第48話 穢れた花が咲く
──光の時代。
女神がまだ世界の管理者だった頃。
そして、その最後の日。
どこまでも白く、どこまでも輝く天界で、女神はたった一つの建物に始まりの天使たちを集めていた。
「いきなりですが、わたしの仕事をみんなにまかせることにします。そのほうが世界をまもるためによいとおもいました」
女神の一声に天使たちは大いに動揺する。
あまりにも突然だった。
ようやく争いが収まり、平穏の兆しを見せ始めている下界の管理を引き継ぐなんて、彼女以外に誰が出来るというのだろうか。
しかし、世界の創造主であり自身たちの生みの親でもある女神は、完全に意志を固めた様子。
加えて、全知全能に近しい権能を持つ女神がその方が良いと断言したのだ。
反対する者などいなかった。
中には何か言いたげに口を開きかけていた者もいたが、結局思い留まったようだ。
「まずは名前をきめましょう。みんなは名前をしっていますか? 最近の世界では、それぞれに名前をつけることがはやっているのです。だからわたしたちもつけてみましょう。そして、名前ににあった仕事をきめたいとおもいます」
ニッコリと笑った女神は、緊張した面持ちの天使一人一人の前に立って名前を付け、仕事を振り分けていった。
「あなたは慈悲を愛する子──『アモル』です。そのやさしい愛で自然をまもってください」
「あなたは夢を輝かせる子──『ルキス』です。その輝きを星々にもわけてあげてください」
「あなたは昨日を尋ねる子──『リヴ』です。その真面目さで生命の善悪をうたがってください」
「あなたは明日を答える子──『ニル』です。その強さで意味のある死をあたえてください」
「あなたは恒久を色付ける子──『シオン』です。その豊かさでみんなに感情をおしえてください」
「そして、あなたは──『フィーネ』です」
最後に名付けられた天使は、他との差に唖然とする。
重たい前髪で隠れた瞳を密かに大きくさせてから、何かを諦めたように背中を丸めた。
ただでさえ暗い雰囲気を纏っているのにも関わらず、それを更に加速させて、おおよそ天使とは思えない暗鬱とした声を出す。
「女神デア様……わ、私の仕事は無いんですか?」
勇気を出して口にした質問だったが、女神はただ微笑みを湛えるばかりで更には話を逸らし始めた。
「そういえば、最近は世界の材料をさわっているようですね。よいかんじですか?」
仕事も任せられない自分など相手にしたくないのだろうか、と暗い天使は涙を流しそうになる。
それに女神が指摘した『世界の材料』の件に関しては、何をしても役に立てない暗い天使が勝手に行っていたことだった。
女神の人柄と口調からして怒られることはないだろうが、それでも罪悪感と劣等感に頭を抱えたくなった。
周りの天使たちも手助けすべく、口を開こうとしている。
だが、暗い天使は涙を呑んで質問に答えた。
「え、えっと、女神の意思片……じゃなくて世界の材料を捻ると火が出ることを見つけました。それで【炎剣】……じゃなくて……火の剣を作りました。たぶん、良い感じだと思います」
暗い天使は自分でも何を言っているか分からなくなる。
辿々しい話し方に恥ずかしくもなった。
耳を赤くしながら俯いた暗い天使。
そのせいで女神と他の天使が心底嬉しそうに、そして心底羨ましそうに微笑んだことに気が付かない。
「やっぱりフィーネはすごいですね。あなたの使い方はわたしでは絶対におもいつかなかったでしょう」
女神は賛辞を送り、改めて言葉を続けた。
「やはりあなたは自由でいてください。あせらなくても時間がたてば仕事はやってきます。自由でいるために名前の意味はひみつですが、仲間外れもかなしいですね。今いえるのはあなたが『世界の救世主』だということだけです」
その言葉に「フィーネ」は複雑そうな顔をして頷いた。
大層な言葉だが、それは生まれた時から言われている。
そして、それに相応しい才能や実力を自身が持ち合わせていないことは痛いほど分かっていた。
そんなことより仕事が欲しい。
名ばかりの「世界の救世主」より、責任ある仕事を全う出来る「世界の管理者」の方がよっぽど良かった。
時間が経てば仕事はやってくると言うが、一体いつなのだろうか、そんな疑問を心の奥底に閉じ込める。
そして遂に、天使による約一万年間の世界管理の中で、女神が言う「仕事」がやってくることはなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
フィーネ、おきてください。
あなたの出番がやってきましたよ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
突然、私は目を覚ました。
混濁する意識が段々と身体に馴染んでいく。
脳に刻まれた記憶が断片的に呼び覚まされる。
先程までの真っ白な景色は夢だったことに気が付いた。
そして、現実を思い出した私は再び絶望する。
ああ、もう一度夢の世界に戻りたい。
皆がいて、女神デア様がいて、美しい天界があった頃に夢でもいいから戻りたい、とこれまで以上の郷愁に駆られた。
決して良い夢、というか良い記憶ではなかったが、それでも全てを失くした現状よりは何千倍もマシである。
二度寝しようか、とすら思ったが、流石にそうはいかない状況にあることは何となく雰囲気で分かっていた。
どうやら……身体が拘束されているらしい。
垂直からやや斜めに立った寝台のような物に磔状態だ。
身動きを取ろうと藻掻くと、両手両足と首元に取り付けられた拘束具に強く締め付けられた。
それと同時に妙な違和感にも襲われた。
何がどうなっているのかと辛うじて動かすことの出来る頭を痛みに堪えながら下げると、ギョッとした。
身体に管が繋がれていたのだ。
小型の注射器のような物が皮膚の中に突き刺さり、そこから透明な管を通して私の身体から何かを吸い上げていた。
一般的に考えて、皮膚から吸うものと言えば血液しかないように思うが、これはどうやらマナだけを吸っているようだ。
そのせいで身体中のマナは無に近く倦怠感が尋常ではない。
一体何だこれは。
すごく不快だぞ。
更に言わせてもらえれば、周囲が天界を思わせる程の異質な白さをしていたのも何だか嫌な気持ちにさせてくる。
夢の通りここが天界ならば良いのだが、多分そうではない。
首元にも刺さった管を邪魔に思いながら周りを見渡すと、自身が小さな個室にいることが分かり、前面だけがガラス張りになっていることからして牢屋のような場所であることが推察出来た。
もう何もかも最悪だ。
殺されずに済んで良かった、などとは決して思わなかった。
どういった目的でマナを吸われているのか知らないが、このまま拘束され搾取され続けるのならばいっそのこと殺してくれ、とすら感じた。
結局私は何も出来なかったのだ。
何が「救世主」だ。
何が「魔法」だ。
所詮は弱者を屠って調子に乗っているだけの、強大な敵に負ければ落ち込んで立ち直れなくなる程度の器だったのだ。
私は何のために生きていたのだろうな。
そうやって自己嫌悪の渦に呑み込まれて時間が経った。
数分か、数時間か、時計が無いので分からない。
私は段々と抜け出したくなっていた。
と言うのも、全身に刺さった注射器と管が気になって仕方がないのだ。
一度覚えてしまった異物感は中々拭うことが出来ず、どうにか辛抱していると身体に虫が這うような感覚が生じ始めた。
身体を掻き毟りたくなるがそれも叶わない。
ここは最低最悪だ。
重力の幹部がいる外の世界も恐ろしくて敵わないが、少なくともここよりは快適だろう。
そうだ、外に出ることができたら名もなき旅人となろう。
どうせ適当に付けられた名前なのだ。
そんなものは捨てて自由に生きようではないか。
だが、マナを吸収されているので如何せん魔法は使えない。
かと言って筋力も無いので、拘束具を強引に外すことも到底不可能である。
さて、どうしたものか。
酷い痒みに身体をくねくねと捻りながら考え込む。
何か道具があれば良いのだが、牢屋らしく殺風景だ。
そういえば服装も無地のものに変わっているな。
だから当然荷物──私の白の魔導書も、マダム・ラベンダーに貰ったローブと懐中時計も、モンクシュッド男爵から貰った「風の魔導書〜中級魔法〜上巻」と「マル秘・交配指南書」も、ルキスから貰った星型のペンダントも、どこかへ消えてしまった。
うむ……抜け出さなければならない理由が増えたかもしれん。
心の奥底が燻るのを感じながら更に思考を重ねた。
そして、天啓を得る。
「白の魔導書よ……聞こえるか……今、貴様の知能機関に直接語りかけている……つもりだ……今の私には貴様を召喚するマナが無い……だが……以前そちらに私のマナを送っただろう……それで……こちらに顕現するのだ……許可するぞ……それか何でもいいから──おおっ!」
何も無い空間に声を掛け続けていると、ガラス張りの向こうにふわふわと浮かぶ白の魔導書が現れた。
次に空中で静止したかと思えば、今度は小さな火を出してガラスに穴を空け、そこから牢屋に入ってきた。
何て賢い魔導書だ。
私は狙い通り(博打感は否めないが)相棒と再会を果たした。
『マスターとの再会を確認。記録を報告します。指示に従い【魔導書・顕現】の使用を試みましたが、魔法の始天使の奇跡を再現することは不可能でした。その為、プランBを計画・実行。マスターのマナを感知し、【発火】を発動させ障壁を突破しました』
何百年経っても真っ白な魔導書はふわふわと浮きながら、マナによる空気変動で言葉を伝えた。
念じただけで指示が伝わったのも驚きだが、それが不可能でも自身で考え実行に移したことが何よりも驚きだった。
というか私より饒舌じゃないか、この魔導書。
かつては魔法管理を遂行出来る性能を与えただけのはずなのだが、天界が崩壊してから勝手に成長したようだ。
なかなか……すごいな。
「よし、良くやったぞ。ではもう少し手伝ってもらおう。まずはとりあえず拘束具を破壊してくれるか」
『マスターの指示を確認──マナ不足により実行出来ませんでした。移動と【発火】により所有マナ量が低下しております』
だが、そう簡単にはいかないらしい。
何でもかんでも叶えられる程便利なわけではない分、むしろ中々上手い具合に出来ているのだな、と感心した。
すると暇になってしまったな。
魔導書がマナを回復するのは時間を要するはずだ。
おそらく経皮吸収的な回復をすることが予想されるからな。
私の知識からして、ヒューマンでさえも一度使い切ったマナを完全に自然回復させるには丸一日程かかるようだ。
だからこそマナ回復ポーションなる物が開発されたわけだが、ここにはないし魔導書は飲まないだろう。
「して、ここはどこだろうな? マナを回復させながら簡単に答えてくれれば良いのだが、ここに来る途中何か見つけたか?」
『マスターからの質問を確認──記録から情報の選別・思考・伝達を実行します──回答、ここは生命体の保管及び搾取所だと判断しました。マスターの所に辿り着くまで合計五十の類似する部屋を確認しております』
「ほう……私の推察もあながち間違いではなかったか」
この場所の目的がマナ収集なのだとすれば、世界最高峰の回復力を持つ天使はこれ以上無い良質な餌となるだろう。
私をここへ送ったのは重力の幹部カーネか。
奴の名前を思い出すと途端にやる気が失せる。
ここを脱出すれば再び奴を敵に回すことになるのか。
はあ……こっそり抜け出したいな。
私では奴に勝てない。
「ちなみに他の部屋にはどんな生物がいたのだ?」
『記録から情報の選別・伝達を継続します──従来の種族分類に該当しない生命体が多数存在していました。唯一分類可能な種族はエルフのみです』
なるほどな。
まず「種族分類に該当しない生命体」については私自身の出会ったことのある種族がヒューマンかエルフか天使くらいなのが原因だろう。
常に私と共にいた白の魔導書も同程度の記録しかないのだ。
世界を管理していたのだからもっと対峙経験があると思ったが、引き籠もっていたので仕方がないな。
それはさておき、エルフがいるのは納得出来る。
ここの管理者は生物に対する深い理解があるようだ。
女神デア様が生物を作った際に、女神デア様自身並びに我々天使と同じ髪色を与えられたエルフ族は地の民の中では他の追随を許さない程の回復力を持っている。
不老であることが何よりの証拠だろう。
彼らもまたマナを搾取する相手としての最適解に違いない。
エルフは大量に殺されたと聞いたが、それ以外の最悪な末路を辿った者もいるのだな。
天使である私が言えることではないだろうが。
「エルフ族か……かつての交友の誼で助けてやるか……」
『適切な助言を構築中──マスターの意見に賛成します。正面の部屋に保管及び搾取されているのは八百年前の記録に刻まれた「セファローズ」です』
「な、なに……!? セファローズ……!?」
その名前に私は慌てて顔を正面に向ける。
あまりの勢いに拘束具が身体に食い込んだ。
二枚のガラスの向こうには確かに金色の髪をした女がいた。
『マナの回復を確認。いつでも拘束具の破壊を実行可能です』
白の魔導書の報告に、私は吠えた。




