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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 18


 小人は、先ほどシキが叩き潰したゴブリンの亜種が、ひと際小さく、縮小したような姿だ。

 目が合った。白目の部分も黒い、野生動物のような感情の読めない瞳が、ひどく凶悪に見えた。そして事実、小人は口を大きく開け、その乱杭歯を剥き出しにして威嚇してくる。

 

 この威嚇は相手を委縮させ、自らの攻撃行動を有利に運ぶためのものだ。そして、そのまま攻撃に移るためのものでもある。咄嗟にこの醜悪な白い小人を叩き落とそうとした静夜だったが、躱されるどころか逆に指にかみつかれてしまった。


 そもそも、この不気味な生き物は静夜を攻撃たかったのだから、そこに餌が来れば当然かみつくのだ。

 気付いた時にはもう遅い。叩き落とそうにも歯が深く食い込んで小指の骨にまで達している。

 強力な咬筋である。それこそ、静夜の小指と薬指をたやすく噛み千切るほどだ。


「きぎゃがっ!」


 白い小人の口からは静夜の小指がのぞき、そして咀嚼される。一緒に食われた指輪は種を吐き出すかのように吐き捨てられた。

 一方静夜は痛みに叫びをあげそうになるのを耐える。


「弓代っ!」

「大丈夫だよ。くっそ油断しちまったい……」


 静夜だからこそ大丈夫なのだが、本来ならこれは下手をすれば人生に大きな禍根を残す大怪我である。

 忌々しくその小人を見れば――その体はすでにシキの操る掌に捕縛され、握りしめられて、二本の親指で首をへし折られるところだった。


「仕事がはえぇな……」

「少し躊躇いがなさすぎるのが気になるが……まぁ」

「……嫌い」


 不満そうに言ったシキの頭を古御堂がなでる。

 撫でられ目を細めたシキは、思い出したように静夜に視線を向ける。

 

「おう。大丈夫だぞ。ほれ、この通り」

「そっか」


 すでにすっかり復活した指を見せれば、シキはすぐに興味を失ったかのように視線を切り。古御堂に撫でられる自分の頭に集中した。


「……ったく。やってくれたなぁ。最後っ屁ってかい?」


 言いながら、吐き捨てられた小指の指輪を探して床の上を見るが、見つからない。

 身に着けている指輪はどれもかなり危険で、中でも小指は上位に入るものだ。異世界の精神体が依り代にしているというだけでも十分に厄が籠っているが、その精神体の中でもとりわけ狂暴な思想と実力を持つ妖精王が住み着いていたものだ。長く床においておけば八つ当たりでこのビルが蔦に飲み込まれかねない。


「……んー?」

「ありがとうよ……サディスト野郎」


 見つからない事に一瞬の不安。直後に赤髪坊主が不穏に言葉を吐くものだから、不安がもっと最悪な形に膨らむ。


「あん?」


 そのサディストというのは自分にかけられた言葉だとは、どうしても思えなかった。

 うつむいていた顔を少し上げて、下からにらみつけるような格好になる。赤髪坊主は笑っていた。口が開かれ、舌を出し、目を見開き、達成感に満たされたような強い笑みを浮かべている。特記すべきは舌の上、小さな円と幾何学模様が入れ墨されており、その中央には静夜の指輪が載っていた。

 

 ぎょっとする。それは、本来人が触れていいような代物ではないのだ。


 死を受け入れているにしても、体中を植物の根に蝕まれるような死を望むのか。知らないと事としても、恐ろしいものだというのは、実力者であるならわかるものだろうに。

 見せつけた後、舌をしまって口を噤み、それを飲み込んだ。


「じゃあな加害者どもぉはかくりあろぉ……ん……」


 人間の声では出せないような発音が、殺し屋の口から洩れたその瞬間、静夜の顔に血飛沫が飛んだ。

 顔についた血飛沫は一瞬熱く、すぐに冷たさをもって、頬を滴った。赤髪坊主の殺し屋の口が裂け、頭がはじけ飛び、舌の上を台座にする様にしてから植物がはえていた。


「……はっ?」


 静夜が想像したものとは違う死が、殺し屋を襲ったという事だけが解る。

 一瞬の死と、それに続く別の何かが起きたのだ。


 それは、邪悪な白だった。


 舌の上、そこから生える植物は唾液塗れの魔法陣を基軸とし、喉を下って根を下ろし、坊主頭の下顎から肉を引き裂きながら細く白い茎が捻じられながら渦巻く。舌の付け根の上ではそれら茎が丸い瘤となって突起を作る。それはどこか、人の顔様な塊。球体を構成する以外の茎の数本からは花ではなく花弁が咲き乱れる。人の血の赤を、白い茎で中和したような赤に近い桃色の花弁。


 キィィィィィィ……ン。


 その花弁の全てが細かく揺れて、ガラスを擦るような不快音を立てる。


 はらはらと舞い始める。


 どう考えても、その花弁に触れるのは危険である。あまりにも凄絶な光景に絶句して動けないでいる静夜と古御堂は行動が僅かに遅れる。


「それ大嫌い……」


 シキの呟きが聞こえ、静夜と古御堂の襟首は何かに掴まれたかと思うと、背後の窓へと投げ飛ばされた。


『何かに』と表現するが、シキが再びあの掌を呼び出し、掴み、そして引っ張って静夜と古御堂を後方へ向かって投げ飛ばしたのだと気付いている。静夜と古御堂を危険な花びらから遠ざける為に、咄嗟に取った緊急措置であるだろう。

 無理矢理連れてきた感の否めないモンスターの様な少女が、咄嗟に静夜までを助ける行動に出た事には驚きだが、ここは素直に感謝と感動をしておくべきだろう。


「あっ……」


 ただし、静夜は窓ガラスを突き破り普通の二階よりも高い位置から宙に放り出さた訳なのだが。


「静夜落ちちゃった」という小さな空耳がなかったら、たぶん次に会う時はおやつ抜きであった。


 ともあれ、自由落下にはなかなか慣れない。今も体のどこもが何にも触れていない頼りなさと浮遊感と加速に身動ぎしてしまう。


「うわっ!」


 静夜の声ではない。顔から地面に激突しようとしている静夜には悲鳴を上げる余裕すらない。


 その声の主が誰であるかという確認をしたのは、激突の寸前の静夜の手をとり、ふわり、静夜の勢いを生かすかのようなアクロバティックさで上下を回転させて地面に立たせられた時だった。


「……と。びっくりした」

「……おお? ……いや、驚かせて悪かったな。助かった」

「いえいえ。怪我はないかな?」


 女性にしては背が高い。声の位置が随分と高く、少し冷静になって向き直った静夜と視線が合う。


「怪我の心配ってぇのは、お嬢さんの方だな。無茶な事したんじゃねぇのかい?」

「大丈夫だよ。君……君は、えっと、えっと軽かったし?」

「軽いか?」


 静夜と目を合わせたその時から、その美少女はくっきりとした二重の瞳を見開き、しどろもどろになって言葉に詰まる。とっさの行動で静夜の投身負傷を軽やかに防いだのは本当に彼女だったのかと勘繰るほどには今の彼女は動揺している。いったい何にそこまで戸惑っているのか聞きたくもあるが、今は本当にそれどころではない。


 静夜は無傷でここに落ちてきたが、まだ、古御堂とシキが残されている。無暗矢鱈に頑丈な古御堂は兎も角、シキの肉体は人間の少女の様なものである。あんな植物の化け物みたいなものに襲われて無事でいられるかは解からない。

 そう考えが至ってしまうと、逃げる事はできない。むしろ、もう一度あの場に戻り二人の安否の確認、可能であるなら脱出を促し、あわよくばあの白い植物を倒したい。


「くっそ。ままならねぇったらありゃしねぇな……」


 あの白い植物はおそらく危険だ。呪いや異世界の精神体のレベルで言えば静夜に憑りついたら、一年くらいは半減しないレベル、最低でもその血筋くらいは死滅する呪いと同等だろう。なにせ静夜が危険な敵だと認識できるくらいの露骨な悍ましさなのだ。


「助けてもらったのは感謝するよ。けれどもお嬢さん。ここぁ危険だ。逃げた方がいい」

森熊(モリクマ)さんかな?」

「面白れぇ事言ってないでよ。その手を放して逃げろってんだよ」

「……逃げたら、君の方が危険だよ?」

「……ああん?」


 呑気な少女の声に、静夜は思わず唸る。殆ど三流チンピラの唸りである。

 逃げて欲しいと言っているのに言う事を聞かない奴は気に入らないし、何を言っているのだと訝る気持ちもある。もっと言えば、どうやら彼女は状況を理解している節があったのも、心のどこかで引っかかったのである。


「ハナビラ、たぶん危険だから」


 言われて気が付く。あの花びらが静夜達の周りにも舞い落ちているという事実に。隣の少女を引きずって物陰にでも行けば多少は庇えるかと思ったが、少女が掴んだ手は静夜の行動そのものを制するかのように動かない。離れない。必然、静夜は愕然としながらも動けない。


 今も、見上げた煉瓦倉庫の窓から、白い蔓の様なものが激しく飛び出して、赤い花弁が散っていた。

 花弁が静夜の所まで届き、静夜に触れる直前に白灰になって消えていく。そういう特性なのかと思ったが、静夜の周り以外に落ちる花弁は朽ちずにアスファルトに積もっていくのだから違うのだろう。それは、たとえば隣に立って、静夜を覗き込んでいるやたら顔のいい少女に原因があったりするのかもしれない。

 などと考えていると、風が巻き起こった。彼女を中心に、下から上へ吹き上げるように。


「もう大丈夫。離すよ?」


 赤い花弁が、青い空へと舞いあがり、何時までも見ていたいほどに幻想的でありながら、徐々に総数を減らしていく。

 白い蔓から花弁が剥がれ落ちる傍から少し浮き、そして風に溶ける様に消えていくのが見て取れた。


「――アレと戦っていて落ちてきたの?」

「……ああ」

「あれって、強いのかい?」

「解んねぇが、行かねぇわけにもいかねぇんな」

「ねぇ、中には誰か助けなければいけない人がいるんだよね?」


 少女の凛とした声と、断定的で強い言葉に静夜は思わず黙って頷いてしまう。

 

「だったら力を貸すよ。弓代静夜君」


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