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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 15


 古御堂が大きな体で少し窮屈そうにしながらも、勢いよく蕎麦を啜る。

 静夜も少し辛めの付け汁を堪能しながら蕎麦を楽しむ。

 シキはラーメンの親戚という古御堂の言葉から作った自身のイメージの違いに戸惑いながらも、綺麗な箸の使い方で静夜と古御堂の食べ方を真似る。


「冷たい……」

「暖かいのもあるんだけどよ、夏の蕎麦はやっぱり冷たい方がいいな」

「俺は冬でも蕎麦は冷たいのがいいぞ」

「冷たい……」

「騙されたって目で俺を見んな。こっちみんな」

「冷たい」

「お気に召さないか? シキ」

「美味しければどっちでもいいかも……かもかも」


 どうやら気に入ってくれたようで、シキは小さく蕎麦を啜る。古御堂の様に豪快な音はせず、静かにゆっくり、味わうように麺を口に運んでいく。

 古御堂の方をちらちらとみては、自分の食べ方が間違いではないかを確認している姿は実に微笑ましい。


「荷物運びはまだ必要か?」


 蕎麦湯でそばつゆを割り、やりは豪快に一気に飲み干すと、大きな吐息をしてから聞いてくる。


「あと一回ぁ必要だな。けどそれぁ下に棚が届いてからだ。今週末にゃ納品される予定で、そんときゃいくつか大物を運びてぇな」

「多少危険な物でも問題ないぞ?」

「あー……もしかしたら頼むかもしれねぇ。重てぇと度やっても運べねぇからなぁ」


 石の棺をハンマーで砕こうかと悩んでいると打ち明けたら古御堂は沈痛な面持ちになった。シキは良いアイディアだという風にうんうんと頷いている。


「それは俺が運んでも害がないのか?」

「開けると病気になるな。最悪でも高熱にうなされる位じゃねぇかな。死んだってぇ話ゃ聞いた事ねぇな」

「死ぬような物は?」

「んなもん俺が運ぶさ。これぁ豆知識だけどよ。ヤバイ呪物の本体程小せぇ。例外は墓石と祠くらいだ」

「そんな豆知識は役に立たんが……そうなのか?」

「そうだぜ。祠とかも墓場だから壊しちまったらたまに呪われるから気をつけろよ?」

「その時は弓代を頼るとするか」

「格安でやってやるよ」

「いやあ、その時は正規の値段だろう。これ以上お前の仕事の価値を下げる訳にはいかんでしょ」

 

 古御堂はヘラリと笑って、生真面目なことを言う。

 仕事に対してはやはりなにか、古御堂なりの流儀があるのだろう。


「ところで弓代。ずっと気になっていたのだが、不死身を生かすならなんで呪いの引き受けを選んだんだ? ダンジョンに潜ったりした方が儲かるだろう?」

「あー。そりゃごり押しして最下層まで行って金目の物かっぱらってくるのは出来るぜ。前人未到の未知に物質とかも、その気になりゃな」


 なのに静夜は他人から呪物を受け取る事を仕事とした。理由なんて、たぶん自分に出来るから位のものである。

 古御堂は話の続きを求めるように静夜の顔を見るので、嘆息一つ。

 

「俺の体につけているマジックアイテムぁ大抵少しすると空っぽになるだろ? なるんだよ。魔法がなくなっちまう。ついでに憑りついていた異世界の精神体――転生者の元もたまに消えちまう。そうなるとな、空っぽのアクセサリーが出来上がる。毎月増えるんだこれがな。んで……部屋の片隅とかでほったらかして置くと住み着いちまうんだよな。よくねぇもんが」


 精神体の住処だったはずなのに、いつの間にやら空き家になって、放置していたら図々しい悪霊が住み着いていた。時にすさまじい呪いと変質することもあるし、呪いと異世界の精神体が融合する事もある。安易に全部を捨てられない状況になり、静夜は悟ったのだ。


 どうせ放っておいても呪いがたまっていく。呪われたところで死にもしないし、発狂もしない。幽霊悪霊もいるのは知っているがあまり見えないし、見えたら見えたで怖くもない。ならばもう、いっその事呪いの蒐集を仕事にできないだろうかと。


「つぅ訳よ。案外深いだろ?」

「深いか?」

「静夜嘘つき?」

「嘘は言っていないぞ」


 シキが静夜の目を見て言う。古御堂が優しく頭を撫でてそれを窘める。

 こちらに向けられるのは、話したくないなら別にいいぞと、そんな目付きあった。


「……呪いを集めるってこたぁ、他人から呪いを奪ったり、もらい受ける訳だ。魔法が切れたマジックアイテムとかうんざりするくらいもっているからな、それを身に着けてるもんだから殆どもう体質だな」


 別に秘密にしていないからと、静夜は嘆息した。


「それは、いい事なのか?」

「んな訳ねぇだろ。他人の借金を自分の名義に出来るって言われて誰が喜ぶんだよ?」


 静夜は笑う。笑うしかない。


「……呪いってなぁ大体ぁ人を不幸にするだろ?」

「呪いだからな?」

「借金背負ってでも壺を買ってでも、なんとか呪いを祓いたい。あちこち頼っては騙されて、ボロボロになっちまったやつがよ、俺んとこに辿り着く訳だ」


 なぜ、善人っぽい人間の方が呪われるのだろう。自分は構わないけれど家族には迷惑はかけられないと見ず知らずの静夜に頭を下げるのだろう。お金は何とか工面するといって借金まみれで無理をしようとするのだろう。むろん全員がそうではないが、皆どうしようもなくなって静夜のもとに辿り着くのは共通だ。


「俺んところに来る呪いは、殆どがお話にならねぇ雑魚よ。んでそんな雑魚でも俺じゃない奴らにとっちゃはただじゃすまなねぇもんだ。金をもらって引き受けるならウィンウィンって奴だな」

「なるほど……良い事だな」


 古御堂は腕を組んで頷く。シキは瞬きをする。嫌いではないらしい。


「ついでに言やムカつく奴からはふんだくれるし、それに、国からの依頼は笑えるくらいコレが、貰えるからな」

「弓代の謎の財力はそこか」


 指で輪っかを作ってみせると古御堂がさらに納得する。

 シキは瞬きをする。多分意味が解っていない。



 例えば呪力を持ったウィルスをバラまく石棺を管理すると言う事は、国民の健康と国家の経済を守っているのと同じだ。静夜一人が満足する金銭を支払う事など、国家の予算からすれば誤差の内。あるいは報告すらされない様な少額である。静夜個人を重要な呪物処理機関と捉えれば、金の払いは良くもなるという物である。


「そんな訳でどんどん呪物を受け入れてたら部屋が足んなくなるくらいにゃ呪物が集まっちまった」


 ちなみにそれは最近の話である。物事と言うのは何か一つ、思いもよらない事がきっかけとなって大きく変わる。今まで細々と、ボランティアの様に呪物を受け取っていた静夜であったが、とある平安貴族に纏わる梅の木の処理を無理矢理引き受けた事をきっかけに勇名をはせた。知る人ぞ知る呪物の最終処理屋として、呪物の吹き溜まりに成りあがったのだ。たった三年半前の出来事。食うや食わずやの呪われは、加速度的に、気付かぬうちに、あっという間のいつの間にやら呪いにあえぐ人々の、最後の砦、あるいは駆け込み寺となったのである。

 

「無計画で人類多頭飼育な崩壊みたい」

「反省してるよ」

「シキ、もっとオブラートに包んだ言い方しような?」

「オブラート?」

「そうか、オブラートはまた今度だな」


 オブラートはぴんと来なくとも、多頭飼育は知っているのか。意味も状況も考えてみれば言いえて妙であり、静夜は苦笑いである。


 ――と。


「なぁ弓代」

「あん? 今度ぁなんでぇ?」


 唐突に、さっきまで親が見せるような笑みを浮かべていた古御堂の表情が変わった。なにか困ったものに気が付いてしまったような、面倒くさそうな顔にも見える。


「蕎麦の回収は何時頃の予定になっているんだ? 他に誰か来る予定はあるのか? いや……それよりも、誰かに命を狙われる心当たりはあるか?」

「容器は使い捨てだぜ? まだ誰もここを知らねぇから誰も来ねぇだろうな。んで、心当たりはあり過ぎて特定できゃしねぇよ」


 古御堂の態度で何が起きているかを察する静夜。シキも何かに気付いた様子は見せたが、あまり興味が湧かないのか静かに蕎麦を口に運び始めた。


「そうかぁ。心当たり足過ぎるのは生活を改めるべきだがまぁそこはそれだな。どれ、少し様子を見てくるとしましょうかね」

「待て古御堂。下になんか来てんだろ? だったら俺の客だ」

「いや知らん。そんな事は知らんよ。お前の客とやらはここに座っているだけだと言って俺に手を出さんとおもうのか? シキを見つけて何もしないと思う訳か?」


 言って古御堂は立ち上がる。相変わらず角が生えそろう古御堂は本当に怖い。自分が不死身でないなら絶対に喧嘩を売らない程には恐ろしい。


「いや、だとしてもまずぁ俺が下に降りるべきだろ?」


 呼び止めると古御堂は胡乱な目付きで静夜を見る。


「友人と飯を食っていたら無礼者が殺気を巻き散らしてやってきた。俺どころかシキにまで被害が及ぶことが分かっている。なら俺も当事者だ」

「……殺気って巻き散らせるんだな」

「何を訳の分からん事……ああ、もういい。鈍器や刃物を持った足音が息を潜めてゆっくり歩いていれば、それは大体殺気だ」

「そりゃ解りやすいな」


 それに気が付くかどうかは聞かないで欲しい。

 

「そんで、その殺気ビンビンの侵入者の対処を俺がするなぁ駄目なんかい?」

「弓代の戦い方はみてられん。相手もお前も死にそうだ」

「いや、俺ァ死なねぇだろ」

「聞いたぞ。病院に担ぎ込まれたらしいな。お前が酒で倒れるものか。そしてそれも含めて死ななくとも負ける事があるのが弓代だ」

「反論されなきゃ正しい事言ってる訳じゃねぇんだぞ? それで、そいつぁどこにいるんでぇ?」

「まだ倉庫の周りをうろうろしているだけだろうな。露骨な殺気だから判るだけだぞ。さすがに息を殺してやってこられたら対処できん」

「なんの言い訳でぇ。俺ァそもそも殺気も気配も忍び脚も区別ぁつかねぇよ」


 言いながらも、なんとなく足音を立てない様にしながら窓に近寄り、外をこっそり覗き見る。多分、気配とやらは隠せてないだろうが気分の問題である。


「姿ァみえねぇな」

「倉庫の入り口には鍵をかけたか?」

「そりゃ観光客が勝手に入ってきたら困るからな」

「だったらその内ドアを破ってくるだろうな」

「丁度もっといいドアに変えようと思ってた所だよ」


 そんな会話をした直後、金属が床に落ちるような音がした。

 静夜の眉毛がぐにゃりと歪む。


「……本当だぜ? 本当にドアの鍵ぁ新調しようと思ってたところなんだ」

「それは良かった……んん?」


 慰めにもならない言葉は途中で怪訝そうな唸り声に変わった。


「どうした?」

「弓代にもわかるかもしれんが……足音が一つじゃない。三……四人はいるな」

「生憎俺ァ普通の人間なんだよ」


 解かるかもしれないと思われる事が解らない。


「そんで、その足音からぁ相手がどんな人間か解ったりするのかい?」

「訓練すれば解かるかもしれんがな、そこまで万能じゃない……が、すくなくとも足音を隠すつもりがない奴らの様だ。もうすぐそこまで来ているな」

「ああ、流石に俺にも解かるぜ?」


 会話に応じる様に、鉄階段を勢いよく、本当に乱暴に駆け上がってくる足音。


 いや、駆け上がると言うよりも、それは飛び跳ねているかのようで――ドアがノブを捻ること無く、蹴破られる。


「――なんだ、この生き物は?」


 勢いよく開かれた扉。飛び込んできたのは一匹の小さな人型の化け物。

 低学年の小学生ほどの大きさの身体は真っ白でイトミミズの様な触手に覆われ、下半身には襤褸切れを巻いている。その顔は双眸が尋常ではなく大きく、鍵鼻は誇張気味に長い。そして異様に耳たぶが長くて肩に触れている。鋭い牙を剥き、誰彼構わず噛みつこうとしているのが良く解る。そんな化け物の後頭部に、古御堂の手刀が振り下ろされて一撃のもとに気絶させていた。

 うつ伏せから仰向けに、古御堂がひっくり返してまじまじと観察するが、一緒に見ている静夜にだってその存在は不気味としか言いようがなく、予測する正体は殆ど当てずっぽうである。


「ゴブリンの亜種かねぇ。なんにしても言葉ぁ通じそうにねぇな。こりゃ棍棒かい?」

「狂暴そうだな。まぁ狂暴だった訳だが」


 その手に持たれていたのは動物の骨を加工して作ったと思われる棍棒。こんなものを振りかざして部屋に突撃してくる生き物が狂暴である事に異論はない。こんな化け物に襲われても手加減して気絶で済ませる古御堂が、もしかしたら聖人なのかもしれないと思う位には見た目も行動も化け物であった。


「むっ……気絶だけのつもりだったが、どうやら殺しても問題なさそうだな」


 仰向けにされていた白いゴブリンモドキは、瞬く間に体中に罅を起こし、砂になって床に崩れた。わざわざ手加減して殺さなかった筈の古御堂の反応は淡白すぎるが、おそらく生命ではないなら手加減不要だと安心している事だろう。静夜からしたら、気絶した生物が砂になって崩れ、床に落ちた砂がいつの間にか消えてなくなると言うその現象がビックリ仰天でしかないのだが。


「まだ来るぞ。シキ、もっと後ろに下がるんだ」

「ああっ、もう。危ねぇんだよ。今おっかねぇ奴がそこで暴れてんだ」


 意味が解らなそうに首を傾げたシキに向かって、静夜が告げる。静夜の命令を受けてシキは唇を尖らせて不満そうな表情をしながらも、すぐにテーブルをはさむように窓際へ下がった。直後、今度は開け放たれたドアから二匹、先ほどと同じような白いゴブリンモドキが部屋の中に飛び込んできた。


 今度はその手には尖った鉄片の様な物を握りしめている。持っている武器の種類は沢山ありそうだななどと、静夜は余裕のある考察をしていた。


 二匹になろうが、武器を持っていようが、先ほどの奇襲も難なく返り討ちにした古御堂が負けることはない。裏拳一撃で一匹の首を捻じり折って吹き飛ばし、吹き飛ばした先にいたもう一匹を巻き込んだ。首が折れた一匹はすぐに砂へ。まだ辛うじて意識がある生きているもう一匹も、古御堂の追い打ちの踏みつけであえなく消えていく。


「……まだ来るかい?」


 白い砂が空気に溶けていく様子を見届けてから聞いてみる。

 古御堂はどんどんと表情を険しくしていき、面倒臭そうに嘆息した。


「……増えたな。まだ来るというよりも、今始まったと言っていいだろうな」

「ああん? いや、マジかよ」


 開かれたドアの向こうで騒めきが聞こえた。会話ではない、鳴き声の様なものかもしれないし、単なる呼吸音、或いは集団で動く音なのかもしれない。多くの小さな音、細かな振動が重なって静夜にも明確に、気配という物が感じ取れた。

 階下で何が起きているのかを見るために、パーテーションを設置しなかったガラスの壁から下を覗き見る。

 まだ荷物も運び入れていないので遮蔽物のない広いだけの屋内に、白い子供の様な生き物が十匹以上は歩いていた。

 眉を顰め、静夜はうんざりと舌を出す。


「うぇ、なんだいありゃ。いくらここがダンジョンだっつったって、あんなものが湧くなんて聞いちゃいねぇぞ?」

「拙いな。強さは兎も角、次から次へと湧いてくる上に道具を扱う知能があるじゃないか」


 確かに、二度目に襲撃してきた二匹は武器を持っていたし、全員が陰部を隠す為の布を巻いている。あまり知性は感じられない生き物ではあるが、ある程度は思考能力があるのは間違いないだろう。かつて掌の化け物の群れと戦った事のある二人であるが、道具を使うだけの知能がある生き物の群れの危険性はまた別である。例えば、追い詰めた時に火を放つや、人質を取るなど、妙な知恵があったら非常に面倒くさい。


「あれが無数に湧いているとなると、原因がある訳だが……」

「あれ嫌い」


 ぽそりとシキがつぶやいた。あまりの嫌悪感ある声だったので古御堂も静夜も振り返り、むくれた顔をしたシキを見やった。


 ――ぱんっ――


 柏手を打つような音を立てたシキの小さな手。


 ぎゃっ!


 直後に響き渡るは断末魔であり短い叫び声。


 また同時に二人が階下をガラス越しに見下ろすと、先ほどまで徘徊していたり、階段を上ろうとしていた白い集団は消えうせてた。おそらくそこにいたであろうと想定される場所には砂が山盛りになっていて、それも徐々にこの世から消えていく所であった。

 

「おい」

「いや、俺に聞かないでおくれ?」


 二人は顔を見合わせる。


 そして再度振り返る。シキの背後に何か青黒い小動物が動いたように見えたが、目を凝らす前に見失う。古御堂に至ってはなぜか気付いていない。

 シキが何かしたのは明白であるが、今はそれより、下である。

 先ほどまでガサゴゾ何かが蠢く気配があった階下は、すっかり静まり返っていた。


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