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第23話 はじまりの村


 私の渾身の自己紹介を一笑に付したハゼラン。

 塵芥を吹き飛ばすような豪快な笑い方は、古来から天界に伝わる「悪魔」の特徴にそっくりだった。

 いや、実際悪魔なのだ。

 始天使を嘲笑うなど時代が時代ならば極刑だ、と私は頬をぷくりと膨らませながらハゼランを恨む。


「こりゃ傑作だぜ。このご時世でそんな冗談を言うなんて中々度胸があるな。やっぱり記憶喪失なんだろ?」


「な、なにを……冗談ではないぞ! それに記憶喪失でもない!」


 私はムキになって声を荒げた。

 天使の輪も白き四枚の翼も失くしてしまった私には、言葉を使うことでしか抵抗する手段が無かったからだ。

 しかし、そんな抵抗も虚しくハゼランは愚図る子供をあしらうような曖昧な反応を見せるばかりだった。


 確かに魔法の始天使の知名度は低い。

 それは言い訳の余地もない事実であり、ちょっとだけ悩みの種でもあった。


 他の始天使の管理対象と違って「魔法」というものは万人に大きな恩恵があるものではない。

 下界において、世間的に認められる「魔法使い」になるには、大前提として魔法適性の是非が問われ、その上一定の座学と訓練が必要不可欠ということも相まって、私の信仰度は始天使(補充組のラピスとアヴァスちゃんを除く)の中では最下位だった。


 一時代では「カラクリ」という歯車とマナを連動させる装置に立場を奪われかけたこともある程に、地の民にとっては不確定な概念とも言えるのかもしれない。


 原始的だった下界を大きく発展させたのは魔法に違いなく、現在の豊かな生活を支えているはずなのだが、そんな社会学的なことを考えて暮らしている者はごく少数だ。

 地の民が魔法に触れてまず考えることといえば、自身に魔法の才があるかないか、その程度の認識だろう。

 そして、魔法適性が無いと分かれば、魔法は利用できれば便利な道具か、酷ければ無用の長物となってしまう。


 それでも尚、さすがに名前くらいは知れ渡っていると自負していたのだが……私の思い上がりだったか、もしくは暦が変わり百年経過したことで忘れ去られてしまったのだろうか。


 魔法使いのような外見をしているマダム・ラベンダーならば私のことを知っているのではないか、と期待するが、彼女もまた呆れた表情を浮かべていた。


「ったく……とんでもないのを拾っちまったみたいだね。それで、アンタはこれからどうするんだい。果たして帰る家はあるのかい。まさか天界に行くだなんて言わないだろうね」


 ちょうど口に出そうとしていた文言を先回りされ動揺する。

 まさかも何も、私の帰る場所と言ったら天界しかない。

 しかし、ここで天界に帰ると言っても再び馬鹿にされるか呆れられるのがオチなのだろう。


 悲しきかな、日頃から閉鎖的な自身を呪うしかない。

 思えば、ここ千年間で何度か下界に降りたものの私を知っていたのは天使と親睦があって且つ事前に話を聞かされていたエルフ族くらいのものだった。

 

 陰に隠れた伝説の始天使というのも良いが、さすがにもう少し知名度があっても良い気がしてきた。

 私だって頑張って仕事をしているのだ。

 よし、これからは「始天使信仰度ランキング最下位からの脱却」を目標として掲げて行こうか。


 これは新たなる野望の最初の一歩だ。

 

「我が魂の休息地はある。しかし、その前に助けてもらった礼がしたい。何か出来ることはないだろうか? ちなみに私に出来ないことはないぞ!」


 再び魔法が使えるようになれば、の話だがな。

 しかしまあ、時が経てば元に戻るだろう。

 消費したマナは一般的に肺・皮膚呼吸によって周囲のマナを取り込むか、肉体のエネルギーと引き換えに自然回復するものだ。


 今はマナがすっからかんなのか周囲のマナだけでなく自身のマナ量すら感知不可能な状態だが、曲がりなりにも私は魔法の始天使。

 その人智を超えた回復力を以てすればすぐに全回復だ。

 ほら、今にも回復するだろう。

 いけ、がんばれ、気合を入れろ…………駄目か、まあいい。


「おいおい自信満々だな。じゃあ草むしりでもやってもらうか? それか挨拶も兼ねて教会の掃除の方がいいか?」


「この私を雑用係にするつもりか! もっとこう、村を襲う邪竜討伐だとか魔物に生贄にされんとする皇女の救出だとか……英魂を震わせるような依頼は無いのか?」


 私の言葉に戸惑ったように頬を掻くハゼラン。

 返す言葉が見つからない以前に、何を言っているのか、と意味すら理解出来ていないような雰囲気すら感じる。


 魔法の詠唱に関してもそうだが、私の言葉はそんなに分かりにくいのだろうか。


「なら森の見回りに連れてってやんな。お前さんも一人じゃ不安だろ」


「何言ってんだよ、ばあさん。嬢ちゃんは目が覚めたばっかだし、オレは一人でも平気だぜ。何年狩人(ハンター)やってると思ってんだ」


「ハッ……はなたれ小僧だったお前さんも一端の口を利くようになったじゃないか。だが、その油断が命取りさね。マーカスの件を忘れたとは言わせないよ」


 マダム・ラベンダーの絞り出すような低い声。

 これまで陽気だった雰囲気、そしてハゼランの表情が張り詰めたものに変化した。


 ハゼランは思わずといった風に革の腰ベルトに取り付けた羽根型のアクセサリーに触れる。

 銑鉄だろうか。

 決して綺麗とは言えない色付きが疎らな灰色の羽根が、形が不揃いなまま幾つか束ねられているようだ。


 そして、小さく息を吸い込んで強く頷いたハゼラン。


「悪いな嬢ちゃん、少しだけ外で待っててくれるか」


 と何故だか私を追い出すのだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 頭上に広がる灰色の空。

 完全な曇り空というよりは、彼方からやってきた分厚い雲が先程まで輝いていたであろう太陽を今まさに飲み込まんとしている状況だった。

 今にも大雨が降ってきそうな程に重く淀んでおり、いくら顔を動かしても私の故郷──天界を視認することは叶わなかった。


 【ルモス村】は話に聞いていた通り、自然豊かな田舎村と言った雰囲気で、平坦な土地に木造の住居を広げていた。

 小規模だが多数の畑、近隣の森から流れる小川、鈍色の風にはためく大小様々な洗濯物を見るに貧しい村ではないようだ。


 私は宿屋のような家屋を囲む木柵に寄り掛かって腕を組み、引き攣った笑みを浮かべながら命の恩人を待っていた。

 その周りには忙しなく駆ける二人の子供の姿があった。


「水晶のねえちゃんだー! オレにも水晶よこせー!」


「美人のお姉ちゃんだー! これからどこに行くのー?」


 私を遊具か何かと勘違いしているのか、飽きもせずにぐるぐると回り、砂埃を巻き上げる人の子ら。


 意味不明な行動と意味不明な言葉に私はついに白目を剥く。

 早く来てくれハゼラン。

 私は子供が苦手なのだ。

 彼らは可能性の塊すぎる故に何と声をかければ良いのか分からない。

 下手に傷付けて、その光を奪ってしまうのが恐ろしいのだ。

 

「ねえちゃんはなんで洞窟にいたんだよー?」


 それは私も知りたいのだ、少年よ。


「お姉ちゃんはなんでそんなにキレイなのー?」


 よく勘違いされるが、私はキレイではない、カッコいいのだ。

 結構返答に困るのであまり言わないで欲しい。

 いや、照れてなどいないぞ、本気で。


「ねえちゃんはどこから来たんだよー? まさか聖都?」


 聖都? 違う、私は天界から来たのだ。

 地の民が作り出した偽りの聖域とは違い、天界は創造主たる女神の御座す真に神聖な場所だ。

 連れて行くのは無理だが、今度見せてやってもいいぞ。


「聖都なわけないよー。お姉ちゃん、天使様みたいだも──むぐっ」


 ──ん?


「ばか、外から来たやつの前で言ったらダメだろ!」


「おい、どういうことだ」


 少女の口元を慌てて塞いだ少年を見下ろす。

 急に食い付いてきた私に「うわ」と声を上げる子供たち。

 驚愕する表情の中にうっすらと喜びが見え隠れしているように思えるのは気のせいだろうか。


 対して私は恐ろしいまでに真剣な顔をしていただろう。

 子供たちの今まで以上に不可思議な言動を理解しようと必死だった。

 そんな私に動じること無く、むしろ得意げな表情を浮かべる少年。


「ねえちゃん知らないのか? 聖都で天使のことを言ったら殺されちゃうんだぜ」


「……殺される? 意味が分からないぞ……私は伝説の始天使マギウェル・デア・フィーネだが、こうして自己紹介をしただけでも殺されるのか?」


 困惑する私の質問に対して顔を見合わせる二人。

 大きな瞳に更なる驚愕と好奇心を浮かべて、小さく噴き出した。

 その姿に既視感を覚える。

 先程のハゼランらと同じ反応なのだ。


「ねえちゃん何言ってんだよ! 天使は皆死んだだろ!」


「でも、お姉ちゃんは天使様みたいにキレイだけどね! 本物は見たことないけど」


 ああ、この世界は終わりだ。

 可能性の塊である子供たちが狂ってしまった。


 天使は皆死んだ? 本物は見たことない?


 戯言が過ぎる。

 私が眠っていた間に何があったというのだ。

 子供の純真を利用せんとする悪徳商人が奇抜さだけを描いた絵本を売り捌いているのか、もしくは反天使思想の幻術師に村ごと幻術をかけられているのかもしれない。


 その宝石のような純粋無垢な瞳には一体どんな悪意が刷り込まれているのだ、とおもむろに覗き込んだ所で背後から扉の開閉する音が聞こえた。


 変質者でも見るような視線をこちらに向けていた子供たちは、表情を輝いたものに一変させて私の真横を走り抜けて行った。


「ハゼランにいちゃん! あの人おかしいよ!」


「ハゼランお兄ちゃん! あのおねえちゃん、キレイだけど喋ると残念だよ!」


「いいや違うぞ! あの嬢ちゃんはおかしいんじゃない。とびきりおかしくて残念だ! だが悪い奴じゃない。だよな?」


 だよな、と言われても……

 その前にありもしない酷評の方が気になるのだが……


 今更雰囲気を乱すのも面倒くさいのでとりあえず頷く私。

 自身のアイデンティティに亀裂が入る音が聞こえてくるようだったが、満足そうな笑みを浮かべる子供たちを見て渋々受け入れることにするのだった。


 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 

 村長の家、遠い昔に亡くなった村娘が残した空き部屋。

 先程まで名も知らぬ異邦人が眠っていた場所だ。

 久方ぶりに人を寝かせ、綻ぶようなシワを作ったベッドの前で静かに佇む村長イム・ラベンダーとその寂しげな背中を見つめる狩人ハゼランの姿があった。 


 沈黙の中でふいに家鳴りが響く。

 それをきっかけにしたのか、イム・ラベンダーが杖を突きながらゆっくりと背後を振り返り、わざとらしく目を細めた。


「なんだい、まだいたのかい。さっさとあの子の所へ行くんだよ」


「なあ、ばあさん。なんでわざわざ嬢ちゃんと見回りに行かせるんだ? 確かに今の森は危険かもしれないが、同行させるなら他の奴でもいいはずだろ」


「さてね……ただの勘だよ」


 そう言いつつもイム・ラベンダーには確信めいた予感があった。

 あの異邦人は只者ではない。

 無論、良い意味でも悪い意味でも、だ。


 ふと思い浮かぶのは、闇に落ちた街道に揺らめく灯火。

 暗い夜道を独り心細く歩いている最中、最高潮となった警戒心の中に垣間見えるほんの僅かな希望に似ている。

 あの世間知らずな小娘は、ひょっとしたら村に迫る脅威から救ってくれるかもしれない、と考えていた。


 その予感はどこから来るのか。

 それは八十数年の人生で蓄えてきた知識と経験からだった。

 村一番の知恵者として他人を救うこともあれば、苦笑に終わる程度の戯言も兼ね備えた「知見」という名の箪笥。

 老廃が進み、開けるのもひと苦労になってきた引き出しの奥底に眠る、とある古い書物の一節が引っ掛かっていた。


 謎多き魔術師が記した魔導書だったはずだ。


 ──世界の根幹を成す要素を司る最上位天使には、それに相応しい名が与えられる。

 

 星を司る者には星に因んだ名前。

 自然を司る者には自然に因んだ名前。

 生を司る者には生に因んだ名前。

 それに加えて、女神の子という意味の称号「ウェル」が冠せられるという。


 先程の異邦人が欠伸が出そうな程に長たらしい口上の末に名乗った名は確か「マギウェル」だった。

 女神が与える言葉は古代語だとされている為、意味までは分からないが「魔法の始天使」とも称していたことから、異邦人の言葉の全てを鵜呑みにするのならば、魔法に因んだ名前なのかもしれない。


 熱心な天使信者だったのだろうか?

 はたまた我々を陥れる為の策略だったのだろうか?


 いや、有り得ない。

 このご時世、名前を口にすることすら憚れる最上位天使にまつわる書物はこの百年間で殆ど焼き払われている。

 先の情報を知っているのはほんの一握りの人間だけだ。

 記憶喪失を疑われるような人間が知り得るはずがなかった。


 ならば、本当に彼女は……?


「──お前さんは気が付いたかい? あの子の腕には聖印(シール)が無かった」


「嘘だろ? これまで儀式を受けずに生きてきたってのか?」


 ハゼランが目を丸くして、その手首に刻まれた印を見やる。

 直線や多角形が複雑に絡み合った幾何学模様の中心に、まるで監視されているかのような抑圧感を感じさせる大きな瞳が描かれていた。


 近付けているとほんの僅かに発光していることが分かる。

 有識者によれば聖印はマナによって構築されているらしい。

 いくら拭いても、何度皮膚を剥がしても、依然として残存し続ける永久の刻印。


 それは女神信者の証であり、"普通の人"である証だった。


「この目でしかと見たよ。まったく羨ましい限りだね。シミひとつない真っ白な腕さ」


 イム・ラベンダーは雰囲気を和ませるようかと冗談交じえてみたが、苦笑すらも沸いてこなかった。


 考えるよりも先に手が出るような脳筋男、先の事件で村唯一の狩人となってしまったハゼランが、表情を歪ませて何かを考える素振りを見せている。

 その衝動的かつお人好しな脳みそではどれだけ考え込んでも芯を食った結論は出ないだろうに。


 だが、無理にでも考え込んでしまうのも仕方がない。

 聖印の無い人間など「例の人外集団」を除けばここ数十年は見ていない。

 盗賊や浮浪者ですら足並み揃えて手首を光らせているくらいなのだ。


「じゃあ、なんだ……あの嬢ちゃんは過去からやって来たとか、そういう話か? まさか本当に天使様なわけないだろ? なあ、ばあさん」


「アタシに聞くんじゃないよ。元を正せばアンタが勝手に拾ってきたんだ。拾ってきたものには最後まで責任を持つ、それが狩人ってもんだろう? あの子を信じるか信じないかはアンタが決めるんだよ」


 頭が痛くなるような説教にハゼランは諦めたように表情を緩めて「まあいいや、オレは嬢ちゃんを信じるぜ」と一言。

 悪意の蔓延る世の中でここまで能天気な人間がよくも生きれこられたものだ、とイム・ラベンダーのため息がこぼれるのだった。


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