニア。色々いるのだが、魔法と科学が混在する世界の事例はあまり聞かず、ましてやすべてがそろった世界はこの世界を置いて他にないらしい。


「そっか?」

「魔法使いがいない世界もあるんだってな。いろんな異世界人と話したから聞いているぜ」

「私がいた世界には魔法はなかったよ。少なくても、私はあったことも見たこともない。でもそっか、ここ……やっぱり世界観はマホレコなんだ」

「夢みたいだろうが、それでもここぁ現実だ。腹も減るし怪我すりゃ痛いもんだ。もう一回寝ても何日目を覚まし続けたもたっても、元の世界に戻っているなんてこたぁない」

「聞きたくない事実がさらっと来たね。でもオッケー。妥協しないけど状況は理解するよ。それで、すぐに私を異世界からの転移者って思ったってことは、私以外にもいるんだね? 異世界人ってさ」


 ハジメは果たしてどこまで信じてくれたのだろうか。自分が異世界に迷い込んだと言われたとして、静夜だったら俄に信じられない。


 ハジメの認識の深度はともかくとなるが、ハジメは話を真摯に聞き、疑問を投げかけてきた。


「いる。お嬢さんを――」

「ねぇ、まってくれるかい?」

「なんだい?」

「私、甘咲ハジメっていう名前があるんだ」


 指摘されて、静夜はどきりとする。


「俺が悪いな。甘咲が苗字でハジメが名前だよな?」

「うん。どっちで呼んでもいいけれど」

「んじゃ、改めて、甘咲みてぇに異世界からくる人間はたくさんいる。毎年千人近くはこの世界に来ているって話だ。日本だけでも百人くらいだな」

「比率多いね、日本。そんなに来たら戸籍の管理とかめちゃくちゃになりそうだ」

「それくらいの知識があると話が通じて助かるな。んで、大体異世界人はこの世界に来たら元の世界と違い過ぎて混乱してちまうわけだが……甘咲にゃそれがなかったなぁ」

「……ゲームの世界だって思ってたからね」

「ま、話してみたらそういう部分にゃ気付くわけだ。メタ発言だとかな」


 静夜をゲームの登場人と思っていた節もあったのだから、静夜が気付くのもむべなるかな。


「俺が言ったアバターってのもな、生態系を崩しかねないような異世界人に用意するレベルダウンの拘束具みたいなもんだ。甘咲はそれをゲームのアバターと勘違いしていたしな」

「……へぇ?」


 視線は静夜に向いたまま。少し細められる。ハジメの綺麗な指先は、机にのこった水滴をつっと伸ばす。


「宇宙を滅ぼせちまうような異世界人もいるんだってよ。そういうやつらがここに来るとくしゃみ感覚でこの星がぶっ壊れちまうからな。この世界に素通りで来れないように上限が定められているんだって話だ」


 設定した本人が静夜に話したのだから間違いない。この制限を超えたければこの世界で成長することだそのことだが、どれだけ努力を重ねたからと言って、宇宙を制覇する個人が現れる未来は想像できないのだが。


「それを聞くとなおさら、やっぱりゲームっぽい世界だよね」

「この世界を夢かなにかと勘違いするのは異世界人の典型だな。ゲームってのは初めて聞いたが……」

「異世界転生の定番の気もするけどな。友達は異世界転生する漫画とかアニメとか、よく見ていたよ。付き合いで見たけど今までやってたゲームの世界に転生とか、そういうのあったよ」


 異世界転生、異世界転移、その類の事例はずいぶん調べた静夜からしたら、それはやはり聞いた事のない事例であるが、あるいは今後増えていく可能性のある話なのかもしれない。


 この世界においては一度あったことは今後もあることと言えるのだ。


「異世界って、変に文明が遅れていたり、住民の皆が単純だったりっていうのが創作物の宿命だけど、さすがにちがうね」」

「そりゃよく言われるな。物語と随分違ってチートが出来ないってな」

「チートは別にしたくないけど……、でも人生が強くてニューゲームできるなら、それはちょっとあこがれるね」

「異世界人は大体強いしこの世界にゃねぇ知識を持ってくるもんだが、異世界人はいっぱい居るからな」

「年間千人だもんね」

「それだけいたら自分一人が特別にゃなれねぇよな」


 それでも腐らずに努力をすると特別になれるように、ワンダフルワールドは世界を甘く作っているのだが。自分だけが特別だから努力できるという異世界人が比較的多いのは否定できない。


「転移してきた連中は皆言うもんだ。想像していた転移と違うってな」


 じっと、静夜はハジメの様子を窺う。

 言葉を待たれているのに気が付いたのか、ハジメは少し躊躇した様子を見せつつも、口を開いた。


「私はさ。特別になりたいわけじゃないからがっかりしないよ。というよりも魔法が使えちゃう時点でなんか特別な自分になったみたいな気分かな? 魔法使いって特別ってほどでもないのかい?」

「んー。魔法使いはピンキリで結構いるかもな」

「ま、そうだろうね。あの世界観なら、きっと魔法使いもいる」


 言いつつ。ハジメの顔にはどこか自信が見て取れた。

 ゲームの世界観が土台なら、きっと自分は魔法の天才だ。などと思っていても不思議ではない。事実、あの白い蔓の怪物を瞬殺したのだからそう判断したとしても認識としては正しいものになるだろう。


「魔法なんてなかったんだよ。私のいた世界には。……特殊能力があって、魔法があって、武器を持って戦う人がいる。そんな世界なんてアニメの向こうにあると思っていたよ。エンターテインメントとしては好きかな。知識としての馴染みはあるんだ。でもだからこそ、現実には当然ない物だと思っている。さっきみたいなモンスターは、居たとしてもきっと未開のジャングルかな。怪物に見えても不思議な進化をした何かの動物に違いないって推測している。霊感強いっていう友達が怖がるのを、一緒に怖がりながら本当はちっとも怖がっていない。そんな普通の世界が私の世界なんだ」

「俺らにとってぁ何もかもがなくなっちまった世界だな」

「そうだろうね」

「けどよ、そっちが多分正しいんだろうよ」

「え?」


 静夜が彼女の世界観を肯定すると、ハジメはとても意外そうに声をもらした。

 しかし、世界の文明進化の仕方に疑問を抱いている静夜はそっちの方が健全だと思えてしまうのだ。きっと、隣の地球は青いのだろう。


「この世界ぁ何でもできるヤバイ奴等にぐちゃぐちゃにされているんだ。つまり、変な世界だな」

「ヤバイって、神様みたいなもの?」

「神様……神様か。異世界から来た奴等ぁみんな言うよ。神様はきっといるってな。中には会ったっていう奴もいる。そりゃいるが、思う程万能じゃねぇよ。海外じゃ天使の親玉だったりもするが、ここ日本じゃそこらの神社にもいるって話だ。祈った所で金持ちにしてくれたりはしやしねぇし、病気や怪我を治すのは医者か薬屋か魔法使いだ」

「魔法使いが入る辺りが私にはピンと……ああ、解るかも、怪我とか魔法の方が簡単に治せるものね」

「病気を魔法で治すのは高等技術だって話だけどな」

「たしかに病巣の把握はね……ウィルスとかだと薬の方が楽だね」


 こちらに来て間もない筈のハジメは、どうやら静夜より魔法に詳しそうだ。

 静夜は魔法も魔術も、魔力自体がよくわからないものなのでハジメが特別すごいのかどうかすらわからない。


「ま、異世界人が想像する神様みたいなやつらがこの世界を牛耳っているってことだ。魔法作ったり、魔術作ったり、特殊能力だの、異種族だのを作ったり、転移転生者を作ったり。な?」

「……魔法だけでも信じていいかもしれないけど、それだけだと実感ないかな?」


「魔法以外にも奴らの影響があったもんがあるだろ?」

 

 静夜が流し目で彼女を見ると、どきりとしたように、彼女は手を胸にあてた。どうやら、心当たりがあるようである。で、あるならば言い当てたくなるのが、饒舌にこの世界について語る静夜の権利だろう。


「口調補正。異世界からの転移者が一番戸惑うのがこれだ」

「えっ!?」

「言葉遣いが変わっちまうっつぅ強制力みたいなもんだな。異世界からやってきた奴ぁ大体これに引っかかる」

「あっ……、ああ、そうなんだよ。普通に話そうとするのになんだか普通に話そうとするともやもやして……」


 ハジメは言い当てられたことに対して、改めて驚いたようだった。

 少し顔が赤い気がしたが、言い当てられて何か恥ずかしかったのだろうか? 


「こればかりは避けられねぇ。普通に話しているってのは、まぁ学芸会の演技でもやってような感覚だな。恥ずかしくてできやしねぇ。しかも、口調を変えると身体能力とか思考能力とかが落ちるって話だ」

「なにそれ……あーでも私も、自分の事を僕って言いそうになって直したらなんか凄く体怠かったもんなぁ……」


 あれ、じゃあこの口調直したら私死んじゃうんじゃないか? ハジメが苦笑い混じりに物騒な事をつぶやく。

 しかし、聞いていた静夜は驚きすぎて二の句も継げない。

 一人称など、絶対に変更できないものとして悪名をはせているものだ。口調の強制力をはるかに超えてほとんど呪いだ。導入した本人たちは、個人の個性の本質を恥ずかしがらずに公けにできるようにするための措置だとのいうのだが、実際はどうだか怪しいものだ。


 何はともあれ、少なくともハジメは一人称を変更したという主張をしたのだから驚きだ。


「……つまりだ。なんだ。そういう口調とかの、全人類にダイレクトに影響する世界の改変ってやつを気軽にやるやばい連中ってのが、ワンダフルワールドだ」

「世界平和を願う歌でも歌ってる?」

「奴らならやってるかもしれねぇが、聞かされたくもねぇもんだな。とりあえず、ワンダフルワールドが世界を変えて、異世界人を連れてきているのは間違いねぇ。だから、甘咲もそれじゃねぇかって思ったんだよ」

「前例がたくさんあるのか。まいったな、この上変な心理効果か……本当に信じないといけないかな」


 うーんと唸るハジメ。何気なく口元に曲げた指をあてる姿すら妙に格好がいい。

 

「こんな事を訊いたりすると、静夜君たちの存在の否定みたいになるけどさ、この世界が私の夢の可能性って、低い?」

「その可能性を求めてもいいぜ? でもいつまでも覚めねぇ夢だ。覚めるまでははどのみちこっちで生活することになるな」

「……ここに私がいる事実は変わらないか。こっちの世界にもある? 我思う、ゆえに我ありって格言」

「デカルトは時空を超えてそっちの世界にもいたか」

「ソクラテスじゃないんだっけ?」

「さてはソクラテス以外知らねぇな?」

「少なくとも知らない事は知っているよ」

「ちゃんとソクラテスじゃねぇか」

「ふふっ。私の世界の常識も少し使えそうで安心だ」


 ハジメが言う。

 砕けた口調とジョークを言って、殺しきれない感情を何とかしてコントロールしようとしているのが解かる。

 彼女にこの世界が夢である可能性を捨てさせるのは心苦しいが、語る内容が事実と確信している静夜はおためごかしをする気がない。絶望を叩きつける事になろうとも、彼女がこの世界に来てしまったからには生きていかなければならないのだ。白い植物の化け物を難なく消滅させるような人物が、この世界を現実と思わず過ごすというのは、彼女を含めて誰にとっても不幸な結果しか残らないのだから。


「……うん、静夜君の話、全面的に信じるよ。実は騙されていた。って話になっていっても、それで損する訳じゃないからね。長い夢とかゲームからのログアウトなだけだし。逆に信じないで好き放題してから、やっぱり本当の世界だった。なんて方が怖いしね」


 いきなり家族と友人と、もしかしたら恋人と、別れ話もできずに離れ離れになったのにこの態度だ。強がりだとしても、落ち込む姿を見せない努力がすぐできるのが驚嘆に値する。

 そうと思えば、コップからアイスコーヒーを喉を鳴らして飲むハジメに、少し優しい目を向けてしまう。


「……いい心がけだ。だからどんなに強くなっても無茶はしちゃならねぇし、自分にも他人にも不自然なほどに雑にしちゃならねぇよ?」

「――例えば、お腹がすいたからって強盗したり?」

「ありていに言えばな?」

「しないよ。これでも品行方正なプレイヤーだったんだからね。PKとか絶対に許さない――あ……」


 ハジメの長い指が、所在なさそうに水滴を求めてコップに触れる。

 キュッと音を立てる。

 何か様子が変わったと、静夜はコップの縁からハジメの顔へ。


「……どうした?」


 つい先ほどまでの、冷静に静夜の話に耳を傾けていた彼女からは一転、目を見開いて、コップに触れていた指はぴたりと止まっていた。

 これほどまでに動揺するからには、彼女は動揺するだけの何かを思いあてたのだろう。


「PKっつぅと、プレーヤーキルか……おいおい、まさかもう?」


 この世界に来たて異世界人がやってしまう犯罪の最有力候補が、何を隠そう殺人だ。文化の違いの所為か、年に数度は不幸な行き違いで殺人事件が起こる。

 これは多くの場合情状が考慮され、減刑が適応される。知り合った直後に――直後だからこそ、彼女の力にならなければならないのかもしれない。


「……おい?」 


 おびえているように見える。

 酷く深いところに心を持って行った事を体現するかのように、ハジメは瞳を下に向けていた。

 そして小さく口を動かして、発話なしに考え事をするハジメの顔色は、自分の人生の終わり垣間見たかのように悪い。


「様子がおかしいな。事故で何かをしたにしても、随分怯えているように見えるぞ」

「……だな」


 古御堂も彼女の怯え方に違和感を覚えたようでぼそぼそと静夜に語り掛ける。

 古御堂の意見には全くの同意であり、直感的に彼女の心理状況がかなりよくないとわかる。悟った静夜は椅子から立ちあがる。


「だめだ。だめだ……それって言い訳にならない」

 

 なにか、自分で自分を追い込むようなつぶやきが、ついにはっきり聞き取れる。間違いなく彼女は心を必要以上に不安にさせている。


「……大丈夫だ。そんな顔すんな。大丈夫だから、な?」


 ちゃんと彼女の視界に入るようにしながら、そっと近寄り、その肩に掌を置いて声をかける。

 それくらい気を使って彼女に触れたのだが、青ざめたハジメは触れられて初めて気が付いたかのような反応でびくりと体を震わせた。


 そして顔を上げて静夜を見る。

 その思いつめる瞳を見て、睫毛が長いな。などと場違いに思ってしまう。あまりにも彼女が動揺しているので、静夜の思考は少し乱れている。

 もちろん、彼女を真剣に心配はしているのだが。


「話、聞くぜ?」


 すると、まばたき。そして一瞬の間があってから。

 

「……さっきの、さっきの人。あの人って……」

「あの人……?」

「あの人さ。……私が……私が燃や、した……」


 ハジメの顔の顔色は蒼白だ。言葉にしてしまう事を恐れているかのように、非常に歯切れが悪い。が、彼女が言う言葉を理解するのは難しい事ではない。静夜が知っていることを前提とした語り口ならば、それはあの植物の化け物の話だ。


「ああ、あの……蔦まみれの化け物の事言っているのかい?」

「バケ……うん。うん。私、あの時まだ、この世界ってゲームだって……思って、たんだよ」


 だから、だからモンスターを倒すみたいに、人を殺してしまった。

 絶望的に揺れる瞳で静夜に罪の告白をするハジメ。

 自らの行動に震える様子を見ると、なんだそんな事かと安易に言えそうにない。

 この様子、おそらく口調補正や一人称補正をはるかに上回るような、世界の強制力に近い心理負荷がかかっていると考えるべきだ。


 静夜にしてみればそれは本当に問題のない話であるが、ハジメは事の重大さにおびえ震えている。かける言葉を間違える訳にはいかない。

 一番重要なのは、彼女に助けられたとか、彼女は悪くないという養護ではなく、そもそもの否定であると判断した。


「あれはな……死体から生えてきたんだ」

「……死体、から? ……生えた?」


 すがるような、様子ではあるが、ハジメが話に耳を傾けて焦点のあった目で静夜に注目する。


「口の……こっから上だな。このあたりから上が全部ぶっ飛んでな。そっからクラッカー見てぇにぱーんと生えてきたのがあのバケモンよ」

「でも……まだ助かったんじゃないかな? だってこの世界には……回復魔法とかでさ……」

「どんな魔法でも無理だよ。あれで生き返られるならお前さんが灰にした化け物も生き返るぜ? な、古御堂さんよ?」

「あれで生き返るなら殺人事件なんて言葉はないだろうなぁ……」

「とまぁ、古御堂もしみじみ言うくらいしっかり死んでたぜ?」

「……そっか」


 ハジメの様子は、驚くほど落ち着き、すっきりとしたような顔になっていた。

 彼女は自らが殺人を犯すという事にたいして強い禁忌を感じているようだ。それに対して自覚がなく、そのうえで自分の犯行が未遂だったと知れば途端に平静を取り戻すのだから、これはどうやら本当に正体不明の心理効果が彼女を縛っていると思うべきだろう。

 折を見てハジメにはこの事を話さなければなるまい。それは、このタイミングではないが。


「でも静夜は生き返るよ?」

「あバカっ」

「え?」


 ずっと黙って成り行きを見守っていたシキがいきなり爆弾を投げ込んだ。

 古御堂が諦めたようにシキの口を大きな掌でふさぎ、ハジメがきょとんとする。

 これの説明に、静夜はしどろもどろとなりながら、ずいぶん時間を費やすのだった。



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