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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 2

 鬼の角は本来、対をなして両眉尻の上辺りか、額の中央に一本か。その位置に生えると言う。非常に硬く、怒りなどで感情が高ぶると角は生えてくるとされている。神経は通っていないらしく、触れられも痛くも痒くもないとの事だった。乳白色のそれは骨と思われがちであるが、皮膚が変質したものであるから、爪や髪の毛と同じケラチンが主成分となるそうだ。


 そんな鬼の角であるが、極稀に、角が外側に向かって突き出されるのではなく、内側、頭蓋骨側に突き出してしまう奇病があるらしい。まさに鬼特有の病気であり、個体数が一万に満たない鬼では症例が少なく、研究も進んでおらず、罹ればやがては頭蓋骨を穿って死に至るしかないとされていた。


 古御堂鯨介の妹、古御堂凛音(りんね)。彼女が罹った病気こそ、その死病であった。


 ベッドの上で上半身を起こしたその姿は、かつては活発なスポーツ少女だったと聞かされている分、痛々しい。

 病的に色白で、少し痩せた印象を受けるが類まれなる美女である。額の右にある角が鬼族の証であるが、義理というだけあって古御堂鯨介という野蛮な筋肉男とは似ても似つかなかった。

 漆の様な黒髪、やや釣り目気味な、強きな瞳。どんなファッションをしても心を惑わせてくるような美貌だが、今は与えられた病衣を羽織っている。それが更に儚さを醸し出して、背徳的な魅力を演出していた。


 だからだろう、静夜の表情には少しスケベ心の様なゆるみが浮かんでいた。


「どうも初めまして弓代静――」 

「兄さん。このいけ好かないすかした男が兄さんとシキちゃんを引き合わせたのね?」


 ぴりっ。と、場の雰囲気が張り詰めた。主に静夜と凛音の間の空気である。


 あ、やべ。と静夜は知らぬ間に踏み抜いた地雷を予感した。義理の妹と聞いた時点で嫌な予感はしていたのだ。気配や殺気や他人の実力などは読めないが、たぶんそれなりに空気は読める。

 問われた古御堂は困り顔になって、頬を人差し指で掻く。所在なさそうに病床の妹の機嫌の悪い理由を探る目をしていた。


「押し付けられた訳じゃないぞ。俺が引きとったんだ」

「そう。そこの男で間違いないのね」

「どうしたんだ凛音? なんでそんなに怒っている」

「ふんっ」


 ――いや、解るだろ? まさかの鈍感系かよ。


 静夜は内心で悲鳴を上げる。奴等が求める物を目の当たりにして、自分には無理だと打ちひしがれた。

 これが、本物か……!


「凛音。弓代が医者を紹介してくれたんだ。それに、治療費に関してもスポンサーみたいなもんなんだ……その、あまり険のある態度はだな、お兄ちゃんの胃に穴が開いてしまうんだが?」

「……その件に関してはとっても感謝しているわ。兄さんが危ない仕事をしなくて良くなったって分って本当に嬉しいし、病気が治るかもしれないなんて、本当に夢の様よ。だから、すごく嬉しい……けれど、でも……」


 少し泣きそうな色の白い美少女に、古御堂も静夜も言葉を探す。

 言葉を探している内に、深呼吸した凛音はぽそぽそ語る。


「……兄さんに隠し子がいたのかと思った時には目の前が真っ暗になるほど驚いたわ。それが呪いのアイテムに憑りついてるモンスターで意思があると聞いた時には頭痛が酷くなったの。結局シキちゃんが兄さんに懐いていると判った時、兄さんがシキちゃんの面倒を見ると言い出した時、私はどんな顔をしたら良かったの? 弓代静夜さん、どう思うかしら?」


 気持ちはわかるが、しかし俺に話を振るのはとばっちりだと思います。

 応えたいが、複雑な恋する乙女にそんな事を言う選択はなかった。


「確かに、大切な家族が呪いの指輪なんてよくわかんねぇ物に好かれて、それが対話の可能な可愛い幼女と来たもんだ。しかも一緒に暮らすと、これぁ。俺だったら困っちまうよ」

「ええ。本当に大切な家族よ。たった一人だった、かけがえのない家族」

「あー。俺が浅慮で余計な心労をかけちまったようで……。こりゃ俺が悪かったかもな。ただ、シキは、古御堂の事を父親の様に見ている事は間違いないんじゃねぇかな? 純粋な親愛じゃねぇかな。と、そう思ってんだけどよ」

「ええ、私も、兄を、義兄として見てるわ。だから、これは八つ当たりみたいなもの。救ってくれた貴方に対して無礼がすぎたかしら?」

「いや……そうだよなぁ。びっくりするよなぁ」

「……大人げない事を言ってごめんなさい。ちょっと、ええ、ちょっと気が立っていたのよ。ごめんなさい」


 静夜が折れれば彼女の態度も軟化する。とりあえず話せばわかるタイプだと少し安心した。あと、なんだか本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。


「シキぁ本当に子供だからな、たぶん、その内お前さんの事を母親とか言い出すかもしれねぇぜ?」

「なっ、なんて……もう、いいわ。私が子供だっただけよ。ごめんなさいっ!」


 適当なフォローのつもりで言った台詞に、凛音はアーモンド形の瞳をまんまるにして驚き、少し頬を赤らめる。


「兄さんももういいから、今日はもういいから! 私は大丈夫だからもういいから!」


 そう言られて二人は追い出される。

 初々しいったらないな。などとむしろ静夜は笑みを漏らす。

 とりあえず上手い具合に収まったもんだと自画自賛しつつ、古御堂を追いかける形で病室を後にする。

 満足して歩く静夜に対して古御堂はどうにも釈然としない様子である。

 

「……いやぁ、普段あんな態度はとらん奴なんだ。本当だぞ……? 弓代を見て舞い上がったのか、なんなのか。とにかく、普段はもっと礼節を重んじる子なんだ」

「あん? ……いや、良い子なのぁ分かったよ。あと俺の面ごときで舞い上がるようなタマじゃねぇだろありゃ」

「そうなんだが……そんな事を言い出したらそもそもあんな態度をだな……」

「俺が良いって言ってんだ」

「すまんね。そう言ってもらうと助かる……が、お前、凛音に手を出すなよ?」

「……おう?」


 お前さんは手ぇ出せよ。そんな返しをするのは、きっと凛音に対して悪いのだろう。あまりにもじれったい場合は突くかもしれないが距離感の解らないこの状況で言う事でもない。とりあえず、見ててイライラするような状況ではない事を祈るばかりだ。鬼の恋愛観など知らないし知った事でもないが、凛音が本気で古御堂にアピールをしたら、性的不能者か朴念仁でない限りカップルの成立はかたいだろう。お節介焼きの下世話者のような事を考えて、『いや待て人様の色恋なんてほっとけ』と冷静な感情まで入り混じり、収拾がつかない思考のループに陥ったので考える事をやめるぞと心がける。


 そんな心の動きで少し思考が落ち着きかけたそのタイミングで、背後で足音が立ち止まった。

 

「患者を興奮させた愚か者はどこのどいつだ? いいのか。ただでさえ難しい病気なのに悪化させるような愚行を犯して」 

 

 一階のロビーでの会話である。

 その不機嫌そうな言葉選びとは裏腹に、語調に重たさはない。 


「いや、その……すまないと思っているよ。以後このような事は――」

「本当にやばかったらこの先生ぁあの場で俺に麻酔をぶっ刺してるよ」

「古御堂氏の態度は正解だ。弓代静夜の言っている事は正解だがわきまえろよ」


 美少年である。見た目で言えば二十歳に満たない静夜からしても、まだ若く見える白衣の小柄な少年。見た目は十代の前半、濃紺色の髪で目付きが酷く悪い。そんな少年が赤と緑の毒々しいカプセルを口に投げ入れながら静夜を睨んでいた。


 彼こそがこの個人病院の所有者にして静夜の掛かりつけ、棘ヶ丘ユマ医師である。


「悪かったよ先生。にしたって今日はずいぶん機嫌が悪いじゃねぇか?」

「ふむ。殺しても死なないような奴いたんだがね、先ほど死体を検分してきた。これで死なないような奴は片手で数えられる程になってしまったよ」

 

 それは少し寂しそうな発言だった。この棘ヶ丘医師、コンプライアンスやプライベートなどの概念を失ってはいるが医者なのだ。失われた命には素直に嘆く訳である。


「あー……確かに、病人の身体に障るなぁ良くないな。気をつけるよ」

「そうだ、それでいい。ああ、古御堂氏。君の妹さんの容体は極めて安定しているから心配はいらんぞ。鬼というのは実に素直でいい種族だ。規定量の食事に規則正しい起床、睡眠を真面目にとる。なにより生きようとする生命力が素晴らしい」

「それは……」

「ぬか喜びなどさせん。安心しろ。治療方法は確立している。遺伝子の変異による奇病であるならば、遺伝子を変異させ直せればいいだけ。だが、残念ながら左の角は永遠に失われる事になるだろう。それがこの同意書に書いてある」


 左手に持っていたクリアファイルを古御堂に突き出す。ずいっと胸元に押し付けられたファイルを古御堂は戸惑い気味に受け取る。


「先生よぉ。それってこんな場所で話す事か?」

 

 もっと言うのならば他人である静夜がいる場所で話す内容でもない。


「院内は全て僕の診療室だ。どこで話すのも、誰と話すのも僕が決める」

「角が……そう、角は駄目か……」

「ちなみに凛音君は既に同意している。あとは家族の君の同意だけだ」

「……傷跡は?」


 実に重たい決断を迫られている。同意しなければ死ぬだけなのだから同意せざるを得ないが、少しでも不安を軽減したいのか、古御堂は棘ヶ丘医師に聞く。


「僕は華佗の生まれ変わりだぞ?」


 棘ヶ丘医師は、医療系転生者の中でも伝説的な男の転生者である。鍼治療と薬品治療を融合させ、そこに自前の魔法を織り交ぜる事により数えきれない程の患者を救ってきた。権力争いを嫌い、俗世を嫌い、転生者同士の同盟をも嫌い、あらゆる組織に属さない為に違法な医者として勇名をはせている。

 その男が豪語するからには傷跡は残らない物なのだろう。

 

「これにサインをすれば……」

「ああ。あとは施術して健康になって帰るだけという寸法だ。金はそこのいけ好かないすかした男が払ってくれるから君の出来る事はそれだだ」


 話を聞いていたのか、それとも偶然か。

 また変な色合いのカプセルを飲んでにたりと笑ってみせた。

 

「古御堂。ちょっとそれかせ」 

 

 眉間に深い皺を寄せていた古御堂の様子があまりにも怪訝そうなものだったので、静夜は隙だらけの古御堂の手からクリアファイルを掠めとる。


「おい」


 取り返そうと手を伸ばしてくる古御堂を躱しながら素早く文章に目を通す。書面一枚程度の情報量は即座に読み取れる。今まで書類をよく読まないで酷い目にあってきた静夜はそれなりに契約には気を使っていた。


「ほーん。ああ。よしよし。手術に失敗しても文句を言いません。手術に伴って生涯にわたって左の角は生えません。文句を言わないです。投薬と鍼治療により定期的に病院に通う必要があるので通います。手術によって取り出された角の核は今後の医療発展の為にこの先生に譲渡します? 手術前の様子と予後の経過観察の記録を公表する事を許可します? おい先生さらっと最後の方に変なの混じっているぞ。こりゃ説明なかったぜ?」


 言いながらクリアファイルを古御堂に返す。


「契約書も同意書もきちんと読むのが前提だ」

「はぁ。これだから……あ、あと先生よ。支払い俺なのになんで俺にサインさせねぇんだよ?」

「あとで渡すさ。メモ用紙でいいか?」

「金のありがたみ解ってねぇんじゃねぇの?」

「持っていたら三途の川とやらを渡ってしまうかもしれないというアレだろう? そんな厄介な物を取り上げるのが医者の仕事だ」


 途中からふざけた雑談になるが、古御堂は最早聞いていない様で、深く考え込んでいるように見えた。


「凛音はこれを全てわかった上で同意しているんだろ?」


 ようやく言葉を思いついた様に古御堂が棘ヶ丘医師に尋ねる。


「ああ。もちろんだとも」


 その返事を聞いて、古御堂はじっと棘ヶ丘医師を見つめた。険しい顔だったが、少しすると表情を緩めた。


「解ったサインしよう」

「え。大丈夫か? 僕が言うのなんだが、後半は結構ギリギリだぞ?」

「自分で言っておいて何なんだこの先生はよ」 

 

 二人のやり取りを見て静夜は苦笑する。

 結局、個人名は公表しない事を口約束してサインはなされた。


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