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雨の日には君を想う  作者: 柚葉
番外編
25/26

紅を食む


 隣で静かな寝息をたてているレインの温かい腕の中で、美月は浅い眠りから呼び戻された。

 カーテンの隙間から、朝陽が差し込んでくる。

 眩しくて、目を細めた。


 レインを起こさないようにと、ゆっくり手を伸ばすと、頭上の時計を手にして、文字盤を見る。


「・・・美月?・・いま、何時だ?」

「8時を回ったとこ。起こしちゃった?」


 レインは、うっすらと目を開けて、美月を隙間から見る。

 美月は、レインの瞼に口付けた。


「もう、行くのか?」


 枕にしていた腕が、新しい行き場を求めて美月の身体を包み込む。


「えぇ。今日は用事があるの。」


 回された腕を笑顔でゆっくり解いて、ベッドから出ると、脱ぎ散らかした服を手探りで見つけ出す。

 レインは、その様子を口元に笑みを浮かべて、じっと見詰めてくる。


「そんなに見ないで。」

「目の保養してるんだけど。」

「私なんか見ても、面白くないと思うけど…」

「名残惜しんでるだけだって。」


 美月の言葉にレインは苦笑いする。

 こんな会話を知ったら、アリスはどう思うかしら?

 ふと、美月は考える。

 無機質だった日本での生活からかけ離れた、この空間。

 今は穏やかな温かさに満ちている。


 服を着ると、美月は洗面所へと向かう。

 蛇口をひねって、顔を洗うと、化粧を始めた。


 鏡の隅に、レインが映り込み、背後から声をかけられた。


「化粧してもしなくても、変わらなくないか?」


 誰かと会うのか?

 レインの言葉の裏に隠された疑惑を、美月は笑って打ち消した。

 これから会う相手は、気心の知れた相手だが。

 それでも、外にでる時は、薄くでも化粧を施すのが、礼節というものだ。

 すくなくとも、美月はそう教わった。


「そのままでかわいいのにな。」


 後ろから伸びてきた腕が美月の肩を抱く。

 美月はやんわりと微笑んで、口紅を乗せようと鏡を見る。

 筆で軽くすくって口唇の上に色をつける。

 丁寧に輪郭をなぞって、内側を塗りつぶしていくだけの単純な作業。


「・・・少し、濃いかしら?」


 鏡に映った自分の顔を見る。

 必要以上の飾りはいらない。

 どうやって、落とそうか。

 拭き取れるものを探すが、何も見つからない。  


「……」 


 きょろきょろと、辺りを見回して。

 何をするわけでもなく、自分を抱いているだけの男が目に入った。

 レインは、じっと鏡の中の美月の姿を見ている。


「ねぇ、レイン。」


 美月は回された腕を解くと、レインを見上げた。


「何か、紙とかないかしら?」

「ん~・・・」


 レインは、一瞬何かを思案するように天井を見上げて。


「そうだな。こうすればいいんじゃないか?」

 

 そして、いい事を思いついたように、にっと笑った。

 唐突な言葉に驚いた顔の美月に、レインは軽く自分の唇を重ねた。

 まるで、紙で口紅を押さえるかのように。


「これで、いいだろ。」


 にんまりと笑って、美月を見下ろせば、動揺を隠しきれない表情。

 キスくらい、いつもしているのに。

 一々赤面する、相変わらずな異世界の娘。

 レインのからかうような視線から逃れるように、慌てて横を向く。

 そんな姿が、レインは可愛くて仕方ない。


「これで丁度良くなったな。」


 レインは、自分の唇に指を当てると、そこについた口紅を拭うように擦り付けた。

 それを横目に見てしまって、美月はどんな顔をしていいのか、分からなくなる。


「キスにこんな使い方があるの、知れて良かったろ?」

「そんなこと、知っても・・・」

「紙で落とすのが、勿体無くなってこないか?」


 レインが、美月の耳元で囁く。

 ふと、美月の薄紅色の口唇が緩むように、微笑った。


「そうかもしれないわね。」


 レインに向き直って、降参、と答えた。


「だろ?」


 満足げに笑って。

 まだ少し色の残るレインの口唇がそれに重なる。


「じゃ、オレに付いた口紅はお前が食べてくれるか?」

「私のも落とす気?また塗りなおさなきゃいけないじゃない。」

「面倒臭いか?」

「面倒臭いわ。」

「それなら、出かけるのをやめたらどうだ?」


 美月はレインの誘導に嵌ってしまった事に気付いた。

 思わず笑いが零れる。

 それを拾うようにレインは美月に口付けた。


 やられた。

 罠に嵌ったのを自覚したとき、甘い心地良さを覚える。

 主導権を握られる、甘い束縛。

 縛られるのは、嫌いだけど、彼に限っては、囚われるのも嫌じゃない。

 そして、全てを諦める。

 これから会う予定だった人には、申し訳ないけれど。


「全部、食べて?」


 美月はレインの首に腕を回して、身体を預けた。

 降伏の証。

 必要のなくなってしまった口紅が目に入る。

 美月は思った。


 あとどれだけ、この男に口紅を食べさせるのだろうか。



よろしければ★を頂けると嬉しいです。

つらつらと思いついて番外編でした。


本作は「聖女の瞳は輝く」「視線の行方」「人魚姫は真珠の涙を流すのか」と登場人物が繋がっているので、気が向いたらぜひご覧ください。

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