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第38話 長閑な時間


「──と言うわけで、最強とは最愛なのだ。故に心無き人の子が創りし虚無の玩具──魔道具などに我が崇高なる魔法が破れることは断じて無い」


「そ、それは分かりましたから! 今は嘘でもお祈りに集中して下さいませ!」


「むう……」


 私は年下(九千歳以上)の少女に注意されて黙り込む。

 口を尖らせて前を向くが、相変わらずわけの分からないことを「説教」と称して延々と話す大司教がいるだけだった。

 名前は確か…………何とかマンだったはずだ。


 しかし、早朝からよく喋るものだな。

 【メリディ・リサ】の中央教会に必要以上に差し込む朝日の中で、如何に教皇が素晴らしいか、如何にして天使が世界を裏切ったのか、と唾を飛ばしながら語っている。

 まじまじと聞いてみるとやはり嫌な内容なのだが、彼が改竄された歴史に翻弄されている被害者だと見れば、自然と怒りは収まっていく。


 多少の怒りはあるが、殺すまでは値しない。

 それが今のアールディア正教団に対する評価だった。

 歴史の隠蔽や魔法禁止等、言いたいことはあるがな。


 【メリディ・リサ】に来てから二日目、黒鴉(レイヴン)撃退の翌日。

 この一日三回もある「お祈り」も通算三度目になる。

 

 早くも慣れてきていた。

 どうやら彼らは女神デア様が亡き(? )今、百年前に世界を守ったらしい教皇とかいう奴を信仰対象として掲げているようだ。

 そして、祈りの言葉とモンクシュッド男爵の証言の通り、我々天使は叛逆者であり世界の敵になっている。

 

 特に第一階級始天使は名前を言ってはいけない程の扱いだ。

 未だに真偽は不明、というか信じていないのだが、死の始天使モルスウェル・デア・ニルが世界滅亡目前まで迫ったことになっているからな。


 ああ、それと我々の過去の失態、闇に葬られたはずの「星の大洪水」や「世界樹の反乱と消失」等だけは再度白日の下に晒されているようだ。

 アールディア正教団にとって都合が良すぎるのだが、これに関しては補償をしたとは言え事実であることに変わりはなく、誠にもってかたじけないと思っている。

 だが、どうやって知ったのだろうな。

 それこそ百年前以前でも歴史書は残っていなかったような気がするのだが。


 そんな訳で、私も始天使と名乗るのはやめている。

 いや勿論、逃げているわけではないぞ。

 私自身としては(皆を敵に回すのはちょっぴり怖いものの)世間に言いふらしても良いのだが、今はモンクシュッド男爵家に迷惑がかかってしまうのだ。


 特に今私の隣に座っており、先程狼狽しながらも私に注意してきたモンクシュッド男爵家の令嬢レヴィアに危害が加わることになるのは望ましくなかった。


 父親に似た黒髪をくるくるに巻いた齢十二の少女。

 貴族らしいと言うか、精巧な作りの人形のようだ。

 ようやく恵まれたらしいモンクシュッド家の宝は両親に溺愛されていて、革命の風を起こさんとするモンクシュッド男爵も(当然と言えば当然だが)彼女の安全を第一に考えて行動しているようだ。


 それに関しては私も倣おうと思っている。

 私も多少なりとも母性には心得があるからな。

 と言うわけで、私は大好きな自己紹介は控えているというわけだ。


 また、何となく世界の実状が分かってきている今、すぐにでもアールディア正教団に真偽を問い質すのではなく、力を蓄えることに専念しようと考えていた。

 闇雲に進んでも仕方ないだろう。

 とりあえず中級魔法の一つや二つくらい覚えてから聖都とやらに乗り込んでみようかと思っている。


 それに、そもそも「女神の落日」(この言葉、不謹慎だがすごくカッコいい)を生きた当事者がいないのだから、モンクシュッド男爵や何とかマン大司教に聞いた所で絶対的な真実は得られないのだ。


 そして、あわよくば当事者が見つかればいい。

 なに、焦ることはないだろう。

 アールディア正教団お抱えの暗殺部隊も大したことはなかった。

 長命種族の虐殺というのも大したことはないのではないか。


 まあ数年後か十年後か、遅ければ百年後にでも全てが明らかになれば良い。

 今の私に失うものは何も無いのだからな。

  

 さて、そろそろお祈りタイムも終わりそうだ。

 最後の長い長い祈りの言葉を皆が捧げている間で、私は一眠りでもしようか。

 そう思った矢先、隣から肩を小突かれた。

 私の眠りを妨げるというのか、と一瞬眉を顰めてレヴィア嬢の方を見ようとした時、刺すような声が教会に響いた。


「そこの用心棒。私の話を聞いていましたか?」


「う、うむ。えっと……ボールマン大司教……?」


「……私の名はカールマンです。聖なる運命に愛されたアールディア正教団の大司教である私に無礼を働いた罰として、今日のお祈りは貴女が代表して読み上げなさい」


「え、無理です。覚えていないので」


「ならばここで覚えると良いでしょう。貴女が完璧に読み終えるまで他の皆さんは帰れませんよ」


「馬鹿な……」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 早朝のお祈りを終えたモンクシュッド男爵家。

 屋敷の食卓には朝ごはん──バターの乗ったトーストに薄切りのハム、色彩豊かな採れたて野菜のサラダ等々が並んでいた。

 香ばしいバターと紅茶の甘い香りが漂う中、食卓の雰囲気も教会で起きた用心棒の醜態のおかげで大変朗らかなものになっていた。


「うう……恥ずかしい……」


「フィーネ様、そう気を落とさないで下さいませ! わたしくも最初の頃は中々覚えられず苦労しましたのよ」


「うふふ、そうね。でも、一度も噛まなかったのはすごかったわよ、フィーネ。それに覚えてもあまり意味は無いものよ」


 療養と避難から帰ってきたレヴィア嬢とフェゴール夫人が辱めを受けた私を温かく励ました。

 彼女たちはなんて優しいのだろうか。

 風使いの魔物ハーピーから二人を助けた時は、まさか同じ食卓を囲みこうして慰められるとは予期すらしていなかった。


 まともに会話したのは今朝が初めてだったが、二人の親しみやすさも相まって、私はモンクシュッド家の養子になったような気分でいた。


 特にフェゴール夫人から感じる親しみやすさ、母性は尋常ならざるものがあった。

 美人であることは大前提として、目や顔の輪郭が若干丸みを帯びており、何をしている時でも常に微笑みを湛えた表情は見ているだけで心が安らかになるようだ。


 キャラメルのような色の長髪を胸辺りまで伸ばして、その傾斜の急な双丘に毛束を留まらせていた。

 何となく自然の始天使フロスウェル・デア・アモルに外見と雰囲気が似ているような気がする。

 だから尚更親近感が湧くのだろうな。


 しかし、母性のある者は皆、豊満な身体をしなければならないというルールがあるのだろうか。

 いや、豊満な身体だからこそ母性に覚醒めるのか?


 重量感がありつつも柔らかそうなそれを眺めているとモンクシュッド男爵が「待たせた」とやって来て食事が始まった。


 食器の触れ合う音が食卓に響き始める。


 もてなされておいて申し訳ないのだが、私は言葉を交わすよりも食事を楽しむ方を優先したいと思っている。

 普段物静かでお淑やかな私だが、更に声を出さずにひたすら料理に集中することに決めた。

 あと、喋らない理由についてはナイフやフォークがまだ上手く扱えないというのもある。


「それで、わたしたちを狙う者たちはフィーネが倒してくれたのですよね? もう危険はないのですか?」


「ああ、もう暫く危険は無いだろう。改めて感謝しなればな」


「すごいですわ! フィーネ様!」


 と賞賛を向けられたので私はトーストを口いっぱいに頬張りながら決めポーズ(左腕を台座のようにして右手を目元で広げる)を取った。


 正直、黒鴉に関しては造作も無かった。

 収穫もあった上にいつか体験しておかなければ、と思っていた斬撃を受けることが出来たしな。

 おそらく例のハーピーの方が強かったのではないか。

 天界にいた時は魔物も管理対象として見ていたので分かるのだが、アレは異分子(イレギュラー)に近い存在だったと思う。


 そもそも地上では(一部の方法を除いて)闇の眷属たる魔物だけが扱える「破壊の力」、所謂闇属性の力はかなり強大なのだ。

 そんな力を以て放たれた風の刃の威力は、現時点における私の【風刃(ウィンド・カッター)】を遥かに凌ぎ、あの時の私がそれを喰らっていれば切り傷では済まなかっただろう。


 だからこそ背中で受けたハゼランが体術面においてそれなりのマナの使い手であることの証左となるのだ。


 話が横道に逸れてしまったな。

 とにかく黒鴉は素早いだけのハーピー以下暗殺部隊だった。

 まあ私が相手だからな。

 弱体化しているとは言え、私は天使なのだ。


 そういえば、黒鴉に喉を斬られたことをモンクシュッド男爵に心配されたが、天使だから大丈夫と軽く説明しておいた。

 その際、生暖かい視線を向けられたのだが不器用な彼なりの尊敬の眼差しだったのだろう、と私は結論付けている。


「フィーネ、本当にありがとう。森の魔物のこともそうだけど、死んでしまったメラルドも喜んでいるはずだわ。それに、私たちの傷も癒してくれたのよね」


「ふご……!」


「改めて考えても、魔法というのは不思議な力だな。フェゴールを治療した魔法【光球(デア・シャイン)】は魔道具として広く流通しているが、治療効果は持っていなかったはずだ」


「そうですわ。『魔法とは心が重要なのだ』とフィーネ様は教会で仰っていましたが、心意気さえあれば回復も可能になる、ということなのでしょうか」


「んぐ……! そうだ! よく分かっているではないか!」


 私の鑑定眼(セイクリッド・アイ)からして、モンクシュッド一家はマナの豊かな血族ではないようだが、魔法に対する理解は百年後の世界においては過去最高だ。

 魔法を不思議な力だ、と判断できている時点で、魔法は押せば出てくる便利なものくらいに考えている連中とは大きな差がある。


 まあそれでも、点数を付ければ三点くらいだがな。


「あらあらフィーネ、喋る時はお口の中のものを飲み込んでからよ」


 フェゴールの母親然とした言葉にモグモグしながら頷く私。

 彼女の注意は心地が良いな。

 こうして子供扱いされるのは新鮮だが、悪いものではない。


 私は受け攻めで言えばおそらく"受け"なのだろうな。

 いつだったか、星々管理局の守護天使ヲタコにそんなことを言われたことがあった。

 「マギステ」では無く「ステマギ」だ、と悩み苦しんだ様子で言ってきた記憶がある(意味はよく分からなかった)。


 それらはさておき、私は再び食事に戻った。

 大皿に盛られたサラダにフォークを突き刺す。

 様々な野菜が一気に貫かれて、一口で多くの種類が食べられるお得な状態となっている。


「フィーネは命の恩人だから遠慮せず沢山食べてくれて良いんだけど……少しお行儀が悪いわね。戦いや魔法も良いけれど、その前に女の子なのよ」


「ん?」


「そうだな。戦闘にしても勢い任せで無茶な所が見られた。ここはモンクシュッド男爵家流レッスンを受けてもらう必要があるかもしれんな」


 そう言って二人は強く頷き合い、こちらを見た。

 すごく嫌な予感がする。


 こういう時は子供の意見が大事だと思い、夫妻の愛娘に助け舟を出してもらうとするが、少女の表情は曇っていた。

 フォークを持った小さな手が止まっていたので、まさか料理が口に合わなかったのか、と私は邪推する。


 その様子に同じく気が付いたフェゴールが声を掛けた。


「どうしたの、レヴィア?」


「い、いえ、なんでもありませんわ」


「遠慮することは無い。何でも言うと良い」


「そ、その……お母様と【ルモス村】へ行く前に、お父様は狩猟遊びを教えて下さると仰っていて、わたくし楽しみにしておりましたの。フィーネ様のレッスンが一段落ついた後でよろしいので……その……」


 遠慮がちに段々と尻すぼみになるレヴィアの言葉。

 その愛くるしい姿は餌を待つ雛鳥のようだった。

 これはモンクシュッド男爵の配慮が足りていなかったな。

 勿論それどころでは無かったのは分かるが、これこそ父親の宿命だろう。


「まあアナタ、まさか忘れていたわけではありませんよね?」


「いや、なに、そういうわけでは無い。よし、明日の午前に第二国【セイント・ロエル】方面に向かうとしよう。頼もしい用心棒もいることだし、皆で遊猟だ」


「よ、よろしいのですか?」


 心和やかな雰囲気だ。

 彼らのやり取りを微笑ましく眺めながら私は食事を続けた。

 やはり野菜が美味いな。


 ちなみに、食事を取ることに対する罪悪感が無いと言えば嘘になる。

 天界では下界の欲を知ることは「あんまりやらない方が良いリスト」に載っていた行為だからな。

 

 だが、そんな抑圧から解放された反動もあってか、私は何より食事が好きになっていた。


「──ではフィーネ嬢。今日は私の戦闘指南とフェゴールのマナー講座をみっちり受けてもらう。身体と頭を使い、しかと休憩を取った後、明日はお楽しみの遊猟だ」


 全てが丸く収まったという風に言うモンクシュッド男爵。


 マジですか。


 先の話が上手く流れたと思い込んでいた私はパンを喉に詰まらせた。


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