妖しく囲う
筆記具であったり、裁縫道具であったり、と、数週間で色々と揃っていき、生活環境が改善されるにつれて、美月はレインの懐事情が心配になってきた。
裏を返せば、今までの生活があまりにひどすぎるものだったという証拠だが。
飲んだくれた人間らしい生活ではなかったのであろう。
美月との生活は彼にとって、人間の真似をするおままごとのようで、楽しいのかもしれない。
「 こんなに色々買ってもらって今更だけど、収入はどうしてるの?」
「あぁ……適当に冒険者をして稼いで、金が尽きたらまた依頼をうける。その繰り返しだよ。」
「やっぱり、その日暮らしだったのね。
ねえ、冒険者って、私でもできるかしら?」
「そうだなぁ、薬草採取なら出来るかもな。」
レインに頼りっぱなしの状況に気が引けて、美月は自活する為の手段として手に職をつけたいと考えていたので、その答えに喜んだ。
なんとなくレインは美月が外に出て行くのを嫌がっているような空気を出していたので、言い出しにくいが、本当は欲しいものがあるのだ 。
美月個人しか使わないものだから、自分のお金で買いたい。
「 じゃあ 薬草採取の準備しておくな。」
にこやかにそう言ったレインは、翌日、採取用の手袋と袋を持たせた美月を裏庭にある井戸の周辺に連れて行った。
「この井戸の周りにある紫色の花が咲いたギザギザの葉と、あとこの黄色い花が止血剤になるんだ。」
まさかの裏庭!
もしや、レインは美月を子供か何かと思っているのだろうか?
「……もしかしてこれって、子供がお小遣い稼ぎにやるようなことなんじゃ?」
「いやぁ、ちゃんと冒険者ギルドに持っていけば常時依頼として立派な収入になるぞ。」
ーー嘘が下手!
口笛を吹く仕草をするレインに、美月はがっくりと肩を落とした。
「レイン、相談があるの。」
真剣な鬼気迫る表情で、美月はレインに躙り寄った。
「お、おぉ……どうした?」
もう我慢できない。
恥ずかしがってる場合ではない!
「下着が、ないの!」
やけっぱち気味に美月は叫ぶ。
みずきとしては、洗い替えのない下着を買い足すことは、早急に解決すべき問題であった。
街に出れるようになるまではと、レインの服を借りていたのだが、下着はそうはいかない。
1枚しかないそれを手洗いした後は、乾くまで大変な目にあっていた。
そんな生活を数週間続けたのだ、美月の我慢は限界になっていた。
「うわ……き、気付かなかった、ごめんな。」
流石に想像したのか、焦ったり赤くなったりしたレインは、挙動不審になりながらもすぐに美月を店に連れて行くことを約束した。
逸れないようにとレインと手を繋ぐことを条件に、とうとう美月の街への外出が解禁された。
過保護さに不満は残るが、恥を忍んだ甲斐はあった。
個人商店が並ぶ商店街をみずきは浮かれた足取りで歩いていた。
商店街に来る前に初めてレインに連れられて冒険者ギルドに行ったが、紫の花がノコギリソウ、黄色い花がオトギリソウと言い、本当に薬草として報酬が支払われたのだ。
お膳立てがあったとはいえ、この世界に来てから初の賃金なのだ。
貨幣価値はレインから学んだことだし、これでようやく下着が手に入る。
うきうきと銅貨と銀貨が入った革袋を握りしめる美月の横顔を、にこやかに見つめながら、レインは兵士の姿がないか、油断なく周囲を警戒していた。
暫く商店街を進むと、真鍮でできた店の看板に、洋服と思われる絵柄が刻まれている店を見つけた。
「あれかしら?」
「多分そうじゃないか。」
女性ものの服を扱う店に行ったことがないレインは 、やや自信がなさそうに答える。
木製の店のドアを開けると、正面に大きな姿見が鎮座していた。
その鏡をみて、美月は息が止まるくらい、心底驚いた。
とろりとした血のような深紅の瞳。
雪のような純白の髪。
ファンタジー世界の住人にしかあり得ない色彩を自分が纏っているのだ、顔はそのままなのに。
自分が自分じゃないようで、戸惑ってしまう。
「なかなか良いだろ?似合ってるぞ。」
鏡の前で固まっている背後から、レインが美月の首にするりと両手を絡ませる。
まるでじわじわと首を絞めるような仕草をしているのに、その表情は妖しく、酷く優しげだ。
うっとりと目を細めて、美月を愛でるように、その髪に頬ずりする。
美月には、その妖しい表情は見えていない。
なのに、ぞわぞわと全身の肌が粟立った。
感情の処理が追いつかず、美月の意識は遠くなった。
レインの姿は、鏡に映ってはいなかった。
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本作は短編「視線の行方」「視線の絡み合う先」「聖女の瞳は輝く」と登場人物が繋がっているので気が向いたらぜひご覧ください。




