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魔法の堕天使、降臨す  作者: 鹿磨
第1章 新世界と闇の産声
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第45話 光の兆し


 何度も峰で打ち付けられ身体中に痛みが駆け巡る。

 筋繊維は破壊され、骨は折れ、意識は途切れ途切れになる。

 だが、私は何度も立ち上がった。

 未だ身体に宿り続ける光の加護──回復能力のおかげだ。


 常人ならばとっくに戦闘不能に陥っている程の猛攻。

 しかしそうならない状況に、刀を振り続けていたヨシロも首を傾げ始めていた。


「え、流石にしぶとすぎじゃね? 魔法使いって防御はわりと弱めなんじゃないの? 何者?」


「ふん……私をただの魔法使いだと侮ってもらっては困るな。今貴様の目の前に立っているのは至高の魔術師だ」


 まだ虚勢を張る余裕があることに我ながら安堵する。

 

 確かに奴の靭やかな体術と神速の刀捌きは圧倒的だ。

 並の剣士では十数人でかかっても相手にならないだろう。

 大体予想していたことだが、盲目であるにも関わらず、それを微塵も感じさせない電光石火の如く俊敏さを見せている。


 見たところ十七、八くらいの年齢だろうが、その若さでよくぞここまでの境地に辿り着いたものだ。


 普通に戦えば、現時点では絶対に勝てないだろう。


 しかし、いや、だからこそ、奴は甘い。

 何故か知らぬが、一向に白刃を使おうとしないのだ。

 このまま峰打ちを続けているようでは私を、いや、私の回復能力を打ち負かすことは出来ない。


 視線を逸らし、草原の先にある二つの影を見る。

 モンクシュッド男爵はまだ倒れていなかった。

 重力の幹部と何やら話をしている様子だ。


 そうだな……戦闘だけが勝利への道筋ではないな。


 真正面からは太刀打ちできない以上、情報を引き出し、弱点を見つけ出すのも戦略の内かもしれない。


「意味わかんないし。てか、至高の魔術師って……古すぎ」


 眉に不快感を浮かべながら鼻で笑うヨシロ。

 いやにつまらなそうだった。

 対して私は妙な違和感を覚える。


 「古すぎ」という表現は……何だ?


 魔法使いが廃れた存在であるからそう言ったのだろうか。

 だが、魔法が使えなくなったのは百年前の話だ。

 当時を知らぬ若人からすれば逆に新鮮なようにも思える気がするのだが。

 

 もっと他の理由があるのかもしれない。


 敵を前にして尚、私の思考は加速する。

 奴が零した一言はそれ程の価値がある気がしたのだ。


 ──至高の魔術師。


 私がその肩書きを使うようになったのは約千年前だ。


 かつて世界にとある魔王が生まれた。

 魔王は天使すら凌ぐ強力な力を持っており、女神デア様が創り出した大地を手中に収めんする傲慢さも有していた。

 当時、世界の管理者であった天使たちはそれを止めるべく「天使法」に則り、一人の始天使を下界に送ることを決断する。

 

 そう、そうして送られた始天使こそが私である。


 やがて下界に降り立った私は二人の自警団と邂逅した。

 始天使であることを隠して勇者と旅をするという目的の為、その場の機転で編み出した自己紹介が「至高の魔術師」だったのだ。


 以来、私はそれを気に入ってずっと使っている。

 天界崩壊後はあらゆる観点から「魔法の始天使」を名乗れなくなった為、その頻度は常用に近い。

 だからこそ、余計に気がかりだった。


 私のことをよく知らぬ者に自己紹介を嘲笑われることこそあったが、古いと感想を述べる者はいなかったからだ。


「なあ……何故古いと言ったのだ? 魔法使いとしての頂点という気がして、結構カッコいいと思うのだが」


「アンタさ、危機感なさすぎじゃね? それ、戦闘中にする質問? てか…………普通にダサいからッ!」


 そう吐き捨ててヨシロは跳躍した。

 私には反論する余地など無く、息を呑んだだけで奴は目前に迫り、惚れ惚れする程の美しさを放つ刀を振った。

 相変わらず峰打ちであるものの、今度はあらゆる関節部位を一瞬で何箇所も打たれ、激痛と共に感覚を奪われる。


 あまりの連撃に強制的に身体を後退させられ、途中で倒れそうになっても柄当てや逆袈裟斬りによって再び宙に浮かされた。

 手も足も出ない。

 まるで試し斬りの巻藁にでもなったような気分だ。


 内蔵から血が噴き出してくる。

 意識の途切れる間隔が短くなっていく。


 身体が寒気を覚え始めた所で、両膝を裏から打たれ、ようやく膝を付いた。

 最後に喉元へ刀先を突き立てられる。

 私は顎を上げる他なく、息が詰まった。


「いい加減諦めなって……ウチ、あんまり人を斬りたくなくてさあ。だから倒れてくんない? どうせウチには勝てないよ」


 見事だった。

 流石だった。

 目の前の敵を称賛すべく目を合わせようとするが、物言わぬ布があるばかりだ。


 まるで"未来を知っている"かのようだな。


 切り揃えられた黒色の前髪。

 首に掛かった花のネックレスが可愛らしい。

 修道服もよく似合っていた。


 息で詰まった喉を解放し、小さく息を吸う。

 

「どうかな……貴様は運命は変えられると思うか?」


「は?」


 ヨシロが顔を歪める。

 私は構わず言葉を続けた。


「例えば、天から宿命付けられた『死の運命』。天の庇護下にある地の民がそれを覆すことが出来ると思うか? 世界の管理者が定めた絶対的な運命だが、しかし、私は変えることも可能だと思う。何せ実際にその勇姿を見届けたことがあるからな」


「…………意味分かんないんだけど」


「そうか? 貴様ならば理解していると思ったがな……天の祝福を受けた一族、勇者の末裔よ」


 私の言葉にヨシロの呼吸が一瞬止まる。

 やはりそうであったか、と私は口端の片方を吊り上げた。


 まさかこんな所で巡り合うとはな……。


 人の顔や名前を覚えるのは不得意な私だが、一度認知したマナであればその限りではない。

 例え時が経ち、世代交代したと言えど、勇者特有のマナ性質──この世の光を凝縮したような生物最高峰のマナを前にして気が付かないわけがなかった。


 何故アールディア正教団側に立っているのかは不明だし、共に歩むことを説得したいところだが、今はその時ではない。


 動揺により生じた隙を利用させてもらうとしよう。


「貴様の先祖、勇者フォルトと共に戦った魔法の始天使マギウェル・デア・フィーネは、この私だ。──『塵を焼く、始まりの炎よ、我に力を──【発火(デア・ファイア)】』」


 ヨシロの足元を目掛けて魔法を放つ。

 私の手の平から大蛇にも似た火炎が顕現した。


 完全に狼狽えていたヨシロは、若干反応が遅れていたものの、寸前のところで後ろに跳躍して火炎を回避した。

 命中しなかったのは残念だが、その代わりに首元に当てられていた刀から解放される。

 そして、地面には小さな焼け野原だけが残った。


 だが、私の攻撃はまだ終わらない。


「聖女マーレも貴様に似て美人だったぞ。何より花が好きでな。戦いが終われば世界に花を咲かせたいと願い、それを見事実現していた──『草木を揺らす、始まりの旋風よ、我に力を──【旋風(デア・ウィンド)】』」


「チッ……聞いてないっつうの……!!」


 声を荒げ、再び地面を蹴るヨシロだったが、遅い。

 聞いてないとは言いつつも、歴史の闇に葬られた先祖の話に思わず耳を傾けてしまっていたのだろう。


 風属性の基礎魔法が発動して、焼け野原に旋風が巻き起こり、炎の竜巻が出現した。

 黒煙を滲ませた橙色の竜巻は蒼穹を貫かんばかりの勢いであったが、それも難なく避けられてしまう。


 しかし、噎せ返る程の焦げた臭いと草原を蹂躙する竜巻が奏でる轟音は確実にヨシロを蝕んでいた。


 狙い通りだ。


 これで奴の聴覚と嗅覚を妨害することに成功したはずだ。

 その証拠に、あらかじめ旋風に乗っていた私が自身の頭上にいることに、ヨシロはまだ気が付いていなかった。


 やはり今日の私は恐ろしい程に冴えている。


「『清き水よ、水面のような盾で、我を守り給え──【水壁(ウォータ・ウォール)】』」


「え……!? 上……!?」


 魔法の顕現座標をヨシロに定めて発動させる。

 間もなくして、いつかの暗殺部隊がやったようなただの水壁ではなく、常に渦を巻いた激流の壁がヨシロを呑み込んだ。


 ヒューマンにとって水は生命線でもあり、危険でもあることを私は知っていた。


 その上、これは魔法の水だ。

 今回は遅性、もとい粘性を付与してある。

 刀で抜け出すのは非常に困難だろう。


 目の前では、黒い藻屑が渦潮の中で激しく揺れている。


 私は安堵のため息を吐き、炎の竜巻の方を消し去った。

 撃破とまでは言えないが、奴の動きを封じることが出来た。

 とは言え、トドメを刺すつもりは無い。


 というかこのまま放っておくのが最善択なのだろう。

 現実的に考えて、今の私の魔法では奴を倒せない。

 現時点最高火力の【火球】ならば可能性が無いとは言い切れないが、今は【水壁】が妨げになってしまう。

 他の魔法を試しても良いが、奴は勇者の末裔だからな。

 いずれこの渦潮も脱出してしまうだろう。


 それに、今の私の目的は他にある。

 やれることだけはやりきって我が家主の元へ駆けよう。


 不意に私は水壁で藻掻き苦しむヨシロに手を翳した。

 モンクシュッド男爵のアドバイス通り、魔法一回分残してあるマナを用いて、とある試みを実行する。


「少しだけ聖なる力を返してもらうぞ。『其の源を我に──【吸収(マナ・リザーブ)】』」


 詠唱を唱えると、水壁に囚われたヨシロの身体から燦々と輝く光球が抜け出してきた。

 

 その光景に私は思わず感嘆のため息を洩らす。


 強烈な虹色で輝くこれこそが勇者一族のマナだ。

 ヨシロ自身の抵抗もあるのか、大きさは然程でもないが、それでも我が力の躍進に繋がることは一目瞭然であった。


 未知なる魔法に力を抜かれたヨシロは、水壁の中で更に手足の動きを激しくするが、私は構わず光球に手を伸ばした。 


『所有マナの上昇を確認──【回復(ヒール)】が接続可能になりました。──特異マナの吸収を確認しました。一時的に天使の力を解放可能です。解放しますか?』


 白の魔導書(ホワイト・アルバム)の予想外の報告に私を大いに心を躍らせた。


 生ける者への【吸収】と勇者一族のマナが秘める光の力。

 そして、天使の力の解放。

 咄嗟に思い付いた考えが、まさかこれ程上手くいくとはな。


 私は何かを確かめるように右手を強く握り締めた。


 栄光の証を失い、抜け殻と化した身体に光の帰還を感じる。

 再び魔法の力を取り戻しても尚、心の何処かで欠落していた空洞がようやく埋まったような感覚だ。

 脳内ではかつて天界で眺めた景色が思い起こされている。


 あの時、勇者と旅をして良かった。

 あの時、世界樹を消して良かった。

 これまでの軌跡が私を救ってくれたのだ。


 ──そうだ。

 これまで幾度となく世界に変革を齎してきた私は、とある貴族一家の用心棒に収まっていい存在ではないのだ。


 なぜなら私は──


「天の光を解放せよ──かつて大空を意のままに抱いた翼を──かつて闇夜を照らした光輪を──かつて世界の管理者として創造主に授けられた証を再び取り戻さん──我は魔法の始天使マギウェル・デア・フィーネ。今ここに再臨する……!」


 天声を響かせると、白い光が辺り一帯に広がった。

 溢れ出す程の光に満ちた私の身体は自然と宙に浮かび始め、やがて四枚の大翼が生え揃い、風を掴んで浮遊する。

 鏡を見ずとも自身の髪や瞳が黄金色に煌めくのが分かり、頭頂には冠が乗るような感覚があった。


 そして、自暴自棄だった心は自由自在へと変化する。


『種族「天使」への復活を確認──一時的に全身体能力、全感覚が超強化され、光属性の全初級魔法が接続可能になります──おかえりなさい、我がマスターマギウェル様』


「ああ、久し振りだな」


 大きく頷いた私は改めて前を向き、草原の先を狙い定めた。

 翔び方は……忘れていない。

 四枚の大翼を目一杯に広げ、羽ばたかせる。


 純白の羽根の一つ一つに風が絡み付くような感覚があり、数回程の羽ばたきの後に、私は風と共に駆けていた。

 

 そして、寸刻も経たぬ間に目的地へ辿り着く。

 そこで私は息を呑み、絶望した。


 目の前の光景──重力の幹部カーネの白いナイフが、モンクシュッド男爵の胸を貫いた瞬間を目の当たりにしたからだ。

 

 背中越しではあるが、モンクシュッド男爵がドス黒い血液を吐き出すのが見え、力なく膝を付いていた。


「嘘だろう……モンクシュッド男爵……!!」


 私は翼を畳み、地面を上滑りしながら降り立つ。

 倒れる寸前のモンクシュッド男爵を何とか抱え込んだ。

 その際、彼の心臓付近からどくどくと流れ出る血液が私の色の白い右腕を赤く染め上げた。


 このままでは私の恩人が死んでしまう……!


 今まで感じたことのない焦燥を覚えながら、先程【回復】の魔法を習得し直したことを思い出す。

 が、詠唱を唱えようと口を開いた瞬間、モンクシュッド男爵の瞳から光が消え、抱えた身体は石のように重くなった。


 最後に微笑を浮かべてモンクシュッド男爵は死んだ。


「おや、愚かな天使の生き残りがまだいたのですね。エルメス様に見捨てられた哀れな王族は、最後までアナタを信じていたようですが……やはり天使は愚鈍。天界が滅びたのも必然ですね」


 カーネはそう言って、ニコリと笑った。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 鋭い衝撃の後、左胸の辺りが激しい熱を持ち始め、そこから身体にあった何もかもが抜け出していく。

 心臓の破裂する音が聞こえたような気がした。

 自身の吐血に意識を向ける余裕も無く、膝が折れる。


 死ぬのだな、と分かった。

 やるべきこと、夢、そして家族を残して。


 最後に目にした人間が、何度もこの手で殺すことを夢想した【アンハンゲル】になるとは皮肉なものだ。


 そんな歯軋りしたくなる程の後悔を覚えていると、やがてすぐに意識が薄れてきた。

 思ったよりも死は単純だ。

 想像通りだったとも言える。

 その証拠に、走馬灯だろうか、私を呼ぶ声がする。


「嘘だろう……モンクシュッド男爵……!!」


 今際の際ですら心地良さを覚えてしまうこの声色は最近雇った奇妙な用心棒のものだろう。


 思えば、こうして何も成せずに力尽きる事も含めて大体が計画通りに進んだ人生の中で、彼女の存在だけが予想外だった。

 礼儀を知らぬ傍若無人な言動。

 食事を取る時と魔法を扱う時だけに見せる無邪気さ。

 雁字搦めの昨今では中々見られない自由で強く優しい心。


 常に恐怖と重圧に襲われていた暗い道中で、突如として出会った彼女は光明のようだった。

 天使を名乗っていたが、確かに、そう思えてきた。

 きっと彼女は、天使の為に戦ってきた私に対する天界からの贈り物だったのだ──いや、それはあまりにも甘過ぎるか。


 地面に倒れそうになる直前。

 彼女の姿が視界に入ってくる。


 そこで思わず、笑ってしまった。

 最後の最後で、史上最高の瞬間が訪れたのだ。


 やはり彼女は予想外だった。


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