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魔法の堕天使、降臨す  作者: 鹿磨
第1章 新世界と闇の産声
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第49話 白き檻にて交錯する運命


 無限の選択肢が連なるこの世界に運という概念があるのならば、ここにきてようやくソイツが向いてきたと断言出来る。


 数百年の時を経て再会したエルフを前に私はそう思った。

 

 先程の私と同じく寝台に縛り付けられて尚且つ管を繋がれて、謎多き施設の養分にされている旧友セファローズ。

 見てくれはあの頃のままというわけではない。

 涼風に揺れる稲穂を思わせた金色の髪は若干の濁りを見せており、幼気だった顔付きは深みを増してどこか鋭くなっているような気がした。


 しかし、内に秘めたるマナだけは変わっていない。

 

 遥か昔、第一次世界樹反乱の翌日に生まれたセファローズには、我々天使の誠意と希望を乗せた天賦が授けられている。

 「植物の言葉が分かる」という力が分かりやすいだろう。

 彼女と自然の始天使だけが有する奇跡の力だ。


 そんな天に選ばれし者セファローズが持つマナはこの世の誰よりも青々しく美しい。

 天界におけるマナの専門家でもあった私が、世界樹の剪定で彼女と出会う前から注目していた程だ。


 ただ残念なことに、これまた先程の私と同様に彼女自身の所有マナは限りなく零に近い状態であり、実際にその美しさを犇々と感じられるのは透明な管の中からだった。


 瞳を閉じているが、死んではいない。

 華奢な身体の中枢では一心不乱にマナが作られ続けている。

 生命活動にマナは必要不可決。

 謎の装置により延々と吸収され続けるマナを補完すべく、全ての細胞がマナ生成と回復に尽力を尽くしているのだ。


 早くこの最悪な状況から解放してやらねば。

 自身の経験からして透明な管を抜けば健康に戻るはずだ。


 私は躊躇うことなく幾つもの注射器と管を引き抜いた。

 それなりの時間が経っているのか、見たことがない金属で作られた注射器は皮膚と一体化し始めているようだ。

 白い肌から引き抜く際には嫌な吸着感があったが構わずに強行して、両手足と首元の拘束具も外し、旧友を解放した。


 昏睡状態の身体を支えていた拘束具が無くなり、寝台から弱々しく倒れそうになったところを抱え込む。


「セファローズ……! 無事か……!」


 息が細い。

 実際に触れてみて分かったが、セファローズの身体は酷く衰弱しているようで四肢はまるで枯れた枝のようだった。

 身体中のマナをありったけ吸われていたので当然と言えば当然なのだが、そう簡単に割り切れる程の状態ではない。


「『神聖なる光よ、彼の者の傷を癒せ』──【回復(ヒール)】」


 覚えたての回復魔法の代名詞【回復】を発動させる。

 選ばれし者(とかなりの努力者)のみが扱える光属性の魔法は術者が持つ光の強さに比例して効果が高まっていく。


 光の強さとは──という説明は今回は省略する。

 とにかく私の【回復】は外傷だけでなく、消費したマナでさえも癒やすことが出来るということだけ書き記しておこう。


 穏やかな光のベールに包まれたセファローズはやがて息を吹き返す。


「……ッ……足りない…………み、水……」


 砂が混じったような掠れた声に私はすぐさま【出水(デア・ウォータ)】を発動させた。

 翳した手の平から丸々とした雫が滴り落ちる。

 それが薄い唇に触れると、その冷涼さに反応したのかセファローズはパチリと目を覚ました。


 透き通るような碧眼に私の顔が映り込む。 


「アンタは、フィーネ……? 夢でも見ているの……?」


 唸るように言ったセファローズは自身で上体を起こし、皺の寄った眉間を押さえた。


「ここは……確かアタシは奴らに捕まって……その後は……うぅ……気持ち悪い。アタシは死んだの? まだフィーネが見えるわ」


「死んでなどいないぞ! 久しいな、我が友よ!」


 今度はバッチリと目が合った。

 胸の中にじんわりとした懐かしさが広がる。

 天界が崩壊してから最悪な出来事ばかりだったが、ようやくホッと息を吐けるような嬉しさがあった。


 家族も、帰る場所も、雇い主も失った私にとって知人との再会はなによりも待ち望んでいたものと言える。

 しかもあのセファローズだ。

 世界の実状についても詳しいに違いない。


 運命の歯車が回り出す音が、私には確かに聞こえた。


「待って。始天使は皆死んだのよ? ましてや魔法の始天使だなんて……もしかして偽物……? 生の幹部の力で……?」


 ああ、「魔法の始天使」という言葉が私以外の口から出てくるのはいつ以来だろうか。

 大変嬉しいのだが、少しだけむず痒い。

 現在はその地位を失っているというのもあるしな。


 未だセファローズは偽物かと疑っているらしいので、いち早く否定してやりたい気持ちになる。


「クックック……私は正真正銘マギウェル・デア・フィーネだ。そうだ……私が本物であると証明するために我々が初めて運命を交わした際に、互いに手を結び合い、そして私が発動させた魔法を共に言い合おうではないか。さあ、ゆくぞ。せーの──」


「「【飛翔(ウォラーレ)】!!」」


 二人の声が完璧に重なり合った。

 同時に言い終わった瞬間、心までもが通じ合ったように感じたのは私だけではないはずだ。


 かつてエルフの里に降りた私に対して不器用な敬意を示すセファローズを世界樹の樹冠へと連れて行った魔法──【飛翔】。

 あれから幾年も過ぎて時代も移り変わったが、彼女も覚えていてくれたようで嬉しかった。


「じゃあ……本当にフィーネなの?」


 僅かに震えた声に私は力強く頷き、渾身のポーズを取った。

 すると次第に涙を浮かべ始めて、青筋が見える程に歯を食いしばったセファローズに──私は思い切り殴られた。


 手の平ではなく握り拳だった。

 枯れ枝のようだった腕はいつの間にか壮健の色を取り戻していた。


 強烈な痛みと衝撃に身体ごと吹き飛ばされ、受け身を取れずに白い地面を二転三転、終いにはガラスに打ち付けられる。

 何が何だか分からずにしかし、慌てて起き上がった私は口元に伝う血を拭い声を張り上げた。


「な、何をしているのだ!!」


 突然の旧友からの攻撃。

 歴史に残る感動的な再会になると思っていた私にとって、セファローズの行動は裏切りと言ってもいいだろう。

 理解など出来るはずもない。


 だが、旧友は私以上に感情を昂らせていた。


「それはこっちの台詞よ! アンタこそ今まで何をしていたわけ!? 世界がメチャクチャにされて、人がたくさん殺されて、自由が奪われて! それでアンタは今何をしているの!? 最強の魔王を倒して、世界樹をブッ壊したアンタなら! アタシの大好きな魔法の始天使マギウェル・デア・フィーネなら! さっさと世界を救えるはずでしょう!?」


 私に向けられた人差し指は研ぎ澄まされた槍のようだった。

 

 旧友による糾弾に身体全体が縮こまり、吐きそうになる。

 それから私は理解した。

 裏切っていたのは私の方だった、と。


 天使は世界の管理者であった。

 世界の調和と安寧を保つという使命を女神デア様より与えられた私たちは、現状の有り様──天界崩壊と下界の半壊を起こしてはならなかったのだ。


 【ルモス村】で目が覚めて天界崩壊に気が付いてからの私は自身の境遇に嘆くばかりで、その罪を自覚していなかった。

 私は故郷と家族を失ったが、天界崩壊前から生き残っているセファローズもまた同じ悲劇を辿ったに違いない。

 私は被害者でもあり、間接的に加害者でもあったのだ。


 言い返す言葉が無かった。


 そして、旧友の訴えを聞き、己の罪を自覚しても尚、私は立ち上がる気になれなかった。


「黙ってないで何か言いなさいよ……! 言い訳の一つや二つあるんでしょう……? ねえ、説明してよ……!」


 肩を揺らされ最後には懇願される。

 吸い込まれそうな碧眼に涙が滲むのを見たが、やはりそれらしい言い訳が思い浮かぶことはなかった。


「……言い訳は……無い。ある日を境に記憶が無く、数日前に目を覚ましたら天界は崩壊していた。見ての通り、かつての力も失っている。重力の幹部を名乗る者と戦ったが勝てなかった。そして……もう戦いたくない」


 その言葉を言い終えると、空気が死んだように重くなった。

 ただ考えているのと言葉にするのとでは大きな差がある。

 この時、私は遂に降参を決意し、宣言したのだ。


 情けないことも自分らしくないことも自覚している。

 だがそれでも、新たな世界の管理者(アンハンゲル)に抗うのは不可能だ。

 彼らが我が同胞の権能を持っているということは即ち、全盛期の私と同等以上の強さであることに等しい。


 しかも、女神デア様が初めて他の始天使に仕事を振り分けた際の管理対象の概念に比べて、私の「魔法」は…………。

 

 旧友は呆れたように溜め息を吐くと、立ち上がった。


「あっそ……そんな腑抜けたアンタなら出会わなきゃ良かった。──もう二度とアタシの前に現れないで」


 そんな捨て台詞を吐き捨ててセファローズは檻から出て行った。

 これから希望と自由を求めてどこまでも突き進むのだろう。

 数百年前にもそうしていたように。


 檻に残された私には再び静寂がやって来る。

 全てを諦めた私にお似合いの雰囲気だな、と自嘲してみるが、肌に合わずに口元を固く結んだ。


 ここからどうしようか。


 ただぼんやりとそんなことを考えた。


 こうして一人になると現実に押しつぶされそうになる。

 孤独なんて慣れ切ったものだと思っていたのだがな。


 死にたい。


 ──なんて格好付けて意味もなく顔を上げてみると、私は驚いた。


「え?」


「……死ぬまでそこにいるつもり?」


「え?」


 先程出て行ったはずのセファローズがそこにいたのだ。

 希望と自由を取り戻す為に立ち上がり、「もう二度とアタシの前に現れないで」と言っていた彼女がもう一度私の前に現れてしまっている。


 何をしているのだろうか。

 

 困惑する私が動けないままでいると、痺れを切らしたセファローズが早口で捲し立ててくる。


「何にしてもここからは出なきゃいけないでしょ! アンタだって本当にここで死ぬつもりじゃないわよね。だから、とりあえずアタシの後についてくればいいんじゃないの……? まあ、アンタにその気すらないならいいけど……」


 目を逸らして僅かに赤面するセファローズ。

 私はようやく立ち上がった。


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