魔法の世界
レインと出会ったのは昼過ぎのことであった。
ちょうど彼は昼食を調達しに外へ出ようとしていたところだったらしい。
美月はちらりと台所であろう場所を見たが、古びた流し台があるだけで鍋や包丁やまな板などの調理器具は、見当たらなかった。
「いつもはどんなものを食べているの?」
「だいたい日持ちのするパンとりんごやワインだな 。後はハムとかチーズとか。」
「野菜は?」
「そのまま食べれないものは買ったことがない!」
胸を張るような事ではないと言うのに、無駄に堂々とレインは言い放った。
「うん、そうじゃないかと思ったわ。
私、少しは料理が作れるんだけど、泊めてもらうお礼に何か作りましょうか?」
「え!いいのか、誰かの手料理なんて食べるの久しぶりだ!」
「喜んでくれてよかったわ。」
「 でも、今から作ったんじゃ、昼飯には間に合わないから昼は俺が買ってくるよ。
この家は街外れにあるから、買い物には不便なんだ、そのうち市場とか案内してやるよ。」
今の美月の服装だと、悪目立ちしてしまう。
異世界のことをある程度理解するまでは街に行かず、大人しくしておいた方が無難だろう。
数日ぶりの温かい食べ物を想像して、きゅるるる、と美月のお腹が切なく鳴った。
「そうね、そうしましょう。」
レインの生温かい視線を感じる。
ちょっと恥ずかしそうに明後日の方向を向いて、美月はその視線から逃れた。
「あとそうだ、その真っ黒な髪と目の色はここら辺じゃ目立つから念の為、変えた方がいいな。」
「髪はともかく、目の色なんて変えられるの?」
「俺に任しとけ。」
レインが得意気に指を鳴らすと、美月の髪が微風にふわりと撫でられた。
瞳もほんのり暖かい気配がするが、痛みなどは何もなかった。
鏡がないので確認は出来ないが、何か変化が起きた確信がある。
「すごい、これは魔法?」
ここは魔法がある世界なのかと思うと、なんだかわくわくしてしまう。
美月にも、年相応に魔法使いや幻想動物などに心が踊る幼さがあった。
「まあ、そんなもんだ。じゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
さて、レインが帰ってくるまでに何か出来る事はあるだろうか。
美月は、殺風景な部屋をぐるりと見渡した。
2階建てのこじんまりとした家だが、玄関から入ってすぐが居間で、テーブルと椅子が一脚。
あとは薪ストーブと壁に備えつけの棚と、何か雑多なものを入れる為なのか木箱が大量にあった。
ーーあれは、ワインの木箱じゃないだろうか。
まさか、中身は日用品ではなく、お酒?
ガラガラの食器棚を確認すると、グラスだけは色んな形のものが幾つか揃っている。
不摂生そうな生活が目に浮かぶようだ。
家の主が不在時に、家捜しするのもはしたないが、水回りを確認したくて美月は台所に向かう。
驚いた、水道はまだしも、小さな冷蔵庫がある。
洗濯機はなかったが、浴室には大人1人なら充分余裕のある大きさの浴槽があった。
この世界に異世界から来た人間がいると言う信憑性がでてきた。
冷蔵庫周辺にプラグもコンセントもないが、これは魔法の力で動いていると見ていいだろう。
「すごいわ、ここはファンタジーの世界なんだわ。」
興奮と、恐怖が同時に襲ってくる。
美月はへたへたと、床に座り込んだ。
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本作は短編「視線の行方」「聖女の瞳は輝く」と登場人物が繋がっているので気が向いたらぜひご覧ください。




