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魔法の堕天使、降臨す  作者: 鹿磨
第1章 新世界と闇の産声
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第60話 思い出したもの


「フィーネ!!」


 自身の身体に残ったありったけのマナを「身体強化」に注ぎ込み、全身全霊を掛けて、地面を蹴る。

 その力強さに白色の絨毯が引き裂かれた。

 同時に、完全量から一割を切った所有マナが、まるで渦潮に呑み込まれていくような激しさで減少する。

 だが、後の事などどうでも良い。

 フィーネが、友人がいなくなってしまったらセファローズには何も残らないのだ。


 自身では世界を変えることは不可能だと知り、絶望したセファローズは自決の意味も込めてロエルの馬車を襲撃した。

 そして、当然失敗し、捕獲されることとなった。

 だからこそ後の人生に意味など無いはずだった。


 ここでフィーネに助け出されるまでは。


 最初は二人で脱出することを夢見た。

 だが、ロエルに見つかり、それは不可能と知った。

 それでもフィーネだけは逃がそう、と目標を切り替えた。

 それが己の最後の役割、生き残った意味なのだ、と。

 

 だから、フィーネを見失うなどという失敗は許されない。

 これまで館のメイドたちは本拠地(ホーム)であることを活かして、セファローズたちに迎撃という形を取って攻撃を仕掛けてきている。

 今回の事態は敵の策略かもしれなかった。


 扉までの距離は二十メートル程。

 強化された脚力であればあと一歩で辿り着ける。

 マナ残量──丁度初級魔法一回分くらいのマナを爆発寸前まで右足に込める。


 そして跳躍を──と思ったが、急停止を余儀なくされた。


「ふう……すまない、すまない」


 開かれた扉、洞窟のような暗さをした室内からフィーネが出てきたのだ。


 僅かに頭を低くし、両手を合わせて謝意を表してくる。

 素肌は勿論、身に纏ったローブにすら傷も汚れも無い。

 マナ感知までは発動させていないが、フィーネの所有マナは空に近いことが何となく感じ取れた。

 これは異常ではない。

 先程の魔法を消失させる謎の技により、使い切ったのだろう。


 ただ、表情に暗鬱としたものが消え去り、どこか晴れやかになっているのが不思議だった。

 生命の保管庫で再開した時の物憂げで儚い美少女ではなく、初めて出会った時の溌剌とした輝きのある美少女に戻っている。


「アンタ……大丈夫なの?」


 肩を上下させ、朝露のような汗をこめかみから顎にかけて垂らしながらセファローズは言う。

 走っている最中でも平然としていたセファローズがここまで疲弊を露わにしているのは、「身体強化」の反動からだった。


 「身体強化」はマナの力によって身体能力を増幅させると同時にその分身体に膨大な負荷を掛けることとなる。

 所有マナがある限り発動中は全く疲労を感じないが、いざ「身体強化」が切れた途端に代償がやってくるのだ。

 代償とは──本来、十の運動を「身体強化」によって百の運動に昇華させた時、その差九十の運動で本来消費するはずだった脳・肉体負荷と疲労の埋め合わせを指す。 


 生命の保管庫から練度と密度の高い「身体強化」を使い続けてきたセファローズの代償は非常に大きく、立っているのはおろか、意識を保っているのがやっとという程である。

 だが、フィーネには心配をかけたくない、という一心で何とか荒い呼吸までに疲労を抑えていた。


 大丈夫か、と聞かれる資格はセファローズにもある。


「ああ、私ならば大丈夫だ! 心配をかけたな!」


「ホント気を付けなさいよ……何で部屋の中に入ったわけ?」


「いやなに、扉が少しだけ開いていたのだ! 敵が潜んでいるのでは、と思ってな!」


 フィーネはいやにハキハキとして喋る。

 外見に似合って可愛らしいが、これまでは常にクールぶった、どこか矛盾感のある雰囲気だったので若干違和感がある。

 だが、まあ気持ちが分からないわけではない。

 先程の戦闘で殆どのメイドを撃破し、ロエルの部屋も近いとあって普段以上に元気になったのだろう。


 相変わらず単純な思考回路である。


「で、誰かいたの?」


「何もなかったぞ! 気を取り直して行こうじゃないか!」


「アンタが仕切るんかい」


「ん? 何か言ったか?」


「別に何でもないわよ」


 素っ気なく言うセファローズ。

 しかし、口元は僅かに緩んでいた。


 これで後腐れ無く別れることが出来る、と。


 相変わらずロエルが何処にいるのか分からないが、現時点で姿が見えない以上、時間猶予はそれなりにある。

 奪われた荷物を回収し、フィーネを逃がす時間くらいは容易だろう。


 そんなことを考えながら歩き出すと、不意に手を掴まれた。

 何だと思えばフィーネが隣に並んでいた。

 当然だが、自身の手を掴んでいるのはフィーネである。

 

「もう……何してるのよ」


「何って──捕まえたんだよ。セファちゃん?」


 ロエルの言葉にセファローズは戦慄した。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 洞窟のような暗さをした殺風景な部屋。


「うー! うー!」


 腹底に力を込めて思い切り声を出すが、口に噛まされた布の猿轡が振動するばかりで言葉とはならなかった。


 口が駄目ならば身体を何とかしよう、と手足を動かそうとするも、【光束(カテーナ)】の魔道具により顕現した光の留め具によって私の身体と半一体化した椅子の足が地面を叩くばかりだ。

 それでも諦めずに藻掻き続けていると、次第に椅子の足が浮き始めるようになり、古時計の振り子になったつもりで更に振動を続けていると椅子が、いや、私が床に倒れた。


「いふぁい!!!!」


 椅子に縛り付け状態であったので横顔が床に激突する。

 猛烈な痛みと脳を揺らす衝撃。

 更に横腹にも同様の打撃があり、胃液が口内まで逆流する。

 目に汗が滲んできた。

 私の柔らかな頬が白い床の冷淡さを感じている。 


 そこではたと気が付いた。

 椅子を倒したところで拘束を解かなければどうにもならないということに。

 むしろ体勢は悪化しているじゃないか。


 一体誰だ。

 こんな厄介な魔法を作ったのは。

 私だ。

 大広間で見出した「開発者権限【魔法零落】」──これまでの「魔法無効化」を拡張させたもの──を実行してやりたいところだが、中級魔法はまだ不可能である。


 周囲にもこの窮地を脱せそうな物は無い。

 というか、首と額にも【光束】の拘束がある為に頭の可動域は固定されており、現在見えるのは暗闇の中で朧げに見える白い室内と白い扉のみだ。

 四つある壁の内、入り口側の壁だな。

 明るければ他にも何か見えたかもしれん。


 彼の扉の外側には確か「ミカ」というプレートがあったか。

 そうだ、ここはミカの部屋だ。

 だから何だ、という風だがな。

 おそらくはメイドの名前なのだろうが、誰かは分からん。


 しかし、一体何が起こったのだろう。


 猿轡のザラザラとした感触を舌で感じながら心の中で呟く。


 非力且つ詠唱を封じられた私に現状の打破は不可能である為、先程起こった、まるで白昼夢のような出来事を回想することにした。


 ──私は頼りになる旧友セファローズと共に戦い抜き、ロエルの館二階「女中部屋」が並ぶ廊下まで辿り着いた。


 一階とは打って変わり徒党を組んで襲い掛かってくるメイドたちの猛攻──白刃の嵐を潜り抜け、弓矢の雨を凌ぎ切り、そして全てを返り討ちにして我々(主にセファローズ)は突き進んだ。

 第五小隊くらいを葬り、セファローズ曰く最後の廊下に差し掛かった時、我々は魔道具を主とするメイドたちと邂逅する。

 彼女らは愚かな事に偽りの──いや、今は控えよう。

 とにかく私の魔法権限により奴らの偽りの魔法を抑制、セファローズがいつもの如く蹂躙した。


 その時だった。

 背後から忍び寄ってきた何者かに羽交い締めにされ、猿轡をかまされたのは。


 無論抵抗しようと藻掻いたが、やはり私は非力だ。

 メイドたちの屍の上で佇むセファローズに必死に助けを求める視線を送るが、それは叶わず、されるがままに「ミカ」の部屋に連れて行かれて椅子に縛り付けられた。


 そして、驚くのはここからである。

 私をここに幽閉したのはなんとロエルであったのだ。

 最も理解の及ばぬところである。


 我々が二階の「女中部屋」が並ぶ廊下に辿り着いた時点では、ロエルの反応は玄関ホールに留まっていた。

 ネコのメイドの反応がある地点で暫く停止していたはず。

 私のマナ感知による判断である為、間違いはない──いや、間違えているからこのような結果になっているのか。


 驚愕の表情を浮かべる私を、ロエルはニヤニヤと嘲笑い、巧みな手付きで鼻歌を歌いながら椅子に縛り付けた。

 「ビックリしたでしょ?」と言った奴の目は下卑た形に歪んでおり、その奥では邪悪が宿っていたことを強く覚えている。


 やがて私を今の状態にしたロエルは満足そうに頷いた。

 それから「キミもボクのものにしたかったな」と呟き、私にその中性的な顔をグイと近付けた。

 暫く目と目が合う状況が続き、耐え切れず私がどこかで瞬きをすると、目の前のロエルが消えて代わりに私が現れた。

 その時は、まるで夢でも見ているのかのようだった。

 鏡の世界に住む私を連れてきたような完成度をしたもう一人の私を私が見ていたのだ。


 だが、このような経験をするのは二度目である。

 すぐに、ロエルが地下の守衛室で我が同胞生の始天使リサウェル・デア・リヴを模倣していたことを思い出した。


 そうやって奇跡の如く権能を行使して私に化けたロエルは「セファちゃんはどんな顔をするかな」と上機嫌で部屋を出て行った。

 実に奇妙な感覚だった。

 私が絶対に浮かべないであろう下品な表情を私が浮かべているのだから。


 ──とまあ、記憶の回想はここで終わりなのだが……全く役に立たんな。


 何もかも初めからロエルの術中だったのだろう。

 私たちがどう足掻こうと無駄だったというわけだ。

 そもそも捕獲者が獲物をわざと逃がし、追いかけっこするだなんて話から狂っていたのだ。

 助かると信じた私もある種の狂人だったと言えるだろう。

 金の為ならどんなに下品で惨めな事でもやり遂げるような、そんな連中と同類だ。


 今頃、私に変貌したロエルはセファローズの元に向かっているのだろう。


「…………」


 猿轡を咥えながら旧友の名を呟く。

 彼女は一生懸命だったな。

 足手まといであるはずの私を庇いながら、決して諦めずに足を進めていた。

 例えその全てがロエルの手の平の上だったとしても、誇りを保ち続けていたのは間違いない。


 それに対して私は──


「失礼します」


 ──と鼻にかかった男の声が室内に入り込んでくる。


 溜め息を吐いて表情を暗くする私をよそに、扉は静かに開かれて、先程私を椅子に縛り付けた男が姿を現した。

 廊下から差す逆光を浴びて透き通る赤髪。

 甘く中性的な顔をした二枚目の男。

 実によく知ったマナの形をしていた。

 地下を出てから私が感知していた方のロエルの登場である。


 彼を歓迎するように室内がパッと明るくなった。

 天井からぶら下がった魔道具的照明を点けたのだろう。


 何も言わずに睨み付けていると、相手もまた何も言わずに椅子と共に倒れる私に近付いて来て、猿轡を外した。

 吐血のような勢いで透明な唾液が床に飛び散る。


「チッ……誰なのだ、貴様は」


 涎を口端に垂らしたまま脈絡無く疑問を口にした。

 私を攻撃しない理由だとか、これからどうするつもりなのかだとか、そういった敵の機嫌を伺うような質問をするつもりはない。

 殺すならば殺せ。

 そんな諦めに近い覚悟だ。


 対して目の前のロエルは質問に答える代わりに、その手を自身の顔面まで持っていき仮面を剥がすような仕草をした。

 それで実際に何か道具らしきものが露呈したわけではない。

 しかしその直後、被っていた偽装の布が落ちるようにして、黒髪を結んで後頭部で丸く纏めたメイドが現れた。


 洗練された佇まいの齢三十半ばくらいのヒューマンの女性。

 古き良き、という言葉が最も彼女を表現出来るだろう。

 悟ったような疲弊したような皺を口元に刻んでいる。

 他に特徴と言えば、これまでのメイドたちとは違い動物的要素を有していない。

 それは世界において本来は普遍であるはずなのだが、ロエルの館で見る彼女の姿は異質なように思えた。


 同時に、まるで人形のようだ、とも私は感じた。

 肌色はヒューマンらしく薄橙色をしているのにも関わらず、質感は陶器のように見える、そんな表現で伝わるだろうか。

 恵まれた乳房を僅かに揺らすほどの呼吸はあるし、私がロエルのものと錯覚する程の潤沢な、しかも若干光を帯びたマナも有しているが、彼女はどこか無機質だ。


 そうやってジロジロと観察をしていると、メイドは礼儀正しく頭を下げる。


「わたくしは新たな世界の管理者【アンハンゲル】の生の幹部ロエル様にお仕えするミカと申します。此度の『追いかけっこ』ではロエル様の御采配の下、偽物(ダミー)役を務めさせていただきました。お楽しみいただけましたでしょうか」


 数々のメイドを殺してきた仇敵である私に対してもしっかりと名を名乗り、礼節を弁えてメイド──ミカは説明する。

 どこか既視感を覚えるのは、モンクシュッド男爵家の専属メイドルビネッタを彷彿とさせるような生真面目が要因だろう。

 と言っても、その冷徹さは段違いであるが。


「初めから貴様だったのか?」


「『初めから』というのは少し違います。わたくしとロエル様は守衛室にて入れ替わりました。ですので、初めて顔合わせをしたのはロエル様ですが、『追いかけっこ』で貴女方を追っていたのは初めからわたくしです」


「なるほど……マナが無いのがロエル。あるのが貴様だったというわけか」


 守衛室でのロエルはマナを感じられなかった。

 生の幹部であるのに何故、と不思議に思ったものだ。

 しかし、追いかけっこが始まってからはマナが感じ取れるようになり、それは守衛室では温存していたマナを我々の捕獲の為に解放させたのだと推察していた。


 実際は入れ替わりだったというわけか。


「御名答でございます」


「全然嬉しくないぞ」


 私の呟きを最後に、部屋は気まずい空気に満たされた。


 ハッキリ言ってタネが分かった以上、ミカに用は無い。

 さっさと失せろ、と言いかける。

 しかし、未だ椅子に縛られている以上主導権は奴にある。

 【詠唱破棄】で魔法を放つというのも頭に浮かんだが、その選択肢は風船に穴が空くようにして萎んでいった。


 ここでひと暴れ出来る程の気力は無い。


 そんな私の憂鬱を汲み取ったのか、それとも偶然か。

 先に動きを見せたのはミカだった。

 音を立てずに歩き出すと、私の背後に回り込み、首に手を掛ける。


「何をしている」


「貴女を解放します」


 ミカは私の首元の【光束】を外した。

 魔法の解除は術者にしか出来ない。

 魔道具はどういった仕組みか知らぬが、ロエルが持っていた【光束】の魔道具をどこかで拾うか受け取り、魔法と同じような要領で解除したといったところだろう。


 訊ねるつもりもなければ興味もないがな。

 現在、そんなことよりも気になることが起きている。


「主人を裏切るのか?」


「それは違います。貴女を解放することがロエル様の御指示です」


「馬鹿な。もう騙されんぞ」


 追いかけっこの二の舞を踏むのは勘弁だ。

 淡い期待を抱かされ、絶望のどん底に叩き落されること程辛く惨めなものは無い。


「ロエル様の御心遣いを素直に受け取っていただければ良いかと。『追いかけっこ』も脱出されたらそれで良い、と仰っておりました。セファローズ様だけは手に入れてみせる、とも仰っておりましたが」


「何?」


「御喋りが過ぎたようです。では参りましょう。僭越では御座いますが、わたくしが出口まで御案内致します」


 扉の方まで歩いたミカはもう一度お辞儀をする。


 どうやらその言葉に嘘は無いようだ。

 現に私に掛かっていた全ての留め具は外されている。

 奴に敵意は無さそうだし、周囲にマナ反応も無い。

 しかも、どうやらロエルの目的はセファローズらしい。


 ここから出られる。


 心から待ち望んだ甘美な言葉に私は身体を起こした。

 期待から高まる鼓動。

 目前の麗しきメイド、絶望に落ちた私に手を差し伸べてくれた救済者を見据えて、一歩踏み出す。


 ──それで良いのか?


 誰の言葉だろう。

 脳内で知らない者の声が聞こえたような気がする。

 だが、私には関係のないことなのだ。

 私はさっさとここを出て、未熟な自身が作り上げた虚像と馬鹿げた二つ名を捨てて、喧騒から離れた暮らしをするのだから。


 きっと後悔を抱えながら生きるのだろう。

 だが、それでも良いのだ。

 ロエルの館での「追いかけっこ」で味わった恐怖と緊迫感を、重力の幹部との戦いで知った絶望をもう二度と味わわなくて良いのならば。


 室内の照明が消える。

 同時にミカが扉を開けて、廊下の光が差し込んだ。

 私は光に向かって更に一歩を進める。


 ──セファローズを見捨てるのか?


 また声が聞こえた。

 一体何処から聞こえてくるのだ、この忌々しい声は。


 セファローズは残念だった。

 それで良いじゃないか。

 思い返してみれば、彼女は私がここへ運ばれる以前から生命の保管庫に囚われていたのだ。

 

 だからロエルに再び捕まったところで──クソ……もういい。


 どうせ私ではどうにもならんのだ。


 罪悪感から地面に落としていた視線を光に戻す。

 そうして、私は扉の方まで──行くはずだった。


 しかし、運命の悪戯か、酷く懐かしい物を見た。

 先程視線を戻した瞬間、視界の端で、部屋の隅にあるテーブルの上に置かれた一冊の本を捉えたのだ。

 他にも私が奪われた「マル秘・交配指南書」と「風の魔導書〜初級魔法〜上巻」もあったが、それでもその一冊に目を奪われていた。


 それは──黒い表紙の魔導書。


「どうして貴様の部屋にこれがある」


 微かに震える声で私は訊ねる。


「それはセファローズ様が所持していたもので御座います。こちらで待機し、余暇を持て余されたロエル様がご覧になっていたのでしょう」


 ミカの言葉に、これが守衛室でセファローズが奪われたと言う大切なものであることに気が付いた。

 彼女は私の魔導書を蒐集している、と言っていたからな。

 ロエルに連れ去られた際に落とした背負い鞄に入っていた魔導書はどれも写本だったが、これは原本だ。

 というか、この魔導書はかつての魔法管理局では机の引き出しに厳重に封印してあったもので下界に流通させていない。


 だからこそ、ここで再会するとは思っていなかった。

 魔導書に掛けた、私のマナを注がなければ解かれることのない封印のおかげで天界崩壊の災禍を逃れたのだろうか。

 若しくは本当に誰かの悪戯ではないだろうな。


 この魔導書は何も知らぬセファローズにとっては大切なものだったかもしれないが、私にとっての言わば恥部だ。


 魔法の管理者に任命されるより以前の、魔法へ至る道筋をようやく発見した頃の初心な私が初めて記した魔導書だ。

 その証拠に、黒い表紙には白い字で「漆黒ノ深淵魔法一覧」という書き殴ったような乱雑さをした表題がある。


 表紙を捲り、全く均一感の無い目次欄の左下には──



『魔法は負けない!』



 ──と走り書きがあった。


 それは、あまりにも稚拙で無謀な言葉だった。


 女神デア様に天上に引き上げられて幾年かが経ち、徐々に頭角を現していく仲間たちに対して劣等感を抱いていた私が、未熟で愚かで……でも、真っ直ぐだった私が書いた言葉でした。


 アモルより優しくない。

 ルキスより明るくない。

 リヴより正しくない。

 ニルより逞しくない。

 シオンより賢くない。


 そんな中途半端で何もなかった私が見つけた光──「魔法」。

 どこまでも楽しあってほしい。

 どこまでも強くあってほしい。

 ただそれだけは誰にも負けないでほしい。


 そんな気持ちがあったからこそ私は諦めず、へこたれず、魔法の管理者として皆と肩を並べることが出来ました。


 初めて白紙の本を前にして、初めてペンを取って、初めて魔導書に書いたその言葉は多分……初めて私が見つけた「魔法の言葉」だったのだと思います。 


 だって──久し振りに敗北を味わった私にもう一度一歩を踏み出させるには充分すぎる程の言葉だったのですから。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 ──私は徐に大声を上げ、ミカに捨て身で飛び込む。

 この世の終わりを体験したかのような暗い顔をしていた私が、この期に及んで反抗してくるとは思わなかったのだろう。

 突然の咆哮と体当たりに反応し切れないミカはその仏頂面を初めて崩し、半ば狂戦士と化した私と共に揉みくちゃになって床を転がり、廊下に出る。


 態勢を立て直すのはやはりミカの方が早い。

 しかし──


「『静かなる土石よ、大いなる意思の下、隆起せよ、防御せよ──【岩壁(ロック・ウォール)】』!」


 私とミカの間を阻むようにして岩壁が白い床から白い天井へ屹立し、廊下を完全に遮断した。


「貴女が向かってもどうにもなりませんよ」


 岩壁の向こうから微かに聞こえてくる冷ややかな声。

 奴の言う通り、どうにもならないだろう。


「知るか! やってみなければ分からぬだろう!」


 脇に抱えた黒い魔導書を一瞥し、私は駆け出した。


「私はマギウェル・デア・フィーネなのだから!」


 私は奥義に手を伸ばす。

 勇者の末裔ヨシロから強奪した特異マナ。

 その際に私の中に再び生まれた容量──「天使の杯」に満たされた光の残滓を飲み干し、かつての輝きを解放した。


『種族「天使」への復活を確認──一時的に全身体能力、全感覚が超強化され、光属性の全初級魔法が接続可能になります』


 私は再び四枚の大翼と光輪を携えて、白い廊下を飛んだ。


白の魔導書(ホワイト・アルバム)よ! 私はロエルに勝てるか!?」


『マスターの質問を確認──記録(ログ)から情報の選別・思考・伝達を実行します──回答、現段階のマスターが当該敵を撃破するのは不可能です』


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