未来シコウのチートデータガール 14
二階の事務所スペースにテーブルと冷蔵庫、ベッドなどの諸々が運び込まれた。最後に残っていた椅子を荷台から卸して背もたれ部分に手を置いて体重を掛けつつ一休み。
「ふぅ助かった。今日はここまでだ。……シキもありがとうな」
いくら静夜だからと言って、冷蔵庫や電子レンジなどの家電製品まで呪物に変貌してはいない。そう思っていたら電気ポットから鮮血が流れて出てきた事もあったが、基本は大丈夫な筈である。引っ越し業者に頼むのは難しくとも、知り合いの鬼と呪いの少女に手伝ってもらう事はできるのだ。
ペーパードライバーだった静夜に対して、車移動が主流の土地に住んでいた鬼は運転に慣れていた。借りてきた軽トラックを十全に乗り回し、狭い通路もなんのその、家電と家具を大九龍城の奥地にまで運んでくれたのだった。
「アパート一つ借り切っているというからどれだけ荷物があるかと思えば、意外と少なかったな」
「住んでいるのァ俺だけだからな。八部屋分も冷蔵庫やら電子レンジやらいらねぇよ」
「静夜なら夜に分裂しそう?」
「シキぁ俺をなんだと思ってんだい?」
「……怖い?」
「悪かったよ」
「大丈夫」
「ははぁ。弓代も子供には気を遣うんだな? 実は子供好きだったりする訳か?」
「そもそも俺ァ気遣いの男だぜ?」
天気は殺意をはらんだ快晴。雲はなく、風は息が詰まりそうな熱風。立っているだけでも額に汗を掻くし、古御堂も汗を流している。そしてシキも汗を掻いている。レトロな扇風機の絵柄がプリントされて、『ああああ』と書かれただぼだぼのティーシャツの胸元を右手で拡げたり閉じたりしてパタパタ。涼をとろうとしている。
「そんな訳で出前を取るから中に入ってくれ。シキも食えるだろ。蕎麦」
「そば?」
シキが古御堂を見上げ、古御堂はとても優しく笑う。
「ラーメンの親戚みたいなものだ。美味いぞ?」
「それは楽しみ」
にぃっと、はにかみ笑いを見せる白髪美幼女。暑いを理解して美味いも理解する、変なティーシャツを着ている彼女は妖怪の亜種である。とても信じられないが。
「んじゃ俺ァ注文するから二階に行っておいておくれ。ちょうど見せたいもんもあるんだ」
「見せたいもの?」
「前話さなかったっけか? この世界を改変している奴らの話だよ。ちゃんと根拠はあるんだよ。それを見せておこうかってな」
「……根拠だと? 待て、お前が言うのだから本当なんだろうが、いや、だがそんなものを俺が見たら――」
「鯨介、いこ?」
混乱しかける古御堂の袖を摘まんで引き、シキが呼びかける。気付いた古御堂は少し躊躇するような様子を見せるも、シキの誘いを優先したのか歩き出す。
ちらちら静夜を見ているのは一体何の意思表示なのか分からないが、静夜がすることは一つだけ、古御堂に世界を改変している集団の話しを伝える事だけである。しかもそれは、インターネットで面白い動画を見つけたので紹介したいとか、その程度の感覚であり、なおかつ伝えられなかったら別にそれはそれ。という考えである。
「しっかし暑いな……」
煉瓦造りの大きな倉庫の表面に緩い陽炎。二人が倉庫に入っていく様子を眺めつつ、独り言が漏れる。それくらい暑いし、夏である。
二人の跡を追って静夜も歩き出す。倉庫の中に入ると日差しがなくなるが、蒸し暑さは少し増す。この広い倉庫にエアコンを設置するとなると予算や維持費はいかほどになるのか、ちょっと想像するとちょっとうんざりした気分になるのだった。
椅子を抱えたまま鉄階段をえっちらおっちら上って、二階に作られた住居スペースへ。
吹き抜けの二階。鉄板の渡り廊下の先にそこはある。
元はガラス張りの見晴らしの良い事務所スペースであったが、静夜がごねてここだけは改装した。ちょっと視線を向けたら呪物が見えるのは心があまりにも落ち着かないため、ガラスの壁は一部を除きパーティションに置き換えられた。扉だってきちんと取り換えて、少なくとも倉庫部分から見上げても風呂上りの静夜が目撃される事はないだろう。
「異世界の魂共も、呪いってのも本当に厭らしい仕様でな。求めちゃいねぇ時にしか冷えねぇし、温めねぇ。冷たい氷を作るのはいつだって冬だし、家を焼くのは夏だ」
「家は冬に焼かれても困るんじゃないのか?」
ドアを蹴る様にして開けた静夜。中に居る古御堂はエアコンのコントローラーをいじっていて生返事をする。シキは扇風機の前に陣取って「ああああああー」と声を上げて楽しく涼しそうだ。
「さてっと、蕎麦が来るまでのちょっとした暇つぶしに付き合ってくれよ」
テーブルの上のボストンバッグのジッパーを開いて中から取り出すのはノートパソコンだ。弾丸で撃たれても壊れず、塩水をかけても再起動する。電源いらずでインターネットにもつながるという代物だ。問題点は時々犯罪者の無修正犯行画像をライブ中継する程度なので、子供が見なければ大体問題のないパソコンである。
ノートパソコンをテーブルの上に設置して電源をつけると、シキが興味を持ったのか静夜の脇を抜けるような恰好で覗き込んできた。
「アイドル?」
「アイドルは見ねぇよ。あー。シキは楽しめねぇかもなぁ」
「俺も楽しめるか怪しい物だぞ?」
古御堂もパソコンを覗き込んで口を挟む。
「なのに見るの?」
「大人は面白く無くても興味を惹かれる事はあるんだ。世知辛いことにな」
苦笑いを受けべつつ、古御堂はシキの頭を撫でた。
「ちなみに俺が見た時の感想は何言ってんだこいつら。だったな」
二人に向けて静夜もそんな事を言う。
「んで、知り合いの科学者は一言だけ、なるほど。って言ってたっけな」
「なるほどって?」
「意味が解ると面白くなる事もあんだろうよ」
「わかんない」
「そのうち解かるだろうよ」
そんなやり取りをしている内に、パソコンは起動し、インターネットにつながった状態になった。画面左にはブックマークが表示されており、登録した記憶のないブックマークが整理される事無く羅列されている。いつ見たって順番はバラバラで、時折見た事のないページが追加されているが、静夜はもう確認するのを諦めている。知り合いの科学者は折に触れては閲覧を希望してやってくるのだが、いったい何を調べているのかはもはや静夜の知るところになかった。
なにはともあれ、そんな良く解らないブックマークではあるが一番上のページだけはこれまで変わった事がない。すなわち『ワンダフルワールド』のホームページである。
「魔法、特殊能力……ヨガマスターか。昔からなかったか。これ」
「あるよな」
「……二つ名も俺が生まれる前からあるだろう?」
「あるよな」
「酒呑童子や東西南北の魔女は子供のころから聞かされてきたんだが……」
「バッドステータス?」
「……シキ。それを次言ったら俺が嫌がるからな? おいコラ古御堂。どこでそれを知ったんでぇ。しょうもねぇもん子供に吹き込むなよ」
「俺にはそんなものないからな。気楽な物だ」
「その内つかねぇといいな?」
「本当につけられそうで笑えないんだが?」
「俺を笑う奴ぁ笑えなくしてやるのさ」
「今後は無いように気をつけよう。それで弓代、ここに書いてある事を真に受けると、二つ名という概念は一週間前に作られた事になるぞ」
「なるなぁ。なるんだろうな」
静夜は唸る。説明が難しいし、自分でもその一端を理解出来ているかといえばたぶんできていないのだ。静夜が受け入れているのは、そう言う物だと思う事にしただけなのである。
「まぁ、矛盾が少ねぇから、たぶん、渾名とか、代名詞みたいな意味ならあったんだろうなぁ」
「また訳の分からん事を……」
「俺も訳わかんねぇよ」
と、苦笑いで終わらせる事も出来るが、わざわざこうして機会を作って話す事になったのだからそうはならない。「まぁ聞けよ」そう前置きをしてから静夜は話し出す。
「まずな、ポーションってあるだろ?」
「ああ」
「ポーション?」
「怪我をすごく早く治す不思議な薬だよ。ちょっとした傷に掛けりゃ物の数秒で怪我が治っちまうんだ。お手軽で皆持ってる不思議な薬だ」
「そういう物。ありがとう」
「んで、ポーションがあるのに、なぜかこの世界にゃ傷薬と絆創膏が存在する」
「それは、あるだろう」
「おかしいね」
「そうだな。おかしいんだ」
「んん? ああ……。そういう事か」
古御堂が少し遅れて納得する。ポーションはダンジョンの低階層にいるモンスターの魔石を水に溶かす事で生成される。数百年前から方法は確立されていて、その頃からちょっとした傷はすぐに治る様になっていた。にも拘らず、高い開発費を費やし傷薬を作りだし、頭脳を駆使し、かすり傷など真剣に向き合い画期的アイディアに基づき、絆創膏を作り出したのだ。その必要は果たしてあったのだろうか?
「化石燃料に執着したエネルギー体系、殆どの生活用品と全ての家電製品の進化の歴史にゃ魔法の介入がねぇんだ。なんだよ、電子レンジって。温熱の魔石じゃいけないのかい? 飛行機も車もテレビも電話もこのパソコンも、こんだけ魔法使いに能力者に武術家がいるってのに、まるでその進化にゃ関わってねぇ」
「詳しくは知らんが……パソコンに魔術師が関わっているという話はきかんな」
「だろ? んで。俺もよくわかりゃしねぇが、これについてずっと研究している変わりもんに言わせりゃな。この世界の文明の進化に、魔法と特殊能力は介在していないって事だ。どっちも、いや、全部は最近になって唐突に現れて、さも昔から存在してますって面して居座っている異物なんだとよ」
「なんだそれは。今までなかったものが唐突に今までもあったと言われたらどんなに鈍い奴でも流石に気付くだろう。それも、世界中なら少なくない人間が絶対に気付く」
古御堂が常識的な事を言う。静夜は適当にマウスのホイールを動かして画面を動かす。
「今ある世界は五分前に作られた」
「……なにを言い出した?」
「記憶があって、記録があって、証拠もある状態の地球を、五分前にいきなり作ったんだ。自由落下している人間は激突寸前の速度と運命を背負って、車に跳ねられる寸前の男はぶつかる前に鱈腹チーズバーガーを喰った記憶と胃の中に溶けかけたチーズを詰められて、これから子供を産む女は臨月の腹と幸せな家庭を持って、五分前に用意されたんだ」
「ふーん……?」
「全部がいきなりその通りに作られた場合、連綿とした歴史を持ったまま生まれたてになれるんだとよ……これぁ誰も否定できないって話だ。自分の記憶はあると言うが、五分前に用意された記憶かどうかは確認できない。この世界はな、唐突な思い付きで色々継ぎ足されて、昔からそんな世界だったと思い込まされている世界なんだとよ。救いか絶望かは知らねぇが、あいつ等ぁ適当に思い付きをぶち込むもんだから、結構矛盾があって、本当に真剣に考えるとこの支離滅裂っぷりに気が付けるらしいけどな」
もっとも、この矛盾に気付いて世間に訴えた所で、今回の選挙の結果は陰謀に満ちていますと喧伝している人物と大差ない目で見られるだけらしいが。
「話しを戻すとな、昔から渾名やら二つ名はあったかもしれない。けれど二つ名が肉体に影響を与えるようになったのは一週間前から、そんでその一週間前に直された後、ずっと昔から二つ名にゃ影響もあって皆がはあったんだ認識していると書き換えられたんだな」
「バッドステータスって名前が呼ばれていた過去が作られたって事?」
首をこてんと傾げるシキは眠そうだ。たぶん面白くない話なのだろう。それなのに静夜が言いたい事を理解しているようなので、この少女は本当にかなり賢いのかもしれない。
「シキ、お前さん俺より理解が早ぇな。頭がいい。けど次にバッドステータスって呼んだら今日のおやつぁ抜きにするぞ」
「静夜嫌い」
食い気味で嫌われてしまって静夜は苦笑いする。
「どうやっているかぁ知らねぇ。皆目見当も付かねぇ。何が目的かもわからねぇ。知った所でどうにも出来ねぇ。けれどこいつ等ァ世界を気ままに作り変えて、俺たちが知らねぇ間に俺たちの記憶も作り変えて、過去すら作り変えてやがるんだ。ここにあるなぁその備忘録って所だな」
「俄には信じられないが……そうか、鬼も悪魔も呪いも存在しなかった……か」
「あたしはいるよ?」
「そうだな」
古御堂は再びシキの頭を撫でる。それは、どちらかと言えば撫でている古御堂自身を慰めているかのように見えた。
「ちなみに異世界からの転住者もいねぇし、殺しても死なねぇ奴もいなかった。言っちまえば古御堂はただの厳つい兄さんで、俺ァ女にモテ過ぎる浮かれた鼻タレだったかもな」
「あたしは?」
「こまっしゃくれたガキんちょだろ」
「静夜嫌い」
意味は解らなくとも馬鹿にされたとは理解できるらしい。
「そうだなぁ、きっと小学校にでも通っていたのかもな」
「ふーん? あまり面白くないね」
「子供の頃に面白い事があると思ったら大間違いってもんよ」
「おい弓代。シキにあまり変な事を吹き込むな」
「俺の変な渾名を吹聴したなぁどこのどいつだい?」
などと笑って話を少し明るくする。
「まぁつまりよ。元々の世界にゃ人類は一種だけ、肌の色も大きく分けて三つ。髪の色も染めなきゃ大体同じ。魔法もなけりゃ特殊能力もない。ダンジョンもねぇから食糧難のくせに人口爆発なるもんが起きている。そんな変な世界だったんだってよ。こいつらが弄んなきゃな」
「それを、隠しもしないでホームページで公表するのはどういう神経をしているんだ?」
「考えられんのは二つだな」
「一つは?」
「……馬鹿?」
「それが一つ目だ。そんで、もう一つはあいつ等が俺達を馬鹿にしてんのさ。発表しても何の問題がない。知られた所で俺たちにゃ何もできないと思ってやがる。それが殆ど事実なのがまた腹立たしい話だな」
首をこてんと傾げるシキ。多分、彼女の中での結論は、首を傾げたくなるようなものだったのだろう。
「こいつ等ぁ世界を変えてる。嘘か本当かは解んねぇが……話して見た所、それが出来るんじゃねぇかとは思っちまう訳だよ。参った事にな」
「話したのかっ?」
「俺ぁこの集団の一人に目をつけられちまっているみたいでな。どうも転生者にならねぇ俺の事が気になって仕方がないらしい」
「すると……思い通りにならないお前は命を狙われたり。いや、いきなり存在そのものを消す事も――」
「いつ俺が転生者に乗っ取られるかで賭けをしているとかなんとか。金にゃ困んねぇだろうに何をかけているんだろうな」
「馬鹿だそいつらは。俺もシキと同じ意見だぞ。馬鹿だ」
「気が合うな。俺もそう思う」
本当に、ワンダフルワールドは静夜で遊んでいる。いや、奴らはこの世界で遊んでいる。
子供が好きなように作り変えられる玩具を手に入れたら、多くの場合は支離滅裂な物が出来上がるだろう。それが今のこの世界だという。その支離滅裂さを、住民である静夜達は理解できない。魔法は神々の時代から存在し、人類は数千年前には枝分かれし、時として神や悪魔が降臨し、ダンジョンは数百年前から世界中に存在する。それは当たり前であり、常識だ。
そんな世界ではなかったなどと、誰が想像できるのだろう。
世界がそうだったら面白そうだな。とふざけた理由で作られたなんて、誰に言えば信じてもらえるのだろう。
などと思いをはせた所で、
「蕎麦屋九兵衛でーす。出前お届けにまいりましたー!」
大声がしたので話は切り上げられる。
もしかしたら、こうして昼食を運んでくれた蕎麦屋のモンスター青年も、実は存在しないものであったかもしれない。そういわれたところで実感はない。
鬼もモンスターも異世界人も今や日常で、当たり前なのだから。




