表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨の日には君を想う  作者: 柚葉
番外編
26/26

バレンタイン

 毎年チョコレートだけでは芸がないだろうか。

 もちろん チョコレートは用意するが、何かちょっと変わったものも作ってみたい。


 パラパラと雑誌をめくっていた美月はバレンタインの特集ページの一部に目を留めた。


「これなんていいんじゃないかしら。」


 特別な材料は必要ないけれど、うんと手間がかかるから、愛情をたっぷり詰めることはできる。

 頭の中で、リボン、箱、包装紙とラッピングをどうするか組み立てて、家にあるストックでどうにかできそうだと、一人、頷いた。



 その日は全国的に寒波が来ていて、東の島国でもちらほらと小雪が降っていた。

 コートの肩に積もった雪を払って、ただいま、と窓から直接、室内に入る。

 しっかりと暖炉の効いた室内は、ふわっとした暖気と共にレインを出迎えて、むしろ蒸し暑いなと感じられた。


「おかえりなさい。」


 エプロンをつけた美月が、キッチンから出てくる。

 無精して窓から帰宅したレインに、どこか言いたげな顔をしているが、今日は恋人たちの日、日本でいうバレンタインであることを思い出してか、そっと飲み込んだ。


「今、雪が降ってるんだ。今夜は冷え込むと思う。」


 差し出された美月の腕に、レインは脱いだコートを渡し、近づいてきたその腰を抱き寄せて、額に唇を押し当てる。

 柔らかい感触に、美月の頬が紅く染まりつつも、いつもの習慣だからと、レインの頬に唇を寄せた。


「あらそうなの。

室内にいたから 気づかなかったわ。

今日は湯たんぽが必要かしらね。」

「俺としては、美月と抱き合って眠れば、それで 暖かさは十分なんだけどな。」

 

 すかさず甘やかな言葉を美月の耳に注ぎ込むと、

ぽっと、 頬を赤く染めて、美月は何かを言い返そうとしてもごもごと口を動かす。

 結局、 うまい言い返しが思いつかなかったのか、 ごまかすようにレインのコートを持って、コートかけに向かってしまった。

 調理中だからか、長い髪を1本の三つ編みに束ねている後ろ姿を見ながらくっくとレインは楽しそうに笑う。

 美月が着ている暖かそうなラベンダー色のセーターは、 レインが今着ているターコイズブルーのセーターと色違いのお揃いだ。

 秋頃から美月が暇を見つけてはコツコツ編まれた手編みのそれは、心まで温めてくれる。


「なんかいい匂いするな。今日の晩飯はなんだ?」

「今日はね、」


 何気ない日常がもたらす、ささやかな幸福感にレインは、ほっと息をついた。



 毎年なら 夕食が終わった後のお茶の時に出されるであろうラッピングされた箱が、食事前に出されて、 思わずきょとんとレインはその箱を凝視してしまった。


「はい。恋人たちの日のプレゼントよ。」

「あぁ、ありがとう。」


 わずかな違和感を覚えながら開けても?と尋ねると、美月はどうぞと頷く。

 水色のリボンをほどいて大きめな箱を開けると、 そこには色とりどりの小さなおにぎりが並んでいた。

 一口大のそれはチョコレートボンボンを模して作られたのか、1個1個がハムやらチーズ、海苔やらで違う装飾がされている。

 ご飯もただの白米ではなく、ほぐした鮭やピンク色の桜でんぶやらが混ぜ込んであって手が込んでいた。


「すごいな、これ。」

「ふふ、たまにはね。

変わったものを作ってみたくて。」

「少し驚いた。」


 チョコレートにしてはやけに大きい箱だと思ったがこのおにぎりが夕食だと考えれば、相応の大きさである。

 一度キッチンに引っ込んだみずきがよそってきた汁物は、根菜やら豆腐や芋類と、具材をたっぷり入れた豚汁で、これで栄養バランスを取るつもりらしい。

あれ、とレインは首を傾げる。


「美月は それ食べるのか?」

「そうよ。自分の分までは作る気力がなくて。」


 美月の皿に乗せられたのは、明らかにデコレーションおにぎりの余りの具材をかき集めて握られたようなおにぎりで。

 ちまちまとレインの分を作った後は、力尽きたのだと思われた。

 それも愛情だとは思うが……むむ、とレインはうなり、ぴこーんと思いついて、 にっこりと笑う。


「はい、あーん。」


 にこにこと期待を込めたまなざしで見つめられて美月は戸惑ったようで、 箸でつままれた小さなおにぎりを見て、もう一度レインの笑顔を見て


「あ、ありがとう。」


 視線をどこに向けたらいいかわからないような顔をしながら、 恥ずかしそうにパクッと食べた。


「もう、 私のことはいいから レインが食べて。

あなたのために作ったんだから。」

「ん、 そうするな。」


 バレンタインらしくハート型にくり抜かれたハムが載せられたおにぎりを口に入れて、レイン好みの ちょうどいい塩加減に愛情を感じながら、咀嚼する。

 さてこれだけ1個 1個 違うとなると、次はどれを食べるか迷ってしまう。


「さて、次は……」


 真剣におにぎりを見つめるレインと向き合いながら。

 美月は、喜んでもらえた嬉しさに、自分の表情がだらしなく緩んでいるであろうことを自覚しているのであった。



 余談として。

 いつも通りの手作りのチョコレートは食後のお茶の時間にデザートとして提供されて、 そんな予感がしつつもありがたく受け取ったレインは、お返しはどうしようか、などと気が早いことを考えた。

 先のことを考えることを、ただ楽しむことができる。

 その穏やかな日々を、 ゆっくりと噛みしめた。




よろしければ★を頂けると嬉しいです。


本作は「聖女の瞳は輝く」「視線の行方」「人魚姫は真珠の涙を流すのか」と登場人物が繋がっているので、気が向いたらぜひご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ