未来シコウのチートデータガール 21
弓代静夜は息を切らしていた。走って上がってきたのか汗を掻き、少し肩の上下が目立つ。成人男性が全力疾走をすれば、きっとこれ位の時間でここに辿り着くだろう。そんなことを思うが、果たして弓代静夜が普通の成人男性だろうか? あの弓代静夜なのに? 運営が好き放題に強い要素を詰め込んで、絶対に負けてはならない最強と位置づけされている弓代静夜なのに?
そんな疑問が浮かび、でも、その疑問の答えも多分もう出ている。
それは兎も角だ。
「え? きっとその顔なら泣かせた女の子も少なくないんじゃないかなって思ったんだけど?」
公式設定どおりならたくさんの女子を侍らせるハーレム好きな色男である。
一人だけを大切にしないじゃない男性は正直鼻持ちならないが、だとしても静夜の顔がいいという事は認めざるを得ない。色んな女の子にモテるのは仕方がないんだろうなと、自然と思ってしまうのだった。
「はー、どいつもこいつも……」
苦虫と苛立ちを噛みしめた様な、なんとも言えない仏頂面で静夜は呻く。どうやらハーレムに思う所があるらしい。
「ふーん。やっぱり女の子絡みじゃないんだ? え、君がそれ以外で命狙われるって、どういう事だい?」
「嘘だろ? お前ら俺をなんだと思ってんだ?」
「なにって……スケコマシズヤ? あっ。違うんだよ。悪気はないんだ」
「……はぁっ!? ……あーいや、いい。けどなんだいそりゃ。せめて事実で悪口にしろよ……」
困り切ったような顰め顔。
やはりそうだ。答えは出た。
彼は、ハジメの知る弓代静夜とは違う。
弓代静夜は本来なら九龍城ではなく六本木の巨大ビルに陣取って、美女と美少女を侍らしている。全員を平等に愛し、全員から愛され返している。彼のイベントがある度にハーレム要員が一人増えて、幸せな笑顔が一つ増えるのだ。言い並べてみると結構癖が強くてヘイトを買いそうな人物だが、その性格は根っからの善人。困っている人がいれば迷わず手を差し伸べるし、泣いている人がいれば男女問わずに助けようとする。どんな物でも失う事を恐れる傾向にあり、後悔しそうな選択を血反吐を吐いてでも避けようとする。
その姿は泥臭く、そしてある種高潔である。故に一定のファンが付くし嫌いになれないという意見は少なくない。ハジメだって嫌いかと聞かれれば違うと答えるだろう。
綺麗な心と女性関係の爛れ方の両立は、きっとゲーム制作者の願望が色濃く反映された結果なのだろう。
対して、こうして話している静夜はどうやら女性関係の爛れを嫌っていそうな雰囲気である。心が綺麗かは知らないが、女性関係が綺麗な時点でハジメの知っている弓代静夜ではない。
そしてそうなってくると自分の言動を振り返ってしまう。
……結構失礼な事を言ってしまったのではないだろうか。
見た目は同年代にも見えなくもないが、間違いなく目上で、しかもよく見れば耳はピアスだらけで破けた服からは刺青らしきものが見え隠れ。日本においては結構反社会的な人物な気がしてきた。随分気軽い言葉で接してしまったし、呼び方に至っては彼女たちに倣って『静夜君』である。このままだとハジメは本当に一方的に失礼だ。
恥じ入ると同時に背中に冷や汗をかく。
怒らせてしまったかも知れない。暴力的な怖さがなくとも人を怒らせると言うのは単純に怖い。
「だったらごめん……なさい」
「いいさ。面で判断されるなぁなれたもんだ。んなにかしこまる必要もねぇよ。お前さんは命の恩人でもある事だしな」
「あ、そうかい?」
気安い言葉に気軽に応じてしまう。口をついて出た言葉に自分でも驚く。そんなに自分は敬語や丁寧語が出来ない人物だったのか? 愕然としながらも、訂正しようとして、言葉がでなかった。
「……」
失語症にでもなったかのように声がでなかったハジメを、静夜は訝しそうに、どこか値踏するかのような目付きで見る。
「……えっと、ほら、君の見た目がとてもいいから、先入観があったんだ。です」
ああ、なんだろうこの言葉を変えさせない強制力は。もはや丁寧語が言語構成に出てこない。もしも今後面接などをするような状況になったら、問答を全て考えてから台詞を読み上げる様に受け答えしなければならないだろう。
「っつーかだ。お前さんが言葉遣いに慣れてねぇのはいいんだ。気にしてくれる方がこっちとしては驚きだからな。そんな事より、俺が命を狙われる理由とか知らねぇかい?」
「えっ? そうかい」
そう言ってくれるなら。その言葉に甘えるべきだ。話しが進まない事の方が、きっと彼は不満だろう。そうと切り替えてハジメは質問に答える。
「って、命を狙われる理由なんて知らないって。通りすがりの魔法使いが知っていたら逆に変な話だよ?」
「……ああ、そうかい」
不思議な物を見るような、そんな顔でハジメを見つめる。何か知っているなら言って欲しいと、そんな視線だと思えるが生憎本当に知らない。
ゲームの知識を可能な限り頭でソートしていくけれど、何もない物は何もない。だって、弓代静夜はいつだって敵に回る存在で、何ならハジメから命を狙われる確率が一番高い存在なのだ。それを置いても女の子から以外で恨まれると言えば、横恋慕された男以外には本当に思いつかない。今まで、そんなイベントも見かけていなかった。
何かを知っているに違いないと、そんな確信を抱いている風な静夜。
何か知っているだろうと思われても仕方がない位には、思わせぶりに静夜と接触したハジメ。
そんな二人の間に結果の出ない沈黙が、気まずく流れる。
「……スケコマシズヤ」
「ごめんて」
「シキ少し我慢してあげようか」
「うん」
「もう言わないから」
「怒っちゃねぇよ」
インパクトがあるよね。シキのぽつりとした呟きにハジメは笑い、古御堂は気まずそうだ。静夜は憮然とした顔だったが謝罪に苦笑いする。
「――待てよ。するってぇと? お前さんもしかして本当に通りすがりかい?」
「するってぇとそういう事だね。別に、私が君の命を狙ってたり、助けに来たり、そういう話じゃないよ?」
するってぇとなんて、生まれて初めて実用した。ちょっと楽しい。
「だから突然お邪魔しちゃっただけなんだ。思わせぶりだったかもだけど、違うよ」
静夜君イベントだと思って首を突っ込んだが、なんだか様子が違って困惑している。しようと思えば、彼との会話は何時間でも会話を正しく成り立させられそうだ。最新技術で会話が成り立つようにした可能性はゼロではないが、ハジメの知る技術ではこんなにも自然な会話が出来はしない。やはり、対面する全てのキャラクターの向こうには人間がいる前提、あるいは、人間同士の会話をしているのだと考えて行動したほうがいいだろう。
「改めて、私は甘咲ハジメ。さっき見たいな魔法が使える――魔法使いかな? 実はまだ、魔法には慣れていないって言ったら、信じてくれる?」
「流石に信じられねぇが……ああ、あれかい?」
「どれだい?」
「あーっと、なんだっけなぁ。……そう、前言ってたアバターとかいう奴だ。それの操作に慣れてねぇのかい?」
「アバ、前に? えっ。そんなメタ発言して良くなったの?」
目の前の静夜がハジメの知る静夜ではない事は理解した。お助けキャラではないのはもとより知っているからそこは良い。だがまさか『アバター』だなんて、この世界をゲームだと認めるような発言をするなんて。
「えっと……? このアバターは、なんでか、用意してたものと違うんだけど……?」
本当にしどろもどろになって、言うべきかどうかも解らない事を言いながら、思うのだ。
……おかしい。ずっと心に引っかかっている違和感が、明確に形を作り始めている予感がする。
その形がハジメにとって良いか悪いか。
今は悪いと予感して、目を逸らしたくて、しかし見つめるべきだと、どこかで冷たく理解していた。
「……俺ァ何か、おかしな事、言ったかい?」
「おかしな事って、え?」
酷く混乱している自覚がある。静夜は、たぶんおかしな事を言っていない。おかしなことを言っているのは、この世界においては、たぶんハジメの方だ。
「……いや、なんでもねぇや。俺が悪かったよ。多分、随分変な事言っちまったんだろうな」
そんなハジメの混乱に対して、静夜が折れる。
おかしいな。なんでそんな風に、静夜が申し訳なさそうな顔をしているのか。
「考えてみたら立ち話ってのも気が利いてねぇな。散らかっちまってるけどよ、座って話そうぜ?」
コーヒーは好きかい? 甘いもんもさっき買ってきたんだ。最近のコンビニぁなかなか上等だぜ?
そんな事を、急に優しい目になった弓代静夜は言う。
「大丈夫だ。心配いらねぇよ。だから……な? そんな顔はしないでおくれ?」
ハジメは今、どんな顔をしていたのだろう? 少し、思いつめたのかもしてない。
ハジメより少しだけ年上の筈の静夜は、ずっと大人の様に見えた。別にそれが格好いい訳じゃないけれど、少なくともただ優しい大人の言葉だと、素直にそう思えた。
促されるままに、静夜が引いた木製の椅子に座った時だ。
なー。にゃー。みゃー。
どこかに遊びに行っていた三匹が、いつの間にか戻ってきていた。窓に三匹並んで座り、ハジメの顔を見つめている。
どんなつもりかはわからない。
墳墓への道程を出たあたりから、三匹との意思の疎通は出来なくなっていた。
「鯨介、あれ?」
「……猫? 猫……だな」
「……私の友達だよ。遊んであげて?」
心は少し落ち着いて、ハジメは笑みを浮かべる事が出来た。
内省する数秒の内に、差し出されたのは汗を掻き始めるグラス。注がれたのはストローが差された漆黒のアイスコーヒー。浮かぶのは気泡のない綺麗な透明の氷。
熱い部屋に、湿度の高い風が吹き込んで、そのコーヒーはオアシスに見えた。
「猫ァお手しねぇだろうに。シキにゃまだ区別ねぇんだろうなぁ……」
面白そうに、はにかむような笑みを、ハジメに同意を求める様に向ける静夜。
それに対して返すかどうかも少し迷っている内に、それに構わず静夜が言葉を続けた。
「腹ぁ減ってねぇかい?」
「え?」
「助けてもらったんだ。よければ飯も用意するぜ」
いつの間にか、コンビニスイーツの特徴的な、透明なカップ入りのプリンが差し出されていた。
「そんな、悪いから――」
くぅっと、お腹が鳴る。ハジメは誤魔化すか、それとも赤面したまま俯くか、そんな選択を迫られつつ、どこか観念していた。
「結構正直だな」
「女の子に向かってそんな事言っちゃうかな?」
「おっとこりゃ俺が悪いな」
静夜は素直にデリカシーのなさを認める。
もとよりそんなに気にしてないハジメはこれをあっさり認め、自分も歩み寄ることにする。
「でもおなかが減ったのは、さすがに認めるさ。おなか減りすぎて考えがまとまらないよ」
「へへっ。腹が減ってるとな、悪い事ばっか考えちまうもんだよ。どんな所にも何でも届けてくれる不思議な出前アプリを知ってるかい? 寿司でも鰻でもフォアグラでも、この世界にない料理――お嬢さんの故郷の名物でも、奴等ぁ簡単にゃノーとぁ言わねぇぜ」
たぶん、ハジメよりもハジメの状況を把握しているだろうイケメンが、ちょっと笑ったハジメを誘惑する様にスマホの画面を見せた。




