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第34話 百年後の世界は語る その3


 モンクシュッド男爵はかく語る。


 旧アーリア国跡地、別名アーリア地方。

 百年前以前、光に満ちていた時代の残滓が宿る特異な大地。

 その南東に位置する街【メリディ・リサ】は、かつて生命の輪廻を担っていた生の始天使リサウェル・デア・リヴが年に一度天界から舞い降りて人々と対話する場所だった。


 現在アールディア正教団の中央教会として利用されている場所、先程私たちが足を踏み入れた教会は元々「リサウェル大聖堂」と呼ばれており、「万歳! 新生命祝福式(ビバ! ニューライフ)」という新たに生まれ落ちた生命を始天使が直々に激励する催しが行われていた、という記録が残っているそうだ。


 それ故、当時は熱心な天使信者──プエル教会の者が多かった。


 教義「創造主たる女神を愛し、天使に倣い他者を助けよ」の下で「全てを愛する」、「争わない」の二つのみを戒律とし、祈りや奉納品の強制も無かったプエル教会。 


 その中でも【メリディ・リサ】の信徒たちは毎朝礼拝し、天使の行動指針を根本から理解していたという。

 それは生の始天使の指示ではなく、彼女の来訪が齎す安心感と庇護感、常日頃から見守ってくれていることに対する感謝から自然に生まれた行動だった。


 中には私欲──転生の点数稼ぎの為に行動する者もいたようだが、傍から見ればそれは善行に違いない訳で、そのおかげか街は大陸随一の清潔さを保っていたらしい。


 そして、先人たちの想いは百年後の「天使が叛逆者となった時代」でも生き続けている。

 この裏切り者(プエル)の主導者であるアシュマン・モンクシュッドの生き様がそれを証明する、と目の前の男は強く断言した。

 

「……では、モンクシュッド男爵は……羽根を持つ者たちはアールディア正教団に不信を抱いている、と」


「ああ、私の夢は天使の為に死ぬことだ。この命尽きるまでアールディア正教団から同胞を守り続け、あわよくば彼の体制を撲滅させたいと考えている。我々にとっては奴らこそが裏切り者だ」


 冷静な表情だが、その瞳には決意の炎が燃えていた。

 その炎に薪をくべるのは希望か、はたまた憎悪だろうか。

 その両手にはこれまで身に付けていなかった白い手袋があった。

 

 ──撲滅。

 その強い言葉はアールディア正教団の祈りの言葉を彷彿とさせた。


「……そうか」


 そして、今の私にそれ以上の言葉は出てこなかった。

 なぜなら過去に思いを馳せていたからだ。

 久方振りに耳に馴染む同胞の名前と彼女らしい手腕。


 常に涼し気な顔をしていながらも、大層な仕事場を有して「リサウェルの大審判場」と自身の名を冠したり、八人の守護天使を侍らせては玉座を模した席に座り女神デア様の真似事をしてみたり、と内にお茶目さを隠していた私の大切な家族。


 最後に会ったのは何百年前だろうか。

 リヴの天使らしくない皮肉が酷く懐かしかった。


 気分が晴れるかと思って机上の紅茶を飲んでみるが、冷め切っていて尚且つ味もしない。

 先程のカプレーゼの酸味も思い出せなくなっていた。

 そうして私が口を噤んでいると、モンクシュッド男爵が再び話し始めた。


「これを話す為にはフィーネ嬢がアールディア正教団の手先でない事を調査する必要があったのだ。刃を向けたのも調査の為だった。試すような真似をして本当にすまなかった」


 瞳の炎に落ち着きを見せてモンクシュッド男爵は頭を下げた。


 その姿を見てようやく我に返った私は、ふと教会に置いてきてしまった疑問を思い出して自身の襟首付近を掻いてみる。

 すると、何かが引っ掛かるような感触があり、それを剥がすと薄っぺらい紙のようなもの──例の紋章が出てきた。


 これでカールマン大司教の目を欺いたのだな。

 目には目を、と言うやつか。

  

「試した件は構わないが……これはいつ貼ったのだ?」


「所持品検査の際、首元に違和感を覚えなかったかね。貴君のことは、事前にマダムから手紙を通して聞いていたのだ」


 なるほど、あの時の"糸屑"か。

 やけに撫でられた感触は、偽造品(ダミー)を貼る時のものだったのだな。

 その警戒心の高さに「いつもこうしているのか」と聞いた際のルビネッタの意味深な返答にも合点が行くようだ。

 

 モンクシュッド男爵もそうだが、ルビネッタも平然とした顔でとんでもないことをしてくれる。


「だが、そこまでする必要があったのか? 素直に私に聞いてくれても良かっただろう」


 戦略や計画等が苦手な私からしてみれば、あまりにも回りくどいように思えた。

 

 仮にも私は【ルモス村】の救世主だとチヤホヤされた身なのだ。

 敵対組織を相手にするにしても疑い深いにも程がある。

 それに、敵対組織と言うのも、おそらく何百年も前から存在しているアールディア正教団だ。

 紋章の強制はいけ好かないが、仮にも女神デア様を信仰していた者たちで、現在も何かしらを"信じている"はず。


 信じるというのは人である証左でもあるのだ。

 モンクシュッド男爵の警戒の仕方は、まるで魔物を相手にしているかのようだった。


「馬車から降りた際、私に挨拶をしてきた婦人を覚えているかな。フィーネ嬢が魔道具売りと騒ぎを起こしている際にもいた、あの婦人だ」


 唐突に話題に上げられた婦人。

 不自然に思ったが、それよりも、やはり悪徳商人とのやり取りを見ていたのだな、とその疑り深さに改めて驚いた。


 だが、記憶にはあった。

 大海にも似た青いマナを有していた婦人のことだろう。 

 人の名前と顔を覚えるのは得意ではないが、一度見たマナは決して忘れない自信があった。


 少しだけ自慢げに私は二度も頷く。


「アレはおそらくアールディア正教団の手の者だ。私が屋敷を出入りすると必ず顔を見せて、それとなく目的地を聞いてくる。これまでは疑心程度だったが、フィーネ嬢にも近付いたのを見て確信に変わった」


「おい、ゾッとしたぞ」


「私が慎重になるのは己と同胞を守る為なのだ。奴らを甘く見てはならない。先程のリサウェル大聖堂でも、フィーネ嬢があのままカールマン大司教に連れ去られていたならば、慰み者にされるか、最悪嬲り殺しにされていただろう。あの反省部屋には私の妻も連れて行かれたことがある」


 渋い伊達男の口から出たとは思えない惨い言葉。

 その口調は私を脅すわけでもなく、助けた事に恩を着せようとするわけでもなく、ただ事実を並べただけという風だ(それでも最後の部分は声が震えていた)。

 だからこそ彼の冷酷な発言は妙な信憑性を帯びていた。


 しかし、納得が行かない部分もあった。

 今となっては演技だと知っているが、一度目の屋敷訪問で私に剣を向けた時、彼自身が言っていた言葉が引っ掛かっていた。

 

「しかし、世界を滅ぼしかけたのは天使で、それを救ったのは奴らの主である教皇なのだろう? アールディア正教団は悪なのだろうか?」


 私はそう言い終わってからすぐに後悔した。

 対面に座る渋い男が憎鬼に変わっていたからである。


 地雷──マナによって描かれた魔法陣を踏んだり触れたりすることで発動する設置型の魔法。

 私はそれを思い出していた。

 そして、先程の発言はおそらくモンクシュッド男爵の内に潜んでいた地雷を踏んでしまったのだ。

 

 だが、あの質問が出てくるのは必然だった。

 会話の流れ的にもそうだし、私が最も気になっていたことでもあったからだ。


 ここは怯まずに追及する他ない。

 真実を知るチャンスだ。


「そうだな……フィーネ嬢は【ルモス村】で目覚める前は結晶の中にいたと聞く。そして、マダムは『まるで大昔から来たようだ』と言っていた。それは本当かね?」


「うむ……今から百年前、突然白い光に視界を奪われ、気付けば傷を負っていたのだ。命の危機を感じた私は咄嗟に【回復晶(ヒール・クリスタ)】を使って身を守った、のだと思う」


「渦中の記憶は無い、と?」


「うむ」


 私は小さく頷いた。

 だからこそ私は何も知らないし、下界で彷徨っているのだ。


 目が覚めると、故郷は無く、家族の気配も無く、魔法も使えないという生き地獄だった。


 今もこうして話を聞いているだけで良いのか、悩んでいる。

 決して実行には移さないが、世界の為には止む得ないことだと免罪符を作り、そこらの生命からマナを吸収して力を取り戻し、世界を脅迫することも可能だった。


 私がすべき事を、このモンクシュッド男爵が教えてくれれば簡単なのだが。


「しかし、フィーネ嬢。天界や天使についての記憶はあるのだな?」


「ああ……と言うより、その記憶しかない」


「……その話は後で存分に聞かせてもらうとして……ならばフィーネ嬢、天界と地上の二国を滅ぼしたのが『死の始天使』だと言ったらどう考えるかね?」


 モンクシュッド男爵のハッキリとした言葉に、私は思わず立ち上がった。

 拳を強く握り締め、口元を震わせる。

 彼の話した内容は私にとっての地雷だった。

 小洒落た屋敷の食卓に二匹目の憎鬼が誕生した瞬間である。


「馬鹿なことを言うなッ! ニルは断じてそのような愚行に走る天使ではない!」


 私は声を荒げる。

 モンクシュッド男爵の発言を否定したいのもあったが何より、家族を侮蔑されたように思えて怒りを感じていた。


 仮に天使が世界を裏切ったとして、その末路、断頭台に立つのに最も相応しくないのは死の始天使モルスウェル・デア・ニルに違いない。

 恐らく「慈愛に満ちた子」を意味する名前を与えられたアモルよりも有り得ないだろう。


 アモルは勿論、ニル以外の始天使は世界の為ならば平気で権能を振りかざすし、晩年は減っていたものの私情の為にも権能を使っていたと思われる。


 だが、おおよそ三百年前、女神デア様を探しに「リサウェルの大審判場」に赴いた際、ニルは異分子(イレギュラー)排除の為ですら力を使うことを躊躇っていたのだ。

 

 確かにニルは口も態度も悪いし、権能を発動さえすれば私たちを殺すことができるだろう。

 だからこそ、彼女は力の暴走と制御に勤しんでいた。

 死の管理局が保有する軍隊「光の軍勢」は天界の防衛システムであると同時に、ニルの修練相手であり、仮にニルが暴走した際にはその命を終わらせる為の抑制装置でもあったはずだ。


 それを彼女は初回の「始天使会議」で進言していた。

 世界を崩壊しかねない権能に対する自覚と責任は他の始天使の誰よりも強く、誰よりも早く持っていたのだ。

  

 とにかく、ニルだけは絶対に有り得ない。


 ここまで語ったことは推察の域を出ないだろう。

 だが、誰に何と言われようとも、私は彼女と肩を並べた一万年間を信じる。


「……ああ、私もそう思っているのだ」


 そこで、モンクシュッド男爵は表情を緩めた。

 機嫌を損ねてしまったかに思えた地雷は、逆に親睦を深める起爆装置となったかもしれなかった。


「我々の知る伝承では、死の始天使モルスウェル・デア・ニルは誇り高き人物だったとされている」


「ああ、口は悪かったがな」


「ほう……流石によく知っているな……確かに時折下界に降りてくる彼女の立ち居振る舞いは暴君そのものだったそうだ。しかし、理不尽な実力行使は一切記録されていない。その役割上、恨みを買われ刃を向けられることもあったが、毅然とした態度で『これがオレの仕事だ』と言うだけで報復に及ぶことは無かった……」


「ああ、そうかもしれないな。ならば、何故犯人扱いされているのだ?」


「それは、この情報を知るのはほんの一握りの人間だからだ。今から千年前、フォルトという男がいた。世界征服を目前に迫り、天界にも届き得る力を有したという史上最凶の魔王を、たった二名の仲間と共に打ち倒した『最強の勇者』だ」


 ──最強の勇者フォルト。

 やけに懐かしい名前だった。

 あれは忘れもしない、天地創造以来から引き籠もっていた私が久し振りに引き受けた下界での仕事。


 初めて会った時は何の変哲も無い、腑抜けた面をした男だな、と思ったものだが、吹っ切れてからは凄まじかった。

 持て余していたマナを存分に活かして、聖女と共に作り上げた聖剣を振りかざす姿はまさに勇者だった。


 決戦以前は「最弱勇者」とも揶揄われていたらしいが、現在はこうして正当な評価で語り継がれているのを聞くと、何だか私も嬉しくなってくる。

 

 今、彼らが仲間になってくれたらどんなに良いだろうか。


「それで勇者がどうしたのだ?」


「戦後、彼は剣を置いて、故郷で余生を過ごしたらしい。ただ唯一日課のようにしていたのが天使の賞賛だ。何でも、助けてくれたカッコいい救世主へのせめてものお礼だ、と言っていたようだ。そして、彼が語り継いだ言葉は伝承となり、今の我々が知る唯一の情報となっている」


 その話は正直知っていた。

 死の運命に抗った勇者フォルトの末路が気になった私は、暫く天界から覗き見ていたからだ。


 そして、カッコいい救世主の正体も知っている。

 まさか彼の行動が回りに回って、天界崩壊後の私を間接的に救うような形でやってくるとはな。


「彼の伝承のみが天使の正しい情報なのか?」


「そうだ。彼の故郷があったアーリア地方に残る『勇者フォルトの伝承』以外の天使にまつわる歴史書はアールディア正教団の手によって殆どが焼かれている。『悪魔の書』だと言われてな」


 何と言うことだ。

 それでは私が「偉大なる魔術師マギーネ」として生涯をかけて執筆してきた魔術書も消えてしまったというのか。


 まるで我が子を失った母のような気分だ。

 子など持ったこともないが、想像するにそれ程の悲しみだった。


「アールディア正教団……中々にして悪い奴に思えてきたぞ」


「それだけではない。百年前以前も生きていた者たち、所謂長命種族は殺戮対象になっている」


「何だと!? ま、まさかエルフ族も?」


 長命種族と聞いてすぐに思い浮かんだエルフ族。

 エルフ族には私の唯一の友人がいる。

 中々会えない日々が続いていたが、それでも彼女の人々を救う活動はちらほら天界から見ていた。


 下界にいる今、最優先で探したい人物の一人だ。


「皆とは言わないが沢山殺された。自然の始天使と深い交流のあったエルフ族は特に気に入らないらしいのでな。中には反抗している生き残りもいると聞くが、時間の問題だろう」


「何故だ……何故そこまで……」


 礼拝と紋章携帯の強制化。

 魔法の禁止。

 天使にまつわる歴史書の焼却。

 長命種族の殺戮。


 この百年で世界はどれほど変わってしまったと言うのだ。


「フィーネ嬢、私は天界と地上の二国を崩壊させたのはアールディア正教団だと思っている。彼らの圧政はそれを隠すためではないか、とね」


「……ッ!」


「だが、これはあくまで私の主観に過ぎない。私が言うのも何だが、百年後の世界を知らないフィーネ嬢をこちら側に引き込む嘘、という線もある」


「……有り得なくはない。私はアールディア正教団の蛮行の全てを目の当たりにしたわけではないからな」


 百年後の下界で様々な事を見て聞いてきた。

 その中でも確実なものと、まだ曖昧なものがある。


 まず、私の鑑定眼(セイクリッド・アイ)によるマナ反応からして天界崩壊と私以外の天使絶滅はほぼ確実だ。

 女神デア様のマナも感じられないが、創造主たる彼女が死に至るのかは不明である為、現状は行方不明ということにする。


 また、私たちにまつわる話題が、少なくともこの街では禁忌とされているのも、アールディア正教団の祈りから察するに本当だろう。

 魔法が失われている、という話も魔道具の件で大体裏付けされた。

 

 次に、まだこの目で確かめられていない曖昧なもの。

 やはり誰がやったのか、だろう。

 これを明らかにするのは変わらず最優先事項だ。

 現時点で最も怪しいのはアールディア正教団に違いない。

 天使信仰の多かったアーリア国と無宗教派が集まって作られたウォーセン国が滅ぼされ、熱心な女神信仰のアールディア正教団が綺麗に生き残っているというのもきな臭い。


 もし彼らが天界を滅ぼしたのならば私が滅ぼし返そう。

 慈悲など与えず、絶対に許さない。

 こうやって想像しただけで気が狂いそうだ。


 ──だが、事が起きたのは百年も前の出来事だ。

 モンクシュッド男爵でさえ「主観」だと言っていたし、そもそもヒューマンにそれ程の力があるのか甚だ疑問である。

 

 やはり、今調べるべきはアールディア正教団か。

 彼らの蛮行、長命種族の殺戮や歴史の隠蔽は未だにモンクシュッド男爵に聞いただけの話だ。

 私自身が確認しなければ事実とは言えないだろう。


 先日、マダム・ラベンダーが「その目で、その頭で、何が本当に正しいのか、何を成すべきなのか、ちゃんと見極めるんだよ」と私に助言してきたが、まさにそうせざるを得ない状況がやって来たな。


 この私が世界について頭を悩ませる日が来るとは。

 本当の意味での世界の管理者になる必要があるのかもしれない。

 

「そこで話を変えよう。フィーネ嬢をここへ連れてきた目的についてだ」


「……用心棒か?」


「そうだ。おそらく今夜、私はアールディア正教団に暗殺される。どうか助けてくれ」


 モンクシュッド男爵は食卓に手をついて深々と頭を下げた。

 見れば、その指先は小刻みに震えていた。


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