黒く塗り潰された薔薇
冬の澄んだ空気に星が冴えわたる夜。
星降る祭の思い出を振り返るように、 ほのかな月明かりの下で、レインと美月は少しでも星空に近くなるように、城下町から離れた小高い丘に来ていた。
「 さて、そろそろ見つかる頃かと思ってたけど、案外早かったな。」
「……いつから気づいていたの?」
「なんか、遠い何処かから見られてる視線は感じてた。
まあ、仕方ないからなってやったのさ、釣り餌に。
大丈夫。
美月のことは俺がちゃんと守るから。」
厚手のブランケットに美月をすっぽりと包み込んで、レインは安心させるように笑いかけた。
周囲の気温が徐々に下がり、夜空から星が降ってくるようにダイヤモンドダストが煌めいた。
まるで童話のお姫様が舞い降りるように、キラキラとしたダイヤモンドダストに包まれて、アリスが姿を現した。
アリスの後ろには黒いローブを深くかぶった魔女が控えている。
「本当に来たのね。……来てしまったのね。」
どこか悲しそうに美月は呟く。
その悲しみを吸い取るように、レインは美月の濡れた睫毛に口づけた。
「まぁ、来ない方がおかしいだろ。
何も考えてない顔してるぞ、ほら。
あ、みずきは俺の傍から離れるなよ。」
「ええ、ありがとう。」
「ちょっと!
無視しないでくれる?
二人の世界に入んないでくれる?
アリスを無視するなんて、信じらんない!!」
美月とレインが手をつないで、ほわほわと笑う姿にアリスは面白くなさそうに叫んだ。
「何よお姉ちゃん、こっちの世界に来て、頭のネジが1本外れたんじゃないの?」
「そうかもしれないわね 。」
気の抜けたような幸せそうな笑みを浮かべる美月を見て、アリスはますますイライラした。
前の世界にいた時の険しい表情が取れて、どこか 色っぽい雰囲気さえある美月が面白くない。
何より、会話の中心がアリスではなく、レインに相手にされていないことが、何よりも気に食わなかった。
しかし、アリスは外行きの顔をして愛らしい笑顔を浮かべ、レインに熱い視線を送った。
魔女が心得たようにキラキラとしたダイヤモンドを出すとアリスの周りを再び煌めかせ、アリスはまるで物語のヒロインのように自信たっぷりに輝く。
「アリスの方が、何倍も可愛いでしょー?」
お兄さんはお姉ちゃんの彼氏?
それなら、妹の私とも仲良くしましょうよ!」
アリスはレインに近づき、その空いている方の腕に胸を押し付けるように絡みついた。
「何言ってんだ、ブス。
性格ドブスがよ。
その性根が顔に滲み出てんだよ 。
お前みたいなやつと俺が仲良くするわけないだろ、バカじゃねえの。」
ノンブレスで言い切るレイン。
悪口を言っているというのに、妙に生き生きとしている。
「むかつく!
アリスの可愛さがわかんないなんて、目が腐ってるんじゃないの?
じゃあ、お姉ちゃんを返してよ。」
「返す訳ないだろ、美月は俺のもんだ。
絶対誰にも渡さねぇ。
おととい来やがれ。」
レインはアリスを突き飛ばすように押しのけると同時に、アリスが肩にかけていたポシェットを奪い取った。
中には地獄の門を封印した銀薔薇の細工の手鏡が入っていた。
「………」
あっさりとアリスが大事なものを奪い取られたというのに、魔女はブツブツと狂ったように何かを呟きながら、ぼんやりと立っている。
「か、返してよ!」
ポシェットから手鏡を取り出したレインに、アリスが気色ばんだ。
人から奪うのは得意だが、奪われるのは大嫌いなのだ、心底。
「おっと、」
飛び付くようにレインから無理矢理に鏡を取り返したアリスは、その彫刻の薔薇が全て真っ黒く塗りつぶされていることに気づいた。
「なにこ、れ………」
鏡が燦めき、アリスを待ち望んでいたかのようにその姿を映し出す。
急激にアリスの意識が遠く。
「さようなら、アリス。」
美月の小さな声が、最後にアリスの耳に届いた。
思い出を込めすぎて、様々な感情がこもりすぎたからこそ、平坦になってしまったかのような淡々とした声だった。
ーーアリスは気がつくと、 誰もいない真っ黒な空間に立っていた。
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本作は短編「視線の行方」「視線の絡み合う先」「聖女の瞳は輝く」と登場人物が繋がっているので気が向いたらぜひご覧ください。




