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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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死ぬよりマシなゾンビズム 16

 魑魅魍魎に、幽霊に、魔獣に妖怪。その凶悪性や危険度が増すのは夜と相場が決まっている。昼間に狂暴になるようなモンスターなどもいるのだろうが、酒を飲んで思考も判断能力も魯鈍になっている時にダンジョンアタックをする理由もない。静夜は古御堂にそう告げて翌日昼一時を待ち合わせ時間としてわかれた。


「俺に副業を持ち掛けた翌日には呼びつけて、弓代、お前は何をやっているんだ?」


 そして約束の時間は今。すべてが白々と灼熱に曝される炎天下で二人は落ち合った。


「焼きまんじゅうってなぁよ、これぁ中に餡子は入っているんかい? 出来立てじゃねぇと美味くねぇってんなら買うタイミングぁ今じゃねぇよな」

「質問を質問で返す奴も嫌いだが、会話にならない奴を相手にするのも嫌いだと改めて解かった」

「そんな嫌そうな顔しないでおくれよ。これでも少しゃ考えがあって買いもんしたんだぜ?」


「……腹が減る呪いでもかかっているのか?」

「さすがにそんな呪いなんざ……あ? あれぁもしかしてそういう呪いになるのか? ……かかっているかもしれねぇな。いや、困ったこたぁねぇな。まぁいいか、とりあえず別に腹が減ったから買った訳じゃねぇよ」

「なら良いんだが。いや、良くないが、じゃあなんで買ったんだ?」

「それは……今は言いたかねぇな。意味があったらいいなってだけだ」


 と言って、静夜は飴玉やチョコレートなどの駄菓子が詰まった紙袋を古御堂に押し付ける。

 一日で一番暑い時間帯。時間が経てばチョコレートも飴玉も融けてしまうだろう。クッキーは流石に無事であると信じているが、袋から漏れる甘い匂いは砂糖の塊だ。これを営業の仕事をサボったサラリーマンの様な開襟シャツの古御堂が持つのだから、なんだか可愛らしい絵面になる。

 きっと甘いのが好きなのを隠してこっそり袋に詰めているんだろうなぁ。

 

「おいおい。これも俺が持つのか。食べてしまうぞ?」

 

 古御堂は思わず受け取ってしまった紙袋の中を覗きながらぼやき声をあげる。


「ついて来てもらうのは万が一の場合を考えてだよ。よっぽど拙い事が起きねぇ限り俺が体張るつもりだ。できるだけ何も持っていたかねぇんだよ」


 そう、荒事をするのは静夜のつもりだ。古御堂の特殊な力は一助になるかもしれないとは思っているが、必須ではない。ならばそれでも引き連れていく理由が何かといえば。


「ってな訳で古御堂さんよ。昨日預けたあれは忘れず持ってきたかい?」

「それは持ってきた。が、お守りを持たせるなんて、もしかして随分信心深いのか。これは、お前が持たなくていいのか?」

「近づけないでくれよ? たぶんそれぁ本当にご利益があるんだからよ」

「ご利益があるなら弓代が持っているのがいいだろう?」

「交通安全にそんな効果があるたぁ思えねぇけどよ、万が一にでも俺に憑いている連中が一切合切祓われちまったらよ。古御堂に紹介した医者の代金誰が払うんでぇ?」


「……よし、このお守りは捨ててしまおう」

「解ってくれたら重畳よ。あと、捨てないでおくれ」

「偶然手に入れた物を計画に割り込ませるのか?」

「割り込ませちゃならねぇ理由もねぇしよ。役立たずでもマイナスにゃならねぇと思ってる」

「それは俺もそう思っているな」


 俳優の様に肩をすくめて、お守りをズボンのポケットへ。古御堂は思い出したような素振りで静夜に顔を向ける。


「そうだ。その医者だがな、電話の様子だけだが少々変わった御仁だったな」

「おう。俺が怪我しようが風邪ひこうが腹に風穴空こうが唾つけときゃ治るっていう位にゃ変人だ」

「察するに正しい処方なんじゃないか? それは」

「ごもっとも」


 瀕死の静夜に向かって『麻酔も薬も無料じゃないんだから放っておこう。治る筈だ』と提案するのが定型文になりつつある医者ではあるが、静夜以外には誠実な医者だった筈だ。しかもその腕前はおそらく現代の水準を大きく上回る。何せ、異世界の住人であり、回復魔法と医学にかけては右に出る物のいない怪物なのだら。


「弓代の名前を出したら二つ返事で見てくれると言ってくれたよ」

「そいつぁ良かった」

「ネットの評判じゃ、相当な腕で予約が最も取り難い医者だったのにな。驚いたよ」

「ちょっとした貸し借りがあるからな。どっちがどんだけ貸して返したか覚えちゃいねぇが、そんくらいの融通は利くんだよ」


 病気でも怪我でもない患者の呪いを引き受けたり、体に食い込んだ銃弾を摘出してもらったり、致死量に及ぶ採血や治験に付き合ったりと、短いスパンで何度もやり取りすればそういう間柄にもなるという物だ。


「恩に着る」

「俺にも打算があっての話でぇ。気にすんなよ」


 この鬼、昨夜話して明確に解ったが素直に人に感謝し、恩義を返そうとする傾向にある。生真面目で、おそらく損な役割を多く被る事になる性格だ。静夜がその気になって吹っ掛ければ、命を天秤にかける事すら考慮に入れるだろう。


 わざわざ恩を売っているのは間違いないのだが、かといって命を懸けられても困ってしまう。

 静夜自身がその性質上死なないので、命の価値を見誤りそうで扱い辛いと言ったらない。

 そういう訳で静夜は敢えて軽く言うし、偽悪的に笑うのだった。


「さてっと、古御堂さんよぉ。こん中に入る算段はあったのかい?」

 

 やってきたのは静夜の蹴りごときではびくともしないガラス戸の前。右手でノックするようにコツコツ叩くと、衝撃を吸収しているのか、普通のガラス戸では得られない手応えを覚える。


「……見られているな。不用意に近づくなよ?」

「こっちを?」

「ああ、視線を感じる」

「視線ねぇ」


 そんなものを感じられるのは五感の何が鋭敏になればいいのだろうか? こと古御堂に関しては考えるだけ無駄だろうし、静夜はその視線を感じない。


「それぁ中からかい? 外からかい?」

「どっちもだよ。外の方は、ガラスに映っているだろう?」

「なるほど。確かに」


 そうと言われて視線の焦点を、ガラスの反射に合わせる。

 訝し気な目をして監視をするような中年太りの女が、鏡の様に反射するガラスに映っていた。


「あまり見ると気付かれるぞ」

「ありゃ気にしなくて良いだろ。こっちを見ていてもこっちにゃ来ねぇよ」

「そうなのか?」

「俺と古御堂が昨日やりあっただろ? あれだけ派手に刃物ぶん回して血だって流したってのに、警察は来なかった。つまりよ、あいつらぁ、ここだけぁ目立たせたくねぇんだ」

「ここが暴かれるのは自殺と同義で、ここに乗り込む俺たちに挑むのも自殺と同義……か」

「そういうこった」


 ここに来た時にも警告されたが、この街は自殺を禁忌としている。恐ろしい事に、人道的意味ではなく、魔法の様なルールとしてだ。


 この街で自殺しようとした人間は心を奪われる。その後体は操られ、これまでの人生を踏襲した形で動き続ける事になる。これはその人間が別の形で死ぬまでの期間続く。それだけだ。話しかけてみれば様々な返答をして、会話が続けば怒ったり笑ったり悲しんだり。その人物を知る第三者はいつもと変わらない知り合いの様子に違和感を覚えない。


 人間らしく時折情緒も崩し、愛したり、愛されたり、失恋したり。仕事に成功したり時折大切な事を間違えたり、正しく生きようとして失敗したり。すべて、自殺しようとした人間が、自殺せずに生きていたらこういう人生を歩むだろうと言う、それを完璧に成し遂げる。


 外側からの観測した限りでは、何一つ違和感のない一人の人生が続くのだ。


 それの何が問題か。と言えば、心が存在しない事だとしか言えない。例えば、瞬きを多くして涙を流すその様子は、きっと悲しんでいるのだと誰もが思うのだろう。しかし実際のところはそこに感情は存在していない。考えてすらいない。心を奪った存在がそうプログラムしただけであり、すべての反応は外的なものに起因する反射の様な反応なのである。


 静夜はこの現象を知り、これ悪だと断じた。

 許してはならない忌避すべき害悪の呪いだと、絶対に破壊しなければならないと定めた。

 心を失った者に対しても、残された事を知らずにいる無辜の友に対しても、それは酷く残酷な仕打ちなのだから。

 

「本当に解らんもんだなぁ。話しを聞いてなかったら違和感程度で何も気にしないだろうな」

「違和感解かるだけで相当おかしいぜ?」

「魂の有無までは解らんでも、人じゃない雰囲気は……いや難しいか。これは難しいな」


 古御堂は嘆息する。

 角が生えていない時の古御堂はサボりのサラリーマンと言った様相なのだが、ここに沈痛さが加わると居た堪れなくなってくる。


「八龍建設の調査班というのは、ただの荒事専門という訳じゃないんだな」

「あいつ等がってよりぁ、雇った何とかって宗教屋だな。白紙社が関わっているってんで拝み屋をサポートにつけたんだとよ」

「なるほどなぁ。さすが宗教だ」


 古御堂が頷く。曖昧で、たぶん良く解っていない様子であるが。

 実際大したもので、その宗教の司祭は、呪いを専門に回収する静夜では全く見えない幽霊や、魂を認識したらしい。結果魂がない人間の多さに心を壊してしまったと聞いたが。


 ちなみに、静夜も実は確認する方法があった。それは静夜の体の周りに飛んでいる見えない精神体共である。魂のない体には反応するらしく、ここに来てからというものシルバーのアクセサリーがガタガタと震えて静夜から離れようとするのである。こいつら、体なら何でもいいのかとも思うと複雑な気持ちになる訳だが、それだけ空の体というのは貴重なのだろう。


「って、こたぁ古御堂はやっぱあいつ等をまともたぁ思わねぇ訳だ。つっても奴等を潰そうと思うなよ。反応が同じってこたぁ、俺たちが単に暴力を振ったら通報されちまう」

「弓代じゃないんだ。せんよ」

「俺だってしねぇよ?」

「鏡を見ろ鏡を。殺してやるのがせめてもの救いみたいな、宗教家みたいな顔をしているぞ」

「的確過ぎておっかねぇったらねぇよ。若しかして古御堂ぁ神さんかい?」


 静夜としては冗談の応酬のような気持ちで、古御堂と話す。

 古御堂は苦笑いで返して肩をすくめた。


「他の全部、たぶん完璧な人生のトレースだろうよ。ビルに関わんねぇ限り、そいつらの何一つ変わらねぇ。が、言ってみりゃ関わった時だけぁ、奴等ぁ何も考えてねぇ人形になっちまうだろうな」


 ズームォに言わせると、彼等を動かすのは人間の脳をいじるAIなのだと言う。


 六反園ビルは、元はと言えば六反園ソリューションというIT企業の所有物だった。人工知能を作る事に長けた会社だったと言う。この世界は、物が変質するとき、その由来や特性に強い影響を受けるというルールがある。異世界からやってきた英雄の弱点や強さが誇張されたり、月を見たら狼になるという異世界人がこちらの世界にあった伝承の影響を受けて神殺しの狼になったりと、由来伝承からの変異変体は非常に強力だ。


 IT企業所有だったビルがダンジョンとなり、周囲に影響を及ぼしているのならば、間違いなくこれに由来するのだろうと予想は付くのだった。


 そもそも人工知能は人間と区別がつかない。人工知能が人間のように動く事など簡単であると、そう言われていて、この場で影響を受けていると思われる人物たちは、その様に動いていた。


 六反園ビルに近付く人間に対して違和感がある態度を取るのも、実のところAIの実力不足からくるものではない。AIに操作されている彼等は、人生と人格をトレースされて体を動かし、自律神経に頼らない生物活動をしている。


 しかしそれ以上を求めるには、元となる人間の脳のスペックが足りない。ダンジョンが作るプログラムに人間が追い付かない。もともと人間なんて限界寸前の機能で動いているようなモノらしい。これにプラスしてダンジョンに関わる時だけ『今までと違う人間としてダンジョンを守る』なんて高度な事は、人間の脳味噌には出来ないのである。プログラムとは結局、十全に機能するハードがあって初めて機能するのだから当然だ。


 ビルへの侵略者に対する対応は、不審者を見る目を向けると言う当たり障りのないものへとなっているらしい。ビルの中にはそれの対処をする化け物(モンスター)がいるのだから、ダンジョン側としてもそれでいいのだろう。


「そんな事より、中からの視線ってのぁどこだい? 生憎と俺ァ普通の人間なんでよ。見えねぇし感じねぇんだが?」


 中からの視線というからには、対処する化け物がこちらを見ているという事になる。

 既に目をつけられている可能性を考えると、聞かずにはいられない。


「視線は見る物ではないな。しかしそうか……感じないのか。ならもう一度言うぞ。近づくな。離れろ」


 少し強い言葉に切り替わった古御堂に、さしものの静夜も五感ではなく思考で感じ取る。

 視線はゆっくりと古御堂の目の向く先を確認する。

 そこは静夜の膝のあたりの高さのガラスの向こう、視線を下げないと目に入らないその高さにそれらは居た。


 ガラスに張り付くのは小指の欠損した手。

 中指の欠損した手。人差し指の欠損した手。親指が欠損した手。薬指が見当たらない手。


 手。手。手。手。手。手。


 ――掌の重なりの隙間から、こちらを覗いている、まだ幼い女。


 赤い紐を体に絡めた、白髪の、痩せぎすの、ぎょろりとした緋色の目の少女。

 その紫色の目が、静夜と合う。

 息を呑んだのは、静夜か、それとも目があった事に驚いた少女か。


 どちらであったとしても動く。

 静夜は危険を予感して。女もおそらく静夜の厄に気が付いて。


 ガラスの向こうで掌が戦慄く。その細かな動きはやがて大きな挙動を作り、そして猛り狂うように動き出す。一個の個体の様に全ての挙動が一致して、津波の様に壁を作って雪崩れ込む動きを見せた。

 その壁の様な掌の群像は、覗いていた少女の視線すら覆い隠してガラスにこびり付き、虫の様に蠢いて爪を立て、カリカリと音を立て続けた。


「おお……。流石に肝が冷える。ああ、見たかい古御堂。あれよ。居ただろ? 子供」


 一歩引いただけで既に緊張感のなくなった静夜は、掌で出来上がった壁を指して古御堂に聞く。


「確かにいた。見間違いであって欲しかったが、俺も弓代も見たなら、居たんだろうな。子供が……自殺か」


 苦虫をかみ潰したような顔というのはまさにこの事である。古御堂の眉間には深い縦皺が寄った。


「あのガキが自殺したたぁ限んねぇが、そもそもの話をすりゃ八龍建設のいう所の化け物ってのぁアイツの事かも知れねぇからな。だったらありゃ子供じゃねぇぜ?」

「あの見た目なら子供だ。たとえ百年生きていても子供だ」

「ああ、たしかに。確かに子供にちげぇねぇさ」


 古御堂の言葉に苦笑いとは違う笑みを浮かべて首肯する。


「お前さんに声をかけてきた子供ってなぁ、あの子だったかい?」

「ああ、間違いない」

「って事ぁ特別だな。さて、化け物なのか被害者なのか。どっちかねぇ」


 カリカリカリカリ……掌共はガラスに爪をたてて音を響かせる。外に出られないからそこで足掻いているのだ。


「特別だと思う根拠は?」

「外で話しかけてきたんだ。って事ぁこっから出られるって事よ。掌っぽい奴らはああして出られねぇんだから、他の雑魚たぁ違うってこった」


 古御堂はそういうものかと納得しているが、静夜はならば彼女こそがこのダンジョンのマスターか、それに類する特別な存在なのではないかと勘繰る。結局は面倒くさいから別に気にしなければいいという結論にはなるのだが。


「っと、話を戻すが古御堂。この扉開けられるかい?」

「ああ、これだけうじゃうじゃいたら困りものだが。殺虫剤で散らせないか?」

「虫にゃ確かに見えるけどよ。いや、そっちは俺がなんとか――なるな。何とかするからよ」

「ガラスを割って入る筈だったが?」

「やれるもんなら」


 できるもんならやってみやがれってんだ。

 昨夜、静夜が突き刺したドスの穴すらふさがっているのだ。多少傷をつけた所で水を切るように、元に戻ってしまう事だろう。

 このビルは未知なる物質で構成された、正真正銘のダンジョンなのだ。


「ふんっ。ならやるが……殺虫剤はあるのか?」

「お前さんはさっきから殺虫剤をなんだと思ってるんだい?」

 

 頭を掻きながら、それでも深くは文句を言わない。古御堂の不安ももっともだと納得できるからだ。


「俺を見てビビったってこたぁな。つまり……こういう事だろうよ」

 

 ほぼ確信して静夜は右手を意識する。

 来やがれ。

 刃毀れだらけの落ちこぼれの妖刀の成れの果て。

 本来は六尺三寸の大刀が折れて酷い有様になった呪いの刃。

 馬鹿にするように。心の底から罵る様に呼びかける。


 ちょっと気を抜けば人を殺そうとし。

 すこし油断したら静夜自身を殺そうとする厄災の刃。


 ほら。


 ――ソイツはどこからともなくやってきて、静夜の右の首筋を貫いた。


「なっ――何処から」

「鬼がビビる位だからなぁ。ほらよ」

 

 首に刺さった刃を乱雑に引き抜くと、静夜は顎をしゃくってガラスに意識を向けさせる。

 古御堂は言われて血飛沫を散らした静夜から窓に視線を上げた。

 そこには、もう掌は居なかった。

 指紋のような油汚れの曇りがびっしりと、しかしそれも徐々に薄れていっている。

 予想通り、静夜に突き刺さった折れた刃の姿を見て、まさに蜘蛛の子を散らすように掌の群れは一目散に逃げていったのだ。

 やがて透明に戻ったガラスと静夜を見比べた古御堂は嘆息して拳を握り、ボキボキペキと指を鳴らした。


「ビビってないぜ。ほんとにさ……けど、痛くないのか?」

「そうドン引きしないでおくれよ。こちとら体張って追っ払ったんだぜ? あと痛ぇに決まってんだろ?」

「いやぁ、いきなり刃物が首から生えて、血塗れになった上にヘラヘラ笑っている奴なんぞ大体ドン引きだって。普通にこいつ大丈夫かと思うだろう」

「まったくもってちげぇねぇ」


 そうしてまたヘラヘラ笑う。引かれる事には慣れているが、正面切ってドン引きだと言われる事には慣れていなかったので、すこし面白くなってしまっていた事は否めない。


 そんな気分の静夜を後目にして、古御堂は拳を固めた。左手を少し前に、ボクサーの様な――いや違う。さらに大振りに体を斜めに。曲げられた右腕は距離を稼ぐかのように背後に下げられる。それは、ギリギリに絞り、張り詰めた弓を構える様な姿勢だ。


 嘘だろ?


 内心悲鳴の様な声を上げ、息を呑んで目を瞠る静夜。

 次の瞬間。

 古御堂の右の拳は静夜の動体視力を振り切り、ガラス戸に突き刺さっていた。


 ビシリ。


 そんなあっけない音を上げ、拳の爆心地を中心としてガラスには亀裂が入り、次の一瞬で粉々になった。ガラスとは思えない、不思議な割れ方をして、バラバラバラと崩れて落ちて一枚のガラスは枠を残して砕け散ったのだった。


「これでいいか?」

「……おう。勿論でぇ」

「少し硬かったな。防弾ガラスだったようだし、弓代は俺がいなかったらコレどうやって入るつもりだったんだ?」

「そりゃあ……石で叩き割るだけだよ」

「下調べが足りないんじゃないか? 防弾ガラスを割るのは鬼でもないと難しいぞ」

「鬼? おう。鬼って奴ぁバケモンに見えてきたよ」

「失礼な奴だ」

「ほめてんだよ」


 そうやりとりしながら、静夜と古御堂は割れたガラスを乗り越えてダンジョン内に侵入したのだった。



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