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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 8


 犯人を想定するなら東雲コハクだろう。

 グラスの中のウィスキーに猛毒を仕込み、静夜を殺害しようとした。

 体内に吸収され、静夜を害した傍から毒は無力化されるので、血液からは毒が検出されなかった。それは想定できる事であるが、吐瀉物に含まれている筈の毒まで消えてしまうとはどういう事であるのか。


 考えられるのは検出されない未知の毒を用いるという手段。

 特殊能力を含む、魔術の類による攻撃。

 さもなければ、実は急性アルコール中毒で倒れただけ。


 最後の思考は自分でも一笑に付す様な可能性だが、考慮の中に入れないのもまた違う。


 静夜が目を醒ましたのは病院のベッドの上であった。担ぎ込まれたのは静夜が倒れてから三十分後の事。救急車ではなく、タクシーに乗せられ病院へと運ばれた。

 コハクは本当にタクシーを呼んだのだ。姿こそ消したが、まるで単なる酔っ払いと上手くお別れしたかのように。


 その一連の行動は、疑えば静夜が万が一無事だった時のいい訳の為だとも考えられるし、純粋に静夜にさめてしまったただけにも見える。

 つまり、上手い具合にどちらとも言えず、静夜も断定は出来ないのだった。


「何度でも言うけどね。君に関してはほっとくのが一番だと思うよ。患者のベッドを一つ使うのがもったいないから入院なんてさせたくないんだよ」


 小さな個人病院の診察室。身体が冷え切ってしまいそうな空調の中、二人はキャスター付きの丸椅子に座って向き合っていた。


 穏やかな顔で非常に辛辣な事をいうのは静夜が掛かりつけにしている医師、棘ヶ丘ユマである。

  

「そいつぁ客にいう事かい?」

「私は患者を診ているんだよ。客はどうだっていいと思っているのさ」

「じゃあ患者だよ。芋袋みてぇに引きずられて担ぎ込まれたなら患者だろうよ」

「私が診始めたら見始めたらもう治っちゃったし、何の毒が盛られたかもわからないし、それって実質健康なんだよ」


「先生でも判んねぇ毒かい?」

「解からないんだよ。半減期が恐ろしく早いのか、君の吸収率がとてもよくて馬鹿げた力で全部なかった事にされたのか……毒なんかじゃなくて別の手段があったのか。おもしろいなぁ。どうしても知りたいなら今からでも残留しているかもしれない毒を探して開腹してあげるよ?」


 あたかもマッドサイエンティストの様な言動の青い髪の美少年。その偽悪的な振舞いに付き合って静夜は苦笑する。


「ちなみにね、唾液に残っていたのはアルコール成分。胃液も採取したけど、ピーナッツとアルコールだけだったよ。血液は調べても無駄だから調べていない。君、本当に毒を摂取したの?」

「それが判んねぇから聞いてるんだけどよ? ってぇ事ぁ、俺ァ殺されかけたかどうかも分からねぇって事かい」

「その通り。まったくわからない。胃の中にアルコールが残っているからには、毒の成分だって残っていて然るべきなんだけれど残っていない。私としては、君は急性アルコール中毒で倒れただけと結論づけてしまいたいな。犯人捜しは医者の仕事じゃないし、推理は私の趣味でもないんだよね」

「……ちなみに俺がアル中で倒れた可能性ってのはどれくらい高いんでぇ?」

「血中アルコール濃度はゼロなんだからわからないさ。でも……店長さんの話だとウィスキー七杯だったかな? 当然十分あり得る数字さ。もっと節度を持って、空腹時には飲まない様に」


 からかうように言って、棘ヶ丘医師は白衣のポケットからピルケースを取り出し、不気味な色合いの錠剤を口の中に投げ込んだ。

 色付けされているだけだとしても、誤飲を防ぐためにその色合いの筈であり、ならばそれはどう見ても不健全な薬物。節度をわきまえるべきなのは棘ヶ丘医師こそである。


「と、まぁ、真面目に答えるならこう言うべきなんだけど、君の場合、血中に入った毒素は君に悪さをした後に無力化されるよね。君の特異体質を考慮すると、君が意識不明にするには吸収した傍からさらに追加で毒を盛ら続けたと考えられる。極端に言えば、アルコールではなく毒の塊を胃の中と腸の中に詰め込んで、継続的に吸収されてはダメージを与えられ続けたという事だ」

「それぁ……女じゃなくてマスターの方が怪しくなるな」

「推理は嫌いなんだけど、だったら私の所に運び込むのは大間違いだな。助かるなら助けてしまうからね」


 それはそうなのだ。

 やってきたタクシーの運転手が、静夜を見過ごしてバーに入り、そしてあの醤油顔のマスターが異変に気付いて外に出た事で静夜は発見された。

 ただの泥酔ではないと悟ったマスターは、静夜をタクシーに乗せてこの病院まで送り届けてくれたのだ。


 マスターと静夜の付き合いは深くはないがそれなりに長い。静夜が普通の病院を嫌い、この闇医者を掛かりつけにしている事も知っている。そしてマスターは自身が大怪我をした時に静夜の口利きで棘ヶ丘医師に世話になった事から凄腕である事も知っている。なにより、棘ヶ丘医師は自身が医療系の転生者である事を隠さず、明確に公言している。金さえ払えば漫画の様に治すとは、ホームページある文言でもある。


 静夜を殺したいなら、偽装するにしても棘ヶ丘医師の個人病院に連れてくるのは間違いである。


 そうして考えると結局巡り巡って静夜を追い詰めた物が何なのか、追い詰めた人物が誰なのか、想像の枠組みを超えて特定する事はできなくなるのだった。


「そもそもだ。なぁ先生。俺ァ死にかけていたのかい?」

「そんなのは君が一番解かっているんじゃないのかい? 答えはイエスさ。血中のドパミンを始めとする快楽物質は非常に多かった。間違いなく臨終と蘇生を繰り返していた。死因が知りたいなら次は回復しない様にやってくる事をお勧めするけど……治しようがない患者を診るのはとてもストレスがたまるから、やっぱり君は来なくていいんだよ」


 どうせ治っちゃうんだから。棘ヶ丘医師は投げやり気味に言う。


「死に直面していた事は保証する、ということは恐らくは命を狙われた訳だけど、君は命を狙われる心当たりはあるのかい?」

「あるっちゃある。あり過ぎる位なんだけどな、逆にどいつもこいつも今俺をとりに来るような連中じゃないんだよな」


 例えば白紙社。殺意は高いだろうが、人類の上をいく超越者に釘をさされたばかりで動き出すには早すぎる。そして方法が直接的すぎる。白紙社はもっと陰湿でねっとりと、気が付いたら足元が腐っているような、そんな迂遠な方法をこのんでいる。


 例えばララメラと七人のマッドサイエンティスト達。ふざけた名前のこの連中は、ララメラという女性に恋をする七人があらゆる手段でララメラを喜ばせようとしているだけの集団だ。その喜ばせ方の中には、ララメラを振った静夜を殺すというのも重要項目として掲げられていたが、現在はララメラが脳に損傷を負い記憶を失ったために静夜暗殺計画は凍結されている。静夜を殺したら記憶が戻るなどと頓珍漢な発想に至らなければ、あの恋愛下手共が静夜を襲う事はないだろう。


 例えばトム&ジョージズマーケット。例えば平和祈願会。例えばキリスト教会埋葬部門。と指折り数えて、たぶん忘れている連中もたくさんいるだろうと思い始め、もう一度白紙社を数えそうになったところで棘ヶ丘医師が手を上げる。


「あーあー。もういい。馬鹿につける薬を開発するから今度飲みたまえ」

「俺ァ別に悪かねぇだろ」

「気の強い君の事だ。喧嘩を売られたら買うんだろうだろう。普通はうまくやり過ごしたり、すかしたりして火種を消すものだよ」

「まっすぐ生きるなぁ難しいったらありゃしねぇな」

「君は死なないけれど生きるのは下手だからね。もっと味方を作るといい。それが私が言える君への処方だ」

「ありがとうよ」

「素直にお礼は言えるのにね、どこをどう間違えばそんなに敵だらけになるのかな……」


 と、壁掛けの電波時計に顔を向ける。


「……これってもしかしたら守秘義務とやらに抵触するのかもしれないけれどね、死人が文句を言ってくるならそれはそれでありがたいから言ってしまうがね。昨日私が一人看取ったと言っただろ?」

「……死にそうにない奴だったっけか?」

「帝都探偵社のね、深渚(みなぎさ)君だよ」

「……誰だっけ?」

「デッドストックって言った方が判りやすいかな?」


 静夜も流石に言葉に迷う。二つ名を持つ異世界の出身者が死んだのだ。デッドストックという名は有名で、『死という現象を無限に保存できる』という静夜の頭では正確に理解できない超能力を持つ人物だった筈だ。ただ、死を保存するという文言から、そう簡単には死にそうにないという想像はついた。


「どうもね、転がり同盟に対してどこかの誰かが抗争を仕掛けているんじゃないかと言われているんだ」

「やめてくれよ先生」


 苦虫をかみつぶしたような顔で、静夜は首を振る。


「私も世間では転がり同盟の一員と思われているだろう。当然、例えば転生者の素体となっている不死身の男も、事情を知らない阿呆共にしてみれば……ね?」

「聞きたかなかったよ」


 心当たりが一つ足された訳だ。そして転がり同盟という、異世界出身者の集まりのメンバーを殺せる様な奴が心当たりになるとすれば、静夜にはなすすべもないのだから、知りたくなかったというのも仕方がない事だろう。


「診察はこれでお終いにしよう。君は致死性ダメージから立ち直った。呪術面は知らないけれどいたって健康体。いつも通りさ」

「わりぃな先生。迷惑だっただろう」

「当たり前じゃないか。君みたいな治し甲斐のない腐れ縁でも担ぎ込まれたらいい気はしないんだ。いい加減自分の体を大切にする事を学ぶんだね」

 

 棘ヶ丘医師は困り顔のような苦笑をうかべると、最後にお大事にと言って静夜を病室から追い出した。


 どうやら本当に今回は心配、あるいは心労をかけてしまったようだ。


 死なないし、すぐに健康体になってしまう男が昏睡状態で、一晩目を醒まさなかったのだから、なんだかんだで善人の棘ヶ丘医師は気をもむだろう。それを思うとやはり申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「あっ……弓代さん?」


 診察室から廊下へ。廊下から、やたら笑顔が可愛らしい看護師がいる受付へ向かった所で静夜の背後で声がした。


「……お? 今日は歩いて平気なのかい?」

「ええ。日に日に体調が良くなっていくのが判るわ。このまま手術しないで治ったりして。なんてね。そんな風に思ってしまうくらいには好調よ」

「そいつぁ良かったな。そのまま治っちまえば良いんだがよ」

「そうならないのは知っているわ」


 そう言って古御堂凛音は微笑んだ。笑顔がまた美人である。


「……それと、昨日はすみませんでした」


 ばっと勢いよく頭を下げる凛音。静夜は少し驚き気味に身を引く。


「まだ気にしてたのかい。俺が気にしねぇんだからもういいんじゃねぇかい」

「……そう? じゃあ甘えるわね」


 静夜は凛音を許す。想い人に変な瘤をくっつけた男に対する八つ当たりだと思えば、実に可愛い物だった。 


「それで、今日は……?」

「今日は俺の個人の用事で先生に会いに来たんだよ。古御堂なら、きっと夕方までにはやってくるだろうよ」

「そうなんだ……」

「なんでもこっちで新しい仕事を探すって言っててな」

「……兄さん、大丈夫なのかな?」

「あー。鬼は就職が厳しいとか、そういう話でかい?」

「うん。以前住んでいたところでは死んだ父さんも兄さんも、とっても苦労してたから」


 静夜は差別を知らない。意図的に知らない様にしている部分もある。鬼は差別されている存在だ。と知識を手に入れても役に立つ場面がないからだ。静夜は鬼だろうが神だろうが特に思う所がない上に、他人に鬼は差別されるんだぞと吹聴してもやはり益体もないと思っていた。


「大丈夫だろ。いざとなったら……何人か俺にもコネがあるからよ。働き口にゃ困らねぇだろうさ」

「ありがとう。でも――」


 凛音は言葉を一旦切り、少し強めの切れ長の目で静夜を見る。


「あまり兄さんに危険な事を手伝わせないでね」

「……善処するよ」

「善処。それでいいわ。あくまでも、兄さんの自由意志が大事だから。私、束縛は好きじゃないのよね」


 あ、怖い。


 静夜は古御堂を高く評価している。この、造り変えられ続ける世界においてあの男は特効能力をもっているのだ。評価しない方がどうかしている。なのでしっかり恩を売って、しっかり恩返しをしてもらおうと内心では思っているのだが、あまり調子に乗ると目の前の勝気な義妹が黙ってないだろう。


「兄さんは隠しているつもりみたいだけど、あの人は危険な事を平気でするの。自分は丈夫な鬼だからって。丈夫な鬼の私はこんな有様なのに」

「あの先生が生きようとする力があると言っていたんだ。だったら丈夫な鬼は元気にならねぇとな?」

「……そのナンパする気もないのに勘違いさせようとする言動、苦労するんじゃない?」

「ちげぇねぇ」


 苦笑い。そんなつもりはないのに、そうと取られる事はよくある。

 静夜が毛嫌いする奴等の求めるような異世界人みたいで業腹であるので、その指摘を受けると身が引き締まる思いであった。


「まぁそれぁそれとしてよ、金で治っちまうような病気なんざ大した事じゃねぇんだ。そんなに兄貴が心配ならこれからぁ目を離しちゃならねぇよ」


 粗雑に紡がれる静夜の優しい言葉。

 驚いたように凛音は目を見開いて、そして鋭い微笑を見せる。


「ええ……折角兄さんが私だけを心配してくれていたのに、今ではシキちゃんにご執心だもの。言われた通り、キチンと目を離さない様にするわ」


 え、怖い。

 冗談なのか、本気なのか、彼女との付き合いが短すぎて静夜には推し量れない。


「冗談よ。ええ、病気を治して早く自立したいし今はまだ、ここで大人しくするわ。それでは、弓代さんもお大事に」

「……おう?」

「昨夜、担ぎ込まれたのが弓代さんよね。だから、私の命の恩人だし、少しだけ気になっていたの。元気そうだったので、もう別に、どうでもいいけど」


 そしてこれはたぶん、冗談でもないし、噂に聞くツンデレでも、たぶんない。

 シンプルに心配し、そして元気そうだからどうでも良くなった。言葉通りに受け止めるのがいい着地点だ。


「そうだな。酒の飲みすぎにゃ気を付けるよ」


 実は心配していてくれたかもしれない凛音の顔は呆れた様なものになる。

 とりあえずはそれで満足して静夜は静夜は病院を後にした。



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