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第27話 余韻


 どうやら現時点での私の所有マナは、魔法管理業務委託の際に白の魔導書(ホワイト・アルバム)へ受け渡したマナの返還分と【吸収(マナ・リザーブ)】によって得たハーピーのマナ分、そして、血戦の渦中でマギウェル・デア・フィーネとしての大いなる決意と勇気によって芽生えた僅かばかりのマナが総量となるらしい。


 全盛期に比べれば、一割一分一厘未満。

 より具体的に言えば、ごく最近に再習得した【発火(デア・ファイア)】や【出水(デア・ウォータ)】等の基礎魔法三回分に該当する。

 

 意外と少ない理由は、まず白の魔導書による返還分は元より蓄えが無かったようで、本書曰く「生命体では無い為、マスター不在の百年間、完全なマナの維持は不可能でした」とのこと(やけに喋るようになった気がするが、理由については今は考えないでおくことにした)。


 また、ハーピーの吸収マナ分に関しては、彼奴は確かに強力な個体だったものの、そもそもハーピーという種族自体が魔法生物では無い為に、その強さに似合わぬ矮小なマナしか得られなかったというわけだ。


 今の私は下界における新米魔法使いレベルだろう。


 以前と比べるとあまりに心許なすぎるマナ量であるが、有るのと無いのとでは天と地程の差がある。

 状況はずっとマシになったと言えるだろう。

 それに加えて【吸収】という打開策もある。

 適当な魔物なり賞金首なりを捕まえて、マナを【吸収】して、仲間を探す若しくは天界に帰還出来る魔法を習得すれば良い。


 ──そう考え付いたのだが……


 陽だまりの匂い漂うベッドに腰掛けながら窓の外を見やる。

 自然に囲まれた家並みの上に果てしなく広がる蒼穹のどこを探しても、私の還るべき場所、私の故郷は見当たらなかった。


 眩過ぎる程の陽光。

 雲一つない空。

 それは私にとって天地開闢以来の異常だった。


 もしかすると本当に──


「フィーネお姉ちゃん! みてみてー!」


 最悪の仮説を組み立てようとした刹那、無邪気な声が割り込んでくる。

 思考を他者によって中断されるという経験は天界では有り得なかった為、実は下界に来てからは結構な頻度で内心驚いているのだが、今回ばかりは心嬉しい気持ちの方が大きかった。


 窓から視線を戻して、【ルモス村】の少女アルハの方を向く。

 私と隣り合わせになってベッドに腰掛けているので、一層距離が縮まり、香料配合の石鹸のような香りが鼻腔をくすぐった。

 素朴な造形だが、アーモンド型のつぶらな瞳が魅力的だ。

 年相応と言うべきか、胸は無い。

 

「『温かなる火を起こせ──【着火魔法(チャッカ・ウマン)】』」


 銀の鈴を転がすような詠唱の後に、少女アルハが元気良く指を鳴らすと、小さくて丸みを帯びた火が顕現した。

 それは顕現を維持したまま彼女の人差し指の先で踊るようにゆらゆらと揺れ動く。

 そんな可愛らしい火に私はおもむろに触れてみた。


「うむ……形も良く、私には燃え移らない……上出来だな」


「じょーでき?」


「上手く出来ている、という意味だ」


「わーい! やったー!」


 咲き誇る花のような笑顔を見て私も心を癒やされる。

 この数日間は実に穏やかであったな。

 どれ程穏やかであったか、記憶を遡り、書き綴ってみるとしよう。


 邪悪なる闇の眷属ハーピーを撃破した私は、負傷したハゼランと男爵夫人に応急処置を施した後に【光球(デア・シャイン)】の聖なる力を以て自然治癒の補助を行った。


 ハゼランはともかく男爵夫人に関しては駄目で元々という気概であったが、彼女の生命力が中々のものであったか、はたまた私の魔法が素晴らし過ぎたのか……いや、そうだな、間違いなく後者のおかげで一命を取り留めることとなった。


 その場には首を刎ねられた鎧、もとい男爵夫人、令嬢の護衛もいたが、流石に手遅れであった。

 【死者蘇生】を試みようとすら思わなかったな。


 それから村へ帰還すれば、たちまち英雄扱いだ。

 正直、称賛されるのは実に心地が良かった。

 ここ千年間はやらかしてばかりだったというのもあるだろう。

 また何より、ハゼランが証人となってくれたおかげで本物の魔法使いとして村人たちに認められたのが大きい。


 数日前までの訝しげな視線は今や尊敬の眼差しへと変化している。


 まあ当然と言えば当然だ。

 私は魔法の始天使なのだから。


 ──と有頂天になった私は自己顕示欲が抑えきれず、魔法の素質がありそうな者に片っ端から声を掛け、無理矢理魔法を教えんとして、時には喜ばれ、時にはウザがられ、この数日間を過ごした。

 

 その中でも特に魔法に興味を持ってくれたのが、隣に座る少女アルハなのである。

 というか、この数日間でまともに相手してくれたのは彼女だけなのだが、それを考え始めると悲しくなるので止めておく。


 ついでに補足しておくと、彼女はハーピーと邂逅した森への出発前に私を遊具に見立ててぐるぐる回っていた少女と同一人だ。


 さて、追憶はここまでにしておくとしよう。

 つい先程、少女アルハが使用したのは「日常魔法」の一種。

 「日常魔法」とは既存の魔法を所有マナが乏しい者でも簡単に使用可能な詠唱、術式に改良したもので、私がロマンより実用性を取った稀有な例でもある。

 思えば、世界の管理者として仕事らしい仕事をした記憶はそれっきりかもしれないな。


 当時、総合管理局に仕事を強要された私が抱いていた雨雲のような心持ちとは裏腹に、「日常魔法」は下界で大好評。

 文明レベルも格段に上昇した、と他の始天使に褒められた記憶がある(まともに褒められたのはその時だけだ)。


 特に【着火魔法】は浸透速度が尋常ではなかった。

 大元となる魔法は【発火】なのだが、燃焼力は焚物を辛うじて燃やせる程度で、必須動作である弾指によって生じる摩擦力を用いなければ火を顕現出来ない。

 逆に言えば無知な子供が使っても火災を招く心配は少なく、親指を含めた二本以上の指があれば老人でも発動可能ということになる。


 とは言え、全ての地の民が習得出来たわけでもなかった。

 格式が下がっても魔法は魔法。

 発動にはコツが必要だし、発動すればマナを消費する。

 悪い意味で天賦の才を持つ者や、マナ消費時の独特な脱力感を嫌がる者は「日常魔法」でさえ無縁だったようだ。


 一方で──


「次はちゃんとした魔法も覚えたーい!」


「ああ……魔導に"覚醒(めざ)めた"貴様ならば! いずれ思うがままに崇高なる魔法を扱えるようになることだろう……!」


「んー?」


「ん……ゴホン……アルハならば出来ると思うぞ!」


 ──「日常魔法」を物足りなく感じる者もいる。

 そして、その心の在り方は魔法使いとしての大いなる可能性を秘めている事を意味していた。


 実際、彼女には才能──至高の魔術師になる資格がある。

 村人達は誰も気が付いていないようだが、彼女の小さな身体は件のハーピーが霞んで見える程の膨大なマナを有していた。

 正直、今の私より遥かに多いだろう。


 単純な話だが、多種多様な魔法を扱いたいのならばマナは多ければ多い程良い。

 

 魔法──無限の可能性に至るには詠唱によって構築される術式(魔法陣なども含む)が必要不可欠であり、当の術式はマナが無ければ意味が無い。

 食事で例えるならば、「魔法」が完成した料理、「詠唱」がレシピで「術式」が調理方法、そして、「マナ」は具材だ。


 いやなに、例として食事を挙げたのは、決して【ルモス村】で毎日ご馳走になっている料理が美味しいからではないぞ。

 咄嗟に思い付いた事例の中で最も適切であっただけだ。


 とにかく、ハーピー戦にて白の魔導書も報告していたように、保有マナの量によって接続可能な魔法が決まるというわけだ。


 まあ、いくらマナが多くても魔法が使えるというものでもないがな。

 何より大事なのは「魔法を使いたい」という心なのだ。

 料理においても愛情や真心が味を左右する、とマダム・ラベンダーが言っていたが、それと同じだな。


 そして、少女アルハにはそれら全てが揃っている。

 何年後か、何十年後か、はたまた何百年後か、歴史に名を残す魔法使いになっているやも知れんな。


「もっとフィーネお姉ちゃんに教えてもらいたいな。でも……もう行っちゃうんでしょ?」 


「うむ……そろそろ時間か」


 ベッド横の収納棚に置かれた古びた懐中時計を見る。

 小さな円盤の上を走る時計の針は、確かに約束の時間を指していた。

 私はそれをローブのポケットに仕舞い、静かに立ち上がる(個人的にすごく格好良かったと思う)。


 マダム・ラベンダーが若かりし頃に使っていたというぜんまい仕掛けの懐中時計と紫黒色の立ち襟ローブ。

 その若干色褪せて且つ郷愁を感じさせる雰囲気は私の琴線を揺るがしまくっており、授けてくれた喜びを今尚噛み締めていた。


「魔法に魅入られし我が同胞、少女アルハよ……魔法の始天使である私が直々に書き下ろした、この魔導書を贈ろう」


 ローブの中から一冊の本を取り出し、少女アルハに手渡す。

 何でもないような風を装っているが、三日程徹夜して脳を全力稼働させながら作り上げた力作だった。

 そこには闇属性を除く全六属性の初級魔法とマナ変化系の魔法の全てが書き記されていた。


 彼女ならば「属性適性」などという固定観念に束縛されずにあらゆる魔法を扱えるようになるだろう。

 ちなみに初級までしか書かなかったのは、自身の手で探究するのも魔導の醍醐味だからだ。


「これ……魔法がたくさん書いてある──フィーネお姉ちゃん! 大好き!」


 少女アルハに勢い良く飛び付かれ、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。

 その小さな身体から伝わってくる溢れんばかりの喜び。

 私の胸中に染み渡る温もりに、これが母性か、と密かにとある始天使を思い浮かべた。


 目覚めた場所が【ルモス村】で本当に良かったな。

 僅少とは言え力を取り戻せただけではなく、瀕死だった生命を救い、魔法を広めることも出来た。

 世界の管理者と魔法の始天使、その両方の職務を充分に全うしたと言えるのではないだろうか。


 流石は私だ。


 次なる目的地、モンクシュッド男爵の元でも順調に事が進むことを確信するのだった。


備考

着火魔法(チャッカ・ウマン)

「温かなる火を起こせ」


 安全・便利な火で暮らしを豊かに


概要

・誰でも簡単に覚えられる日常魔法の一つ。

 対象年齢六歳以上。

・燃焼対象にのみ燃え移る火を顕現する。

 あくまで燃焼対象の温度を「燃焼」に至るまで上昇させる魔法の火である為、顕現した火自体はあまり高温ではない。


発動手順

一、燃焼対象を定めよ。

二、詠唱を開始せよ。

三、二本の指で弾指せよ。

  この時、指同士の摩擦を意識すると良い。

四、指の上に顕現した火を燃焼対象に近付けよ。



出典

偉大なる魔術師フィーネ「便利な日常魔法集」, p.18.


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