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第40話 長閑な時間 その3


 モンクシュッド男爵との手合わせが始まった。

 本気で来い、と言うので、即座に現段階最強の火力を誇る攻撃魔法【火球(ファイア・ボール)】を発動した。

 詠唱の間、こちらを観察するようにして動かなかったモンクシュッド男爵は、その熱を真正面から受ける。


 そう思ったが、彼は寸前の所で横に回避。

 実に華麗な足捌きに翻弄された私の魔法は、そのまま直進して石塀に衝突後、霧散する。


 魔法を避けられたのは初めてかもしれない。

 目前の光景に感嘆を覚えながらも、私は次の詠唱に取り掛かった。

 幸いモンクシュッド男爵が攻めに転じる様子は無い。


「『そよぐ風よ、刃となり、敵を切り裂け──【風刃(ウィンド・カッター)】』」


 昨晩の戦いで習得したばかりの風属性の初級攻撃魔法。

 体内のマナを放出させつつ、右腕を横に勢い良く振るうと無数の風が集束して作られた刃が顕現した。


 地面と水平に、横に長い刃だ。

 今度は回避させまいという決意の表れである。

 これほど自由度の高い芸当を魔道具で実現するのは難しいのではないだろうか。


 【風刃】の推進力は当然風力である。

 その速度は凡夫ならば回避不可能。

 もし回避が叶ったとしても体勢が崩れるのは必定だ。


「進撃せよ! 我が魔法ッ! ──コイツを避けるのは中々難しいぞ!」


 空気を裂くような音と共に【風刃】が直進する。

 しかし、ある程度軌道が予想されていたのかモンクシュッド男爵は余裕を持った跳躍で、それを回避した。

 決着のビジョンを思い描いていた私は若干動揺する。


 とは言え、宙にいるモンクシュッド男爵は無防備も同然。

 今魔法を放てば確実に撃破することが可能だ。


「クククッ…………残念ながらマナ切れだ……」


 当然だが、魔法は高度になればなるほどマナ消費量も大きくなってくる。

 現在私の保有マナ量は基礎魔法三回半程であるが、【火球】【風刃】レベルになると二回の発動が限界であった。


 自嘲的な笑みを浮かべた私を見て、地を蹴り駆けるモンクシュッド男爵。

 マナ回復力には自信がある私だが、流石に間に合わない。


 モンクシュッド男爵の片手にあった木刀が素早く、そして力強く振るわれる。

 首が飛ぶ、と思った瞬間、木刀は私の首元寸前で停止した。

 遅れてやって来た風圧が髪を靡かせる。

 身体中が強張ったままの私は、顔の輪郭に汗が流れるのを静かに感じ取るのだった。


「ぐう……何故だ……」


 全く歯が立たない。

 所有マナ量では圧倒的に私が勝っているというのに。


 まるで私の行動の全てが読まれているかのようだった。


「やはり、フィーネ嬢には戦術が足りてないのだ。だからそれ程強い力を持っていても敵に迫られる」


「わ、私だって戦術くらいあるぞ!」


「何かね」


「我が道を阻む者を我が至高の魔法で葬り去る、だ」


 私の決めポーズ付きの決め台詞に肩を落として「それは意気込みだろう」とモンクシュッド男爵が一言。


 だが、指南を諦めたような態度は見せず、続けて二本の指を立てた。


「フィーネ嬢には伝えたいことが二つほどある。まず、戦闘の序盤からマナを使い切るのは悪手だ。確かにフィーネ嬢のマナ回復力は尋常ではない」


「ああ、尋常ではない! こうしている間に全回復だ!」


「だが、例え僅かであっても回復に時間がかかっているのは事実。それは一瞬の油断が命取りになる戦闘においては大きな隙となる」


「くッ……確かに……これまで私の魔法を避ける敵など存在していなかったのでな。正直考えていなかった」


 天界にいる時は格上の存在がいなかった(創造主を除く)。

 何と言っても世界の管理者だからな。

 それに加え世界中のマナを集めるようになってからは、新たな世界を創り出すこと或いは別次元の世界に接続することすら出来たと思う。


 だが、今は違うのだ。

 これからは権威も含めて遥か格上と戦うこともあるだろう。

 現に目の前に立つ男を、戦術面においては格上だと判断している。


「実際にフィーネ嬢の言う通り、古代の魔法運用には黒鴉でも対応し切れていなかったようだ。多様な使い方を駆使していたのは良い点だった。しかし、そうは言っても、最終的にはマナ切れを起こし近接攻撃を許してしまった。そうだろう?」


 モンクシュッド男爵の容赦の無い分析に私は苦々しい表情を浮かべることしか出来なかった。


 やはりこの男は武力だけではどうにも出来ない強さを持っている。


 冗長であることを承知で書き記すが、闇夜の中でマナ切れを起こす前に、私が放ったのは魔法は

旋風(デア・ウィンド)】【発火(デア・ファイア)】【雷鳴(デア・サンダー)】【土塊(デア・ロック)】の四つだ。


 途中で用いた【転術】は既に放たれた魔法(マナ)を他の同程度の魔法へ変化させるものである為、【発火】から【雷鳴】へ至るまでに大きなマナ消費は無いと言っていい。

 つまり、魔法三回分のマナ消費であり、やはり何の計画性も無く全て使い切っていた。


 モンクシュッド男爵の指摘を踏まえて冷静に振り返ってみれば、魔法の発動限度数が三回であったのに対して敵の数は四人と数が合っていない。

 

 私が天使であった為に首に斬撃を受けても平気だったが、ヒューマン同士の戦闘では致命傷、もとい敗北していたことだろう。

 魔法発動の間隔を置くか、マナを節約して威力を下げた魔法を放つべきだったと今なら判断がつく。


 私は常に全力全開で魔法を放っていたが、それは時に敗因となるのだな。


 これが戦術というわけか……。


「黒鴉の目的が殺害であったから良かったものの、仮に捕縛だったならば我々は今頃檻の中だったかもしれない。リサウェル大聖堂での様子から察するに拘束攻撃は有効なのだろう?」


「うむ……魔法の階級によっては今の私を無力化することは可能だろう。そう考えると私は危なかったのだな……攻撃を受けても回復するからと高を括っていたが、拘束も攻撃の内になるか」


 モンクシュッド男爵が言った、【メリディ・リサ】来訪初日に教会で【光束(カテーナ)】で拘束されたことを思い出す。

 粗雑な完成度だったが、腐っても中級魔法だ。

 魔法を無効化する術は今の所有マナ量ではせいぜい魔道具によって顕現した初級魔法にしか通用しない。


 気を引き締めなければならない。


 現代は幸か不幸か、魔道具によって誰でも簡単に魔法が使えるようになっているようだからな。


「拘束を含めたあらゆる攻撃を防ぐ為に、常に魔法一回程のマナを保持し続けると良いのではないか。現代と古代の魔法が同一種類であるならば防御や妨害するものもあるだろう。その分をいつでも発動出来るようにしておけば、仮に接近されても詰みにはならない」


「そうか……なるほどな……流石はモンクシュッド男爵だ」


「納得してもらえたようで良かった。それと序盤は防御に徹するというのも一つのやり方だ。先程私がやったように敵の様子を伺い反撃を狙うというのも立派な戦術だろう」


「むう……私は常に勇猛果敢でありたいのだがな。その方が魔法の質も良い、と思う」


「魔法は心の力、と言うやつかね。才の無いらしい私ではよく分からないのだが、魔法とはそれほど感覚的なものなのか?」


「そうとも言えるし、そうでないとも言える。確かに炎が猛るだとか、風が吹き荒ぶだとか、そう言った想像力も魔道の助けになるだろうが、それ以前には世界を構築する七要素に対する理解が必要であり、世界の根源であるマナを扱う技術も後々重要になってくるのだ。まあ、そこまで難しくはないのだがな」


 かつて、下界で教鞭を執っていた魔法使いは「魔法はイメージが大事だ」と言っていた。

 イメージ次第では、何でも燃やせる炎が顕現可能だ、と。

 だが、結局のところ彼の教え子たち全員が魔法を習得するには至らず、魔法使い自身も岩を燃やすことは不可能だった。


 その理由は簡単に言えば「何でも燃やせる」という可能性に辿り着くことが出来なかったからだ。

 より具体的に言うのならば、火属性に対する完全な理解や揺るぎないマナ操作、そして何より、魔法に命を懸けられるまでの心が足りていなかった。


「参考までに聞きたいのだが、フィーネ嬢が合格点だと判断出来る知識量を得るには何年程かかるのだろうか?」


「そうだな……優秀な者で百年程だろうか」


「……なるほど。魔道具が開発されたのも頷ける」


「何か言ったか?」


「いや、何でもない。とにかく、魔法は強力だ。だからこそより上手く最大限に活かすことが出来ればも夢では無い。至高の魔術師であれば尚更だろう」


「うむ……! 私ならば当然だ!」


「では魔法の運用方法についてはフィーネ嬢に任せるとして。もう一つ伝えたいことがある。正直伝えるべきか悩んでいるのだが」


 人差し指を立てながらも顔を渋らせるモンクシュッド男爵。


 これまで辛辣な指摘をしてきたのにも関わらず、今更何を悩むことがあるのだろうか。

 私は急かすような視線を送り、言葉を待った。


「安易に自己紹介をするのはやめた方が良い」


「な、何だと?」


「昨晩、黒鴉と戦う前から用心棒だと名乗っていただろう。それに魔法が効かない、とも言っていた。確かに格好がつくのかもしれないが、結果的に敵に情報を送ってしまっている」


「じ、自己紹介は私の特技であり見せ所なのだぞ……」


「更に言えば、詠唱もなるべく小声で唱えて欲しい。実に難解な言葉と文章ではあるが、冷静に聞けば発動される魔法の予測が出来ないわけではない。先程の【風刃】は正直な話、かなりの余裕があった」


 正論に貫かれた私は愕然とする。

 

 戦闘における自己紹介や詠唱は敵からすれば情報となり、あまつさえ私を穿つ矛にもなるというのか。

 

 そんなこと考えたこともなかった……。


 確かに現代の者たちは魔法を使わないとは言え、魔道具を通して魔法自体は知っているのだったな。

 魔法使いを自称する者が「そよぐ風よ、刃となり」と言えば【風刃】に辿り着いてもおかしくない。

 

 いや、私だったら絶対に分かる。

 実のところ、黒鴉に【風刃】を打たれた際は魔法が構築される前のマナ変動の時点で判断がつき、それを無効化していた。


「だが……出来ない。私の矜持に反する行為だからな」


 自己紹介はともあれ魔法と詠唱は私の存在理由でもあるのだ。

 無限の可用性を秘めた術に対する強い憧れとそれを命を懸けて極めたい、という意味でもあるが、私という思考体を構築する根本的なところでも魔法は大切なものだった。


 あまり話したくはないので、おそらくこれが最初で最後の吐露になるのだが────私は他の始天使と比べて落ちこぼれでした。


 何を急に、と思うかもしれませんが、聞いて下さい。

 私という人物を知る上でとても重要なことですから。

 もしかしたら薄々気が付いていた人もいたかもしれません。

 私が持つ奇跡と権能、そして管理業務は他の始天使と比べて粗末ではないか、と。


 私たち始天使は女神デア様から権能を貰いました。

 それは世界の管理者となる為の強大な力です。

 ある人は天蓋に浮かぶ無数の石を自在に操り、またある人は地上に広がる自然全てと心を通わせることが出来ます。

 全生命の生と死を定める人がいて、全生命のバランスと感情を保つ人がいて、全生命を地上に繋ぎ止める人がいる。


 全員が世界存続の為に欠けてはならない存在だと思います。

 でも、そんな始天使の中に、特にいなくても世界が成り立つ人が他にいます。


 それが私です。


 魔法が無くても地上の生命たちは生きます。

 天界崩壊後の現状がそれを証明していることでしょう。


 確かに魔法があれば便利だと思いますが、そもそも魔法はマナ依存のもので、マナ自体は元来女神デア様のものです。

 私はただ、マナの扱い方が女神デア様より上手く、色々な使い道を思い付くことが出来た為に魔法の始天使となっただけの存在。


 女神デア様から貰った権能と言えば、「魔導書を出したり消したり出来る」のと「魔法の開発・抑止権限」くらいです。

 他の始天使の皆がしているような、世界全体の魔法を操ることみたいなことは出来ません。


 初めの頃は、いえ、今も尚かもしれせんが、私の心の何処かには世界の管理者としての劣等感がありました。


 それでも、他の皆が適性のある権能を次々に貰っていく中で、何も出来ずに焦り、置き去りにされかけていた私が唯一見つけ出した光が魔法と詠唱なんです。

 私だけの宝物だと今でも思っています。

 特に詠唱、魔法を引き出す道を見つけた時は霧が晴れたような感覚がして、何でも出来るような心の解放感がありました。


 そして、皆はそんな私と魔法を受け入れてくれた。

 女神デア様は「やはりあなたは世界の救世主ですね」と優しい嘘をついてくれたくらいです。

 と言っても、「救世主」というのは「フィーネ」という始天使の中で唯一由来を知らされていない名前を貰った時から言われていたんですけど(ちなみに救世主という意味ではないそうです)。


 突然の自分語り、しかも自嘲的になってしまいましたが、とにかく魔法とそれを引き出す詠唱は、私にとっての心の拠り所であり、天界無き今は同胞たちとの数少ない絆でもあるんです。


 だから……だからこそ。

 ────今日も私は高らかに魔法名を叫ぶのである。


「モンクシュッド男爵には申し訳ないが、詠唱の件は諦めてほしい。それに、私が渋ると分かっていたからこそ、伝えるべきか悩んでいたのだろう?」


「そうだな。それに魔法の不思議な性質について聞いた直後でもあった。フィーネ嬢の心意気が削がれて魔法が発動出来なくなってしまう可能性もあるのならば、そちらの方が甚大な損失となるだろう。やはり魔法運用については任せることにする」


「うむ。だが色々と考えてくれて嬉しかったぞ」


「礼には及ばない。フィーネ嬢は間違いなく世界を変えてくれる特別な存在だ。それを助けられるのは光栄なことだろう」


「そうだ……私は深淵に黎明を齎す者マギウェル・デア・フィーネだからな。期待してくれて良いぞ……! あ、自己紹介については少しばかり考えておく」


「よし、ではもう少しだけ戦闘指南を続けよう。今日はあと二戦と言ったところか」


 木刀を腰に差すモンクシュッド男爵。

 その顔に疲労の色は見えない。


 では、何故二戦だけなのだろうか。

 まだ日は高く昇って、眩過ぎる程の光を地上に注いでいる。


 己の未熟さをようやく自覚していた私は思わず声をかけた。


「モンクシュッド男爵よ、私はまだまだやれるぞ! 魔法の組み合わせ方等々、もっと教えてくれ!」


「無論そうしたいところだが……実はフィーネ嬢には他にもやってもらいたいことがあるのだ」


「やってもらいたいこと……暗躍せし秘密結社の壊滅か? 古代に封じられし究極魔法の復活か?」


「そうではない。昨日北通りに現れた道具屋売りを覚えているか? 『ポリパレ・プリー』と言ったか」


 その屁みたいな名前を聞いて、苦々しい嫌悪感を浮かべる。

 【清化(ポルゴ)】の力を秘めた忌々しき魔導具を用いて、更には魔法本来の実用性から離れたことを吹聴し、人々から金を巻き上げんとしていた最悪の商人だ。


 聞くところによると、教会でモンクシュッド男爵が摘発した後に、街から追放されたらしい。


 奴の持っている全ての魔導具をドブに捨ててやりたいと思っていたので、非常に残念である。


「奴がどうかしたのか。仕入先の壊滅ならば喜んで手伝おう」


「彼はもはや我々には関係の無いことだ。私が言いたいのはそこではない。競売が始まった後、魔法本来の使い方との乖離を見かねたフィーネ嬢が見物客の魔法の素質を見い出していただろう」


「ああ、水道魔法(ウォータ・クラシオ)の件からの話だな」


「そうだ。我が屋敷にも例の魔法陣を敷いてくれたことは心から感謝している。それで本題だが、見物客の中には魔法を学びたいと感じた者がいたようだ。活き活きとするフィーネ嬢に感化された、と」


「え……?」


「そういった内容の手紙が十件程届いている。日常生活に役立つ魔法を欲する者が殆どだが、中には本格的に教えを乞う旨のものもあった。ひとまずは手紙の返事を出してほしい。そして、領主としての頼みでもあるが、フィーネ嬢が良ければ皆に魔法を教えてやってくれ。──教団の目を欺く秘匿の魔法教育だ」


 胸が高鳴るのが分かった。

 身体をわなわなと震わせるこの感情は、間違いない。

 喜びだ。


 【ルモス村】では一人の少女にこちらから半強制的に魔法を教えたが、今回は向こうから求められている。

 それも魔法が失われた世界で、十件も、だ。

 これはスゴいことだ。

 もしかしたら世界に再び魔法を取り戻すことが出来るやも知れんぞ。


「ほ、ほう……モンクシュッド男爵がそこまで言うのならば、ま、まあ手紙くらい読んでやっても良いぞ。それで? 手紙はどこにある? モンクシュッド男爵の部屋か?」


「フィーネ嬢、その気持ちは有り難いが、ひとまず戦闘指南を続けさせてほしい」


「あ、ああ……! そうだった!」


 浮かれている自分が実に恥ずかしかった。

 だが、嬉しい気持ちも同居している。


 そんな甘酸っぱい心持ちのままモンクシュッド男爵家流レッスン「戦闘指南編」は続いていくのであった。


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