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第21話 天界崩壊


 その日は透き通るほど明瞭な空だったことを覚えている。

 時刻は昼下がり、心地良い陽光と頬を撫でる涼しい風。

 天地開闢の時から殆ど変わらぬ世界。

 

 天蓋に浮かぶ星々は規則的に漂い、木々は思うがままに生い茂り川はせせらぎの音を奏で、地の民は笑い怒り悲しみ、良いことも悪いこともしてひたすらに生きていた。

 重力、生態系共に異常無し、総マナ量も重畳。

 そして、魔法は最高だった。


 日が昇りやがて沈むように、歴史が刻まれて時が経てば忘れ去られていくように、約一万年もの間に積み上げられ、そして未来永劫続いて行く"今日"という日。


 それは何の変哲もない平凡なものになる──はずだった。


 今にしてみれば未然に防ぐヒントはあったのだろう。

 私が歩んできた千年間の軌跡の中で、世界の管理者すら欺く陰謀とその伏線は各地、各時間に散りばめられていたのだ。

 

 しかし、私はあまりにも未熟だった。

 純粋すぎたと言うべきなのかも知れない。

 

 あの時ああしていれば、と後悔しても遅い。

 天界は既に地に堕ちてしまったのだから。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 とある天界の片隅、魔法管理局。

 現存する全ての魔法を束ね、世界に反映させる場所。

 全てが始まり、全てが終わりを告げる特異点と私は呼んでいるが、それぞれの始天使が所有する管理局の中で最も小さく最も辺境に位置しているのもまた悲しき事実だった。


 蝋燭の灯火だけがぼんやりと照らす薄暗い室内には、床上で乱雑に散らかされた紙の切れ端と四方の壁を埋め尽くす背の高い本棚が並べられていた。

 今にも崩れ落ちてきそうなほどに詰め込まれた本の全てが千差万別な魔法が記された魔導書である。


 無論、魔法補助や備忘録、コレクションが目的ではない。


 著者「偉大なる魔術師マギーネ」

 私は開発した魔法を下界に伝える方法として、大国の魔法図書館や秘境に佇む名もなき教会などに自著の魔導書を密かに紛れ込ませるという手法を執っている。

 下界と繋がりの薄い私が唯一直接的に関与する業務だ。


 つまるところ、我が管理局の本棚にある魔導書は全て、その原本というわけだ。

 

 なぜそんなに回りくどいことをするのかって?

 正体不明の魔術師が残した至高の魔導書(アカシック・レコード)……実にカッコいいだろう。


 下界ではマギーネは魔法の始天使の一番弟子説やら、既に魔法の始天使を超越したヒューマンの大賢者説やら、様々な憶測が飛び交っているようだが、まさか同一人物だとは思うまい。


 さて、有象無象の魔導書の話はここまでしておこう。

 最近は本棚にさえ入り切らずに床や机の上に横置きされ螺旋の塔を形成する始末だからな。

 本日の主役は私自身が所有している白の魔道具(ホワイト・アルバム)なのだ。


 魔導書とは本来、魔法使いが難解な(らしい)詠唱文を楽に読み上げる為だったり、魔法職でない者が魔導書に綴られた魔法式を用いて仮初の魔法を召喚する為だったりと、魔法発動の補助道具として利用されている。


 一方で、全魔法とその詠唱を一言一句漏らさず記憶している私には魔導書など本来不必要なものだ。

 普段持ち歩いているのは、ただそれっぽくてカッコいいという理由だけだった。


 しかし、それも昨日までの話になるだろう。


 私は書斎に広げた白の魔導書と向き合い、長い沈黙と葛藤の末にようやく答えを導き出した。


「この瞬間を以て貴様を第二の魔法管理者とする……!」

 

 白の魔導書に手を翳し、我が崇高なるマナを分け与える。

 身体に及ぶ僅かばかりの喪失感と疲労感。

 一般魔法学における「マナ付与」ではなく、より命脈的な譲渡──私自身の欠片を受け取った白の魔導書は生命の芽吹きを彷彿とさせるような神々しい光を放った。


 次第に薄れていく光明の中で、魔導書の頁が次々に捲られて組み込まれた魔法式が発動していく。

 それに終止符を打つかの如く大きく跳ねた白の魔導書は──


『魔法管理権の完全委託に成功しました』


 と言葉を話した。

 厳密に言えば話すというよりはマナを音の波に変化させて伝えた、というのが正しいのだが今注目すべきはそこではない。

 

 魔導書が言葉を発するという奇跡に近い現象。

 代償魔法から派生した、死者の念が起因となる「呪い」でも滅多に見られるものではないだろう。

 それに加えて人工的な知能を併せ持ち、魔法の始天使の業務を引き継いでいくというのだから我ながら感嘆する。


 私ほどの天才が他にいるだろうか。

 いや、いない。


 現に白の魔導書は動き出していた。

 淡い光を点滅させる姿は、下界で縦横無尽に使用される魔法の全てを監視して、魔法の暴発やマナの逆流が起こらないように管理している証だ。


 どこかの天才魔法使いのせいで消滅してしまった世界樹の代わりに、マナの管理を強要された私は魔法開発はおろか昼寝の時間すら確保出来ないほどに多忙になってしまった。


 このままでは「心を自由に」という魔法管理局の矜持が崩れ去ってしまう。

 そんな前代未聞の危機から脱する為に、これからは白の魔導書が魔法管理を担ってくれるというわけだ。


 ふと我に変えると、下請けの下請けとかいう社会の闇に片足を突っ込んでいるような気がしないでもないが、考えすぎは身体に良くないので思考を中断する。


「ひとまず人員不足の件は解決だな」


「……あの、こっちを向きながら言うのやめてもらえます?」


 部屋のはたき掃除をしていたバニーが気まずそうに言う。

 私が崇高なる儀式を執り行う中、大した興味も示さずに黙々と掃除をこなしていた深淵黎明天衣団ザ・カオス副団長兼守護天使である。


 彼女のトレードマークとも言えるバニー衣装は未だ健在。

 背中を向けたまま振り向きざまに話し掛けてきたので、剥き出しとなった真っ白な背中と見事なまでに扇情を煽ってくる臀部、もといお尻を思わず目で追ってしまう。

 ボブカットの桃色に染まった頭髪もまた、下界の色街を思わせるようだ。


 私の弟子はなんと破廉恥な格好をしているのだろうか。

 バニー衣装を着せた本人が言うのもなんだが、こんな格好で下界に赴き酒を掻っ喰らうのは乙女として如何なものか。

 いつか性欲に取り憑かれたヒューマンに襲われてしまうのではないか、と心配することもあるが、まあ服を脱がしたが最後、彼女の"体質"がそれを許さないだろう。


 とはいえ最近は飲酒を控えているようだがな。

 こうして部屋の掃除をしてくれているのが何よりの証拠だ。


 あまり勘違いしないでもらいたいが強要しているわけではないぞ。


 今から何百年前だったか、バニーを拾ってから初めての仲違い(のようなもの)を引き起こしてしまった。

 人情に疎い私は自然の始天使アモルの協力を経て何とか理由を聞き出すと、どうやら魔法管理局の拡大という話が気に食わなかったらしい。


 魔法訓練の最中に私が不意に漏らした発言だったこともあって、すぐには納得出来ず更に追及すると、魔法管理局が変わってしまうことに対する不安と、主である私に見向きもされなくなってしまうことに対する嫉妬心がバニーを家出という愚行に走らせたようだった。


 理由を聞いてみれば案外拍子抜けだったわけだが、バニーの気持ちを汲み取ってやれなかったことも事実、そして、私を敬愛してくれていることが分かってちょっぴり嬉しかったのもまた事実だった。


 というわけでちょっぴり恥ずかしい対話と抱擁の果てに無事仲直りを果たし、私は愛用する魔導書に魔法管理の委託を決意、バニーも申し訳なさからか家事を手伝うようになり魔法管理局は新たに生まれ変わったというわけだ。


「貴様も愛い奴だな」


「またわたしをいやらしい目で見てる……あ、そういえば女神デア様が呼んでましたよ」


「ああ、もう少ししたら行こう──待て、今何と言った?」


 バニーの至極自然体な表情とは対照的に私は目を大きく見開いた。

 問い詰めそうになる熱情を抑えて、あくまで冷静にその真偽を再確認すると共に女神デア様の千年間に及ぶ不在を伝えた。


 しかし、バニーはきょとんとするばかりだ。


「え? そうだったんですか?」


「お前は何も知らんのだな……」


「でも、女神デア様が呼んでたのはホントですよ」


 そう言って部屋の隅の小さなテーブルから紙を取るバニー。

 そこには差出人は女神デア様で「フィーネ、お願いがあります」という文言が書かれていた。

 邂逅場所は「いつものところで待ってます」か。

 各管理局を巡っていた際にはいなかったはずのあの場所か。


 私は思わず頭を抱えてしまう。


 何故私に言わずに放って置いた、バニーよ。

 いや、家事を任せる際、投函される手紙の殆どは総合管理局からのクレームだから何も考えずに捨てて良いと言ったのは私だったな、バニーよ。

 むしろ差出人を確認して念の為とっておいたことを褒めるべきなのかもしれないな、バニーよ。

 あと、やはりバニー衣装でご奉仕というのはいささかスケベすぎるのではないか、バニーよ。


 あれこれ言いたいことが思い浮かんだが、それを口に出している暇などなかった。

 何故か引き止めようとするバニーを無視して、私は魔法管理局を飛び出した。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 天界は雲の上に広がっている。

 世界の創造主が作り出した永久不滅の雲海に各管理局や業務を円滑に進める為の建造物が点在しているのだ。

 その全てが唯一無二の物質で構築されており、私の魔法でも亀裂を入れるのに数年要するほどに頑丈、そして真っ白だった。


 この場所は我々天使にとっては故郷であり、地の民にとっては憧憬の対象だったり崇めるべき聖域だったりするようだ。


 世界で最も尊く美しい天界をも作り出した女神デア様だが、その所在は実は天界では無い。


 女神デア様が世界の管理者だった頃は天界で共に暮らしていたのだが、謎の引退を宣言してからは天界から少し離れた浮雲、孤島とも言える場所に城を構えていた。


 その名も【女神の白城】

 ある日突然「わたしもお姫様になってみたいです」と下界の国城を模倣した小さくて可愛らしくも神秘的な雰囲気を漂わせる建造物。

 正午になると城の丁度真上に太陽がやって来て、陽光の梯子を下ろす光景は、この世のものとは思えないほど優美であると、世界中を飛び回る天使たちが口々に褒め称える名所でもある。

 

 私は景色などには興味は無いので、何度訪れても大した感情の揺らぎは感じないのだが、今日ばかりは違った。

 心臓が早鐘を打ち、口の中は乾き切っている。

 これは緊張か、不安か、はたまた別の感情か、私には判断が付かない。


 とにかく歩みを進める。

 黒のローブが揺れ動き、真っ白な城内を駆ける影となる。

 【女神の白城】内部には平常時においては不動の管理者である重力の始天使グラウェル・デア・ラピスと捕食の始天使アヴァスちゃんもいるのだが挨拶すらせずに城内最奥まで辿り着いた。


 天界の主が君臨せし玉座と人影。

 殺風景な場所だったが、神気を放つ比類無きマナはそれだけで全ての装飾を凌駕していた。


 私は息を切らしながら光に、いや、女神デア様に声をかけた。


「探しましたよ、デア様! 今まで何処にいたのですか!」


 私の声が静寂に包まれた城内に反響する。

 自分らしくもない焦りが混じった声色に、思考の片隅で羞恥心が疼くが、苦みのある唾液を飲み込んで抑え込んだ。


 暫くすると光の中から女神デア様が顔を出した。

 水彩画のように透き通った金色の髪、完璧なまでに整い尽くした美麗な顔付き、宝石が陳腐に思えるほどに輝く瞳。

 私の言葉なんかでは表現しきれないほどに美しく咲き誇る我らが創造主、女神デア様。


 その姿をひと目見た途端、ここに来た目的を忘れて膝を突き頭を垂れたくなるほどに圧倒的な偉大さを放っている。

 まるで人生の終着点に辿り着いてしまったかのような不思議な満足感に陥るが、何とか持ち直して言葉を待った。


「心配をかけましたね、フィーネ。でもだいじょうぶです」


 何と甘美な声だろうか。

 誇張ではなく、本当に声が芳醇な甘みを帯びている。


 これまで胸中に渦巻いていた不安が瞬く間に浄化されていくのが分かった。

 彼女が大丈夫と言うのならば大丈夫なのだ。

 私がこれ以上聞くことはない。


「無事で良かったです。貴女がいない世界など私には考えられませんから。それで、今日は頼みがあると聞きましたが」


「フィーネ、ここへむかってほしいのです」


 女神デア様から下界の座標を受け取った。

 央国エルモアのアールディア教団大聖堂だ。

 

 何故こんな所に私が?


 そんな疑問を抱きつつも私は女神デア様を信じて下界に赴いた。

 天界を飛び立つ最中、ほんの僅かに足を引っ張られるような感覚があったが原因は結局分からずじまいだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 そこからの記憶は曖昧だ。

 約束の地に辿り着き、見上げるほどの人工物と邂逅し、経験したことがない脱力感に襲われた後、光に視界を奪われた。


 気が付くと私は血塗れになっていた。

 嗚咽するほどの痛み、朦朧とする意識、急激な寒気。

 片手には魔導書ではなく、星々の始天使ルキスから貰ったペンダントが握られている。


 罠、女神デア様、死、魔法、天使。

 そんな単語が脳内を駆け巡っていた。


 何が何だか分からず、とにかく必死に藻掻き、足を滑らせながら真っ暗な場所に逃げ込む。


 そして、私は深淵に沈んだ。


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