不穏な噂
出会ってすぐに他の世界から来たことを告げたことにより、美月はレインから少しずつこの世界のことを教わる約束をした。
幸いなことに、食料に関しては元の世界とほぼ同じようなものが揃っているらしい。
これなら、居候の面目躍如ができるかもしれない。
「お夕飯は何がいいかしら?」
「…………」
張り切る美月だが、ナイフとケトルしか調理器具がないことを知っているレインは、気まずそうに目を逸らした。
夜になり、就寝時間となった。
寝室は二階にあると説明されて、美月は初めて二階の階段に足をかける。
二階は二部屋あって、一つは寝室、もう一つは書斎になっているらしい。
美月は寝室のドアを開けたレインに促されて、嫌な予感がしながら中に入った。
「さ、寝ようぜ、美月。」
「ね、寝るって、どこに?」
「決まってるだろ、ここだよ。」
案の定、寝室にはベッドが一台しか置かれていなかった。
先にさっさとベッドに転がったレインが、無邪気に輝く笑顔で、ぽふぽふと空いたスペースを叩く。
「な、何もしないでね?」
「しないしない 。
一緒に寝るだけだ。
ベッドは1つしかないんだから、一緒に寝るしかないじゃないか。」
やけに早口なのが気になるが、家主に床で寝ろとは言えない。
「じゃ、じゃあ、失礼します。」
床で寝るよりはマシ、床で寝るよりはマシ。
呪文のように自分に言い聞かせて、美月はそろそろとレインの隣に身体を横たえた。
素早くレインに背中を向けて、体を縮こめる。
「ん、おやすみ。」
残念そうにワントーン下がったレインの声を背中に受け止めながら、美月はぎゅっと目を閉じた。
後から考えれば、浮かべるんだから、空中で寝れるんじゃないかと思ったが。
その時の美月は羞恥心を堪えるので一生懸命で、そのことに気づかなかった。
そのうちレインと一緒に寝るのが日常になった為に、空中で寝ろという提案をすることはなかった。
夕食を作ることができずに肩を落とす美月を見て、翌日からレインは独居では後回しにしていた細々とした日用雑貨を買い揃え始めた。
美月の外出は、まずはこの世界を学んでからとのことで、1人でふらりといなくなっては、洗面用具などの新しい雑貨を手に入れて帰ってくる。
食材もレインが買ってくるが、美月が使いたいものと噛み合わず、美月は何が売られているか確認するために、食材を買いに外に出たいと考えていた。
「そろそろ、市場に私も行ってみたいわ。」
「ん〜、まだ早いんじゃないか?」
レインとしては、まだ美月にとって外は危険なものであるという認識だ。
過保護とも言われるかもしれないが、美月の特殊な立場を考えれば、慎重にならざるを得ない。
実際、みずきが捨てられたと思われる山の麓で兵士を見たという目撃談が市場で噂になっていた。
兵士は何かを探している様子だったという。
もしかすると、何か目的があって、美月を探しているのではないだろうか。
今更、捨てたものを探しても帰ってくるはずがないというのに。
ーー俺が拾ったんだから、みずきはもう、俺のもんだ。
返すつもりは毛頭ない。
作ってくれるご飯は美味しいし、家を綺麗に保ってくれる。
何より話し相手がいるというのは、退屈していたレインにとっては、嬉しいことだった。
異世界人であるみずきの話は、レインの好奇心を大いに刺激してくれる 。
ーー絶対、帰さない。
レインはごく当然のこととしてそう思っていた。
「窓の掃除がしたいんだけど、道具はどこにあるの?」
「そこの道具入れに適当に入れてあるよ。
掃除してくれるのか、ありがとうな。」
美月が自主的にやっている家事なのに、レインはきちんと感謝の気持ちを伝えてくれる。
それがどれだけ美月の心を救ってくれているか、彼にはわからないだろう。
(誰かに強制されてじゃなくて、自分から進んでやる家事って、こんなに楽しいのね。)
窓枠に詰まった土埃を刷毛で落としながら、美月はしみじみと思う。
あの家では、美月が家事をすることは当たり前になっていた。
当たり前、はいつまでも続くわけではないのに。
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本作は短編「視線の行方」「視線の絡み合う先」「聖女の瞳は輝く」と登場人物が繋がっているので気が向いたらぜひご覧ください。




