読まない空気
王都への移動は、ヒースクリフが用意した幌馬車に乗ることになった。
レインとヒースクリフが交代で御者をすることにして、今はヒースクリフとオーレイアが御者席にいる。
幌馬車の内部は、立つことは出来ないが、生活感のあるちょっとした部屋のようになっていて、簡易ベッドがついている。
馬車に揺られてすることのない2人は、いつの間にか毛布に包まってうとうとしていた。
「そろそろ交代の時間だぞ、起きろ。」
御者席からヒースクリフの声がして、レインは意識を覚醒させた。
「分かった。ほら、美月……」
美月の頬をくすぐると、まだまどろんでいたい美月は毛布の中に潜り込んだ。
「もう少し……」
木綿のチュニックを素肌に着ただけの服装では寒かったのか、美月は無意識にレインにすり寄る。
レインは腕を差し出して、美月の頭を自分の二の腕に乗せた。
寝ぼけている時の美月にこれを繰り返したせいか、条件反射のように抵抗もなくレインの脇腹のあたりにしがみついてくる。
むにゅむにゅ。
何がとは言わないが、柔らかい感触に思わずニヤつくレインを、いつの間にか御者席からやってきたオーレイアが飽きれたように半眼で見ていた。
「この街で一泊したら、次は王都だ。
そこでレーゲンって司教が、地獄の門の封印について調べてるはずだ。
オーレイアや美月は目立つ見た目だから、帽子でも被って変装しろよ。」
「それを言うなら、2メートル近いヒースクリフもかなり目立つよ。」
「俺はもう、どうにもならないだろが。」
冒険者向けの食事つき宿の1階で、ヒースクリフはエールで炒った豆を流し込んだ。
オーレイアは手際よく地図を広げて、地図上の今いる街と王都を繋ぐように指でなぞる。
「………」
レインはよく手持ち無沙汰になると、美月にちょっかいをかけることがあった。
ヒースクリフから今後の説明を聞きながら、隣にいる彼女の顎をこちょこちょと、くすぐっている。
「ちゃんと話を聞きなさいよ。」
「ん〜、大丈夫、大丈夫。」
困ったように言う美月に、ニヤニヤとチェシャ猫のように笑った。
緊張感がないが、それが却って頼もしくも思えた。
「もう、ツッコまないぞ。」
「同感。あ、わたし、寄りたいとこがあるんだけど、いい?」
宿場の近くにある市場に行った帰りに、ふとオーレイアが教会を見たいと言うので、寄り道することにした。
古びた木材の匂いがする巨大な石の塊のような教会の内部は、窓が小さい為、光源が少なく薄暗い。
帯刀した護衛に囲まれた綺羅びやかな一団とすれ違う。
ーーアリスが、いた。
アリスは併設した孤児院の慰問をしているのか、子供相手だというのにフリルとレースがたくさんついたドレスを着ている。
遠目に見てもアリスの表情は、つまらなそうだ。
爪を弄っている様子が、やる気のない態度に拍車をかけている。
「あ、アリス……いままでどうしてたの……」
「行くな!美月。」
元気そうで良かったと思うべきなのだろうか。
でも、アリスが今も美月から祈りの力を搾取していることを知り、そう思えない気持ちがある。
思考はぐちゃぐちゃのまま、思わずアリスに掛け寄ろうとした美月のポニーテールを、レインはくいっと引っ張った。
振り向いて何かを言いかけたその唇に、口付けて黙らせる。
「早く、気づかれない内に!」
「すげーな、隙あらばイチャつくな、あいつ。空気読めよ。」
これ以上近づくと気付かれそうなので、オーレイアは買い物かごを抱えて、慌てて踵を返した。
黙らせるのに口づける必要なんて欠片もないのに、空気を読めないのか、読まないのか。
茫然と立ち竦む美月を素早く横抱きにして撤退するレインの後頭部に、ヒースクリフは冷ややかな視線を送ったのだった。
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誤字報告ありがとうございます。
本作は短編「視線の行方」「視線の絡み合う先」「聖女の瞳は輝く」と登場人物が繋がっているので気が向いたらぜひご覧ください。




