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魔法の堕天使、降臨す  作者: 鹿磨
第1章 新世界と闇の産声
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第47話 幕間 その2


 アーリア地方南東に位置する街【メリディ・リサ】

 モンクシュッド男爵家を領主とした中規模の街から北へ伸びた街道──【ルモス村】付近の大森林の中に敷かれた道を馬車は大急ぎで進んでいた。

 御者に追い立てられた二頭の馬車馬は鼻息を荒くしている。

 走行開始から十と数分。

 訓練された上質な馬車馬たちの足並みはまだ揃っていた。


 一方で、荷台の中には混乱があった。

 蹄が地面を駆る音とガタガタ揺れる荷物の音に混じって、一人の少女の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。


「お母様ッ! 今すぐ戻ってお父様のお迎えにあがりましょう! ッ……なぜ、何も言わないのですか! ルビィも!」


 清楚で可憐であった少女が産声以来の大声を上げる。

 それだけには留まらず、生まれて初めて母親の胸倉を掴み、真正面から睨みつけていた。


 対して、娘の激情をやはり初めてぶつけられた母親フェゴールだったが、宥めることも叱ることもせずに、ただ「ごめんなさい」と繰り返すばかりだった。

 涙すら浮かべずに、ただ「ごめんなさい」と。

 

 【アンハンゲル】「重力の幹部」の襲来。


 状況を顧みれば仕方がなかったと片付けても良いはずの悲劇を、フェゴールは全て自分の責任として背負っていた。

 夫を、この子の父親を見捨ててしまった、という罪悪感は、理想の夫人と評判の顔に深い皺を刻んでいる。


 その傍らにいるモンクシュッド男爵家のメイド、ルビネッタも正座して膝上で作った拳を強く握りしめるだけだ。


 心から尊敬していた二人の変わり果てた様にレヴィアは心底ガッカリして、更なる怒りを露わにした。


「皆で遊猟に行くのではなかったのですか! こんなの……あんまりですわ! チェリーパイだって作ったのに……ぜんぶ、ぜんぶ無駄でしたわ!」


 手提げのバスケットを荷台に積まれた木箱へ叩きつける。

 軽い衝突音の後にバスケットの蓋部分が外れ、中からまるで内臓や血飛沫が飛び散るようにして食べかけのチェリーパイが床に散乱した。


 努力の結晶が無残な姿に変わるのを見て、レヴィアは自身の怒りに任せた行いを後悔するが、すぐに怒りで上書きする。

 命を賭してでも父親を助けに行かない二人。

 暴れ回っても止まることはない馬車。

 襲いかかってきた【アンハンゲル】

 そして、何も出来ない自分。


 怒りの由来を見つけた瞬間──視界が真っ赤に染まる。


 齢十二にしてレヴィアは理解した。

 この状況を作り出したのが自分自身であるということを。

 父親が街に残ったのは弱い自分を守るため。

 母親が謝罪し続けるのは弱い自分を守るため。

 家族の犠牲は弱い自分が招いたことなのだと。  


「あああああああああああ!!!」 


 小さな身体に途方もない絶望を抱えたレヴィアは頭を掻き毟りながら背中を丸めて蹲る。

 

 自分がもっと強ければ、と思った。

 全ての元凶である【アンハンゲル】を軽く倒せる程に。

 大好きな父親を救える程に。

 だが、聡明に育てられたレヴィアは同時に、自身では不可能であることも理解していた。


 八歳になった頃だったか、父親に連れられて訪れた【ルモス村】での出来事を思い出す。


 「才能を確かめよう」と珍しく浮き足立った表情を見せる父親が紹介したのは村長イム・ラベンダーだった。

 人目で高齢だと分かる皺だらけの顔と折れ曲がった腰に、子供を前にしているとは思えぬ程の尋常ならざる覇気を纏った彼女は、人のマナ量が見れると言う。


 頭の上に萎びた手を置いたイム・ラベンダーは言った。

 「こりゃ戦うのは無理さね」と。

 何が何だか分からずに父親の方を見ると、眉を顰めて残念そうな顔を見せてから、すぐにこちらの視線に気が付いて「良かった。フェゴールに似たのだな」と微かに震えた声で言われた。


 幼いながらも誤魔化されている、と分かった。

 同時に生まれて初めての負い目を感じたのだ。

 そこで芽生えたドロドロした感情はいつまでもレヴィアの心に纏わり付き、それを払拭しよう、父親を喜ばせよう、と様々な習い事をしたり、料理を勉強してみたりしたが、結局は出来損ないの自身のせいで父親は死んでしまった。


 自分はやはり何の才能もない。

 未だ眠っているかもしれない可能性を探している最中だったが、此度の父親の犠牲が、「決定事項」の烙印を押していた。


 こんな時、フィーネ様ならば何と言うだろう。

 ふと、そう思った。

 革命を起こそうとする父親の命を狙っていたアールディア正教団の暗殺部隊を簡単に退けた用心棒ならば、どうしただろう。


 常に自信に満ち溢れていた彼女の姿を思い描いた瞬間、レヴィアの暗鬱とした心に光が差し込むような気がした。


「そうですわ……フィーネ様なら──」


 希望に満ちた呟きは、急停止した馬車によって遮られる。

 強烈な負荷。

 荷台に乗っていた全てのものが前につんのめり、ちょうど顔を上げた瞬間だったレヴィアは危うく顎を床に打ち付けかけたが、それをフェゴールが身を呈して防いだ。


 自身の下敷きとなった母親の姿が、以前ハーピーに襲われた時と重なってレヴィアはまたもや自責の念に駆られる。

 「大丈夫だった?」と尋ねてくる母親の優しい声が追い打ちをかけて、無視するという最悪の選択肢を取ってしまった。


「事故でしょうか。見てきます」


 とルビネッタが迷いなく言う。

 が、すぐにその必要は無くなった。


 荷台の幌がザッと開けられて、強めの朝日が差し込んでくる。

 賊の可能性が過ぎり、レヴィアは一瞬恐怖を覚えるが、顔を出したのは御者だった。

 いつもの専属で雇っていた御者とは違う、ボサボサの黒髪に目の下に隈を作っている冴えない雰囲気の男だ。


 初対面のはずだが、何故か見覚えがあるような気がする。

 それが彼の記憶に残らなそうな普遍的な顔付きによるものなのかはレヴィアには分からなかった。


「フェゴールの旦那、今すぐ逃げましょう。囲まれました。ゴブリンです。数は十三、粗末ですが武器を持っています」


 簡潔に、そして無情に言った御者の言葉にレヴィアは絶句する。

 なぜ、という疑問が頭を埋め尽くしていた。


 ゴブリン、というか魔物など旧魔王領以外では滅多に目撃されないではないか。

 レヴィア自身も先日のハーピーが初めての魔物遭遇だ。

 加えて、現在は魔物が最も大人しくなるという朝。

 更にはゴブリンという種は、とある魔王戦争以降ヒューマンを襲うことは少なくなり、昨今では悪戯好きの小人くらいの認識で問題ないと父親の本には書かれていたはず。

 群れを成すという話も聞いたことがない。


 それがどうしてレヴィアたちの馬車を襲ったのか。

 運命はどこまで自分たちを苦しめるつもりなのだろう。


 再び泣き叫びそうになるレヴィアをよそに、大人たちの行動は早かった。


「奴ら、いきり立ってます。誰かが囮になる必要がありますが、自分が引き受けますので、早く」


「アレガス様、囮ならば私がやります。ゴブリン相手ならば女である私でも時間稼ぎが出来るはずです。アレガス様はフェゴール様とレヴィア様を連れて逃げて下さい」


「それならわたしだって囮になれるわ。逃げるのに一番足手まといになるのはわたしよ」


「お言葉ですが、それは駄目です。レヴィアお嬢様にはフェゴール様が必要です」


 モンクシュッド男爵家の忠実なメイド、ルビネッタが主人の意見をキッパリと否定する。


「ルビィ……そうね……ごめんなさい。ありがとう」


「では自分が先導するので、付いてきて下さい。出来る限り護衛を──ッ」

 

 ゴン、という鈍い音が鳴る。


 矢継ぎ早に流れる会話に終止符を打ち、行動に移そうとした御者の顔をどこかから飛んできた棍棒が吹き飛ばしたのだ。


 何だ、などと驚く暇もなく一匹のゴブリンが御者のいた場所に躍り出てきた。

 ハッと誰かが息を呑む音がする。

 それを反応するようにゴブリンが汚らしい声を上げると、周囲からは似たような声色を重ね合わせた歓声が沸き起こった。

 同時に、幌で見えなくなっている馬車の外から鈍く重い音が連続で鳴り始め、やがて水気を含むようになる。


「やめろッ! やめてくれ────」


 ぐちゃぐちゃという音が何を表しているのか、状況的に否が応でも理解させられたレヴィアは口元を手で抑えるも堪えきれず、吐瀉物を撒き散らしてしまう。

 酸っぱくてすえた匂いが荷台の中に広がる。

 だが、それに顔を歪める者などいなかった。


 より顔を歪めるに相応しい相手──邪悪な笑みを向けてくる捕食者がすぐそこにいたからだ。


 モンクシュッド男爵家の崩壊。

 レヴィアは最悪の文言を頭に思い浮かべる。


 由緒正しい血筋が無碍に扱われる新たな時代で、再起不能と噂される程の没落から努力と試行錯誤、そして天使の贈り物を駆使して今の地位を築き上げた誇り高きモンクシュッド男爵。

 それがたった数時間で、潰えてしまう。

 

 ──いや、そんなことはどうだって良いのだ。

 大好きなお母様とお父様が世界からいなくなり、最後には自身もいなくなる。

 死が、どうしようもないくらいに怖かった。

 人は死んでも生まれ変わる、という定説は百年前に覆され、現在は死した魂の行方がどうなるのか分からない。


 だからこそ、こんなにも理不尽に人が死んで良いはずがなかった。


 ゴブリンが荷台の床板にその荒々しい手をかける。

 それは岩肌のような凹凸をして爪には土を入り込ませているものの、大きさはレヴィアの手の平と変わらぬくらいであり、床板に触れたところで大した音にはならなかったはずだ。

 しかし、死を目前としたレヴィアにはそのひたっと言う接触音と尖った爪が僅かに木を引っ掻く音が、やけに鮮明に聞こえてきていた。


 極限までの過集中。

 今まで感じたことのない恐怖が、レヴィアの全身に張り巡らされた神経を無理矢理研ぎ澄ませていた。

 才能の開花と言っても過言ではない。

 先程までの卑劣な歓声はおろか、自身の切羽詰まった息遣いでさえ耳に入らなくなっている。


「──お二人とも、お逃げ下さい。」


 ルビネッタの声に極限状態にあったレヴィアはハッと我に返る。

 言葉の意味をようやく理解し、手を伸ばしかけるが──


「慣れてますから、大丈夫です。お嬢様、どうかお元気で」


 と笑顔を見せる。


 ──だが、今日のルビネッタは絶望的に運が悪かった。

 彼女の行動は、これまたすぐに必要無くなったのだ。


 荷台の入り口とも言える場所に身を乗り出して、獲物を見つけた捕食者らしい目を爛々とさせ、涎を垂らすゴブリンの顔をどこからか飛んできた陳腐な作りの斧が吹き飛ばしたのだ。

 「ギャ」と小間切れにした鳴き声と共に、ゴブリンが舞台から捌けるようにして視界から消え去る。


 夢でも見ているのか。

 いや、夢を見ているという確信がレヴィアにはあった。


 今にも襲いかかってきそうなゴブリンを吹き飛ばし、レヴィアたちを助けたのは父親でもなく、【ルモス村】の斧使いハゼランでもなく、用心棒フィーネでもなく、見知らぬ人でもなく──ゴブリンとスライムだったのだ。


「ヒューマン! ニゲロ!」


「ぷるぷる、ぷる──【火球(ぷるぷる・ぼーる)】!」


 しかも、そのゴブリンとスライムは喋った。

 

 ゴブリンとスライムが喋った!?


 レヴィアが自身の頬をつねってみると確かな痛みがあって、痛みの感じる夢もあるのだな、と思った。


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