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第31話 忌むべき魔具との邂逅


 声の出処は一台の馬車からだった。


 通りの横に停車された幅の広い屋根付き馬車。

 汚れ一つない幌は新品同様の輝きを放っており、ニスが塗られた光沢感のある荷台には、奇抜な色の液体が入った小瓶や小洒落たアクセサリーなどが所狭しと並んでいる。

 その中央で作為的に空けられたスペースには、水色の宝石が嵌められた金の腕輪が鎮座していた。


 その金の腕輪を指して、馬車の持ち主らしき男が軽快な声を出す。

 

「こちらは中級水魔法【清化(ポルゴ)】の力を秘めた腕輪型の魔道具! 皆さんご存知の通り、ほんの少しのマナを込めるだけで、あの魔法が使える優れ物。そして、今回の魔道具はなんと、どんなに汚れた水でも手を翳すだけで清潔な飲み水に変えられちゃう! さあ買った買った!」


 阿呆しか被らないであろう丸い帽子を毒蛙のような頭部に乗せて、その身体に蓄えた贅肉を震わせながら喋り歩く男。

 おそらく行商人というやつだろう。

 濁り切ったドブのような声質の割に安定した息遣いから生まれる威勢の良い響きのおかげで、続々と見物人が集まって来ていた。


 私も野次馬に成り下がって闇雲に近付いてみると、馬車の幌には「天上からの恵みをあなたに ポリパレ・プリーの道具屋」と書かれた看板幕があるのが分かった。

 屁みたいな名前である。


 往来の中では満場と言っても良い程の人だかりを前に、嘘のように白い歯を見せながら身体全体に熱を帯びさせる行商人。


「皆さんの生活に水は欠かせないものですよね! ですが、安全な水を確保するのは中々に難しい。【出水(デア・ウォータ)】の魔道具は高価ですし、井戸水は手間がかかる。そんな時に大活躍するのが、こちら【清化】というわけだ!」

 

 中級水魔法【清化】。

 地上に存在する水、魔法によって作られた水、ありとあらゆる水分に含まれる穢れを清めることの出来る補助魔法だ。

 行商人は言及していなかったが、汚水から清水へと変化させる浄化過程を応用して、血液や油などの外面的な汚れも取り払うことが可能である。


 補足だが、光属性にも似たような効果(こちらは主に内面的な汚れに有効)を持つ【浄化(フェルシオ)】が存在しているが、こちらは完全に天賦が影響してくるのに対して、【清化】は水と水魔法に対する理解があれば属性適性があまり無くても習得出来る(とは言え、二、三十年はかかるだろう)。


 ともかく、この魔法は魔法の始天使による、魔導を進む者たちの為に開発された魔法なのである。

 あのような塵芥程のマナしか持たない者が気軽に口に出して良い魔法ではない。


 しかも、それを道具によって発動出来るだと?

 

 私が常々思っていることだが、魔法は決して便利な道具などではない。

 人々のああしたい、こうしたい、という心の衝動がマナに秘めたる無限の可能性を引き出す、言わば奇跡のようなものだ。


 何の思考も無く、何の心の動きも無しに使えるようになってしまえば魔法は普遍化し、躊躇が無くなり、その暁には世界は破滅の道を歩むだろう。


 それに、もっと具体的な事を言えば、「全員が魔法を習得している冒険者パーティ」などという掟破りが誕生してしまうぞ。

 魔法が使える剣士に、魔法が使える戦士と魔法が使える盗賊、魔法が使える僧侶。

 では、魔法が使える魔法使いはどうすればいいのだ。

 

 正直怒っていた私はこれを発散すべく、群衆に割り込んだ。


「おい、本当にコイツで【清化】が発動するのか?」

 

「──おっと、これはこれはべっぴんなお嬢さんだ。でも、人が話している途中に横槍を入れたらいけないってお母さんに教わらなかったのかな? でも、ここはアールディア正教団お墨付きの道具屋としての寛大な心の見せ所ですよね、皆さん! ちょっとばかり世間知らずなお嬢さんの為に、この魔道具の素晴らしさをお見せしましょう!」


 そう言ってから、わざわざ私に近付き、煽るようにして汚らしい笑顔を見せつけてくる。

 それでも表情を変えない私に行商人は「怖がらせちゃったかな」と小突くと金の腕輪の元へ向かった。


 そうして、もったいぶった身振り手振りをして金の腕輪を身に着けると、すぐ近くの小瓶が並べられた棚の後ろから、あらかじめ用意してあったらしい泥水入りのコップも一緒に持ってくる。

 

 ここからの展開は詳細に書き記さずとも分かるだろう。

 商人は泥水入りのコップに手を翳し、「せーの、ほい」などという陳腐な掛け声を出してから泥水を【清化】させた。

 その直後に見せた、ニヤニヤした顔は大変醜いものだった。

 顔というか「してやったり」という魂胆が醜い。

 

 先の一件で反論する気力も余裕も無く、ただ眉を顰めるだけの私に反して、周囲の野次馬たちは感嘆の声を上げていた。

 まあ、凄いことが起こっているのは事実なのだ。

 なぜならその魔法を世界に適応させたのは私なのだから。


 しかし、本当に誰でも簡単に魔法を発動出来る道具──魔道具なるものが発明されてしまったのだな。

 この時代の人々が魔法を使っていなかったのも納得だ。

 ショックというか、何というか、今の私のマナ量では【清化】を発動出来ないのも相まって、酷く悔しかった。


「さあ! 世間知らずのお嬢さんも黙り込んじゃった所で! 競売の方に移りましょうか! 皆さん、準備はいいですか? では一万ルピからです」


 と人差し指を天に突き立てた行商人。

 それを合図に集まっていた者は【清化】の魔道具を手に入れようと、最低金額一万ルピを上回る金額を次々に提示していく。

 その盛り上がり方は一種の祭りのようだった。


 一方で、完全に置いてけぼりにされた私は、その形式で売るのか、と目を丸くすることしか出来なかった。


 傍観者と化していたのは私だけではないらしく、競売が始まると群衆から一歩引く者や俯き加減に帰っていく者もいた。

 手持ちの金が乏しい者たちなのだろう。

 丁度真横にいた細身の青年もその内の一人らしかったので、謎の仲間意識から声を掛けることにした。


「貴様は買わないのか?」


「え? あ、ああ……さすがに一万ルピスタートはなあ。アレに付き合ってちゃ、明日食う飯が無くなっちまうよ」


 苦笑を浮かべた青年は小さく肩を竦めてみせる。

 人々の熱狂を遠巻きに眺める姿は、残念がると言うよりは最初から諦めていたように思えた。


 発言からして裕福ではないことが予想されるが、身なりにみすぼらしさ等は見受けられない。

 武器は携えておらず、礼儀知らずな私を咎める様子もない。

 マナ量もヒューマンレベルで見て平均くらいだ。

 刺激を求めにやってきたごく一般的な青年なのだろう、と勝手に結論付ける。


「一つ聞いてもいいか?」


「ああ、構わないよ」


「シチューは何ルピかかるのだ? おおよそ百万ルピくらいか?」


 かなり的を得ているだろう、と内心自信満々だった私の発言に、青年は一瞬キョトンとしてから唐突に笑い出した。

 その様子が【ルモス村】で自己紹介をした時と全く同じであることを思い出すのに、あまり時間は掛からなかった。


「そんなにかからないよ。安くて五百ルピとかじゃないかな」


「ば、馬鹿な!? あんなのがシチューの、ええと……二十倍以上の価値があるというのか!?」


「まあ魔道具は貴重だからね。数にも限りがあるって聞くし。もしかして君は本当にどこかのお嬢様──ってどこに行くんだい!」


「あの悪徳商人に話をつけてくるのだ!」


 引き留めようとする心優しき青年の声を背中で聞きながら、私は再び群衆に勇んで割って入った。

 段々吊り上がっていく数字が頭上を飛び交っている。

 「十万ルピ」という声が聞こえた所で危うく転びそうになり、足に力を入れて踏ん張らなければならなかった。


 【清化】にシチュー以上の価値が有るわけないだろう。

 一口食べた瞬間に女神デア様の御威光を垣間見る程に濃厚なミルクの味わいに加えて、多様な野菜がそれぞれの個性を活かしながら舌の上でハーモニーを奏で、更には肉類を加えれば栄養面でも下界最強を誇るという人類史上最高の発明なのだぞ。

 

 また、一度だけマダム・ラベンダーに作り方を教えてもらったが、食材の切り方で断念する程に高難易度のものだった。

 

 それに比べれば【清化】など呼吸するより簡単だ。

 確かに階級で言えば、初級、中級、上級の内の真ん中に位置しているが、それはあくまで「感覚だけに非ず知識を要する」という線引きの下で認定したものだ。


 どちらかと言えば日常魔法に近く、【出水】さえ習得してしまえば、こちらも難なく習得可能なレベルだ(とは言え、一夜漬けのような短絡的なやり方なので至高の魔術師を目指すのならば段階的に覚えて行くのが好ましい)。


「おい、貴様! いささか悪行が過ぎるのでは無いか!」


 覇気を纏った宣告(結構な大声)に一気に周囲が静まり返る。

 欲望に塗れて緩んだ顔をしていた行商人も目を丸くしているのが分かった。


「何かと思えば、またお嬢さんか。凝りもせず邪魔をして……ここは世間知らずの君が来る場所じゃないよ。それとも競売に参加したいのかい?」


「戯言を。陰謀に呪縛されし民たちよ、いいかよく聞け。こんな馬鹿げた道具には一ルピも出す必要は無い! 飲み水が欲しいのだろう? ならば──『生命を潤す水源となれ──【水道魔法(ウォータ・クラシオ)】』──これで良い!」


 地面に触れながら周囲に漂う微量なマナで線を作り出す。

 水属性特有の青い光を放つ線は縦・横・斜めに広がり、交差し、幾何学模様を描いて、空気中のマナを半自動的に水へと変換する魔法陣を完成させた。

 そこにほんの僅かなマナを注ぐと──水が噴き出した。


 行商人が魔道具を使った時よりも遥かに大きな歓声(だったと思う)が沸き起こる。


 私は予想が当たったことに安堵した。

 やはり、この時代、若しくはこの街では「日常魔法」の一つである【水道魔法】が浸透していなかったらしいな。

 先程の行商人が井戸から飲水を汲んでいることを示唆する話をしていたことから、何となく予想がついたのだ。


 それに市民が【清水】を有り難がっているのも妙だった。

 アレは暮らしの中の生活用水を作り出すというよりは、旅人や騎士団等の比較的遠出する人間が非常時に飲水を確保する為によく使われる魔法なのだ。


 魔道具だか何だか知らないが、かつては一家に一魔法陣あった【水道魔法】以下の水生成力にシチュー以上の金を出す必要など断じて無い。

 分かったか、悪徳商人、と横に目をやれば蛙顔を酷く歪ませて「発現者め」と舌打ちする姿が見えた。

 

「でもあたし、アナタみたいに魔法は使えないわよ?」


 そう言ったのは群衆の中にいた婦人だった。

 よく見てみれば、屋敷の前でモンクシュッド男爵に挨拶していた、あの婦人である。

 

 私は彼女をまじまじと見つめた。

 視界の端で蛙顔がそうだそうだ、と言わんばかりに頷いているのが薄々感じられたが、無視をする。

 ほんの少しだけ意識を集中させて、彼女の中に眠る"可能性"を見た。


 ──幸運なことに、婦人のマナは実に好都合な色をしていた。


「可能性を狭めるような発言はなるべく控えているのだが、今回は見逃して欲しい……婦人、貴女のマナは大海にも負けぬ程の青さを持っているようだ。この【水道魔法】程度であれば数十分も経たずに習得出来るぞ」


「……それ、本当?」


「ああ、本当だ。なぜなら私は魔法の──っと魔法の専門家だからな」


 婦人の綻んだ顔が嬉しくなった私は自身の発言を裏付ける為に、五本の指にそれぞれ違う魔法を発動させた。

 玩具のような大きさだが、火、水玉、竜巻、岩、稲妻が確かに顕現している。

 本来は基礎魔法でも三回発動すれば枯渇する所有マナ量だが、実用性を無視して出力を最大限抑えれば五つは同時発動可能だ。


 私の記憶が正しければ、属性適性は三つ以上からかなりの羨望を集められたはず。

 それを安定して五つも発動すれば、力の証明となるだろう。

 その証拠に群衆の視線は熱を帯びたものに変化していた。


「すげえ……な、なあ! 俺はどうかな?」


「む、先程の心優しき青年か。貴様は──風だな。しかし、風は他属性と親和性が高い。【水道魔法】だけに留まらず、「日常魔法」ならば二日もあれば大方習得出来るだろうな」


「じゃあ私は私は!」


「おお、巨にゅ……コホン、うら若き乙女は──火と雷、典型的な攻撃型だ。水属性の道は中々困難を極めるだろうが、「日常魔法」程度ならば造作も無いだろう。それに火と雷はかなり強力であり、面白い。これからの歩みを豊かなものにしてくれるはずだぞ」


「おいおい、マジっぽいじゃん」


「そこのマジっぽい少年。貴様は特出した適性は無い──いや、そう落ち込むことはない。言い換えれば、好きな魔法を修めることが出来るのということだ。万能が得意を飲み込むこともあるのだぞ」


 そうして、魔道具なんかを買うよりもシチューを沢山食べて、更に食産業を豊かにしてもらう為に、群衆一人一人に属性適性と魔導の歩み方を教えて行く。

 

 人々の目が覚めたような表情を見ていると、なぜだか私も嬉しくなり、これを天界にいる時にやっておけば良かった、と少しばかり後悔した。

 さすれば魔道具という邪道が蔓延ることも無く、もっと言えば天界も崩壊しなかったのでは、とつい考えてしまう。


 はあ……本当に消えてしまったのか、愛しの故郷よ。


 そうだ……この後、群衆の誰かに話を聞いてみようか。

 そう思い立った時、すっかり存在を忘れていた行商人が突然声を荒らげた。


「お、おい、貴様ら! 教皇様の託宣を忘れたのか!」


 鼻息を荒くして行商人が持ってきたのは一枚の紙だった。

 折り目の無い真っ白な紙──「託宣書」に書かれた文字を読み進めていくと、「魔法の使用を禁ずる」とあった。


 かつての「原罪」に及びかねない禁忌の力である、か。

 なるほどなるほど────はあ?


 これは所謂、悪徳商売を邪魔された行商人による苦し紛れの策、最後の悪足掻きだろう、と群衆の方を見る。

 しかし、私の期待とは裏腹に、人々は先程までの綻んだ顔を一変させて落胆と罪悪感を入り混ぜたような表情をしていた。


 私よりもこの紙切れに従うというのか?


「お、おい……皆、どうしてしまったというのだ」


「全く……世間知らずのガキが調子に乗りやがって……」


 これまでの快活な態度は演技だったのか、行商人は毒づいて私の後ろ襟を掴み、その場から無理やり追い出そうとする。


 そんな時だった。

 街中に、いつかの辺境の村で聞いた警鐘にも似た大きな鐘の音が四つ鳴り響くのだった。


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