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第33話 百年後の世界は語る その2


「──確かに聖印(シール)は確認出来ましたが……一体どういうことですか、モンクシュッド男爵。最近拾った? 記憶喪失? アールディア正教団として、説明を求めます」


 忌々しそうに顔を歪めるカールマン大司教は、私から一歩離れてモンクシュッド男爵のいる会衆席に詰め寄った。

 聖職者に睨み付けられ、周囲の視線を一身に浴びるモンクシュッド男爵だが、その表情は至って冷静だ。

 私が垣間見た不敵な笑みはすっかり消え失せている。


 それからモンクシュッド男爵は中央通路──脚光を浴びる舞台へと凛として歩き出した。

 静まり返った教会に確かな足音を立て、やがてカールマン大司教の前に立った彼は、勿体付けるようにゆっくりと息を吸ってから話し始めた。


「カールマン大司教。説明と言うが、先ほど話した通りだ。彼女は我が領地【ルモス村】で魔物を討伐してくれた。その腕を見込んで用心棒として迎え入れただけのこと」


「そんな報告は受けていませんが……? もっと言えば、【ルモス村】で魔物を討伐した者は怪我をして眠っていると聞いています」


「いやなに、隠すつもりはなかったのだ。ただ、我らが主に選ばれた諸君らは大層忙しいだろう、と思ったのでね」


「モンクシュッド男爵……! 何かあれば我々に報告するように、といつも言っていますよね?」


「そうは言うが、領地内の出来事は領主たる私の仕事だ。カールマン大司教は大司教らしく、女神様無き祈りを捧げ続けてくれれば良い」


 視線は真っ直ぐに口元だけで笑みを作るモンクシュッド男爵。

 彼の言葉はカールマン大司教の急所を抉ったらしく、中性的な顔は深いシワを刻み、僅かに歯軋りする音が聞こえてきた。

 

 一方で、蚊帳の外に置かれた私はモンクシュッド男爵の発言の真意を汲み取る前に、首元にあるらしい紋章がいつ刻まれたのか、という疑問に取り残されていた。

 だが、この険悪な雰囲気の中でしゃしゃり出てる胆力は私には無い。


 長い沈黙の末に、踵を返したモンクシュッド男爵が「我が用心棒よ、行くぞ」と声を掛けてくる。

 しかし、無理だろう。

 人格者然としているが、彼は私に剣を向けてきたのだ。

 カールマン大司教の手から救ってくれたとは言え、すぐに受け入れられる程に私は浅はかではない。


「モンクシュッド男爵、まだ話は終わっていませんよ。聖印についての説明がまだです。教団は『右腕且つ直ちに視認可能な場所』への刻印を義務付けています……! 直ちに彼女を我々に引き渡し、再度儀式を受けて頂かなければ……!」


 声を震わせながら己の右手を指差すカールマン大司教。

 言葉を終えても尚、歯を食い縛っているのは溢れ出ようとする怒りを抑えつける為だろうか。

 依然として平静を保っているモンクシュッド男爵の前では終始圧倒されているように見受けられる。


 だが、カールマン大司教の問いは恐らく真っ当なものであり、更には私の疑問にも近しいものだった。

 私は思わず、モンクシュッド男爵の出方を伺ってしまう。


「聖印に関しては私も、彼女さえも分からないだろう。だが推察するに彼女はグリム……おっと、失礼。例の人外集団の実験体だったのではないだろうか」


「実験体? 何を根拠に言っているのです」


 実験体?


 私もカールマン大司教と同じ疑問を抱く。

 「例の人外集団」というのも気になるな。

 だが、やはり私が口を出して良い雰囲気ではない気がするので口を噤む。


 空気を読む、というのも下界においては重要なことだろう。


「先日、奴らの副将が【アンハンゲル】の『生の幹部』殿に捕らえられたのだろう? 私はその逃走ついでに見捨てられたのではないか、と考えている。おおよそ聖印の剥奪、若しくは移植の実験に使われていたのだろう。奴らは聖印を持たぬ、と聞くからな」


 【アンハンゲル】の『生の幹部』?


 そういえば……【アンハンゲル】についてはモンクシュッド男爵が屋敷で言及していたな。

 歴史の生き証人と言っていたはずだ。

 カッコいい言い回しだったので記憶に残っている。

 この話では私を実験したことになっている集団を捕らえた者となれば、私の味方になるのだろうか。


 だが、やはり私が口を出して良い雰囲気ではないので(以下略)。


「ならば一層の事我々に引き渡すべきではないですか! 貴方はいつも勝手に判断し行動し過ぎている! 少しは自重して頂きたい!」


「やれやれ……彼女のことを私が調査していないとでも言うのかね、カールマン大司教。繰り返すことになるが、彼女は記憶を消されている。祈りの言葉を知らぬ程にな。そして、もし未だに叛逆心を持っていたとして、多少なりとも武に心得のある私の管理下にある方が都合が良い。違うかね?」


「で、ですが──」


「カールマン大司教、お忘れですかな。私に前国王の血が流れていることを。モンクシュッド家たる者、降爵され、都から追放されても尚、高貴なる魂を捨てた覚えはない。謀略などもってのほかだ──この件に関しては後日報告書を提出することを約束しよう。それで良いな?」


 これまで平静を保っていたモンクシュッド男爵が、その体裁を崩して一気にカールマン大司教との距離を詰める。

 その気迫と言えば、すっかり傍観者となっていた私ですら萎縮してしまう程だった。

 

 それを真正面から喰らったカールマン大司教は萎縮を通り越して、後退りから危うく尻餅をつきそうになっている。

 これは戦う相手が悪すぎたな。

 先程のやり取りからしてアールディア正教団側は常日頃からこうして言いくるめられているのだろう。


 少し憐れにも思えてくる。

 モンクシュッド男爵もそう思ったのか、「失礼」と詫びながら踵を返して退いていた。


 カールマン大司教に背中を見せた際、彼は黒のジャケットの内ポケットから白のハンカチを取り出した。

 汗一つ流していないのに何故、と思ったのも束の間、わざとらしく広げたジャケットの裏に羽根のアクセサリーが吊るされていたのが見えた。


 その造形は【ルモス村】の狩人(ハンター)ハゼランが「仲間の証」と呼んでいた物に酷似していた。

 僅かに声を漏らした私にモンクシュッド男爵が一瞥くれて「詳しい話は後でする」と小声で一言。

  

 そこで私はようやく謀られたのだと、気が付いた。

 その全貌は理解しきれていないが、その柔らかな表情から察するに彼が敵ではないことは明らかだ。


 私は頷き、出口に向かうモンクシュッド男爵を追った。


「そうだ、カールマン大司教。近頃、私の街で私の許可無く商いをする道具屋が現れているようだ。何でも『アールディア正教団お墨付き』を騙っているらしい。これはそちらの問題になるのかな。大変忙しいとは思うが、公平な判断を以て処理し、私に報告してくれたまえ」


 会衆席のどこかで上がる小さな悲鳴を最後に聞いて、私たちは教会を後にした。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 昼下がりのモンクシュッド男爵家の屋敷。

 相変わらず小洒落た内装の内、最も優雅な装飾が散りばめられた食堂に私たちはいた。

 

 不必要なまでに長く、白く滑らかなテーブルクロスの敷かれた食卓には香り高い紅茶が湯気を立てている。

 「ルビィ特製、我が家自慢の紅茶だ」と勧められたが、普通この状況で飲む気など湧いてくるはずがなかった。

 まあ、実際飲んでみたら美味しかったのだが。


 現在、昼食が運ばれてくるのを待っている最中だ。

 モンクシュッド男爵と私は無言を貫いていた。

 暗黙の了解とでも言うべきか、ルビネッタが運んでくる料理が食卓に並び始めるのを、まるで開戦の合図のように考えているのだ。


 とは言え、手持ち無沙汰な私は壁面の絵画群を見て「よく分からんが上手だな」と思ったり、食卓上の燭台や食器類等を見て「よく分からんが高そうだな」と思ったりして、気まずい時間を過ごした。


 一度だけ対面をチラリと伺ってみたのだが、上品に紅茶を啜る渋い男の姿から格の違いを思い知らされたので、この沈黙においては二度と伺わないことを誓った。


「お待たせしました。前菜のカプレーゼでございます。こちらのトマトは領地内で採れたものを使用しております。『ドラゴントマト』と称される程に大きく熟れた果肉をどうぞご堪能下さい」


 目の前に出されたのは輪切りにされたトマトとチーズを綺麗な円形になるよう皿いっぱい並べた料理。

 他にも青々しいバジルが添えられており、円の中央には薔薇の形をしたハムが君臨していた。


 その中でも特筆すべきはやはり「ドラゴントマト」だろう。

 従来のものより確かに大きいが、それよりも発光していると錯覚する程の色鮮やかさが食欲を唆ってくる。

 これは生きている。

 料理が生きているのだ。


 続けて私の琴線に触れたのは果肉の形。

 よく見てみればトマトの果肉が二箇所盛り上がっており、それが名を冠するドラゴンの角のように見えるのだ。

 これはまさか竜を喰らう者(ドラゴン・スレイヤー)を想像させているのか。


 あまりの完成度に私は打ち震えた。

 おずおずとモンクシュッド男爵の方を見ると、早く食べ給えと言わんばかりに頷いている。


 ハム、チーズ、バジル、そしてドラゴントマト。

 それら全てをフォークで刺し通し、一気に頬張る。


 ──それは"光"だった。


 先程までは、この渋い男をどう問い詰めてやろうか、と意気込んでいたが、もはやそんな事はどうでも良かった。

 私の脳内を占める言葉はただ一つ。

 美味い。

 ただ、それだけだった。

 

「気に入ってもらえたか。いや、違うな。スライスすることで竜の頭を象る果実……フィーネ嬢が気に入るだろう、と思い私からコックに頼んだのだ」


 そう言ってほくそ笑むモンクシュッド男爵。

 驚愕しつつも手を動かすことを止められない私は、寸刻も経たない内にドラゴントマトのカプレーゼを平らげていた。


「……私は貴様が怖い」


 口に残るチーズとバジルの風味を噛み締めながら呟く。

 天界にいる時、まだ食欲を知らなかった頃にこの男と出会わなくて良かった、と心から思う。

 でなければ、完全に懐柔されていたかもしれなかった。


 それからというもの、聞かなければならないことをすっかりと忘れた私は次々に運ばれてくる料理に夢中になった。


 ドラゴントマトは私に衝撃を与える為の出オチ用に考えられたものではないか、と邪推する私も当初は存在していたが、次のスープ「白鬼かぼちゃのポタージュ」を飲んだ瞬間に私の脳みそは快楽物質を出し続けるだけの装置と化していた。


 全ての料理をものの数十秒で片付ける食欲の化け物を降臨させてしまったモンクシュッド男爵家。

 しかし、それも計算の内なのか、素晴らしき料理たちは殆ど待ち時間無く私の元に運ばれて来た。

 これは給仕係であるルビネッタを褒めるべきだろう。


 勿論、賞賛されるべきなのはコックもだ。

 メインディッシュの「ユニコーンラビットのソテー」はまさに凶器であり、気付くと私は目尻に大量の汗をかいていた。

 美味いというか怖い。

 欲に溺れた私はもはや天使ではないのかもしれなかった。


 そんな至福の時間はあっという間に終わりを告げる。

 遂に食べ終わってしまったデザート「星屑のプリン」の空虚な皿を眺めながらため息を吐いた。


 名残惜しいがしかし、満足感でいっぱいだ。


 ルビネッタが最後の皿を下げて、暫しの間延びした時を過ごした後に私は正面に向き直った。


「素晴らしい料理だった。心からの感謝を伝えたい」


 そう言うと、手元のナプキンで口元を拭いていたモンクシュッド男爵は頷き──


「それは良かった。だが、元々食材には自信があったのだ。なぜなら生の始天使リサウェル・デア・リヴが遺した『マル秘・交配指南書』に則って品種改良を重ねたものだからな」

 

 と話し、目を丸くする私を顧慮せずに更に言葉を続けた。


「フィーネ嬢。貴君に全てを話そう」


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