未来シコウのチートデータガール 16
蠢く気配がきえたという事は、階下に迫っていた危険は一旦鎮圧されたという事だろう。打って出るなら今しかない。
そう判断した静夜が部屋を飛び出すよりもずっと速く動いたのが古御堂だった。
壊されたドアから駆け出た古御堂が手摺を飛び越えると四メートルほどの高さを飛び降りる。躊躇なく宙に跳び、そして着地は豪快なドスンという音を立てつつも安定感がある。
着地の瞬間には既に古御堂は何処に走るかを決めていたようで、古御堂はすさまじいバネで倉庫入口に向かっていた。
追いかけて部屋から出た静夜が手摺から身を乗り出して見下ろした時には古御堂は外に飛び出していたし、追いかけるために階段を降りて外に顔を出した時には、古御堂は気絶した男の襟首を掴んで引き摺っているところであった。
「コイツの周りからあの白いのは湧き出ていたからな。こいつが原因で間違いないだろう」
「お、おう……」
言いながら、スーツ姿の男をずいっと静夜に向けて掲げる古御堂。
顔の半分に茨の刺青を入れた赤髪の坊主頭。気絶しているその男を戦利品であるかのように見せつけられ、静夜は少し仰け反るのだった。
ちらりと古御堂の背後に目を向ければ、アスファルトの上にチョークで円と幾何学模様が描かれていて、その上には少量の白い砂。少しずつ空気に溶ける様にして、それはなくなる寸前であった。
「これで人違いって事もねぇだろうよ」
とりあえず幾何学模様に近づき、靴の底でこすってチョークを消す。どうせこれは魔法陣だ。つまり魔法の力であの白いゴブリンモドキを生み出していたのだろう。魔法に関しては門外漢であるが流石にそれくらいは察する事が出来た。そして、この魔法陣、古御堂が引き摺っている男が原因なら犯罪の証拠になる物ではあるが、再びあの白いモンスターが生まれてくる可能性を消す方がよほど重要であった。
「コイツァ起きるのかい?」
「手加減はしたし、起きるさ」
化け物を呼び出す魔法陣を作るような男は、どうやら接近戦には弱いらしい。あるいは古御堂にしてみたら世の中の殆ど全ての人間は手加減の対象なのかもしれないが。
そんなことを思いながら、男を引き摺る古御堂の後ろを歩き出す。
「警察を呼ぶか?」
「ちょっと聞きてぇ事がある。その後でも良いかい?」
「通報が遅れると文句を言われないか?」
「知り合いの警察呼ぶから問題ねぇよ」
「ならいいか。俺に質問させてくれないか。尋問はちょっと得意だ」
「なるほど得意そうだ」
嘘をついても見破れる古御堂である。質問を受ける側がもつ情報は抵抗虚しく略奪される事だろう。
「なら目ぇ覚ます前に縛っちまおう。普通の椅子しか今ぁねぇが、まぁいいだろ」
「普通じゃない椅子なんてあるのか?」
「出世する代わりに寿命削られる奴とか、座ったら背中がくっついて離れなくなる奴があるんだよ。これが」
「間違っても二階には置くなよ?」
「俺が座っても精々背中の皮が剥がれるだけだぜ?」
「来客を想定しないのは、お前に友達がいないからか?」
「ナチュラルに失礼な事いうなよ……泣いちまうぞ?」
「間違っても、二階には、置くなよ」
「わぁってるよ」
言い合いながら鉄階段を上り始める。静夜が先で、古御堂が後に続く形だ。
古御堂なら軽々と持ち上げられるだろう坊主頭の男を、あえて引き摺る様にしながら二階へ上がっていく。足音二つ、足で鳴らす音も一つ。
しゃがみ込む恰好になったシキが、部屋の入口から半身を乗り出して二人を待っていた。
「お帰りなさい」
「きちんと待っていたな。偉いぞ」
「……ふふん」
褒められるとシキは誇らしげな顔を見せる。
その顔に笑みを返してからその脇をすり抜けると、古御堂は片手で椅子を引き寄せ、軽々と男をその上に乗せた。
「あー、紐かぁ。紐ねぇ。荷造り用の紐でいいか?」
「問題ないだろう。暴れられても面倒だ」
そんな会話の結果紐を探したが紐もない。紐で括る様な荷物もそういえばほとんどなかった。引っ越しと言えばビニール紐だろうと買った記憶はあるのだが、どうやら開封すらしないでアパートに置きっぱなしになっていそうである。ならば、まぁ、結束バンドでも良いかもしれない。そんなことを思う。
これまた結束バンドも使うかもしれないと購入し、開封されず、雑品にまぎれて段ボールに入っていた結束バンドを掴んで振り返る。
「結束バンドでもいいかい?」
「なら親指だな。いいぞ」
「ああよかった。紐ぁやっぱり無かったんだ……。んー? なぁ古御堂さんよ」
「なんだ……なんだ?」
静夜の呼びかけの様子に違和感を覚えたのか、古御堂が怪訝そうに聞き返す。
「そいつの身体、なんか膨らんじゃいねぇかい?」
「……ん?」
気絶して、乱暴に椅子に乗せられた男。その胸が膨らみ始めているのだ。女性的な膨らみではなく、鳩胸になったような。それがどんどんと誇張表現の様に加速しているかの様な膨らみ方である。
一瞬ぎょっとしたような古御堂であるが、判断と行動は早い。迷わずに男のシャツのボタン部分を掴み、むしり取る様にして引き千切り、そして蛇を見つけた犬かの様にその場から飛びのいた。
「ちぃっ!」
古御堂の小指の付け根から血が流れ出る。抑えても溢れる血がフローリングにぽたぽたと血痕を残す。
心配の声を上げるより警戒が勝り、静夜は息を呑んで男の動向を注視する。
キチキチキチ……。男の胸元から、蜘蛛のような生き物がぞわりぞわりと湧き出ていく。
絶句する古御堂。息を呑みつつ、蜘蛛の体に血液の様なものが付いていない事を観察する静夜。
ちらりと、蜘蛛の群れの隙間から見える胸に見えたのは薄く発光する幾何学模様の円陣。
あっという間に男の体を包むほどの蜘蛛が生み出される。威嚇なのか、牙を動かす様な音がキチキチキチチチチと合唱される。
ただの蜘蛛ではないだろう。少なくとも、古御堂の皮膚を食い千切るくらいは顎の力はある。順当に考えて、蜘蛛の群れは魔法陣から召喚された魔物である。
その虫の群れ共は、召喚主である坊主頭の男を包み込み、開きっぱなしのドアへと進んでいく。
それは映画や創作物で見る大軍移動の俯瞰図の光景に似ている。ならば出口に向かうのはさながら撤退か。このまま逃げるつもりなのだろう。
そんな予測をしたが、攻撃行動もしっかり忘れていないらしく、威嚇の音は増すし、召喚主を移動させる本隊以外の群れが左右に分かれ、円を描く様に床を這う。その円を描く蜘蛛の先端は、間違いなく古御堂と静夜を取り囲むようにしている。この様子ではやがては二人を飲み込むだろう。
古御堂と出会った時のダンジョンを思い出す。
あの時は数は多かったが的もそれなりに大きかった。じわじわと殺されるという意味では実は絶望的だったが、何とかなった。状況としては同じような事なのかもしれないが、今回の敵は何サイズが小さくその分数も更に多い。ましてや、後ろにはシキもいるのだ。
そう思った瞬間。背後でぽそりと声がした。
「虫嫌い……」
その嫌悪感を隠さない声に呼応して、蜘蛛の全てを包み込むほどの無数の掌が、蜘蛛と静夜達を取り囲む部屋全体の空中に現れた。
「あん?」
「おお……」
静夜と古御堂が間抜けな声を出すと同時、その場にいた全ての蜘蛛に掌が襲い掛かり、掴み、全ては握りつぶされた。
そして握りつぶした虫の残骸を散らかしつつ、青黒い光を放ちつつ掌は跡形もなく消えていった。
二人は顔を見合わせて同時に振り返る。
それをやった存在。先程、白いゴブリンモドキを一瞬で殲滅した存在も、同一であるだろう。
それは当然、扇風機のイラストがプリントされたティーシャツを着た少女、六反園シキである。
「えっと、おい古御堂。シキの奴ぁ掌使えたのかい?」
「……まったく知らんね。逆に聞きたいんだが……なに、あれどうなっているの?」
以前、ダンジョンに巣食うモンスターの一人だったシキと出会った時、彼女はまさにあの掌と同種のモンスターに囚われていた。
使役したり、操るような関係ではなかった筈であり、もちろん彼女の正体はあの掌とは違う存在の筈である。筈なのである。
「なぁシキさんや」
「変な呼び方された」
「今の掌共はなんでぇ?」
「やってみた?」
「何をだい?」
「召喚魔法? それのそれと同じ」
それと指さされるのは坊主頭のスーツ男。いまだに気絶してはいるようだが、はだけた胸元では幾何学模様の刺青が刻み込まれている。先程までは薄緑に光を放っていた気もするが、今はもう光は消えている。
どうやらその模様が魔法の効果を生み出す魔法陣であり、蜘蛛を呼び出していた現況であったようだ。そして今問題とすべきは、おそらくシキが掌の化け物共を召喚する魔法を使えたという事実だろう。魔性の性質をもつモンスターが、召喚魔法を使うとは、果たして静夜がその事実を知っていても良い物なのだろうか?
「そんなものが使えたのか、シキ……」
「覚えたよ。動画でやっていた、から?」
驚愕する古御堂の顔を見上げて、シキは首を傾げる。
「凄いな。うちのシキは天才じゃないか。赤飯炊くか?」
自分の手柄のように古御堂が目を輝かせる。おっさんじみた男の笑顔が眩しい。
「いやまぁ……まぁ、天才なんじゃねぇの? すげぇなシキ。お前さんたぶんめっちゃくちゃあ……大事にされてるぞ」
「鯨介に?」
「そうだよ」
「ふふん」
感動する古御堂と、すごく誇らしそうな顔をしたシキを見て、まぁいいかと静夜もその程度の軽さに認識を調整する。実のところ動画を見ただけで化け物を呼び出す魔法を覚えてしまったシキに静夜は戦慄していた。シキに関わりのある掌の召喚などと言うピンポイントの動画などおそらく存在しない。確実に、シキは学んだ内容を落とし込んで自分に合わせてカスタマイズしてしまったのだ。元はダンジョンの怪物が、そこまでの知能を持ってしまっていい物か。そんな事を一瞬でつらつら考えたのだが、古御堂が喜び、それに喜ぶシキを見たらどうでもいい気がしてきた。別に人様に迷惑をかけている訳ではない。おそらくシキ自身は人に迷惑を掛けたいとも思っていないだろう。そして、考えてみたら人様に迷惑かけても静夜は気にしない。多分。
「とりあえず、こいつぁ起こした方がいいかもな」
「……そうだな。しかし、もう起きているんじゃないか?」
椅子に座ってうなだれている男。意識があるようには見えないし、古御堂も言いながら男を見やり、首を傾げる。起きていないように見えるのは古御堂も同様の様である。
落としてしまっていた結束バンドを拾い上げ、静夜は臆さず男に近寄る。腕を後ろに回して親指に巻き付ける。この距離は反撃を受けたら致命的な一撃を受けるのだが気にしない。万が一狸寝入りをしていても、静夜なら死なないので問題ない。
「起きてねぇなぁ。目ぇ覚まして反撃したってよりよ、意識失った後の反撃手段で自動的に発動した可能性あるだろ?」
「……そういう事も、あるのか?」
「いや解かんねぇけどよ? こいつ起きてねぇだろ? どの道起こして聞くしかねぇんだしよ」
「確かにどの道か。ならば起こすとするか」
それにしてもどうやって起こすのだろうか? 古御堂が気絶させたからには、腹を叩くか首を叩いたケースだろう。問答無用で殴りつけて気絶ならば普通に考えて医者に任せるのだろうが、さすがにそうであるとは思えない。現に古御堂は簡単に起きる物だと確信しているようだ。
古御堂はこの改変され続ける世界において、ある種の猛毒のような男である。
首をトンと叩けば気絶すると思っていて、気配は隠せると信じていて、実際殺気を感じ取る事が出来て、凄まじい攻撃は掠っただけでも相手に深いダメージを与えると確信していている。
古御堂の人生で培ってきたその思い込み、その思い込みが世界の改変と合致していた場合、現実のものとして猛威を振るうのだ。
世界中の誰かは出来たかもしれない小さな改変、非常に技術が必要で殆ど誰も会得出来なかった事象、結局そのまま忘れ去られたような細かな追加された現象を、古御堂は難なく再現してしまう。当たり前だと思っている事が、当たり前に出来てしまう特異点の男。それが古御堂だ。
だから古御堂が気絶させた男を、起こせると思っているのなら、きっと医学的ではない方法で目を醒ませることになるだろう。
「気付けをしてもいいが少しは離れておきたいところだな。そうだな。水でも掛けるか」
「こう?」
静夜と古御堂の会話が終わるよりも前に、いつの間にかシキはコップに水を汲んでいて、聞くと同時に水をその顔目掛けてかけていた。
「判断が早すぎやしねぇかい?」
「見習いたいものだな」
「そうかい……」
水を掛けたら目を醒ます。打撃の気絶がそれでどうにかなるのかは知らないが、古御堂が言うならそういう物なのだろう。
「ふむ。起きそうだな」
古御堂の軽い呟き。静夜の反応。シキの無反応。水の衝撃と不快感による目覚めが訪れようとしている坊主頭の男。
その男が目を醒ました瞬間。死を悟るほどにはすべてを諦める事になる。
角を生やして殺意という物を最大限に叩きつけている鬼。
道端のゴミを見つけた様な無関心な瞳で見つめるモンスター。
そして世界の怨嗟を煮詰めた様な不吉をまとう美青年。
三人が男を取り囲んでいる。
「よぉ。気分はどうだい?」
悪魔の様に顔が整った男がにたりと笑った。




