チェシャ猫のような笑顔
召喚された直後に衛兵には所持品をチェックされて、筆記用具や教科書、財布は取り上げられていた。
リュック自体は返して貰えたが、残ったのはハンカチティッシュ、リップクリームやハンドクリーム、髪ゴムなどの価値がなさそうなものだけ。
今の美月は、無一文だった。
(いきなり異世界に捨てられてどうしようと不安だったけれど、親切そうな人……たぶん、人に出会えて良かったわ。)
暫定から確定幽霊だけど。
暫くの宿はどうにかなって、安堵感に美月は体から力が抜けて、長い溜め息をついた。
ガタガタの椅子の背もたれが、ギィっと軋む。
「なぁ、最初にも聞いたけど、改めて確認な。
その変わった服はなんなんだ?
ここら辺じゃかなり目立つぞ。」
「私、ここには初めて来たから、あまり常識がないの。どう答えたらいいか……」
好奇心を隠しきれないレインは、出逢った時に美月が一度に聞かないでと言った美月の言葉を覚えていたようだ。
一応、一つ一つ尋ねてくる。
「美月はどこから来たんだ?」
「遠い遠いところから。……その、信じてくれないかもしれないけれどこの世界ではないの。
違う世界から来たのよ。」
思い切って、美月はレインに事情を説明した。
遅かれ早かれ、無一文であり、保護が必要なことは伝えなければいけないからだ。
出会ったばかりではあるものの、この青年から害意は感じないし、信用できそうだ。
「じゃあ、みずきは召喚されてきたのか、それとも落ち人か?」
「たぶん召喚だと思う。捨てられたけど。
ねぇ、私以外にも 他の世界から来た人がいるの?」
「滅多にいないけど、全くいないわけじゃないな。
大きい都市には1人位いたもんだぜ。」
「そうなの。」
ならば、帰る方法も見つかるかもしれない。
生活基盤が安定したら、いずれ情報を集める手段を得なければならない。
出来れば他の世界から来た人に、話を聞いてみたい。
「他の世界から来たことは、黙っておいた方がいいの?
私はすごい知識や技術なんてないから、何が出来るわけでもないんだけど。」
「そうだな。それでも異世界ってだけで貴重だから、貴族なんかに目をつけられると厄介だ。
あまり目立つことはしない方がいいと思うぞ。」
貴族がいるんだ。と美月は内心思った。
歴史で習った封建制度を思い出す。
「分かったわ。あなた以外には伝えないことにする。」
「それがいいと思うぞ。
俺以外は信じなくていい。」
「え?」
冗談かと思って顔を上げると、レインは至って真面目な顔をしていた。
そう言えばこの人、元々整った顔をしているのだ。
真顔でいられると、急に年上の大人の男性に見えてきて、美月は落ち着かない気持ちになった。
もぞもぞと椅子に座り直す。
「……それ位の警戒心を持ってないと、美月はすぐ人攫いとかに攫われそうだ。」
「そんなのいるの?!」
青ざめる美月に、レインは真顔で頷く。
「いる。治安が悪いとことか行けば、たぶんいっぱつだ。美月、美人だし。」
「えっ、その、……からかわないで。」
急に美人と言われて、美月は聞き流すことが出来ずに反応してしまった。
言われなれていないから、驚いたのだ。
レインは真剣に忠告してくれていると言うのに、恥ずかしくて頬が熱くなる。
「美月は美人だぞ。俺の好みど真ん中。」
恥ずかしがる美月を見て、真顔から一転して、レインはにやりと笑った。
子供っぽいと思っていた筈の笑顔を目撃して、何故か美月はますます真っ赤になる。
「もうっ、だから、からかわないで!」
「噓じゃねぇし。」
レインはチェシャ猫のように、にやにやと笑っている。
今度は正真正銘、からかわれている。
これ以上は身が持たないから、美月は呼吸を整えて、レインのからかう視線から目を逸した。
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本作は短編「視線の行方」「聖女の瞳は輝く」と登場人物が繋がっているので気が向いたらぜひご覧ください。




