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魔法の堕天使、降臨す  作者: 鹿磨
第1章 新世界と闇の産声
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第46話 白き翼は赤く散って


 目前で嘲笑を浮かべている仇敵を睨む。


「もう一度問う……貴様は何者だ?」


 視界が滲むのを歯を食いしばって堪える。

 私の心は不甲斐ない気持ちで埋め尽くされていた。

 

 視線を落とすとモンクシュッド男爵の亡骸がある。

 黒い血が滲んだ胸元には、マナの結晶で作られた小花と純白の羽根が手向けてあった。

 何故か幸せそうな微笑を浮かべたまま瞳を閉じている。

 もう二度と彼がその瞳を開けることは無い。


 私のせいだ。


 盲目の修道女との戦闘をもっと早く終わらせていれば、私の恩人であるモンクシュッド男爵が死ぬことはなかった。

 そうして彼を愛する家族の元へ送り届け、再び温かな食卓を囲むことが出来たはずだったのだ。

 

 いや、それ以前に彼をここへ連れて来るべきではなかった。

 私は常に思考が足りていない。


 天界崩壊に関しても、何か防ぎようがあったのではないか。

 当時、全盛期を誇っていた私がその気になれば世界中の悪意を根絶することが出来ただろう。

 だが、私はそれをしなかった。

 自身を、天界を、世界を清く正しいと信じていたからだ。


 これまでの悲劇は全て、私の浅はかな行動が連鎖的に起因となっているようにすら思えてきた。


 そんなどうにもならない後悔に苛まれながら、私はもう一度目の前の仇敵を見据える。


 この女、何がそんなに可笑しいのだろうか。


 明らかに私を見て笑みを浮かべる姿に余計に腹が立った。


「何者か、ですか? もしかして百年前にアナタの故郷で起きた事を知らないのですか? ああ、なんと哀れなのでしょう」


 カーネは癪に障る猫撫で声で言って、頬に手を当てる。

 わざとらしく間を空けた後で私を一瞥し、言葉を続けた。


「今からちょうど百年前、天界は新たな救世主の意思の下、彼の忠実なる信徒たちが滅ぼしました。ああ、盲目な子羊たちの間では『死の始天使』の仕業ということになっていますが、それは世界の為に必要な偽証です」


「何……? 一体──」


「──なぜ、どうして、どうやって。生まれた時から創造主の庇護の下に置かれていたせいか、アナタたちは質問ばかりですね。少しは考えてみましたか? それでも分かりませんか? なら教えてあげます。天使のいない世界の方が美しいから、です」


「言っている意味が分からないな」


「はあ……やはりアナタたちは無能ですね。エルメス様が万物の主となってから世界はより良い方向へ向かいました。間違えた思想を持った者は淘汰され、真実に目覚めたヒューマンだけが生きる世界。素晴らしいと思いませんか? いえ、素晴らしいと思わなければならないのです。なぜならそれが新世界の救世主が求める姿なのですから」


 恍惚とした表情で端正な顔立ちを更に輝かせるカーネ。

 不信感と不快感で顔を歪める私。

 二人の表情はまさに対極であった。


 しかし、私が聞きたいのは思想云々の話ではない。


「そんなことはどうでもいい。天界を滅ぼし、我が同胞を亡き者にした信徒とは貴様なのか。それを聞かせろ」


 いつかのモンクシュッド男爵が言っていた。

 天界を崩壊させたのはアールディア正教団だろう、と。

 

 それを聞いた当時の私は、無知であるのと同時に混沌とした状況も相まって真相追及を先送りにしてしまった。

 加えて、ヒューマン如きに天使は殺せない、とも思っていた。

 天使の破壊は天使以上の力が必要というのが理だからな。


 だが、「重力の幹部」を名乗る者が私の前に現れて、膨大なマナを所有した上で街一つを瓦礫へと変えたとなれば話は別だ。


 もし奴が私の質問に対して首を縦に振るのならば、今すぐその生命を灰燼に変えて、我らの雪辱を果たしてやる。


 私にとって最悪で最高の展開だ。


 既に怒りの釜に火を着け始めている私に対して、カーネはどこまでも穏やかな微笑みを浮かべて言った。


「はい。愚かな天使の故郷である天界は我らが主エルメス様とその忠実なる信徒、私たち【アンハンゲル】が滅ぼした、いえ、粛清したと言うべきでしょうか」


 カーネは祈りを捧げる仕草をする。

 直後、灰色の雲の隙間から後光が差し込んだ様は、まるで天が奴の言動を肯定しているかのようだった。

 同時に、後光は仇敵の影を作り出し、私を黒く染め上げる。


 私は翼を広げて身体中のマナを激しく漲らせた。


 心臓辺りに突き刺すような痛みが走る。

 かつてない憎悪が私を支配する。

 光の化身として生まれ落ちて初めて心に芽生えた殺戮衝動は、私の理性を破壊して、私を私でないものに変貌させた。


 今から私は人を殺す為だけに魔法を発動させる。


「『熱き炎よ、灼熱の痛みを集め、敵を撃ち焦がせ──【火球(ファイア・ボール)】』」


 これまでとは比べ物にならない程の高温を宿した火球が、手の平からゆっくりと熟成するように顕現する。

 魔法は威力の調節や性質の変化等が可能だ。

 詠唱を唱えた際、自然と構築されていく術式を組み替えることで大きく可能性を広げることが出来る。


 そして、今回は「殺傷力」を極限まで高めた。

 轟々と燃ゆる火球は、本来保護されるはずの術者でさえも無傷では済まない程の熱が収束している。

 これを喰らって生きていられる生命はこの世に存在しないだろう。


 ──死ぬがいい。


 心の中で呟くと、檻から放たれた猛獣の如く勢いで、周囲に残火を迸らせながら直進した。


 近頃避けられてばかりの魔法だが、今度ばかりは命中する。

 火煙が巻き起こり、同時に爆発的なマナの拡散が見られた。


「ふう……久し振りに魔法を見ましたが、避けるまでもありませんでした。"彼女"ではなさそうですね。ああ、エルメス様……貴方様が何を危惧しておられるのか、未熟なカーネでは分かってあげられそうもありません」


 火煙が晴れて現れたのは無傷のカーネであり、急激なマナ拡散反応の発信源もまたカーネであった。


 私の魔法が負けた。


 その光景に愕然とする。


「…………嘘だ」


 飄々とする奴の光輪は生き生きとして、その胸元には更なる光を放つネックレスが僅かに浮かび上がっていた。

 先の爆発的なマナ拡散反応の原因に違いない。

 そう断言出来たのは、ネックレスが放つマナ、存在感、雰囲気の全てが我が同胞「重力の始天使」グラウェル・デア・ラピス」のものと酷似していたからだ。


 ああ、と声を洩らす。 


 モンクシュッド男爵家の用心棒となり新たな役割を全うすることで逃避していた、これまでの受け入れ難い現象の全てが、今現実として私に襲いかかっていた。


 私の同胞は皆、彼女らに殺されて力を奪われたのだ。

 そして、私も今から同じ末路を辿る。


 心が完全に砕けていた。


「とは言え、魔法を使える天使という点は考慮すべきですね。とりあえず眠らせて、エルメス様の元へ届けましょう──『【贖罪(グラヴィス・シン)】』」


「や、やめて──」


 絶望から膝を付くより先に私は押し潰された。

 果実を搾った時にも似た、骨身が砕け散り、血飛沫が飛び散る音をその場に残して私は意識を失う。


 生まれて初めての敗北であった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 灰色の空は急速に青みを見せ始めていた。

 百年前と比べ、天候は確実に不安定化している。


 そんなことには気にも留めずに、重力の幹部カーネ・ルフーリアは地面に横たわる人の形をした肉塊を見て、深い溜息を吐き出した。


 今回も外れだった。

 エルメス様に褒めてもらえない。

 どうすれば振り向いてもらえるのか。


 彼女の脳内はそんな考えでいっぱいだった。

 それは起床から就寝まで常に変わらぬものであり、絶滅させたはずの天使の生き残りとの戦闘後でも揺らぐことはない。

  

 とは言え、この肉塊もとい天使が主の示した特徴を満たしていることは間違いない為、捨て帰ることは出来なかった。


 では、どうやって服装を汚すことなく運ぼうか。


 一定のリズムを刻んでピクピクと動く肉塊には現在進行形で世界の数百倍もの重力を掛けている。

 常に攻撃を続けなければ再び起き上がってしまうからだ。

 と言うのも、天使の身体というのは不思議なもので、(とある方法を除いて)天使が持つ力以上の力を以て完全に消滅させなければ欠損以外の傷は即座に修復されるという特性があった。


 力を使いながら運ぶのもいいが、ここから聖都【サイリス】までとなると流石に疲れてしまう。

 乗ってきた馬車を利用する案も浮かんだが、即却下する。

 あれは新世界の安寧を保つ為に、各地の異分子を積極的に粛清するカーネを慈しんだエルメス様が褒美として用意してくれた代物なのだ。


 あの馬車を汚すくらいならば、天使を捨てた方がマシだ。

 だからと言って代替案は思いつかない。 


 頬に手を当てて更に若干頬を赤く染めながら考え込んでいると、背後から緊張感の無い声が掛けられた。


「おー倒したんだ。さっすがカーネ様」


 カーネの守護騎士ヨシロだ。

 盲目だがそれを感じさせない剣術を買われ、アールディア正教団運営の孤児院から引き抜かれたという異例の実力者である。

 何故だが知らないが、全身ずぶ濡れだった。

 普段は綺麗に揃えられた黒い前髪は額にへばり付いている。

 おそらう天使に一杯喰わされたのだろう。


 それでも息一つ上がっていないのを見ると、やはり数人しかいない守護騎士に選ばれるだけの資格はあるようだ。


 若干信仰心が薄い言動が玉に瑕ではあるものの、カーネとしては恋路の邪魔にならなければ何でも良かった。


「アナタが仕留め損なうから私が直々に手を下さなければなりませんでした。愛しのエルメス様の為に整えた身なりが乱れたらどうするつもりですか」


「いやいや割と強かったからね? で、この人どーすんの?」


 世界の管理者であり直属の上司でもあるカーネに失敗を責められたというのにヨシロは肩を竦めるだけだった。


 そんな普段と変わらぬ気怠そうでどこか余裕のある態度を前にしたカーネはそれ以上追及する気を失くす。


「はあ……とりあえずデア・クローナ大聖堂まで運びます。それからの判断はエルメス様に委ねましょう」


 元より【メリディ・リサ】に訪れたのはカーネの独断だ。


 五日程前、突如として【アンハンゲル】を招集したエルメス様より「世界を脅かす者」の復活を告げられてから、とりあえず暗躍しているつもりの天使信者(プエル)の頭領を問い詰めようと足を運んだだけに過ぎない。


 最初の街で運良く天使が見つかったのは僥倖と言えるだろう。

 いや、これは必然か。

 ようやく運命が二人を結び付けようとしているのだ。


 何はともあれ、最近は人口を減らしすぎだとお叱りを受けており、にも関わらず【メリディ・リサ】の住人を皆殺しにしてしまっている(全員腐敗済みだろうから罪悪感は無い)。


 これ以上独断を重ねるのは悪手だろうことは、恋に盲目であるカーネでも薄々分かっていた。


「でもさ、カーネ様。この人、本当に天使なの? なんか翼消えてね?」


「……おかしいですね」


 カーネは沈黙の後、細い眉を顰める。

 確かにヨシロの言う通りだった。


 辛うじて人だと判別できる肉塊の歪曲だらけの背中部分には、先程まで生えていたはずの翼が忽然と消えている。

 天使の魔法を受け、その弱さを認識してからは興味を失くしていたので、権能を行使後は確認しようとすら思わなかった。


 まずい、とカーネは唇を噛む。


 確かに、最初に調査する場所として【メリディ・リサ】を選んだことに大した根拠は無かった。

 しかし、街に近付くに連れて天使の気配を感じ取ったのだ。

 これまで何十人もの天使を殺してきた自身の直感が告げているのだから間違いはない。

 だから街ごと破壊しても大丈夫だろう。


 そう思っていたのだが、よくよく考えてみれば最後に天使を殺したのは数年も前の話だった。

 魔法使いの光属性のマナと勘違いしたのかもしれない。

 彼女は詠唱付きの魔法を使っていたし、記憶が正しければ昔の魔法には実用性を感じられない奇妙なものもあったはずだ。

 

 「天使の偽装をする」くらいの事は簡単に出来るだろう。


 考えうる最悪の事態に陥ったことを察したカーネは、眉の皺を一層深くして更に唇を強く噛んだ。


 あの魔法使いは何て紛らわしいことをしてくれたのだろう。

 くだらぬ魔法のせいで私がエルメス様に嫌われてしまう。


 激しい怒りの矛先を魔法使いに向ける。

 肉塊にかかる重力を更に強くした。


「まあ、でもさ、天使の可能性もあるじゃん。だからさ、一旦ロエル様のとこに預けるのは? で、調べてもらう的な。どう? 教皇様に間違った報告するのもアレじゃん。いっぱい人殺しちゃったし」


 守護騎士がわざとらしいくらいの真面目な顔付きで言った。

 どんな指示でも従うことを教育・洗脳し、主体性を喪失させた彼女がこうしてカーネに意見するのは初めてである。

 

 驚くと同時に壊れてしまったのか、と自身の守護騎士の魂胆を読み取ろうとするカーネだったが、目元が見えないのでよく分からなかった。

 それに気分も悪くなってくる。

 白の目隠しを見ていると、興味本位で彼女の素顔を見た時の記憶が蘇ってくるのだ。


 逆上した物乞いから外傷を受けて失明したと言う傷跡は、思い出すだけでカーネを悲観的な気分にさせていた。


 早く帰りたくなったカーネは考えるのを止めて、可哀想なヨシロの意見を採用することに決める。 


「ではロエルの館まで行きましょう。私も同行しますが、運ぶのはアナタがやって下さい。馬車に袋があったはずですから、それを使うと良いでしょう」


「はいはーい」


 二つ返事をしたヨシロは機械的に肉塊を担ぐ。

 彼女の真っ白な修道服が真っ赤に染まり、それを見ていたカーネはやはり運ばなくて良かった、と安心した。


 それから重力と反重力を駆使して乗ってきた馬車を引く。

 そこに大した労力は必要としない。

 気にするべきは重量と言うより力の使用時間なのだ。

 短時間ならば敵を粛清するにも、重い物を運ぶにも、天使の奇跡というのは大変便利だった。

 

 悪趣味なロエルの館を目指して二人は歩き出す。

 暫くしてから、思い出したかのようにヨシロが声を上げた。


「そういえばさ、カーネ様たちが探してる魔法の始天使ってどんな人だったの?」


 これまた彼女にしては珍しいことだった。

 アールディア正教団にまつわる事を質問してくるなんて。


 信徒たちの一般的な集会はともかく、幹部と守護騎士だけが出席可能で世界のあらゆる情報が集まってくる月例会議にすら初回の一度しか顔を出したことがないのに。


 今日はそういう気分なのだろうか。

 はたまた別の理由か。

 やはり気にはなるカーネだったが、到着まで時間があるので付き合ってあげることにする。


「私も知りません。理由は分かりませんが、魔法の始天使だけはあまり姿を現さなかったですから。魔法など大した要素ではありませんし、どうせ怠けていたのでしょうね。厭らしいことです」


「じゃあ何で探してんの? すごくないなら良くね?」


「今日は質問が多いですね。ですが、これもまた私には理解しかねる話なのですが、エルメス様が言うには……」


「言うには?」


 思わず言い淀んだカーネに言葉を促すヨシロ。

 カーネは嫉妬心を呑み込んで、教皇様の言葉を真似した。


「『一番生き残ったらいけない天使が生き残った』だそうです。はあ……この話はもう終わりにしましょう。アナタ如きがこれ以上知る必要はありません。見つけ次第殺しなさい」


「はーい」


 間延びした声を最後に、重力の幹部と守護騎士はそれ以上会話することなく目的地に到着した。



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