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第19話 感情の始天使 天界崩壊まで200年


 天使は死に至るのか?


 この世界に生きる者ならば一度は考えたことがあるだろう。

 蒼天を舞い、悩める地の民を救い、女神の加護をその身に宿して、食事や睡眠にすら束縛されない天使たち。


 その肉体は現世の物質だけでは傷付けることは不可能だ。

 もし仮に異分子(イレギュラー)によって血を流す事があったとしても、瞬きを一つする間に傷を修復する再生能力を持っている。

 

 天地開闢から幾万年。

 不滅の存在として天に立ち続けた彼女たちに終幕はあるのか?


 結論、天使は死ぬ。


 その事実を証明するかの如く、私の目の前には天使の亡骸があった。


 床の上に疎らに広がる金髪と子猫のように丸く、そして蝋燭よりも青白い顔。

 身体に外傷は見られず、純白の衣装は穢れを知らぬまま。

 一見すると微睡みに落ちているだけのようにも思えるが、二度と彼女が目を覚ますことない。


 その場にいた三人は凍り付いたように動かなかった。

 どれほどの時が経っただろう。

 永遠にも感じられる沈黙。

 実際はさほど経過していなかったのだろうが、それでも再び時計の針が動き出すのにはえらく時間がかかったように感じた。


「蘇生できるかな、フィーネ」


 邂逅から一言目に投げ掛けられた言葉に私は顔を顰める。

 質問者は感情の始天使アニウェル・デア・シオン。

 いつもは爽やかで夢見る少年のような雰囲気を纏う彼女だが、この状況下では流石にそうもいかないようだ。


 耳にかかる程度に伸びた黄金色の短髪は雨に濡れたように萎んでおり、目鼻立ちの整った顔に大きな変化は無いものの、どこか影を落とし込んだように灰色の靄がかかっていた。

 悲しみを抱いているのだろうか。

 感情の始天使なだけにその表情変化は他の天使と比べて分かりやすい。


 また、床に転がる亡骸の傍にはもう一人の天使がいる。

 素朴な身なりからしておそらく使徒天使だ。

 彼女は目を細めて微笑を湛えていた。

 勿論、喜んでいるのではない。

 それは殆どの天使がする"いつもの表情"なのである。


「蘇生は……不可能だ」


 ──死者蘇生。

 いままで数え切れない程の者が願い、そして敗れてきた。

 自然の理である「死」を覆し、輪廻転生を捻じ曲げて、世界の均衡を根底から破壊するまさに禁忌の所業。

 しかし、禁じられたということは裏を返せば届きうる事例があったということだ。


 太古の昔、歴史に刻まれた閃光、栄華の時代。

 かつて錬金術師と呼ばれる者たちがいた。

 彼らは不可逆的な魔法式を用いて普遍的な物質を全く別の、それまた価値のある物質へと変化させる術を会得していた。

 鉄から金へ、水から回復薬へ、骨から肉へ。

 何から何まで意のままに錬成する彼らは飛躍的に発展の一途を辿り、やがて下界を牛耳るまでになった。


 富、名声、権力、下界に存在するもの全てを手中に収めたかに思えた錬金術師たちが最後に目を付けたのが死者蘇生だった。


 当時賢者と呼ばれ各国を支配していた錬金術師がその時ばかりは手を取り合い、身命を賭して最終課題に挑んだという。

 

 最終的に彼らは成し遂げたのか?


 それは今すぐ下界を見下ろしてみれば分かる。

 現在、錬金術師は世界にただ一人も存在しない。

 欲望と力に取り憑かれた彼らは錬金術の制御を見誤り、天使の助言も聞こうともせず、文明ごと滅びてしまったのだ。

 「代償魔法」という歴史に葬られた技術だけを残して。


「でも、魔法は無限の可能性を秘めてるんだったよね?」


「痛い所を突いてくるな……」


「君の言葉を使ったまでだよ」


 シオンが真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

 まるで心の奥底を覗かれているようだ。

 その宝石のような瞳からは悪意や悪気は感じられない。

 純粋に興味があるのだろう。


 正直に言おう。

 理論上、私の魔法ならば死者蘇生は可能だ。


 女神デア様の意思片であるマナはやはり無限の可能性を秘めているし、死者蘇生の可能性に至る道筋も発見している。

 加えて、今回の場合は「輪廻の大審判」に掛けられない唯一の種族「天使」だ。

 どれほどの時が過ぎても、その魂が新たなる生命に転生することはない。


 それでもこの私が「不可能」という言葉を使った理由。

 それは魔法として現す為の接続方法に問題があった。

 分かりやすく言えば詠唱部分だ。

 

 魔法を便利な道具だと捉えていそうなシオンには魔法体系から今回の問題点まで全てを説明してやりたいが、話し終えるだけで推定七日はかかるので、ここに書き留めるだけにしておく。


 私は黙って亡骸に近付き、身体中のマナに働きかけた。

 我が身に宿りし無尽蔵のマナが主の命に呼応して震え出す。

 常に大陸中から集結し、凝縮と膨張を際限なく繰り返している史上最高級のマナが、至高の魔導師により「禁忌魔法」へと変換された。


「魔法発動──【死者蘇生(リ・ヴィーテ)】!!」

  

 尋常ならざるマナが作用し、周囲を白よりも白にする。

 天界が震え、叢雲が晴れ渡り、太陽の下には円環の虹が作り出された。

 大海は割れて、大自然はざわめき立ち、赤子は歩き始め、老人は献酒を呷り、スライムは木っ端微塵に破裂する。


 しかし、天使は蘇らなかった。


「失敗かな?」


「……うむ」


「君にも不可能があるんだね。原因は分かるの?」


「……おそらく繋がりだ。私は彼女のことを知らなすぎる」


 魔法とは心の力だ。

 心から織り成される言葉が詠唱となり、「何かをしたい」という心がマナを動かし、心を叶える魔法発動に至る。

 一連の心の所作は高度魔法になればなるほど顕著に求められるのだ。


 死した彼女の魂を繋ぎ止めるには私の心が足りない。

 

「繋がり、か。僕たちには難しい話だね。天使という生き物はあまりにも孤独すぎる」


「相変わらず難しい話をするのだな。しかし、彼女は何故死んだのだ?」


「あれ、言ってなかったっけ。ヒューマンに殺されたんだよ」


 ある日暮れ時、飢えからパンを盗んだ男がいた。

 直近の貴族による領土戦争に巻き込まれ、家を失い、家族を失い、財産を失くした男が生まれて初めて犯した罪だった。

 彼は罪悪感に押し潰されそうになりながらも暗い路地裏に逃げ込み、盗んだパンを一口齧ったものの、味はおろか空腹感さえ満たされずついに泣き出してしまった。


 そんな様子を見かねたとある天使が声を掛けた。

 「汝の罪を悔い改めますか」と。


 突然現れた天使に男は狼狽しつつも、その存在に感謝の念を抱き、頭を地面に擦り付けて滝のような涙を流しながら「命に懸けて誓う」と約束する。

 健気な男を信じた天使は、これからの生きる術を伝え、素直に言う通りにした男は無事に日常生活を送ることができるようになったという。


 しかし、本題はここからだ。

 その数カ月後、新たな支配者となった貴族、つまり男から全てを奪った者が街の視察に訪れた。

 それまで復讐心を手放して新たな人生を過ごしていた男だったが、仇を目の前にした途端に過去の情景が蘇り、気が付いた時には貴族の胸元をナイフで突き刺していた。


 ここまでならば因果応報、勧善懲悪的の話で終わるのだろうが、現実はそう簡単でもなく、男が殺した貴族は既に民たちには広く受け入れられていたそうだ。

 何でも前領主は汚職塗れの悪人だったことが貴族の手によって明らかになり、社会復帰に必死だった男はそれを知らなかった。


 街の救世主を殺した男は非難の嵐に曝されるまま処刑されたのだが、民たちの怒りはそれだけでは収まらず、男に助言した天使にまで矛先が向けられたという。


「その男に助言をしたというのが……彼女なのか」


「いや、それはこっち」


 とシオンが指差したのは亡骸の方ではなく、その傍に立ち未だに微笑みを浮かべ続けている使徒天使の方だった。


 私はわけが分からず、眉間に皺を寄せる。


「では何故彼女は死んでいるのだ」


「間違えられたんだ。ほら、どことなく似てるでしょ」


 彼女の指摘に視線を交互に動かし、暫くして僅かに頷く。

 確かに両者は似ていた。

 髪の長さといい子猫のような顔付きといい、パッと見ただけでは区別が付かないかもしれない。

 しかも、よく見てみれば鎖骨にある黒子まで一致していた。


 両者は似ている。

 その事実を受け入れると、ようやく目の前で起きている出来事を理解することが出来た。

 

 最悪だ……


「……だが、天使の肉体は不滅のはずだろう?」


 私は全てを理解した上で確認を重ねた。

 先程から黙ったままでいる使徒天使の方に視線を向けながら。

 

 回りくどいことは分かっている。

 来たる返答も予想出来る。

 しかし、聞かずにはいられなかった。


「信仰度がゼロになったんだよ。人々からの信仰を失った天使は抜け殻になる……もしかして忘れちゃった?」


 忘れてなどいない。

 そんな不愉快なシステムを忘れるはずがないだろう。


 女神デア様の"分身"である天使は実は不安定な存在なのだ。

 例えるならば世界を管理する為に創り出された人形のようで、人々の信仰度、もとい心の意思片(マナ)を吸収しなければ肉体と思考を維持できない。


 間接的に善良な貴族を殺した例の彼女は人々から見捨てられ、信仰度を取り上げられ、殺されたというわけだ。


 補足しておくが、信仰度システムは使徒天使と天使見習いにのみ適用される話だ。


 我々始天使は女神の分身というよりは子供であり、そもそも身体の構造や創られた経緯が違う。

 守護天使に関してはこれまた特殊で、彼女たちも心の意思片マナが必要なのだが、それは地の民からの信仰ではなく我々始天使からの信頼が該当する。

 

 信仰度システム。

 これまでも、そしてこれからも私には縁の無いものだ。

 最近はそれがまた不愉快に感じるのだがな。


「つまり……亡くなった彼女は完全なとばっちりというわけか」


「まあね。あまりに可哀想だったから君を呼んだんだよ。いつもなら処理して終わりなんだけど。ねえ?」


 シオンも使徒天使に声を掛ける。

 だが、やはり微笑んだまま頷くだけであった。


 なんだろうか、この違和感は。

 思わず身を捩りたくなる程の蟠りは。


 以前までの私ならばおそらく何とも思っていなかっただろう。

 だが、一人の友人を救う為、全ての業を背負って運命に立ち向かった勇者を、種族の定めという楔を打破し、己が夢に向かって突き進むエルフを──心のままに生きる人々を目の当たりにした今の私にはこの状況が気色悪く感じた。


「ああ、そうそう。言い忘れてたけど、ヒューマンに天使の殺し方はバレてないから安心してよ。すぐに回収したからさ」


 眉を顰めて無言を貫く私を見かねたのか、シオンが聞いてないし気になってもいない情報を伝えてくる。


 そういうことではないのだ、シオンよ……


 返答の代わりに僅かに首を横に振った。

 この曇り空のような心情を説明するのは面倒だ。


 同胞の亡骸に跪き、せめてなにかしてやれないかとマナの結晶で華を象り胸元に添えてやった。

 どこまでも透明で、まるで手のひらを囲んだような花弁の華が外光を吸収して濡れたように輝く。


 この輝きは、私の想いはきっと届かないのだろう。

 死後の世界などは存在しない。

 死した天使の魂は高純度のマナとなり世界に還る、それが我々が管理する世界の理だ。

 だが、それでも傍観しているよりはマシだった。


 背後では「君はもう行っていいよ」とシオンが使徒天使に声を掛けていた。

 ここはもう用済みというわけか。

 使徒天使が澄み切った声色で挨拶をしてから退場する。

 本当に何とも思っていないのだな、と私は呆れた。


 私も帰ろうか……


「そういえば……最近デア様を見たか?」


「いや、見てないなあ」


 うーん、と少し唸ってからそう言ったシオンは続けて「リヴの所に行ってみれば」と提案をしてくる。


 生命の始天使リサウェル・デア・リヴ。

 あらゆる生命とその転生を管理する彼女は、業務上我々始天使の中で最も女神デア様と関わりがある。

 主な仕事の一つである「輪廻の大審判」では女神デア様が特別裁判員として出席しているというのが良い例だろう。


 流石はシオンだ。

 独自性が服を着て歩き回っている天界各地に仲介人として顔を出しているというだけはある。

 早速行ってみようじゃないか。

 

 シオンに感謝を告げて感情管理局を出ようとした時──


「デア様には気を付けてね。最近の彼女はどこか……うん、そうだな……人が変わったみたいだ」


 ──とふざけたことを忠告された。


備考

【プロフィール】

名前:アニウェル・デア・シオン

種族:天使

身長:157cm

体重:49kg

スリーサイズ:B79・W55・H78

趣味:生物観察

容姿:短髪、中性的で芸術的な風貌


注釈:美男子だ、なんてよく言われるよ。


【使徒天使】

 世界を管理する光の使者。


 天界の過半数がここに所属している。

 様々に枝分かれした仕事を、多様な天使たちが全うしている


【総合管理局】

 地上を観察し、必要に応じて天使を派遣する者たち。

 様々な問題に対して、適切な天使を選び派遣する必要がある為、幅広い知識が必要である。

 「使徒天使」としては最上位の存在であることから、彼女たちのことを「大天使」、「上級天使」と呼ぶこともある。

 いわばエリート集団。

 上昇志向のある天使は総合管理局を目指す。


【執行部隊】

 実際に下界へ降りて問題を対処する者たち。

 最も数が多い為、その知識と技量はそれぞれである。

 地の民からすれば、天使と聞けば「執行部隊」を想像する。


 適性を判断され、四つの事務局に所属する。

 

 己の力を用いて問題解決し、直接感謝される仕事であることから、やりがいがあるとされ、あえて「総合管理局」を目指さずに「執行部隊」に留まる者もいる。

 ごく少数ではあるが、例外的に崇拝する者「ファン」を抱えている天使もいる。


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