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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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死ぬよりマシなゾンビズム 17

「さっきの手がうじゃうじゃしていたのは、結局何だったんだ? あれがダンジョン内のモンスターってやつなのか?」

「さてねぇ。手だったかすら怪しいもんだ」

 

 歩を進めながら、視線が右へ左へ動く古御堂と、緊張感なく相槌を打つ静夜。

 ダンジョンを進むというよりも、ただの薄暗い道を歩いているだけの感覚である。

 声が響くリノリウムの長い廊下、振り返ると入口の明かりがくっきりと白く浮いている。

 

「俺も実んところダンジョンってのぁ初めてで、右も左もわかりゃしねぇんだ」

「右手も左手もあったがな」

「そんなこたァ聞いてねぇんだ……一対だったかい?」

「そうだな。考えたくないが、そういう事になりそうだ」

「右と左が分かった所で持ち主ぁ判んねぇな」

 

 深い会話をしている訳でもなく、ただ話したいだけの場繋ぎ的なやり取りをしつつ階段に辿り着く。さらに進めば裏口らしい鉄扉が見えて、そっちに進んだらどうやら再び外に出てしまいそうだったので、素直に上階を目指す為に更に進む。

 

「ここは本当にダンジョンな訳? 鍾乳洞とか煉瓦の通路とかのイメージがあるんだが」

「ドキュメンタリーとかだとアメリカとかの超大規模ダンジョンが特集されるからそうなるよな。けどダンジョンの定義ってのぁ調べてきているけどよ」


 言葉を区切って、壁に向かって折れたの刃を擦りつける。かりかりと表面をなぞり、少しだけ、白く跡が残る。


「この通り傷が治っちまうんだ。自動修復は他じゃ見られねぇ基本装備だな」

「へぇ、ならダンジョンなのは間違いないわけだな」


 白く削れた傷跡は周りの壁に埋もれる様に薄れていき、瞬く間に元通りになってしまった。


 ダンジョンの定義は様々あり、これだけは確実と言えるものはない。だが、怪物が跋扈し、自動修復をする建築物はダンジョン以外では確認されていない。


 古御堂が神妙に頷いたので証明はできただろう。


「ここがダンジョンで、だったらあの手ぁモンスターで、そのモンスターに囲まれていたあのガキんちょは、たぶんやっぱりモンスターだろうな……っと、持ち主解らねぇって言ったが、ありゃもしかしたら間違いかもな」

 

 半眼になって見上げた先。そこにいるのは生きた顔を捨てた男たちの姿があった。

 その姿は人ではない。手はなくて、足首から先もなくて、表情もない。目は瞼を縫い付けられているのか開く様子もない。皆歯を食いしばっているのか全員が口を閉じていた。


 その状態で全員が葦の様に棒立ちで、そして微風に揺れる風船のように動いている。

 だと言うのに、そんな有様だというのに、奴等は全員静夜達の方に顔を向け、認識し、そして階段を下りてくるのだ。


「なぁ……?」

「手心加えて下手打つと仲間入りだぜ?」

「それは解っているが、彼等って全員人間じゃない事の確認位したいだろ」

「まかり間違っても今はもう人間じゃない」

「……ならまぁいいか」

「いいのかよ」

「いい」

 

 そう言った瞬間、先頭をよたよたと階段を降りてきていた二体のモンスターが走り出す。手も足も口も不自由なくせにどうやって攻撃をするつもりなのかと思ったが、人形劇の操り人形の様に不自然な挙動でありながら想定外の素早さで動き、静夜に抱き着こうとした。首がヘッドバンギングさながら前後しているところを見ると抱きしめられたら最後骨が砕ける様な頭突きを繰り返される事だろう。

 まだ距離がある内に静夜はその二体に攻撃を仕掛ける。と、言っても右手に握られてた刃をスナップを効かせて投げつけるだけの話である。


 たったそれだけ。


 刃は投擲に使われた力以上の速度で飛び、まず向かって左のヘッドバンギングモンスターの頭蓋を貫く。貫かれたモンスターは首の骨を折りながら首を九十度曲げ、激しく痙攣する。その痙攣反応は真隣りにいるもう一体に向かう。ヘッドバンギングの勢いそのままに妖刀の折れ口がコメカミを圧し潰しながら突き刺さった。


 これぞ生命を殺す事に特化した妖刀の面目躍如といった動きである。普段これが自分に向けられていると思うと苦々しい物だが、今はこれで構わない。


 これで残るは五体となった訳だが、さて、ピアスの一つでも外すか、それとも自傷でもして血液ぶっかければその厄で倒せるのではないだろうか、等と思案した所で古御堂が呟く。


「なんだ。物理が効くなら話しが早い」


 とさっ。


 紙袋が床に置かれると同時に古御堂が奔る。

 瞬く間にその距離を詰めた古御堂は、ただ拳を振るい、殴りつけた。

 まだあの時のようにパンプアップもしていないし、角も生えていない。だが二メートルに届きそうな巨体が恐ろしく素早く動き、シンプルにして強烈に、拳骨が振り下ろされるのは圧巻の迫力だ。


 その迫力に釣り合うだけの威力もあった。寄ってくる男の頭部は砕かれ勢いそのままに床に到達する頃には完全に砕かれて衝突するのは古御堂の拳だけという有様だった。

 静夜は平静を装い『ピュウ』と口笛を吹くが、内心では『だからどうして妖刀でも何でもない拳で怪物を摩滅させる事が出来るんだ』と驚愕している。


「ダンジョンだと言うから手に負えない物が出てきたらどうしようかと思っていたが。殴ってどうにかなるならどうという事はないな」

「あー。お前さんが鬼で強ぇからどうにかなっているだけだからな?」

 

 無理矢理納得させるように、静夜はぼやく。

 と、投げられて激怒した刃が静夜の胸に向けて戻ってきて、気が付けば肺と心臓を斜めに串刺しにしていた。


 視界には捉えられなかったし、空間を無視してワープしてきたかのように見えるが、静夜は正面からの衝撃を感じたし、何より、直線上にいた二人の男の喉と額に風穴があいているので、信じられない様な高速で静夜の元に戻ってきて、心臓にとどまる為に刺さった瞬間で急ブレーキをかけたのだ。


 それを見た古御堂は顔をひきつらせたが、その間にも残った二体の前髪を鷲掴みにして、後ろに向かって押し倒し、首の骨を圧し折っていた。

 心臓の刃物を引っこ抜きながら、静夜も顔を引きつらせる。仰向けになりすぎて首の骨が折れるとはどれだけの勢いと怪力なのか、想像するだけで恐ろしい。

 殺していいと判断した相手に対する攻撃の容赦の無さからするに、昨日の古御堂はずいぶん手加減をしてくれていた様である。


「弓代、お前はどうして生きていられるんだ?」

「そんな哲学的な悪口にゃ答えてやんねぇよ」


 そんな会話をして再び歩き出す。

 古御堂はうっかり忘れそうになりながらも引き返して紙袋を拾いあげ、階段を上る。

 怪談噺の様に掌がかさかさと遠巻きに蠢く。

 やがて辿り着くのは踊り場と、エメラルドグリーンのペンキで塗られた鉄のドアだった。


 階段はまだ続くが、目の前の扉が目下気になる。それは古御堂も同じようで、立ち止まった静夜に合わせる様に立ち止まったし、あまつさえ止める間もなく、当たり前の様にドアノブを掴んで捻り、何が待ち構えているかもわからないドアを開いてしまった。


 言いたい事は色々あるが、開いてしまったのだから仕方がない。古御堂の巨体を避ける様に顔を覗かせ、その向こうをみてみれば、あるのは狭く小さなフロアだった。蛍光灯一本で全体が照らされる四畳半ほどの部屋。スチール机が一つとその上のノートパソコン一台のみ。ほかに何もない伽藍洞である。


「なにもないな」

「まぁ調べてから結論は出そうぜ」


 確かに何もないと一目で判るが、パソコンと机くらいは念のために調べようと、いちいちディスプレイを覗き込んで確認するのだが、ワード機能の画面が開かれていてそこには『侵入者一名。怪物を引き連れ進行中』と書いてあるのみ。キーボードのどれを押してみても文字が新たに撃ち込まれるなどの変化はなく、マウスを動かしても、右上の閉じるボタンをクリックしても画面は変わらなかった。


「随分な言われ方おじさん悲しくなっちゃうぜ」

「化け物共に怪物って言われるなら誉め言葉だろうよ」


 ぼやく古御堂に静夜は適当に合わせた言葉を言って誤魔化す。


 ついでに机の抽斗も開いてみるが、気になる物どころかゴミや塵の一つもない収納空間だった。


「次からぁもう少し慎重に開けておくれ、俺ァお前さんみたいに強かないんで心臓にわりぃんだ」

「前向きに善処しよう」


 そっけなく答える古御堂とそれでいいやと思う静夜。二人は部屋を後にして再び階段を上りだした。

 それからまた随分と階段を上っていると、うんざりした様子で古御堂が口を開く。


「始めは不気味に思ったんだが、あまりに何も起きないと、もはやただの壊れたパソコンだな」

「そうかい? 俺ァ相変わらずおっかねぇと思っているぜ?」


 古御堂が言ったのは節目節目に現れる扉。その向こうにある小部屋のパソコンの内容だった。

 階段を上り、踊り場を折り返し、再び上ると扉。これが既に十回以上繰り返されていた。

 何も変わり映えしない部屋。スチール机とノートパソコンの組み合わせ。空っぽの引き出しと蛍光灯。唯一変わったのはパソコンのディスプレイに映された文言のみ。


 以下は、その文言である。


『侵入者と怪物を殺す事を進言』

『不許可』

『侵入者を殺し、生者から死者へと変える事を進言』

『不許可』

『怪物を殺す事を進言』

『不許可』

『侵入者を追い返す事を進言』

『許可』

『怪物を殺す』

『不許可』

『怪物を殺す』

『不許可』

『侵入者を追い返し、怪物を殺す』

『不許可』


 これ以降は、同じ内容の繰り返し。怪物を殺したい誰かと、殺したくない誰かがせめぎあっていて、殆どパターンと化しているのだった。

 これを古御堂は早々に下らないと言って観察をやめた。静夜は危険な存在共が会議を見せつけているのだと胸中穏やかではないのだった。


「しかし……もう随分昇ったな」

「昇っちまったな」

「明らかに三階建ての高さじゃないんだが、いま窓から飛び降りたらどうなると思う?」

「三階から飛び降りても人は下手すりゃ死ぬんだぜ? え、なんでピンと来てねぇの? 落下事故とか聞いた事ねぇタイプの村出身?」

「いや、そう言えば人間はそうだったなと」

「嘘だろ?」

「嘘だよ。さすがに冗談だ」

「何こいつ。冗談解かりにきぃったらねぇ」

「確かに今の冗談はないな。飲み会の席なら俺が袋叩きにあってしまうかもしれない」

「鬼の飲み会はおっかねぇな」

「これは冗談じゃない」

「鬼の飲み会はおっかねぇなっ!」


 適当な会話で気を紛らわせる。代り映えのしない部屋と階段の繰り返しは、肉体的にも精神的にも中々きついものがあった。


「ダンジョンなのか百物語なのか判らなくなってきたな。何度目だこの部屋は」


 再び小部屋に入ったタイミングで古御堂がついに嘆いた。それを受けて静夜は笑う。


 古御堂がじれるのも理解できる。実は静夜もいくら何でも上りすぎだとは思っていた。ネットの記事によればダンジョン内部とはこのように距離に関しての狂いが往々にしてあるらしい。中にはペンローズの階段の様に上り続けても高さも座標も変わらない、などと言うふざけた現象もあるとの事だが、それでも出られなくなる事はないとも言われている。理屈は不明だが、脱出しようと引き返すと多くの場合はすぐに帰れるものらしい。


「まぁ、そろそろ着いてくれねぇと話にならねぇな」


 静夜はパソコンを覗き込んで答える。

 古御堂はあたりを一応警戒しているが、明らかにダレてきている。

 それも仕方ないだろう。静夜だって恐怖心がなくなってしまえば同じ反応になるに違いない。


「ダンジョンというのは、結局迷路だろう。分かれもないならそろそろ突き当りが……あったな」 

「お前さんが言い出したからじゃねぇだろうな?」


 部屋を出て、再び上り始め、その変化はすぐにあった。

 今まで通りの構造の踊り場と扉。ではあったのだが、古御堂が言う通り更に上にのぼる為の階段がなく、ここが最上階であるとすぐに判断ができるのだった。


「だったらどんなに楽かだ。こう言ってやろうか? このダンジョンの攻略は実はもう終わっている。だ」

「悪かったよ」


 古御堂が不満そう睨み付ける物だから、静夜は素直に謝る。


 だが、そう思ってしまうのも仕方がないだろう。

 そろそろ変化が欲しそうに古御堂がぼやいたあの部屋で覗いたノートパソコン。そのディスプレイにはこう書いてあったのだ。


『社内規約特記事項により現場判断を優先』

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