未来シコウのチートデータガール 20
「……なんで俺の名前を知っているんだい?」
やはり名前はあっているのか。弓代なんて苗字は珍しいと思うので、これに関してこんな反応するのはおそらく全くの無関係なんて事はないだろう。
しかしそのせいで彼の警戒心は少し高い物になってしまったようだ。
「君って有名人だよ?」
適当に言ってしまう。だからそれで誤魔化せるとは思っていなくて、時間を稼いで冴えた言い訳を考えなくてはならない。の、だが。
「そうかい。ままならねぇったらねぇなぁ……」
なぜか信じられて、納得されて、どこかうんざりされてしまった。
「まぁいいか。お嬢さんみてぇな美人に知られてるってなぁ、まぁ悪い気やしねぇ。ところで、力を貸すってのぁ本気かい?」
「あそこにはモンスターがいて、中には困っている人がいる。きっと私は役に立つ。なら助けるのはおかしな話じゃないよ」
あ、ナチュラルに口説き文句みたいなことをいうのは『静夜君』らしいな。思いつつハジメは思いつく言い訳をつらつらと。勿論、本当にそう思っているからこそ言える台詞でもあった。
「……お前さんの実力は?」
「んー。人類なら滅ぼせるかな?」
根拠のない自信が発言させる。大袈裟な発言ではないと思う訳だが、それが静夜に通じるとは限らない。大言壮語。いや、もはや誇大妄想と思われるかもしれない。
「ああ。なるほど……。気紛れかい」
「気紛れ?」
「いや、なら頼もしいや。わりぃが俺ァ弱っちぃんでね。強くて手助けしてくれるってんなら手を貸してもらうぜ?」
ハジメの発言をまるまる信じるのか。そして信じているにしても驚く様子はない。それどころか、訝しんでいた様子が反転して信頼にすら昇華しているように見える。
むしろハジメの方が彼を訝しむほどである。本人の申告通り彼からは強い力を感じないのにハジメを警戒しないしハジメの実力も疑わない。ゲーム内では何度か会話をしたことがあるからハジメの事を知っている可能性もある――いや、今は容姿が違うから見ず知らずの人間を受け入れたと言う事になるのか。
こうも性格が違うのならば、もはや、ハジメの知る弓代静夜ではないと思うべきなのかもしれない。
「手短に、あの中の状況は?」
「人間から化け物が生えてきて、中にゃまだ残っている奴がいる」
その化け物とは――あれの事。
ハジメは窓を見る。白い蔓。捩れて一つの幹にみえた。理屈は解らないが、花もないのに赤い花弁らしきものがはらはらはらと落ちている。舞い落ち続けている。それは美しいと表現できるのに纏う雰囲気は禍々しい。
――と、もう一つ隣の窓が割れた。
「あーあ、やべぇな……」
「あれが中に居た人?」
聞きながら落下する大男が地面につく前に圧縮した空気を作り出す。体中から霧の様に噴き出す血は回復魔法で応急的に止血する。プレイヤーでないなら、キャラクターロストは避けなければならない。死んだキャラクターは蘇らないし、どのキャラクターが重要アイテムを出してくれるかは解ったものではない。
「あいつぁ殺したって死なねぇんで問題ねぇんだが、もう一人がな……」
「そっか心配になる人いるなら急がないとね」
軽く答えたハジメを置いていくように、既に静夜は走り出している。地面に無事着地した大柄な男には目もくれず、倉庫入口に向かってである。
「泣いてなきゃいいけどな……」
その小さなぼやきは、本当に聞こえない程の大きさだ。こんな言葉は嫌いだが、ハジメでなければ聞き逃してしまう程の。
「そっ? じゃあ――先に行くね」
その背中をただ見送るなんて出来ない。
だから跳ぶ。無力な人物がそこにいる。きっと女の子だろう。泣く心配をするなんてきっとか弱い存在だ。助けない選択肢はないし、呟きが静夜の本心ならば、本物偽物関係なく出来る自分が動くべきだ。
白く細い蔓が瞬く間に繁茂し、窓枠を覆っている。束になった蔦が落下した大男に追撃をかけようとしていたので切り裂いておく。
窓枠に足を掛けた状態で中を覗き込み、視認。
そこには、随分と悍ましい物がいた。
顎から上がない、死体である。
死体の下顎から生えていた白い蔓が縒り集まり、人の顔にも見える塊となって蠢いている。それはマホレコでは見かけた事のない、正体不明の化け物であった。寄生された人間の手や足は根だか蔓だか分らない物に絡められてぎこちなく歩行を始めていた。
ジャンプしてガラスの割れた窓に飛び乗ったハジメは一目見てその悍ましさと、その実力、果てはその植物の状況まで理解した。
まだ、完全体ではない。そしてこれは、たぶん完璧な状態になって存在してはいけない物だと。
一つ目の状況判断は終わる。あの植物が敵だ。そして、土台の人間は既に死んでいる。と。
子供もいた。白髪で赤い瞳の、可愛らしい幼い女の子。その子は顔や手足、露出している部分から霧状の血を吹き出し続けていた。
見た瞬間、あの植物は処分しなければならないと確信する。
そのために、自分に備わる能力を殺す為に使用する事を決断した。
「それ以上は――」
……この身体は変だ。
自分の顔。胸は除いて自分の体。だから使い勝手は解る。けれど出力が違う。
魔法が使える。筋肉を魔力が補う。垂直跳びで軽々と二階に登れる。走れば風よりも早い。試してないけれど物を握れば大体潰せるだろう。何もかもが、本来の自分にはできない筈の感覚。
その上で加減が解かる。
今までの力加減をそのままで、もっと力を出そうと思うと、労する事なくその力を引き出せるのだ。それはバイクのアクセルをひねるような感覚だろう。気軽に時速三十キロをキープする事が出来る様に、或いは思い切りアクセルをひねって時速百キロを引き出すように。上限の見えないアクセルを握っている様な、そんな感覚だ。運転なんてした事はないけれど。
それでも、だからこそかもしれないが、魔法は十全に使えた。仕組みは全く解らないが、やはり使おうと思えば使い方が解かる。脳内のコマンド入力もなければ、時間圧縮時のカーソルも存在しない。それなのに初めて行使した魔法は力の強弱まで正確に把握し、今までのゲーム以上に精密に扱う事ができた。
どれだけ手加減すれば常識的で、どれだけ非常識に力を加えたらやりすぎになるかは、既に学習済みである。
それらを踏まえてハジメは今、魔法を行使しようとしている。
「何もさせないよ」
意識する魔法は格子状の壁。輝かない光の筋が網目に組まれて空中に生み出される。
数十の縦横の筋は旋回しながら面となり、白い蔓の塊を捉える様に前進していく。
そして網が本来の役目を果たすのならば、白い蔓は捉えられる筈だが、光る網は蔓に触れても形状を変えず、そのまま水を切る様にすり抜けて行った。
その結果、白い蔓の塊には筋の数だけの切り傷が入り、その切り傷を火口に青白い炎が上がる。
陥った状況に気付く白い蔓は一瞬悶えるようにしたが、あっという間に全身を炎に包まれた。
傷口を触手状の白い蔓で縫い付けて蔓の塊はまだ動く。決して消えない青白い炎を封じ込める様に蔓は増殖し、切り口を覆い続けていた。
その様子に目を細める。
ハジメは確かに手加減したが、それは建物を消滅させない為であり、生物としての機能は断絶するだけの威力は込めた筈だ。なのに、白い蔓は燃える傍から増え、ギリギリの拮抗で容積を増やしていた。つまり、そのままではこの世から消し去れない。
炎に包まれながらも蔓は窓際のハジメに向かって伸びる。自分をこの状況に追い込んだのがハジメだと気が付き讐をしようとしているようにもみえる。しかしそれを許すハジメではなく、触手は届く前に灰になる。
伸ばした触手が無駄だと解かると、白い蔓の塊は、今度は赤い花弁を巻き散らし始めた。
その花弁もハジメには届く前に青白く燃え立って消える。だが、速度が上がるにつれて燃え尽きるよりも早く、ハジメに触れそうなまでに花弁が迫るようになる。
炎は舞い。
灰は床を這い。
皮膚を熱が覆う。
熱い。自分が放った炎は酷く熱い。
火傷しそうな程の熱。
気を緩めると自分に届く花弁。
きっとハジメに届いたらこれは、痛いのだろう。皮膚が切れるだけじゃない。未知のウィルスで出来ていると解かる赤い花弁。おそらく皮膚の表面を爛れさせる。ハジメの皮膚に触れたら――きっと肌荒れ位はできそうだ。
ハジメは目を細め、そして物理的な硬さのある炎の板を化け物の左右に作り出して、狭めて磨り潰したのだ。
「グッドバイ」
一言。
生物だけを燃やす炎が、壁も床も天井も焼かず、熱波だけを巻き散らして灰にした。
舞い散る灰は、熱を伴い空気を温めてハジメの皮膚を炙る。
チリン。と灰すら消滅したその場に、一つの指輪が残った。
「ふぅ……痛いくらいに熱い、かぁ」
自身で作り上げた高熱の余波にか、あるいは思い立った可能性にか、ハジメは汗を流す。
破壊された窓から吹く風は真夏のそれの筈なのに、部屋の内部の熱波を押しのけるためにさわやかな涼しさを感じる。
この暑さと、風の心地よさと、夏の湿度。空気の焼けた臭い。風に薄れていく。靴の裏では白い砂が溶けていく感覚。どれもこれも、今まで感じた事のない現実感。頬を伝う汗の筋までリアルなら、これをどう判断するべきかを考えてしまう。
現実と見分けのつかない創作物を作ってはならない。とは誰が提唱した事だったか。
魔法を使えてしまう事がゲームである証左? そんな訳ないじゃないか。魔法が使えても信じられないくらい位に暑さがリアリティだ。汗が伝う頬の感覚が本物だ。自ら作った熱で皮膚は火照る。どういう訳か、このセーフエリアにやってきた辺りから強い空腹を感じ始めている。喉だって乾いていて、自動販売機に入れられるお金がない事に顔を顰めたくらいだ。
それは、でも今は脇に置いておこう。
目の前には、体中から血の霧を吹きださせている少女がいるのだ。まずは、その分類不能の怪我を癒してからだ。
そう判断して魔法を構築する。
表面、滅菌。
皮膚、湿潤。
自己再生能力、高速化。
細胞分裂の限界――あれ、この子……。でも今は関係ない。
分裂限界消費、オールキャンセル。
魔力、譲渡――。
「――大丈夫かい?」
「大丈夫だよ」
「痛いところは?」
「……誰?」
「んー、甘咲ハジメ。とっても強いから、助けに来たんだ」
「なの? 体はどこも全部痛くないよ」
治したとはいえ、身体中から霧状の出血という意味不明の怪我をしていたのに、彼女は本当にけろりとしている。少し会話はずれた感じがあるが、しかし意思疎通は、おそらく成り立っている。
だからどこも痛くないという発言は、正直ほっとする。パニックに陥らずに自分の体にもう傷がない事を確認できるのは、この女の子の強さであると解釈する。
「そっか、なら良かった。もう大丈夫だよ」
「……ハジメ助けてくれてありがとう」
透明な感情の様なものを向けてくる少女。とんでもなく可愛いので胸が締め付けられそうだ。持ち帰ったらだめかな? 本当に一瞬そんな事を考えてしまう。などと益体もない事を考えていると、ハジメから見て正面の、化け物がいた場所より後ろにある扉が荒々しく開け放たれた。
「シキっ!」
扉の蝶番を壊して入ってきたその人物は弓代静夜じゃなかった。なかなかの優男だ。長身で筋肉質、顎髭がいい。うん、かなり筋肉質の鬼だ。というか古御堂鯨介だ。二重人格の鬼、憤怒の鬼、或いは撲殺殺人鬼と呼ばれる敵キャラクター。ネームドキャラクターであり、ハジメではない誰かが討伐したため、劣化版の幽霊としか戦えないはずだが、なぜ生きているのだろうか。
憤怒の鬼という名に相応しく、鬼気迫る形相で上ってきた細マッチョの男。鬼族の特徴である角が突き出しているのだから、間違いなく殺気立っている。危険を感じるかどうかは別として、その鬼気迫る表情は、ハッキリ言って怖い。
ぎょっとしたハジメはすわ追加の敵がやってきたのかと、適切な魔法を脳内検索する。こうして実物をみると、魔法耐性がとんでもなく高い事が解る。火力ごり押しで倒せるとは確信するが、この距離は良くない。この女の子を守りながらとなると、広範囲の殲滅魔法は駄目だ。というか、自分の実力を俯瞰的なイメージで把握すると、隣家まで消滅するような魔法をポンポン打つのはありえないし、怪我人が出るような魔法もあり得ない。とっても強いというのは、脆い世界を壊さない事を意識して動かなければならないのだ。
とりあえず、崩壊しない程度の重力操作が良いだろうか? 面倒くさくなってきた、体重を数十倍位にすれば、とりあえずは足止めになるのではないだろうか?
重力を操るというと言うのは、つまり質量を疑似的に変える事だ。ハジメの魔力を相手に付与する形で――
「あ、鯨介。助けてもらった」
無表情に近いけれど、声は柔らかく。ハジメが庇った形で後ろに隠した女の子が、ぴょこりと顔を覗かせて鬼に呼びかける。その瞬間頭の中で構築した魔法は無効化し、何がどうなっているかも理解した。窓からさっき吹っ飛んできた大男は、間違いないなく鬼の形相の鬼である古御堂鯨介だ。つまりこの子を助けに来たと考えるのが順当で、だから必死に駆け上ってきたのだろう。
だからハジメは半身を翻し、後ろから出てきた女の子の背を掌でそっと押してやる。
彼女もハジメの意図は伝わったようで、とことこと歩き出す。やってきた鬼に向かって。
「……そうか。よかった。本当に」
「ねぇねぇ。ハジメ、静夜が女の人になって帰ってきたと思ったよ」
女の子――おそらくシキという名前の女の子は、ハジメを指してそんな事を言う。
それは唐突な一撃。小学生の戯れが意外と痛かった瞬間の様な。
え? 顔は少し引き攣ったかもしれない。男みたいな顔とは昔言われたが、中学生頃からはそんな事を云う奴なんて誰もいなくなっていたのに。
「……シキ、違うぞ? あの顔だけ男とこの娘は流石に似ていない」
「似ているよ?」
「……もしかして顔がかな?」
思わず聞く。男性に似ていると認めるのは不本意だけれど、弓代静夜の顔は腹が立つほど整っている。その部分が似ているというのならまだ、百から二百歩ほど譲って納得しよう。けれども、シキは首を傾げる。
「顔も、怖さも、それに……んー? 全部だよ」
「そっかぁ。怖さって……えー? そっかぁ。そうかな?」
「すまんね。助けてもらったというのに……この子はまだ、言葉をそんなに知らないんだ」
「あ、いいよ。実はそんなに気にしていないから」
彼女からしたら似ているのだろう。ただ、それはそれとして、願わくば、シキの目の前では教育に悪いハーレムを作ったりしない弓代静夜ではない事を祈るばかりである。
「所で……助けてもらったのは解るんだがな、アンタは、何者なんだ?」
「え? えーっと、あーっと……通りすがりの魔法使いだよ。ふらふら歩いていたらね、男の人が降ってきて、助けたら今度は中に人がいるって言うから乗り込んできたんだ。それで、この状況は一体どうなっているの?」
嘘は言っていない。
静夜が降ってきた辺りから姿を消した三匹に連れられてやってきたのはふらふらに該当するだろうし。たぶん自分は魔法使いだ。乗り込んで見つけたあのモンスターの脅威度はおそらく迷い墳墓の中階層のボス並み。これまで見てきたプレイヤーや街のキャラクターたちでは間違いなく太刀打ち出来ない。ハジメだって無抵抗でいたら殺されてしまう。そんな怪物だったと思いを馳せる。
しかも中には小さな女の子と撲殺憤怒の古御堂鯨介がいるのである。何がどうなっているかを聞きたくなるのは仕方がない事だった。
「命狙われてんだよ。俺が、な……ハァ……」
「え、どんな女の子に、なにをしでかしたんだい?」
今になって二階に上がってきた静夜が呻き声のように言う。
そしてハジメは至極当然の質問を返した。
「なんで、俺が、女に命狙われなきゃ、なんねぇんだよ」




