未来シコウのチートデータガール 19
本筋に関係ありませんが、以前出た探偵社の名前を『帝都探偵社』から『マホロ探偵社』へと変更しました。読み返す必要は一切ございません。
無事九龍城の第一階層へ出る事が出来たハジメは、真っ先に『マホロ探偵社』へと足を向けた。
すなわち不死身と言われるNPC、深渚智数にあうためだ。ゲーム内ではデッドストックという二つ名で呼ばれ、様々なイベントで貴重な情報を提供してくれる最も便利なキャラクターである。
九龍城の第一階層の、迷宮街の一角に事務所を構え、プレイヤーに次の行動方針を示してくれる。様々な危険地帯の情報をまるで見てきたように教えてくれる彼は、おそらく本当に見て来ていて、敵の攻撃も受けていて、死にかけながらも平気な顔をして探偵社に戻り、何食わぬ顔で貴重な情報をもたらしてくれるのだ。
あまりにも格好良く、気前よく、気持ちよくプレイヤーを助けてくれるものだから、プレイヤー間では彼に『兄貴』などとあだ名をつける程だ。それ位に頼りになるキャラクターだった。
――の、だが。
マホロ探偵社は崩れ落ちていた。白い幕が建物をおおきく囲み、その周りには『KEEP OUT』『立入禁止』と黄色いテープが張り巡らされて、小さく開かれた幕の切れ目の前には制服の警官が立ち、侵入を阻んでいた。
その白い幕の中から太っちょの猫がポテポテと出てきて、ハジメの足にまとわりつく。なんともなしに、中に尋ね人はいないのだとハジメは悟ったのだった。
まさか不死身の兄貴にあえないなんてと寂しさを覚えるが、しかしきっとその内しれっと復活して、きっとハジメにまたアドバイスをくれるだろうと思いなおすのだった。
「でも街のつくりは同じだから……次はお爺の所行ってみよっか?」
猫達に伝えて次のお助けキャラを求めて歩き出す。許可証がなくても魔石を買い取ってくれる怪しい商店の怪しい老夫婦。店主の老人は実はかつて世界を旅した錬金術師で、魔石を加工する独自の技術を持っている。
次の目的地と定めた老夫婦の営む小さな商店もまたこの九龍城の一階層、モンスターが湧かないセーフティエリアにある。方向は来た道を折り返して戻る事になるが、こんなにリアルな質感の世界を歩く事が出来るのはそれだけで十分観光になる。閉じ込められて迷っていると考えるよりは余程ポジティブに世界を散策できるという物だ。
そう思考の指向を定めて老夫婦を訪ねるハジメだったが、ここでも再びの予想外の出来事に見舞われる。その老夫婦の店に辿り着いたハジメは、シャッターが下りて人気のない廃墟を目の当たりにする。窓ガラスから見える店内はかなり暗く、軽く覗き込んだだけではよく見えない。
手で庇を作る様にして日差しをよけ、暗い内部に目を凝らせば、椅子が倒れてガラス瓶や杖、書籍と言った物が散乱しているという酷い有様だ。そして、今更気付くが目の前の窓のガラスの縁には小さくこびり付いた血の跡まであったのだった。
気付いた瞬間にはぎょっとした。ゲームの中と言えども人格を意識してしまう造り込みだったのだ。まるで既知の人間に不幸があったかのような不穏と不快感を感じてしまう。もしかしたら現実の映像なのではないかと思う自分に、さすがにそれは錯覚だと言い聞かせ、ハジメは商店を後にする。
なんにしても、ハジメは不安な気分に見舞われている。この世界はほぼ間違いなくマホレコと同じ構造だ。だというのに頼りになる筈だったNPCがいない。おそらくゲームから削除されてしまっている。キャラクターからの情報に頼らず手探りでゲームを楽しめというメッセージなのかもしれないが、それを望んでいないハジメには少々苦痛だった。
不満を思いながら、ハジメは次の目的地へと向かう。指名手配状態になっていても好感度次第で宿を提供してくれていた女性。未成年キャラクターにも武器を融通してくれる太った武器屋。貧困状態で尋ねるとこっそり食事を提供してくれる高級レストランの雇われシェフ。九龍城の徒歩圏内、で思いつく限りのキャラクターを訪ねたが、一人たりとも出会う事はできなかった。それも、おそらく全員がこの世にもういないと想像できるような痕跡があるのだった。
不気味な何かを感じる。どうしたものかと思い、ほんの少し途方に暮れる。何かのヒントはきっとちりばめられている筈だ。話しに動きがないという訳ではなく、でも何をどうしたらいいかは解らない。あまりの意味不明な状況に表情を曇らせる。
ハジメを助けれくれるキャラクターが排除されているのは、これがイベントなのか、それともゲームの仕様変更の為のなのか。ハジメが訪ねたタイミングで皆が不幸に見舞われた痕跡が残っている点から考えて、どうやらハジメの行動がトリガーになっていそうである。
いなくなった相手は皆ハジメに良くしてくれたNPCだったことも含めて気分が重くなる。ゲームの中と言えども、自立した思考を有するキャラクター達の人格を認めてしまうタイプのハジメとしては、どんな理由であろうとも自分に対して良くしてくれたキャラクターがロストしてしまうのはいかなる理由であっても心に曇りが立ち込める。
キャラクターがいなくなってしまう――彼等が死んでいく理由を色々考える。ハジメが咄嗟に思い浮かべた以外にも他の可能性もつらつら頭の中によぎって、どれが正当なのか、それが判断できなくて、今はただの改悪だと気分を害するだけである。
自然と俯き、俯けば足元の三匹の一つ目猫がいる。
彼等三匹はまるで興味がなさそうにしていて、ふとっちょのブチ猫に至っては首筋を後ろ足で引っ掻いて大欠伸までしていた。
「君達、さては皆が居なくて喜んでいるだろ?」
にゃー? なー? にゃあお? 三匹が首を傾げる。胡乱な瞳で見下ろして、溜息一つ。
こいつら絶対言葉が解かっている。男の子っぽい雰囲気を感じるし、もしかしたら着換えやお風呂は気をつけるべきだろうか? ――でも知性のレベルが小学生低学年くらいな気もするしなぁ。
なんにしても、お陰で気がまぎれた。暗く沈みそうな気持ちが、三匹のお陰で上向くのだから、彼等の存在は中々に有益なものである。
「まったく」
息を抜くような嘆息。
「私は皆が居なくなってとっても不安なんだぞ? 少しは私の気持ちも汲んでくれないかな?」
まるでわざわざ見せつける様に、三匹は欠伸すらする。どうやら余程ハジメが他者を頼るのが気に食わない様子だ。
「じゃあ君達にはどっか行きたい所があるのかい?」
涼しげな切れ長二重をじとっとさせて、三匹を見下ろす。この階層に来てから三匹の感情が読み取りにくくなってきた。だがその様子から察する事はできるだった。
「……そっか。じゃあ行ってみようか」
そうしてハジメは三匹の後ろを歩き出す。導かれるように迷いなくて、しかしゆっくりとした歩みである。
気が進まなさそうな三匹は、妙に抵抗してみせるのである。それでも案内から逃げ出さないのだから、三匹は基本的にハジメに逆らえないか、それとも何かの制約――ゲーム的なシステムに縛られているのかもしれない。
どっちでも良いけれど、もしも後者なら三匹がこれからのお助けキャラという事になる。いや、薄々気づいていたけれど。本当にそうじゃないかと、思っていたけれど。
とにかく、前者後者関係なく、当てがなくなったハジメは三匹の後ろを歩くのがベストな選択だと思う事にした。
さすが大都会と言うべきか、ダンジョン内の城下町と言われる九龍城の第一階層は裏路地を歩いてもそこはかとなく賑やかだ。人が一人二人と少ししか歩いていない道であっても、どこかせかせかとした人の息遣いを感じる。
ゲームの世界とは思えない程のリアルがそこにはあった。
……もしかして現実? そんな可能性すら頭をよぎる質感だった。
ゲームは法律で、現実と虚構の区別がつくようにデフォルメが義務付けられているのだから、ハジメがこのリアル感に戸惑うのは、無理からない事である。
しかし現実だとすると、異常なまでの建物の密集や、自分が魔法を使えることなどが強烈な違和感として立ちはだかる。現実か、仮想空間か、冷静に考えれば仮想空間に軍配が上がる。
三匹は時折すれ違う変な格好の人々に見向きもしない。黒を基調とした、露出が高い蛍光色のファッションの若者。結構な確率でマスクをしている。彼ら彼女らは三匹の可愛い猫モドキ達には見向きもせず、ハジメの顔をジロジロと見ている。結構強面の若者たちなのだが、ハジメはそんなに怖いと思わなかった。そんなことより、三匹が連れ添って歩く姿に一瞥もくれない事が違和感を感じるのであった。
……他の人には見えていない? 隠匿の魔法? 目を細めれば三匹の体には魔法の雰囲気が纏われている。なるほど、ハジメ以外には認識されないのか……ちがう、見える見えないはこの子達の気分次第だ! あれ、これひょっとしてハジメにすら通じるんじゃないか? この子達すごいかも!
感心しながらハジメは歩く。
ナンパの声や、怪しい魔道具の露店、怪しい薬物の露天商、ショーウィンドウの珍獣。謎の煙が渦巻く脇道、唐突なネオン街への入り口、人語を放つトカゲ人間、パンダ人間、カエル人間、猫人間、犬人間、……ギターをかき鳴らす猫耳少女――猫耳少女っ!? これら全部を素通りしてハジメは進み、やがてそこへとたどり着く。
高層ビルの密集地から離れて少し、あと少しで九龍城の中心街、穏やかに見えて実は恐ろしく闇深いと有名な立地。少し開けた所に建てられた煉瓦造りの二階建ての倉庫がそこにあった。
立ち止まって、晴天の下の茶色い建物を見上げる。眩しそうに手を庇にして。
知る限り、ここはゲーム最前線のプレイヤー間の取引をする場所である。つまり、イベントがないただの待ち合わせのランドマークのような建物だ。それなりに雰囲気があり一階は広く、二階は椅子などがあるので休憩場所にはちょうどいい。だが、それ以上の意味はない場所である筈だが、三匹は迷わずここを案内した。となれば今度はここでイベントが起きるのだろうか?
確かに、ここはどこかのインテリアメーカーのタイアップでもあったのかという程に内装に気合が入っていたので、きっと何かしらのイベントが差し込まれるような気がしていたのだ。ついにそのイベントに出くわしたという訳だ。
ほら、意識してみれば建物の中からは不穏な気配がし始めているじゃないか。
そうとなれば気持ちも切り替わる。
瞳は細められ、口元は不敵に笑う。いつだって最前線を走ってきたゲームプレイヤーの貌をして、改めて踏み出した。
――あの横付けされた幌付きのトラックの影にも何かいたな。あの日陰に在るのは魔法陣? 形状からすると召喚術系にみえるな。モンスターの文様が細かく描き込まれているし。そんな推察をした瞬間に、二階の窓ガラスを突き破り、世にも禍々しい人影が降ってきた。
「うわっ? ……と、びっくりした」
その気配は強烈な邪悪。でも直感的に解るのはその人はちっとも強くない。二階から落ちて、当たり所が悪ければ死んでしまう。そんな普通の人なのだ。即座に判断して落下してくる人影を受け止める。手をとり、勢いを殺し、くるりと回転させて余分な力を分散させてふわりと足から着地させる。
「……おお? ……いや、驚かせて悪かったな。助かった」
「いえいえ。怪我はないかい?」
言葉を交わして見れば、邪悪な雰囲気とのギャップがかなりのものだ。とても厄災の権化のような雰囲気を出す人物の物腰ではない。ならばきっと窓を突き破るような攻撃を受けた時の残り香だろう。ほら、窓からハラハラ舞う薄紅を掠めたような白い花弁の禍々しさと言ったら。
「怪我の心配ってぇのは、お嬢さんの方だな。無茶な事したんじゃねぇのかい?」
「大丈夫だよ。君……君は、えっと」
初めて顔を見た瞬間、ハジメは言葉を失った。
「――えっと、軽かったし?」
「軽いか?」
とんでもなく整った顔。画像生成AIの傑作の様な顔の、この美青年をハジメは知っていた。
名前を弓代静夜。魔法使いのレコンキスタ・ドールにおける最強の象徴だ。
膨大な魔力と最高効率の魔法を操る遠距離攻撃の怪物。
どんな武器であっても投擲する事が出来る謎の技能を有した公式チート。
湖面を揺らさない射撃主。
魔導の基本にして見本。
神に愛された射手。
色男。静夜君。弓っち。スケコマシズヤ。
あだ名は幾つもある。
ケイオス・ウィッチよりも敵対したくないとすら言われる男。
公式の悪ふざけ。ゲームが示す最強。負けてはいけない男。
そんな男が降ってきたのだから驚かざるを得ない。
えっ、なんでこんなところに静夜君が!?
と、ハジメは混乱した。
混乱したと言えども、思考加速しようとも、別に時が止まる訳ではない。動揺するハジメをよそに弓代静夜は割れた窓を睨んだ。
「くっそ。ままならねぇな……」
その声は忌々しそうだ。窓から落とされ苛立っているのか、ハジメの知る静夜の口調とは随分違った。ハジメの記憶にある弓代静夜はもっと穏やかで優しい口調だった筈だ。声を荒げるシーンなど記憶にない。思わず助けた目の前の男は本当に弓代静夜だろうか?
そんな勘繰りすらしてしまう。むしろ弓代静夜ではない方が納得がいく。受け身も取れなさそうに落下してくる姿もそうだし、目付きも随分険しいものあるのもそうだ。
そして体に満ちる魔力や気力の質。それはあまりにも弱い。能力看破という超特殊能力は持っていないが、それでも肌で感じる。顔色が悪く病的に痩せた人と、健康的で血色のいい筋肉質の人、どちらが健康かと想像がつくのと同じ感覚。見た瞬間、発する音や存在感の把握から推測される推測。それは存在しない経験則とでもいうべきか、解るのだ。目の前にいる、弓代静夜にそっくりなこの人は、ちょっと真剣に筋トレをした大学生程度の存在だった。
確信めいて思ったとは言えども、根拠はただの感覚。
感覚、の筈なのだが。それでもほぼ確信して思ってしまう。この人は、きっと弱体化された弓代静夜なのだと。どう見ても戦闘能力が低そうで、正直守ってくれそうという感想は出てこない。だけど別人と思うには姿格好が酷似している。しかし弓代静夜だと思うには身体的に弱く、そして言葉遣いが乱暴である。
魔力に至っては皆無に近いのは、ハジメの知識とあまりにも合致しない。
そんな判断をしてしまうくらいの、戦闘能力控え目な彼は舞い散る花弁の危険性にも気づいていないようだった。こんな攻撃的なハナビラは、弓代静夜ならガラス片や小石に念じて全てを打ち抜くくらい当たり前のようにやってのける筈だがそんな様子は全くない。
かの有名な自動反射式の魔弾も発動していない所から見るに、その能力は所有していないとみるべきだろう。 危なっかしい彼に代わってハジメがハナビラを排除してみせると、荒々しい雰囲気のままに感謝される始末だ。いよいよ本物か解らなくなってくるが、しかし誰かを救おうとしているのは彼らしくて……。
本物かどうか、それを確かめるためにもハジメは訊くのだ。
「――アレと戦っていて落ちてきたの?」
「……ああ」
「あれって、強いのかい?」
「解んねぇが、行かねぇわけにもいかねぇんな」
「ねぇ、中には誰か助けなければいけない人がいるんだよね? だったら力を貸すよ。弓代静夜君」




