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第20話 生と死の始天使 天界崩壊まであと200年

 

 死した者の魂は天界へ運ばれる。

 光の門を越えて雲の道を通り、偉大なる場所にて魂の鑑定をされ、やがて転生の一途を辿る。

 そして、新たなる魂が天界から旅立っていくのだ。

 天界は生命の終着点にして出発点なのである。


 私は今、例の鑑定場所に足を運んでいた。


 生管理局──別名「リサウェルの大審判場」

 天界中枢、白雲の孤島にそそり立つ絶世の建造物。

 その外観は見事と言う他なく、周壁には直線状の溝が彫り込まれた白柱が何本も並び、その上には下界に生きる様々な生命の彫刻が施された三角屋根があった。

 建物の全貌は上空からでしか把握できないほど広く壮麗だ。


 私の小さな魔法管理局とは大違いである。

 他者の所有物を褒めるなど私らしくも無いが、かの建造物が担う役割を慮るとやはり格差を認めざるを得ない。


 天界屈指の名所にして最重要箇所。

 せっかく来たのだから情報を並べるだけでは勿体ない。

 とある逸話を紹介しよう。


 過ぎ去りし日の超高度文明、「工学」を元に発展した時代。

 当時最先端技術「絡繰(カラクリ)」の第一人者であった男が、傲慢にも天界に足を踏み入れようと謀略を企てたことがあった。


 残念ながら、天界の防衛体制──神聖なる炎焔(私の魔法)と死の始天使管轄の「光の軍勢」に阻まれて男の悲願が達成されることは無かったのだが、それでも天界の一部分と「リサウェルの大審判場」を瞳に収めることを許してしまった。


 命からがら帰還した(というか我々が見逃してやった)男は、あまりの美しさに「神殿」と名付け、反神論が蔓延っていた世界に「女神の住まう不可侵領域」の存在を証明したという。

 そして、「神殿」の模造品は不動の信仰心を強く残した形で今の下界にも残されている。


 あらゆる建築物を建てたり壊したりしているヒューマンから見ても、「リサウェルの大審判場」は女神の住む場所と錯覚されるほど素晴らしいというわけだ。


 そんな地の民が到達出来なかった内部、見上げるほど高い白扉を開けた先には玉座を思わせる椅子──背もたれが高く、角張った肘掛けを持つ裁判長席を最奥に据えて、左右には少しばかり品格の下げられた簡素な作りの八席が円卓に並べられていた。


 円卓の中央は床を含めてくり抜かれており、上空から下界を見下ろせる形を取っているようだ。


 傍に立ち耳を澄ませば聞こえてくるだろう。

 地の民を評定する生の始天使の声とそれを書き留める守護天使たちのハーモニー──聖なる讃美歌が。


「老婆の荷物持ち……当該種族『ヒューマン』……上擦った声掛け……手足の震え……身の丈に合わぬ親切……老婆の笑顔……ルイン・アルハート『勇気の功』……プラス五ポイント」


「ヒューマンに対する攻撃……当該種族『魔物』……異種族の傷害……食欲から来る衝動……必然的な生命活動……生態系の維持……シャドウウルフ『暴食の罪』マイナス三ポイント」


「雑草駆除……当該種族『動物』……嫌いな品種……虫魔物を惹きつける害草……腰痛持ちの牧場主……余命一ヶ月……最後の恩返し……牛のモーちゃん『愛の功』……プラス五ポイント」


「唐突すぎるパーティ追放……当該種族『ヒューマン』……利己的……自己陶酔……腐った洞察力……労働者に対する生活保証の欠如……ナウロ・ベイハン『傲慢の罪』……マイナス十ポイント」


「魔物退治……当該種族『ヒューマン』……異種族の殺害……報酬目当ての行動……弱き村の救出……報酬金の用途──村への寄付……クラリス・アルゲンティア『平和の功』プラス七ポイント」


「貴族間の婚約破棄……当該種族『ヒューマン』……性欲と優越感……略奪行為……乙女の恋情に対する侮辱……領地民に対する悪影響……上流階級としての責任不足……メイア・グロサリア、ジョナサン・ホグウィード両名『色欲の罪』『嫉妬の罪』……マイナス二十ポイント」


 大地に降り注ぐ冷たい降雨のように、ただひたすら無情に繰り返される生きとし生ける者たちの功績と罪状、そして点数。

 納得出来るものもあれば、局所的すぎて理解に苦しむものもあるが、途方も無い時間の中で研ぎ澄まされた観察眼に間違いはないのだろう。


 私の記憶が正しければ、これらの点数を基にして次の転生先が決められるはずだ。

 点数が高ければヒューマンや亜人などの高知能を持った言語種族に、低ければ本能でしか生きられない魔物というような基準で。


 ヒューマンや亜人などは点数の個人差が大きい為、転生先が多岐に渡りやすく、動物は点数よりも思考の熟練度を重視されて、ありのままに生きる魔物は魔物のままでいることが殆どだと聞いたことがある。


 円卓に座る八名の守護天使たちは各担当種族において、主の言葉を書き漏らさぬように電光石火の勢いで筆を走らせていた。


 神秘的な外観に対して中は嵐のようだな、と感想を抱く。 

 私が密かに彼女たちに対して敬意を払っているのは、その苦境さが理由だ。


「新種の薬草発見……当該種族『エルフ』……正しい使用方法の伝授……ヒューマン族の生存率の急上昇……自然の始天使による加護……種族と天賦の好意的、利他的な活用……セファローズ『特別賞──銀』プラス五十ポイント」


「プエル派礼拝堂の破壊……当該種族『ヒューマン』……私怨による破壊行動……アールディア教団による犯行……生の始天使を崇める礼拝堂……ノーマン・アルゲスター『憤怒の罪』マイナス五ポイント」


「魔王討伐……当該種族『ヒューマン』……異種族の殺害……世界に調和を齎す……重責の全う……決して挫けぬ心……無償の人助け……勇者の血筋……感情の始天使による『悲劇(イベント)』の突破……アルカード・ベルツリー『特別賞──金』プラス百ポイント」


「そして……不法侵入と盗み聞き……当該種族『天使』……怪訝そうな顔……始天使に対する業務妨害……マギウェル・デア・フィーネ……『無神経で賞』マイナス八億ポイント」


 突如名前を呼ばれ、反射的に肩が震える。

 管理局の主、生の始天使リサウェル・デア・リヴがゆっくりと顔を上げて口元に微笑を漂わせた。

 普段は一本の糸のように閉じられている瞳は権威を以て開眼しており、金色に輝く虹彩が目を丸くする私を捉えていた。


 併せて八人の守護天使も一斉にこちらに向く。

 そして、お決まりのように机上に向かって筆を走らせ始めた。


「ま、待て待て! 私が悪かった! 悪かったですから、律儀に記録するのはやめてください!」


 私は柱の影から飛び出して、濡れ衣を払うように慌ただしく手を振る。

 別に盗み聞きをしようとしたわけじゃない。

 ただ、あまりの厳粛な雰囲気に尻込みしていただけなのだ。

 あとはまあ、少しばかりの興味もあるか。


 それなのにマイナス八億ポイントだなんて……

 魔法の始天使である私が「悪魔」に成り下がってしまうぞ。


「ふふ……フィーネを誂うのはやはり……愉快ですね」


 動揺する私が面白いのか、リヴは口元に手を運ばせて微笑を明確な笑顔に変えた。


 細眉の上で切り揃えられた前髪に三日月のような糸目は一見可愛らしい女の子のようだが「休憩にしましょうか」と手を一振りして八人の守護天使を消した姿を目の当たりにすると、やはり得体の知れなさを感じた。


 先程まで確かにそこにいた守護天使たちはリヴが生み出した分身のようなものだったのだろう。

 世界創造の時、女神デア様にしか成し得なかった芸当を生の始天使である彼女は自らのものにしてしまったらしい。


 監視業務は大丈夫なのか、と聞くと「話しながらでも仕事は継続できますから」とドヤ顔をされた。


 何かしら言い返してやりたかったが、話をする時間を設けて最適な環境を整えてくれたのも事実だ。

 挨拶は抜きにして早速本題に入ることにする。


「仕事中邪魔をしてすまないな。早速なのだが、デア様はここにいるだろうか?」


「……本当に早速ですね……挨拶くらいしたらどうですか……と言いたいところですが……貴女に常識を求めるのは……お門違いですね」


「失敬な奴……」


 せめてもの反撃に毒を吐いてみるが鼻を鳴らされて終わる。 

 リヴは生まれた時から誰に対しても刺々しく皮肉屋だ。

 それを下界を常に監視する立場が助長させたのか、以前よりも更に面倒な性格になっている気がする。


 彼女ほど天使らしくない人物はいないだろう。


「なんですか……その嫌そうな視線は」


「い、いや、なんでもない」


「……まあ、いいでしょう……彼女ならここにはいませんよ……というか最近見てませんね」


 他の始天使たちと同じような反応。

 ──「最近見ていない」。

 私は妙な違和感を覚え、僅かに眉を片方だけ動かした。


 確かに今現在の女神デア様は隠居しているようなものだ。

 世界の管理を我々に任せ、彼女自身はただ世界の変遷を見守るだけの存在となっていた。

 それでも時折我々の様子を見に来ては助言をする、くらいの関係性は維持し続けていたはずだ。

 

 私は魔法の開発に忙しく閉じこもるばかりだった為に、会うことは極端に少なくなっていたがな。

 他の始天使たちが女神デア様の所在を知らないというのは少し変だ。


 シオンの意味深な言葉が脳裏によぎり、私を焦らせる。

  

「『輪廻の大審判』には女神デア様も出席するのだろう? 回廊を揺蕩う見習い天使に今日実施される、と聞いたぞ」


「いつの時代の話をしているのですか……今のわたしは彼女を頼らずとも……完璧に仕事を遂行して──」


 呆れるような言い草から段々と語気を強めていったリヴ。

 そんな彼女を阻むように白扉が乱暴に開け放たれた。

 轟音と共に地鳴りのような足音が聞こえてくる。


 これは──天使らしくない奴がもう一人来たようだ。


「オラァ! 相変わらず陰気臭ぇ部屋だなぁ! ブチ殺すぞって、あァ? フィーネじゃねぇか!」


「痛っ! ニル……挨拶代わりに背中をバシバシ叩くのはやめろ……だが、相変わらず元気そうだな」


 そう言うと「誰に向かって言ってんだよ」と豪快に、そしてオッサンみたいに笑い飛ばした彼女は、モルスウェル・デア・ニル、死の始天使だ。

 刈り上げられた短髪、ナイフよりも鋭い切れ長の目、純白のスカートの下に履いたスパッツが印象的、というかカッコいい。


 そんな彼女を見たリヴが小さく舌打ちをするのを私は聞き逃さなかった。


「ニル……一時間程早いですね……もう少しゆっくりしていても良いんですよ……そして、そのまま来ないでください」

 

「何馬鹿なこと言ってんだ? 例の魔物の件を決めなきゃいけねえだろうが」


「今……わたしに馬鹿と言いましたか?」


 一触即発の険悪な雰囲気。

 私は慌てて二人の間に割って入りお互いを宥める──ことはせず、逆に「魔物の件」について追及してみることにした。

 話題を転じて矛先を逸らすなどという気遣いではない。

 純粋に興味があったのだ。


 第一、彼女たちの喧嘩など気にする価値もない。

 なぜなら二人は大の仲良しなのだから。


「あ? テメェ知らねえのか? 優しい魔物だよ。アモルみてーにとびきり甘い奴だ。近頃……って言うか時々出てくるんだよなあ」


「彼らの存在は……生態系に悪影響を及ぼします……もし仮にヒューマンと魔物が手を組むなどということが起これば……かつての『災厄』のような力が芽生えてしまう……伝承の『悪魔』でさえ生まれかねません」


 面白い話になるだろう、と期待した私が間違いだった。

 天地開闢から敵対し続けているヒューマンと魔物が些細なきっかけから絆を育み、食傷気味の世界に革命を起こす的な展開を期待したのだが、やって来たのは無味乾燥な話だった。


 だがまあ、彼女たちが正しいのだろうな。

 絵空事に等しい伝承に出てくる「悪魔」の件については受け入れ難いものの、世界管理の宿命においては異分子(イレギュラー)の存在は排除しておくに越したことはない。

 それはこれまでの歴史がそれを証明している。


「では死を与えるのだな?」


「いやァ……それがな、難しいんだ」


 予想外に渋るニル。

 事あるごとに「ブチ殺す」だの「殴り殺す」だのと暴言を吐きまくっている彼女ならば、嬉々として権能を発揮するのかと思ったが……。


 それを直接伝えると、ニルは頭を掻きながら私に向き直った。


「力は無闇に使わねえって決めてんだよ。お前なら分かってくれると思うが……オレの力はほら、そのなんだ? 強力すぎるだろ?」


 恥ずかしそうに言うニル。

 その姿は可愛らしかったが、私は素直に関心した。


 自身の力を理解し、その責任を感じている。

 それは簡単そうに見えて誰にでも出来ることじゃない。

 過酷な努力の末に強力な魔法を習得したものの、その力に溺れ、傲り、愛する者すら犠牲にして破滅の道へ進んだ魔法使いを何人も見てきた。


 死を司るという最強とも言える力を扱うだけの器をニルは持ち合わせているようだ。

 いや、今にして思えばそれも当然なのかもしれない。

 始天使による世界管理が始まって以来、彼女だけが大きなトラブルを起こさずに調和を維持し続けているのだから。


「そうやって悩む姿は似合いませんよ……さっさと決めて下さい……貴女ならば間違えることはないでしょう?」


「うっせえ! 言われなくてもやるよ! 蹴り殺すぞ!」


 ニルは机を拳底で叩き唾を飛ばした。

 対して、顔色一つ変えずにため息で返事をするリヴ。

 

 この暴君の如く振る舞いが無ければな……。


 尊敬に値するが、どこか残念な二人なのだった。


 その後、ニルに対しても女神デア様の所在を訊ねてみたが、返答はやはり他の始天使と似たようなものであった。

 最有力候補にして最後の頼みの綱が呆気なく空振りだ。


 要件が済んだ私は二人に感謝を伝えて帰還することにした。

 帰路の途中、腕を組んで逡巡しながら。

 私にも仕事がある。

 これ以上は時間が確保出来そうもないし、そもそも絶対に女神デア様に合わなければならない用事があるわけでもない。


 また暇が作れたら探そう。

 そう結論を出して私は魔法管理局の扉を開いた。

 


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 

 魔法の始天使が去った後の生管理局「リサウェルの大審判場」

 裁判長席に佇むステウェル・デア・リヴと円卓に腰掛けるモルスウェル・デア・ニルは同じく自由で刹那的な人物に想いを馳せていた。


「なあ……ここの扉ってオレたち以外は入れないはずだよな。アイツ、どうやって入ったんだ?」


 死の始天使が質問を投げかける。

 誰かに対して、というよりも虚空に向かって呟くように。


 それに対して返事は無い。

 暫しの沈黙が訪れた。

 嫌な沈黙ではなく、秀逸な演劇を見終わった後の切なくも心地の良い余韻のような空気だ。


 やがて何かを考えるように顎に手を添えていた生の始天使が、顔を上げて小さく息を吸い込んだ。

 

「……本当に彼女が『救世主』になり得ると……思えますか?」


「……アイツはオレの死の運命を覆した。アイツには力がある」


 また沈黙が訪れた。

 二人にとっては何度も味わってきた静かな時間だった。

 そして、この問答は毎回同じ展開で幕を下ろす。


「なぜ……わたしではなかったのでしょうか……」


「もし、世界の全部が敵になったとしてもお前は戦えるか?」


「……逃げ出すでしょうね……それか迎合します」


「アイツなら立ち向かい続けるぜ」


 死の始天使が呆れたように笑った。

 それに釣られるようにして、苦渋の表情を浮かべていた生の始天使も頬を緩ませる。


「……そうですね……我々の未来は彼女に託します」


【プロフィール】

名前:リサウェル・デア・リヴ

種族:天使

身長:161cm

体重:51kg

スリーサイズ:B84・W55・H81

趣味:無し

容姿:清楚で麗しの美少女、糸目(外面"だけ"は良い)


注釈:乙女に身長体重を聞くだなんて……本当にフィーネは……面白いですね。


名前:モルスウェル・デア・ニル

種族:天使

身長:161cm

体重:50kg

スリーサイズ:B80・W54・H79

趣味:修行、鍛錬、瞑想

容姿:天界屈指のボーイッシュ


注釈:喧嘩相手募集中


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