第59話 消失
──ロエルの館一階「玄関ホール」
長い長い廊下の連続を抜けて、遂に辿り着いたロエルの館一階の最終目的地。
大広間よりは若干劣るものの、小規模の村の家ならばスッポリと収まってしまう程の広さをした吹き抜けの玄関ホール。
正面には両手を目一杯に広げても手摺りには届かない程の大きな両階段があり、踊り場を経由して左右に分かれた階段の先は二階に繋がっている。
豪奢な装飾は勿論のこと、中央の床にはアールディア正教団の紋章が大々的に敷かれており、まさに見せ場という言葉が相応しかった。
一方、脱走者の二人は玄関ホールの造りなど眼中にない。
豪華だな、などと感想を抱く前には「玄関扉から出られるのでは」という発想が先行しており、階段を進むより先に玄関扉に向かい、二人揃って靴底で思い切り蹴っていた。
一人は怒りに身を任せるように。
一人は悩みを誤魔化すように。
やがて──
「「クソッ!!」」
ガツンガツンと何度か玄関扉を蹴り、その結果、仲良く足を痛めた二人は咆哮した。
広々とした玄関ホールに反響し、再び静寂がやって来る。
全てが意味の成さない行為だ。
何をしても無駄。
鍵も回らなければ取っ手も動かない。
薄々勘付いていたことではあったが、二人は肩を落とした。
「やはりロエルの部屋に向かうしかないというわけか……」
「ええ。でも幸いそこまで遠くないはずだわ」
調理場から玄関ホールに至るまで更に十四名メイドを殺害したセファローズは、艶のある頬に緑色の液体を付着させたまま溜め息交じりに言う。
汚い、臭い、と言っていたメイドたちの血液だ。
ただ、殺しすぎて拭うのも面倒になっている。
ロエルの似顔絵ばかり飾ってあった廊下に配備されていた十四名のメイドは主に虫の特徴を有した者が多かった。
ちょこまかと動きが疾かったということ以外に特に印象を受けなかったが、フィーネが嫌な顔をしていたのは意外だった。
聞けば「虫は得意ではない」と言う。
興味を唆られる話ではあったが状況が状況なので深掘りはせずに相槌だけで済ませたセファローズ。
それを若干後悔していた。
先程フィーネにも言った通り、追いかけっこの終わりは近い。
そして、その先で迎える結末は大方予想が付いている。
フィーネとは今生の別れとなるだろう。
だからこそ心残りは無くしておくべきなのだ。
そういえば、と口にしかけた瞬間。
中央の階段に躍り出る人影があった。
「見つけたニャ! 脱走者!」
二人がほぼ同時に振り返って見れば、両階段中央の踊り場でこちらを指差すネコのメイドがいた。
セファローズ達から見て右サイドを耳掛けにしたボブカットは黒色で、頭の輪郭に着けたヘッドドレスから覗く小さなネコ耳も黒色、膝丈スカートの後ろでユラユラ揺れている尻尾も黒色をしている。
可愛らしい外見だが、どこか粘着質なものを感じさせた。
明らかに瞳に輝きが無い。
裏がありそう、と言うべきか。
ヌッと現れた事もあって影みたいだな、とセファローズは総評を締め括る。
同時に「身体強化」と「五感強化」を最大まで発動させた。
心臓が強烈に跳ね上がり、激流の如く勢いで血液が強制的に循環し始めることでマナを刻んだ身体を活性化させた。
額と背中に汗が滲む。
脳は静かに警鐘を鳴らしていた。
「一人でアタシたちを相手にするつもり? いい度胸ね」
「ニャフフフ……アタシの存在に気が付かなかったクセに中々強気だニャ? もしかして虚勢かニャ?」
ニヤリと笑い、八重歯を光らせたネコのメイドにセファローズは奥歯で悔しさを噛み締める。
「ムカつくネコだわ」
誰にもバレないようにそっと呟く。
ネコのメイドの指摘はまさに図星だった。
玄関扉に八つ当たりしている最中、接近に気が付かなかったのも、それを悟られないように虚勢を張ったのも事実だ。
非常にマズイことが起こっている。
世界最高峰を自負する最大出力の「気配感知」でも敵の気配を感じ取れていないのだ。
おそらくセファローズの問題ではない。
範囲を広げれば精度は落ちるものの一般的に栄えた街中を把握し、焦点を絞れば相手の息遣いだけでなく心臓の鼓動や逆立つ産毛までもを捉えられるセファローズの「気配感知」。
それを全力で向けても何も感じられない敵が異常なのだ。
呼吸すら聞こえない。
息を止めているにしても限度がある。
まさか、呼吸の必要が無いように作られているのか?
ロエルは生命改造は何処まで及んでいるのだろう。
更に問題なのは敵がセファローズと同じ煽り屋らしいこと。
これも良くない。
武器を持つ全ての者に該当する戦闘理論と言うよりは、セファローズという個人が気にしている心持ちや矜持の範疇の話。
戦闘中、何に於いても敵に優位を取られてはならない。
これはセファローズの持論だ。
語るまでも無いだろうが、戦いというのは力量は勿論のこと、経験や敵の情報等のあらゆる副次的な要素も非常に重要になってくる。
そんな中で場を支配する、流れを作る、というのも時に肝要となる、とセファローズは考えている。
そして、煽りにはじめとした敵の感情を掻き立てる罵倒行為は、成功すれば例えどんな弱者であっても、その瞬間だけは場の支配者となる事が出来る……はずだ。
現にセファローズは格下相手に苛立ちを覚えている。
冷静さを欠いていた。
「虚勢かニャって……何よ、その語尾。恥ずかしくないの?」
「恥ずかしくないのニャ。ていうかアタシの質問に答えられてないニャ。虚勢は図星なのかニャ?」
「図星だったら何なの? ていうか恥ずかしくないならヤバいじゃない。アンタ、多分いい歳でしょ。無理があるわよ」
「は、はあ!? アタシはまだピチピチニャ!!」
これまで余裕綽々だったネコのメイドが初めて声を荒げる。
かかったな、とセファローズはほくそ笑んだ。
積年の煽り屋を舐めるなよ、と。
「でも、肌に出てるのよねえ……老いが。しかもアンタ、苦労人でしょ? そういう人特有の隈も隠せてないわよ」
「肌のお手入れならちゃんとしてるのニャ!」
「じゃあ合ってないんでしょ。どうせヒューマン用のを使ってるんでしょうけど、ちゃんとネコ用のを使わないとね。アンタ、人じゃないんだし」
「むきーー!! それは言っちゃ駄目なのニャ!! 年齢のことならオマエだって同じのはずニャ! しかもアタシの方が胸が大きいのニャ! 魅力ならアタシの方が上なのニャ!」
「ニャアニャア五月蝿いわね。アタシは老けないからいいの。それにアンタだってそこまで胸無いし。ていうかここには小さいのしかいないから」
「おい、私の胸を悪く言うな!」
「あ、ごめん」
「大体オマエは何なのニャ! さっきからエルフの陰にコソコソ隠れてる臆病者ニャ! この場に相応しくないニャ!」
フィーネに矛先が向けられるが、返答は舌打ちで終わる。
それは悪手だ。
確かに口喧嘩において「無反応」のカードは絶大な攻撃力と防御力を誇り、相手の威勢を弱体化させる事が出来る。
しかし、こと煽り合いに関してはそうではない。
煽り合いは──最後まで煽っていた者が勝つのだから。
「何も言い返せないんだニャ! やっぱりオマエは臆病者なのニャ! ご主人様には気に入られてるみたいだけど、オマエなんか相応しくないのニャ! さっさと帰ってママのミルクでも飲んでろニャ!」
「バカね。帰れるなら帰ってるっての」
「そうだったニャ! オマエらは帰りたくても帰れないのニャ! 惨めだニャ! ニャハハ!」
「この年増のクソネコがッ……」
コイツ……デキる。
さっきは完全に優位を取ったと思ったが、突発的に標的を変えることで話題をズラしてくるとは……中々分かっている。
完全に作戦に嵌っている自覚があった。
相手は冷静だ。
情動からではなく目的を以って煽ってきている。
その目的とは、おそらく時間稼ぎだろう。
これまでのメイドは武器を使ってセファローズたちを打ち負かそうとしてきた。
追いかけっこの最中ではあるが、メイドから感じる殺意からしてロエルから殺しても構わない、と指示されているのだろう。
対してネコのメイドからは殺意が感じられない。
ロエル──ご主人様が追いかけっこに勝てれば良い。
そういう判断なのだろう。
ああ見えて忠実で堅実なメイドなのだ。
敵の作戦が完遂される前に、さっさと殺して先に進みたいところだが、安易に踏み出せない理由が二つある。
まずはネコのメイドの素朴だが洗練された給仕服のポケットに幾つかの小瓶らしき物を入れていること。
多分アレは回復や自己強化系のポーションではないだろう。
ネコのメイドが真正面からセファローズと戦うつもりだったら開幕早々飲んでいるはずだし、そもそも彼女が選んだ択は時間稼ぎだ。
また、その身を犠牲にしてでも主人を護らなければならないメイドが回復系のポーションを用意しているとは考えにくい。
だからこそ毒瓶だろう、と予想している。
いや、毒瓶に違いない。
ポケットの開口部からわざとらしく小瓶の頭を覗かせているのはこちらの警戒心を煽る為だ。
でなければ隠すかさっさと使えば良い。
その使い時はセファローズたちが動いた時だろう。
セファローズに自然由来の毒は通用しない。
おそらく天使族であるフィーネも生まれつき大抵の毒には耐性があるか、無くても回復し切れてしまうはずだ。
だが、ここは生命を司る生の幹部ロエルの館。
これまでの常識が通じるとは思わない方が良い。
次に安易に踏み出せないもう一つの理由は、フィーネに限界が来ているということ。
「生命の保管庫」で再開した時から心に傷を負っているようだったが、ロエルと遭遇し追いかけっこが始まってからは恐怖の色が如実に現れ始めていた。
これまではセファローズが敵を瞬殺していたので、何とかギリギリのところで留めることが出来ていたのだろう。
しかし、ネコのメイド──煽り屋の出現により遂に溢れ出しているのだ。
ただでさえ蝋燭のような白さをしている肌が更に生気を失って死者のもののようになっている。
加えて、セファローズの超強化された聴覚は、フィーネの過呼吸気味の息遣いと強く握った拳の震えも捉えていた。
やはりこのままではマズイ。
セファローズの目的はたった一人の友人──フィーネをこの館から脱出させること。
だからこそ慎重に行動する必要があった。
だが、慎重なだけでは困難な状況を打破出来ないことをセファローズは知っている。
玄関ホールを抜けるには劇薬が必要だ。
「難しい顔をしてるのニャ〜。でも考えても無駄なのニャ〜。何でか聞きたいニャ〜? それはもうすぐご主人様が着いちゃうからニャ〜。オマエらボコボコにされるのが楽しみだニャ〜」
「……分かったわ。アタシたちの負けよ」
「ニャンと!? 聞き間違えかニャ!?」
「聞こえなかったのならもう一度言ってあげる。アタシたちの負け。アタシたちでは勝てないからコレで見逃して」
フィーネが背負ってくれている自身の鞄の横ポケットからクモ糸玉を取り出してネコのメイドに差し出した。
調理場で手に入れた戦利品だ。
ロープ代わりにすればフィーネの脱出に役立つかもしれない、と取っておいたのだが──ここで効果を発揮するとは。
「ニャニャニャー!? そ、そ、それは……まさかレミの丈夫なクモの糸で出来た毛糸玉ニャ!? 駄目ニャ! 早くそれをしまうニャ! アタシの中に眠るネコちゃんの本能が暴れ出す前にニャ!」
「あー、てがすべったー」
抑揚のない言葉とは裏腹にセファローズはクモ糸玉をぶん投げた。
豪速球で投げられたクモ糸玉は、まるで流れ星のように糸の端でひらひらと尾を描きながら玄関ホールの隅に着弾する。
弾力のあるクモ糸玉が床を跳ねる。
小気味の良い音が鳴った刹那、セファローズですらギリギリ捉えられる程の疾さでそれに飛びつく者がいた。
「ごろニャ〜ン。ごろごろ〜ニャ」
これまでの煽りと嘲笑が演技だったかと思ってしまう程の変わり身の早さで、クモ糸玉と戯れ始めるネコのメイド。
四つん這いになって、ヒューマンの手でネコの肉球を再現して、突いてみたり転がしてみたり、非常に楽しそうだ。
セファローズたちのいる玄関扉付近からネコのメイドのいる階段から左に逸れた部屋隅まではそれなりの距離があるので、本当に小動物くらいのサイズ感に見えている。
「あはは……まさか本当に上手くいくとはね……」
セファローズは乾いた笑いを見せる。
動物とヒューマンの混合である合成人たちとの戦闘は初めからセファローズに有利に働いていた。
世界半壊以前、森に住むエルフ族は動物と植物たちと助け合って暮らしていた為にその習性には詳しいからだ。
これまで戦ってきたメイドたちの攻撃を往なし、的確な攻撃を繰り出せたのはそんなエルフ族としての経験があったから。
今回もネコという動物が見かけによらず狩猟能力が高いこと──気配消去や俊敏性に長けていることを知っていた。
故の警戒と「身体強化」と「五感強化」の最大発動だ。
その一方で、ネコが内に秘める狩猟本能と運動欲求を満たしてくれる玩具を好むということも知っていたのだ。
世間では、愛玩動物という側面が強くなったネコの機嫌を取る為の玩具が時折道具屋の片隅で売られている程である。
だがしかし、それらを踏まえても上手く行き過ぎたのでつい笑ってしまったというわけだ。
「さあ、行くわよ……行ける? フィーネ?」
「あ、ああ」
虚ろな目でネコのメイドを見ていたフィーネ。
何を思っていたのだろう。
セファローズが心配を滲ませて声を掛けると、ハッと我に返り無事であることを主張するように小刻みに頷いていた。
そんなフィーネにセファローズは言う。
「貴女はアタシが守るから。絶対に逃がしてあげるから。ほら、行きましょう」
ほんの少しだけフィーネの顔色に生気が戻ってくる。
「すまない、セファローズ。奴が迫っているな……私ももう少し尽力しよう」
「ええ」
二人は頷き合い、ゆっくりと階段を登り始める。
ただ、セファローズは思うことがあった。
気配感知は使えない、と言うフィーネはどうやってロエルを感知しているのだろう、と。
"あの状態"のロエルは所有マナが殆ど無いはずだ。
フィーネも守衛室でロエルと出会っている為、流石に知っているはずなのだが……。
そんな疑問をまあいいか、と済ませるセファローズ。
目的地はもうすぐなのだ。
それにフィーネにこれ以上負担を掛けるわけにはいかない。
一時の怠慢と気遣いが、世界を揺るがす程の悲劇にして喜劇を生み出すことになるとは知らずに、セファローズは口を噤むのだった。
──ロエルの館二階「女中部屋が並ぶ廊下」
何処からか石鹸の匂いが漂う廊下。
白色の床には白色のウール製(だと思われる)絨毯が敷かれおり、一階と比較して僅かに無機質感が和らぎ、足を踏み出す度にどこか浮遊感があった。
相変わらず窓の外は暗闇だ。
前を向けば廊下の左側の壁、後ろを見れば廊下の右側の壁に等間隔で置かれた扉がひたすら続いている。
全ての扉は主人とメイドが戯れる為の部屋に繋がっているのだろう。
扉の目線の高さくらいの位置にはプレートが貼ってあり、金色の文字で女性の名前が書かれていたのを先程確認した。
さながら高級娼館だ。
性を営む場所とあって敵の攻撃も程々になってくれれば良かったが、そんな都合の良い話はない。
一階は殆どが個人戦だったが、今度は集団戦だ。
現在も廊下に壁を作るように並んだ十人のメイド達から魔道具による集中砲火を浴びせられているところだった。
直線の廊下を埋め尽くす程の弾幕。
水色と緑色のマナの塊が絶え間なく飛んできている。
標的にされているセファローズとフィーネは左右の柱を遮蔽物に一人ずつ身を隠して機を伺っていた。
が、余裕は無い。
メイド隊にジリジリと前線を押し上げられている。
「フィーネ! あの魔法は何!」
「【水撃】と【風刃】だ!」
「さっきみたいに止められる!?」
「あの連射では完全には不可能だろう! だが狙いを絞れば道くらいは作れるぞ!」
柱から僅かに顔を出し、丁度迫り来る風の刃に頬を切られたフィーネが慌てて顔を引っ込める。
白い頬からツウと流れる真っ赤な血。
一筋の切り傷は直ちに修復することをセファローズは予想したが、それは存外時間が経ってからだった。
その光景は直感的にセファローズに悪寒を走らせる。
天使族の回復能力はあんなものだったか?
いや、そんなわけない。
失った腕を再生させる使徒天使を見たことがある。
早く突破しなければ。
余裕綽々としていたセファローズも度重なる連戦によって疲労を蓄積しており、更には冷静な判断が出来なくなってきていた。
理性から感情に。
慎重から安易に。
作戦から特攻に。
セファローズの思考は徐々に狭くなっていく。
所有マナの残量は一割を切っていた。
「アタシが突っ込むから、道を作って!」
「わ、分かった!」
既に「五感強化」を切断していたセファローズは普段より不明瞭な視界のまま柱の陰から飛び出した。
直後、開けた視界には優に百を超える魔法が迫って来る。
短剣程度の長さをした風刃に小石程度の大きさをした水弾。
見かけ通り、単体の威力は大したことないだろう。
だが、それが連続で大量にあるのだ。
更に言えば、マナ防護に割けるリソースも大きく減少している。
今まさに首元を狙う風刃は直撃すれば致死量とは言わずとも、貧血を起こす程度の出血は負うことになるだろう。
死線を幾つもくぐり抜けて発達したセファローズの肌が危険予知から粟立った瞬間──風刃は消失した。
「セファローズ、行け!」
フィーネの声に後押しされて、弾幕に突っ込む。
死ぬ、と直感が言った。
だが、フィーネを信じろ、と心が言う。
目前に迫る魔法は寸前の所で幻のように消え失せていった。
そして、メイドの隊列に辿り着く。
「随分やってくれたわねえ……このクソザコメイド共!!」
怒号を浴びせるセファローズ。
全身に掛けていた「身体強化」を右手にのみ集中させて──全てのメイドの首を刎ね散らかした。
皮膚を裂き、肉を断ち、骨を砕く感覚が手から伝わってくる。
聴覚は強化していないのにも関わらず、耳を塞ぎたくなるような悲鳴と、快感を伴った最悪な感触が十回続き、ようやく廊下は静かになった。
足元に段々と広がっていく血の海。
その中心でセファローズは安堵の溜め息を吐く。
今のは死にかけた。
だが、これで殆どのメイドを掃討したはずだ。
脳内でカウントしていた数字を"九十七"に書き換える。
これもフィーネのおかけだ。
生命の保管庫で再開した際の落ちぶれたフィーネに対する怒りは、共に駆け抜ける間に薄くなっていき、今では戦闘においての信頼さえ芽生え始めていた。
ちゃんと感謝を伝えなければな、と後ろを振り返る。
「フィーネ! アンタのおかげ……で……あれ?」
目を凝らしても果てが見えない白い廊下。
そこにフィーネの姿は無かった。
時が、思考が、呼吸が止まる。
心臓がギュッと締め付けられる。
そして、セファローズは白い壁の右側にズラリと並ぶ女中部屋の扉の内、その一つが開いているのを視認する。
先程までは確実に閉まっていた扉だ。
セファローズは「五感強化」と「気配感知」を切っていたせいで気が付かなかった。
扉のプレートには「ミカ」と書かれていた。




