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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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死ぬよりマシなゾンビズム 1


 転生者というのがいる。

 しかしそれは弓代静夜の事ではない。


 前世の記憶を持つ人間の事だ。最近ではこの世界とは異なる世界で人生を終えた人物が多い。

 生まれ落ちたその瞬間から前世の記憶がある場合と、十代、二十代、或いはずっと大人になってから唐突に前世を思い出すというパターンがあるが、いずれにしてもベースになる人間は前世を自覚した瞬間から人格が変わってしまう。全くの別人になるのだ。


 別人の中身も様々だ。サラリーマンだったり、ニートだったり、武将であったり、魔法使いであったり、勇者であったり、魔王であったり。

 伝説に語られる人物も無節操に現れる。踵の健が弱点である事を引き継いだり、髭を剃ったら弱体化したり、逆にそれ以外に弱点がなかったり。


 とにかくそういった別人になるのだ。


 おぎゃあと生まれたその日から、他人であったのなら話しは早い。前世を持っているかもしれないが親にしてみれば自分の子供であるし、転生者の方も育ててくれる親には愛着も湧くだろう。義理の親子とでも思えば落としどころは見つけやすい。


 自我が芽生えてからの転生者は中々に罪深い。人格が入れ替わってしまうのだ、見ず知らずの他人を母と呼び父と呼ぶ。血のつながった他人を子供と呼ぶ。恋人の皮を被った他人と密になる。その業の深さに耐えられず、中には自殺してしまう転生者もいた。そんなものだから、最近ではアップデートが実施されたらしい。前世を思い出したけれど、それはそれ、自分の今までの記憶は残っている。人格のスライドはシームレスに、ちょっと思考のパターンが変わっただけさ。

 

『お出口右側です』


 別人になる瞬間は様々である。頭を打った瞬間であったり、事故にあった瞬間であったり、夜寝て目が覚めた瞬間であったり。きっかけはあるのだがそのきっかけは様々だ。大きな事故であったり、小さな転倒であったり、なんならくしゃみ一つであったりと。


 大事故であっても前世を思い出さない時は全く思い出さない。なので運が悪ければ酷いハンディキャップを背負った状態で前世を思い出す事もある。


 手足の欠損、視界の損傷。酷い容姿。そんなところからでも這い上がってくる転生者たちが一時期流行った。それを眺めている連中はたぶんそれを見世物として楽しんでいるのだろう。どん底からの成り上がりは、おそらく彼等、転生者を用意している存在にとっても十分な娯楽であったのだろう。健康な人間をわざわざ不健康にする位には、楽しんでいたと思われる。


 不幸にして最低最悪から成り上がる転生者がいるのなら、完璧な男が完璧な状態で転生してきたらどうなるだろう? かつて、奴らはそれを知りたいと思った。


 思ってしまったのだ。

 ……転生者というのがいる。

 弓代静夜の事ではない。


 今は、まだ。

 

 ごごとん。ごごとん。ごごとん。電車はゆっくりと速度を落とし、駅に滑り込んでいく。

 そうして、弓代静夜は駅に降り立った。


『陸番線。ドアが閉まります』


 達磨(ダルマ)がふわふわと浮かんでいる。


 未知なる力によって『そこにそうあるべし』と定められた色とりどりの達磨が、時には風に翻弄されつつ、宙に浮かんでいる。


 朱色の達磨、青色の達磨、黄色に緑に黒に白。とにかく達磨が頭上一メートルから十メートル程をゆらりゆら。


 街を日常的に行き交う人々は珍しくもないから見向きもしない。逆に、この街の外部から訪れる全ての人間は、ただそれを見るだけで不思議な気持ちに囚われる。


 達磨とは、宙に浮かぶ物だったのか。


 一つ浮くだけでも不思議なのに、それがどうやら八百万個浮かんでいるというのだから圧巻だ。

 それを見る為だけの観光が成り立つ光景は、しかし住人にしてみれば日常以外の何物でもない。誰が作ったかもわからない未知なる創造物が浮遊しているが意識されず、触れる事すらなくて害もない。そこに住むと決めたその時から、達磨とは街の空気と化すのである。


 北関東に存在する地方都市の特色はそういうものだった。

 電車を降りた弓代静夜はその光景に気圧されてしまう。

 ――ああ、この街ぁおっかねぇなぁ。

 と。


 口をヘの字にして、自分の眉毛がすこし歪んだのを自覚する。思わず出そうになる溜息を踏み留めたのは、自分から望んでやってきたくせにと自嘲する気持ちが頭をよぎったのも大きい。


 それでも思わず立ち止まって達磨を眺めている静夜の顔を、人々が、特に多くの女性がちらちらと盗み見ていく。


 それは達磨をおっかなびっくり眺める静夜を奇異に思っての事ではない。

 単純に、弓代静夜という男の顔に目を奪われての事だった。


 緩いウェイブの黒髪は手入れをしていないがパーマを当てたかの様で、乱暴に傷つける目的でつけられたかのような九つのピアスは偽悪めいたファッションで、敵を探すような険しい瞳はクールと言い換えられる。


 どんな表情をしたところで、人工物めいて整った顔立ちは魅力的だ。思わず閉口していても、不満そうに眉をゆがめても、顔が良いから好意的に解釈される。スケベ心で鼻の下を伸ばしても色気があるといわれるのだから本人は失笑物だ。

 男女問わずにこの顔を見られている事は気が付いているが、それを理由に表情を取り繕う事など一切していないし、する気がない。


 あまりにも顔のつくりがいいため、静夜は物心ついた時から衆目に曝されてきた。その為周りの目を気にする事には早々に疲れ果ててしまった。疲れ果てて幼心に防衛本能が働いたのか、一周回って他人から見られる自分という物を一切気にせずに無視する力にベクトルが向くようになった。


 つまり――頭がおかしいと思われるような行動も、この男は躊躇なく行えるのである。 


 そんな思考のひねくれた静夜は達磨がふわふわ浮かぶ駅の構内から外へと出る。

 雲一つない青空と、白い太陽が静夜を出迎える。


 アクラネの少女と古風な杖を引き摺る魔法使いの少女が冷たそうなラテを飲みながら通り過ぎたり、熱そうな顔で手団扇をする青い肌のリザードマンのサラリーマンが早足で過っていく。


 あまりの灼熱に、思わず立ちすくんで駅構内に戻ろうかと心がひよる。

 

「そこの白いアナタ。いや、赤なのかな? 酷く、悍ましく、手遅れな程に憑かれているようだけれど、この街にどのようなご用件かしら?」


 駅の影と街の境界線、ただ一歩踏み込めば街で、引き返せば駅の中。そんな絶妙な位置で、静夜は黒と緑の美しい存在に呼び止められた。


 美しい、そう解る。


 黒い服。緑のパンツ。髪は黒くてエメラルドグリーンが混じり、そして顔は全く認識できない。が、その雰囲気は圧倒的である。そんな推定女性が目の前に立っていた。

 彼女の周りには魔法で造られたと思わるデジタル表記の数字が浮いている。デジタルタイマーの輝く数字だけが、野放図に飛び交っている様だった。


「ああ、もちろんアナタの事よ。赤いアナタ。そんな風に惚けようとするのはお姉さん感心しないなー」


 呼び止められた静夜だったが、それを無視して脇を通り過ぎようとして、再び呼び止められた。


 今度は、足が重たく、持ち上がらず、動けない。

 そして、それに合わせる様に――周囲の殆どの存在は動けていなかった。

 ただし、動けていない事を認識しているのは静夜だけ。人間はおろか、車の往来も、電車の出発も、鳥の羽ばたきも、全てが動かない。

 静夜の意識と、顔の認識できない美しい存在と、デジタル表記の数字と、ふわふわ浮かぶ達磨だけが世界で動いている。


 ――人間じゃない。悪魔でも、神でも、おそらく、人知に当てはまる存在ではない。


 ああ、この得体の知れない何かは、どうやら静夜に関心をもっている。


 ここに降り立った時よりもずっと前から静夜に気が付いていて、そしてここで逃げてもずっと監視するつもりの超越存在なのだろう。

 そんな存在を相手をやり過ごす事など、この期に及んで可能とは思えず、だから静夜は腹をくくって言葉を紡ぐ。


「白だの赤だのってどっちか判らねぇよ。てっきり俺の事じゃねぇかと思ったんだよ」


 ちなみに今は薄手の白い七分袖だ。麻で出来ていて通気性も悪くない。どこにも赤い要素はないはずである。もっとも、そう呼ばれる心当たりはあって、だから赤いと言われても違和感はないのだが。


「嘘吐きね。でも赤に染まりやすそうじゃない。そこはいいの。私が呼びかけたのはアナタの事だと、解っていたわよね? 何しに来たのかしら?」

「……あー。ちょいと引っ越しを考えていてよ。良い物件の為にここにきたのさ」

「それはこの街を死に場所にしようとでも言う話かしら?」

「……あん?」


 思わず、静夜の右眉が跳ね上がる。


「憑き物に耐え切れなくて自殺しに来たのかな?」

「……ああ、そういう話かい。だったら俺ぁ死ぬのはごめんだよ。死にたかねぇさ」


 だからもう俺から興味をなくしておくれ。

 

「ふぅん? 最初はね、余程の怨霊が迷い込んだのかと様子を見に来たのよ。でもよく見てみたら生きている人間じゃない。だったらもしかしてあまりにも憑かれてしまって絶望したから死に場所を探しに来たのかと思ったけれど、それも違うの? それとも自棄を起こして暴れに来たのかな? 自爆テロだって立派な自殺よ?」

「なんでぇその物騒な話は。ったく、どいつもこいつも、どうして俺を死にたがりだと思うかねぇ」


 これでも、世界で指折りの生きたがりだと自覚しているのだが。


「逆になんで生きていようと思うのかしらね」

「ひでぇ言われようじゃねぇかい……」

「だって、アナタ、そんなに引き連れて、呪いまで引き連れて、正気なのはおかしいわ」

「……全部がいがみ合ってんだよ。これ、内緒だぜ?」


 実は一部界隈では結構有名な話だと、静夜は認識している。


 様々な怨霊や精霊、神に悪魔、全てが静夜の見えない所でいがみ合って犇めき合っているのだ。見る目がある人物が見れば、静夜は『自殺していないのがおかしい』位には異常事態に見舞われているらしい。そう言った界隈では事情まで含めて有名な話だった筈だ。


「――そう、奇跡的に健全なのね。それなら死にに来たというの認識は訂正しておくとしましょう」

「そうしてくれると助かるよ。ああもちろん、悪さをしに来た訳でもねぇからな?」

「別に悪さはしてもいいわよ。悪さなんて、君たちが勝手に悪さと思っているだけだし」


 本当に別にかまわないかのような、そんな言い草に少し引っかかりを覚える。


「死に場所は駄目なのに、悪さはいいのかい?」

「うん。いいし、駄目よ。自殺とか持ち込まれると、あれは良くない。せっかくこの街の自殺者を抑えるのに成功したのに、君みたいな手遅れがここで死ぬと、せっかく上手く行っている街づくりがおじゃんだしね」


 その眼は、自殺してくれるなよ。と警告していた。


「そんなおっかねぇ目をしなくても、俺ァさっきも言った通り、わざわざ死んだりしやしねぇさ。だから、もう、いいかい?」


 目は見えないけれど、本心で恐ろしいし、鈍い静夜でも見られていると確信する程に視線なる物を感じている。

 だから、もういいと言ってほしくて、言ってもらえたらなら、とりあえずはここから離れたい。

 もう、十分だろう。

 もういいだろう。


「まぁだだよ」


 すこし、戯れ気味に笑った空気がする黒緑女。


「私が君の手に負える存在じゃない事は解っているだろうから、まぁ逃げずに話すしかないのは解るけどさ。でも度胸が据わりすぎているわ。ねぇ、私という存在に、君慣れているわね?」


 そして声の温度が下がり、静夜の心臓は冷たさを感じる。

 答えを間違えれば、どうなるか想像もできない。

 だが。


「アンタみたいのにゃ何度か会った事があらぁ。大方、この辺を支配している良く解んねぇ存在だろ? そんでその気になれば俺なんざあっさり消されちまう。だったらどうにか消されねぇように、ビビりながらだって話すしかねぇだろう?」 


 どんな答えをしても正解が見えないのだから、静夜は正直に答える以外できなかった。

 ――間。

 達磨達がこちらをじっと見つめている気がするような、不気味な間があった。世界中で動いているのが達磨だけの様な、不気味な間だ。 


「――うん。そうなら、まぁいいわ。自殺しないならそれでいい。ついでにこの街に住まないならもっと嬉しい」


 空気は弛緩した。おそらく本音だろうが、しかし冗談の様にゆるんだ声音をしてくれている。


 それにしてもまさか超存在から、不快害虫の様な扱いを受けるとはさすがに思っても見なくて、静夜は苦笑いを浮かべる。 


「ここに住む気はねぇよ。他に引っ越す為にゃ、こっちで用事を済まさなきゃなんねぇんだ」

「悪いわね。まるで脅迫しちゃったみたいで」


 脅迫されたわけだが、事実、静夜がここに来たのは、引っ越しするにあたって、ここに足を運ばなければならない理由があったからだった。


「観光でも仕事でも、好きなようにしていっていいわよ。あっ、もしもそのどうにもならない憑き物を解きたいなら、夜市に行くといいわ」

「夜市? この街の特色にゃねぇだろ。そんなもん」

「ないわね。でも、私のボス達はどこにでも祭りを開くし、必要とする人の為に繋がるわ

「その夜市ってなぁ、俺が行ってもいいのかい?」

「世界を作る方々だって遊びに来るし、世界の終わりだって夜市では売っているもの、厄災なんて怖くないわ」

「そりゃすげぇが……ひでぇ言われようだ」

「そう言われても仕方ないくらいには厄いのよ、あなた。もし迷い込んだなら損はさせないわ。ちゃんと本物のお守りを用意しておくから買ってみて」

「本物ってぇと?」

「神とか怨霊とか呪いの一つや二つなら、祓ってくれる不思議で素敵なお守り」

「へぇ……そりゃ有難いねぇ」


 有難すぎて、たぶん静夜には触れられないだろうけれど。


「そんな有難いもんを俺にくれるってのは、どういう了見で?」

「自殺か、死に場所探しか、そういう厄介なものかと思って声をかけたのよね。でも違うなら、逆に救いの手を差し伸べてあげようかな? なんていう気まぐれよ」

「そういう事なら、帰る前にゃ一度寄らせてもらおうかね」

「素直でよろしいわ。君が目にとめた、一番初めの達磨の屋台。最初に目を付けたお守り。それが本物よ」


 そう言って、黒緑女はくるりと踵を返し、静夜に背中を向ける。

 話はどうやら終わったのだ。


 静夜がそう理解したのは、自分と、世界の動きが軽くなり、動き出したからだった。

 一瞬だけ動ける事に気を取られただけだったが、もう黒と緑の存在の姿はどこにもなく、雑踏はどんどんとかき混ぜられていく。


「さて――と」


 呟いて、弓代静夜は歩き出す。漂泊気分で歩き出す。

 この街で出会えるという化け物とやら。それはいつかの未来、静夜を殺してくれるだろうか? そんな期待をわずかに抱きながら。

 




世界中の人間から嫌われることが出来ないと同じように、きっと誰かは面白いと思ってくれると思いたい。


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