第18話 自然の始天使 天界崩壊まであと350年
この大地の守護者にして管理者である天使。
私たちの住まう天界には階級制度が存在し、その頂点に君臨するは世界の万象を司りし第一階級「始天使」である。
無論、生来の聖人君子であり無欲な仕事人である天使たちにとって階級とは「上下関係」ではなく「区分」に近いのだが、それでも始天使だけは特別であった。
世界の創造主から奇跡の如く権能を授けられた八人の始天使はまさに「神の使い」だ。
始天使にはそれぞれ担当する要素がある。
それはご存知の通り「星々」であったり「魔法」であったりするのだが、その管理方法は下界の組合や教団等では例えられないほど自由闊達、変幻自在であった。
中でも自然の始天使は特に自由だ。
彼女は管理局も持たず守護天使すら従えていない。
大地に生きる自然こそが彼女の居場所であり、家族。
その黄金色の瞳に映るものがヒューマンだろうが魔物だろうが草花だろうが、彼女は平等に扱い、自然を調和へと導くのだ。
まあ、それは良い意味でも悪い意味でもあるのだが……
「おーい」
私は上空から声をかけた。
アーリア国に繋がる街道から少し離れた森林近く、柔らかで涼しい風が吹く慈愛に満ちた小さな菜園。
それは自然の始天使が気まぐれに営み始め、人知れず市場に出荷し、あまりの美味しさに全ての作物を過去の物としているという幻の菜園に違いなかった。
目下に広がる可憐な花々や陽光を浴びてのびのび育つ作物を踏んでしまわないように私は慎重に土道へ舞い降りる。
黒いブーツの底が土を踏み、四枚の翼をはためかせた所で彼女がこちらに気が付いた。
等間隔に振り下ろされていた鍬が止まり、麦わら帽子に隠れていた母性溢れる顔があらわになり、一瞬驚き、そして笑顔を作った。
「あらあら! フィーネちゃん!?」
「驚きすぎだぞ、アモルよ」
花々ですら引き立て役にしてしまう程の美貌を持つその女性は自然の始天使フロスウェル・デア・アモル。
長るる河川のように波打つ長髪を揺らし、私より少しばかり高い背丈からおっとりとした瞳を向けてくる。
天使の象徴とも言える白地の服に空色のオーバーオールを重ねており、その胸元は見事なまでに膨らんでいた。
やはり全天使ナンバーワンの巨乳(当局調べ)は伊達じゃない。
アモルと会うのも「始天使会議」以来だな。
とはいえ私の内心はこれ以上無いほど気楽だ。
彼女の全てを受け入れてくれるような包容力のおかげで、人付き合いが苦手な私も自然体でいられるのだ。
「あのフィーネちゃんがわざわざ下界まで顔を見せに来るなんて、驚かない方が変だわ。最近は特に忙しそうって聞いたけど大丈夫なの? 無理してない?」
のんびりとした甘い声でアモルは話す。
再会のリアクションも程々にして、すぐにこちらの心配をしてくるあたり流石の母性だな、と私は感嘆した。
地の民から、私では到底相手にならず、女神デア様にすら比肩するほどの信仰を集めているのも納得だ。
しかし、このまま彼女のペースに流されれば問答は井戸端会議化し、気が付けば日が暮れていること確定なので早速本題に入ることを決意した。
「魔導を統べる我に心配など不要だ……だが、感謝はしておこう……ところでエルフの美酒はあるだろうか?」
「エルフの美酒……? ああ! 金林檎の果実酒のことね? フィーネちゃんの頼みだし今すぐにでも渡したいところだけど、うーん……何か困りごとなの?」
珍しく歯切れが悪いな。
細眉を八の字に曲げるアモルの姿は貴重とも言えるだろう。
エルフの美酒、もとい金林檎の果実酒とは常日頃から自然の始天使の膝元に怒涛の勢いで集まってくる捧げ物から、在庫処分……ではなくお裾分けとして魔法管理局に贈られていた品だ。
私の守護天使バニーが無類の酒好きということで、毎年金林檎が収穫時期を迎えると使いの小鳥を使って届けてくれていたのだが、どういうわけか最近は途絶えていた。
少し前であれば守護天使バニーの飲酒中毒をやめさせる良い機会だと喜んだだろうが、今はそうはいかない事情があった。
「実は……我が守護天使と魔道を違えてしまってな……泡沫の回想録から黒幕とその陰謀を探る内に奴が気に入っていた酒を思い出したのだ」
「うーんと……つまり喧嘩したバニーちゃんと仲直りしたいってことね?」
「……うん」
私は耳が熱を持つのを感じながら頷いた。
事の始まりは魔法訓練を始めた時だった。
今思えば半ば無理やりすぎたとは思うが、二日酔いで潰れていた所を叩き起こし、魔法基礎の座学を約十時間程行っていた最中は文句を言いながらも従ってくれていたのだ。
しかし、いよいよ実技訓練【火球】編を開始するとバニーの態度が急変した。
ちょうど魔法訓練を始めた意図を聞かれたタイミングだったか。
突然彼女は魔法管理局を飛び出してしまったのだ。
追いかけて説得を試みるも失敗し、終いには「もうここには来ません」という捨て台詞と共に天界を飛び出して行った。
その結果、魔法管理局の拡大計画──|円卓機関・終末魔導師の集い《エンド・オーダー》は白紙となってしまった。
だがしかし、そんなことはもはやどうでもいいのだ。
何よりも私は愛すべき弟子を失いたくなかった。
「よーし! かわいい二人の為ならお姉さん張り切っちゃうわよ。自然の掟破りだからあんまり使わないようにしてたんだけど……『奇跡解放よ──【晴天の恵み】』」
そう唱えたアモルは親指と人差し指で虚空を摘む。
すると天輪から温かい光が放たれて周囲を包み込み、それが収束するとアモルは黄金色の種子を手にしていた。
始天使が持つ権能──奇跡解放。
各々が司りし要素において世界の理を行使して、時には逸脱して、あまねく奇跡を顕現するのだ。
「だが、なぜ種子を出したのだ?」
「ほら、フィーネちゃんがエルフちゃんたちを世界樹から解放したでしょ? それで里の子はほとんどいなくなっちゃったから金林檎のお酒はもう作られてないのよ……『奇跡解放よ──【大地の恵み】』」
そんな説明をしながら黄金色の種子をそっと地面に落とし、再度奇跡を発動させるアモル。
自然の始天使の声に大地が呼応し、ドーム型の淡い光を作り出す。
種子はまるで意思を持ったかのように土中へ潜り込み、微かに揺れ動いたかと思えば寸刻経たぬうちに青々しい芽を出し、天空を目指してめきめきと育って行く。
私が感嘆の声を上げる頃には、金林檎の木が成っていた。
生まれたての金林檎は見事なまでに成熟しており、その金塊にも思える表面は太陽の光を反射して輝いている。
森林の奥で秘匿に暮らすエルフ族のみぞ知る、一口齧れば永遠の命を得るとされる金林檎──別名「禁断の果実」を実際に目の当たりに出来るとは思っても見なかった。
「……すごいな!」
「うふふ、自然はわたしの子供たちだから」
そう言ってアモルは微笑んだ。
どこか誇らしげでもある。
それから続けて、エルフ族から贈られていた果実酒だが、その製法は元々アモル自身が思い付いたものらしく、十年程あれば味わい深い上品な果実酒が出来上がると説明してくれた。
絶対に成功させる、と頼もしい補足も付け足して。
頃合いを見て取りに行く約束を交わした所で、私は謝礼の話を投げかける。
「是非お礼をさせて欲しい。そうだ、私からも贈り物を渡そうか。若かりし頃に創出した……神聖輪の魔杖か天空龍の宝玉ならばアモルの役に立ってくれると思うが……」
「ううん、お礼なんていいのよ。二人が仲良しでいられるのならね。でも、そうね……せっかくだからわたしとお話して欲しいわ」
「む……お話?」
「ええ! 千年に一度すら会えるかどうか分からないフィーネちゃんだもの。この機会を逃すわけにはいかないわ。他の皆にも土産話を持っていかなくちゃね」
どうやらアモルは私をレアな植物か何かのように捉えているらしい。
味気ない返礼の要求に困惑する私だったが、嬉しそうにするアモルを前に断ることなど出来ず、言われるがままに切り株のベンチに座らされ、されるがままに膝枕に収まった。
……なぜ膝枕?
……なぜこうなった?
分かることはあまりにも自然な流れであったことだけだ。
目を開けると、双丘が二つ。
柔らかそうだなあ、などと微睡んでいると、ふんわりとした花の香りが鼻孔をくすぐり、時折投げかけられる蜜のように甘い声と色気のある息遣いは更なる眠気を誘った。
髪を撫でられ、アモルが……いや聖母が微笑む。
「ばぶう」
「うふふ……フィーネちゃんは良く頑張ってるわ……そういえばセファローズちゃんが会いたがってたわよ……覚えてるかしら……挨拶に来る度に『元気にしてますか』って聞かれるのよ……」
鼓膜と心を震わせる旧友の名前──セファローズ。
かつての世界樹事変にて力を合わせ共に戦ったエルフ族だ。
自由への憧れを胸に植物と心を通わす天賦を持ち、自然の始天使の加護を得て正真正銘の「選ばれし者」となった少女は今尚人々を救い歩いている。
あの件以来一度も会っていないが、その活躍は天界から見ていた。
「……そうか……私も会いたいものだ……だが──」
次の言葉を無理やり飲み込む。
温かくなった胸が瞬く間に冷え切った。
我が物顔で草を掻き分ける音。
欲望の滲んだ薄ら笑い。
穏やかだった風に割り込む悲鳴にも似た突風。
そんな異変に気が付いたからだ。
どうやら招かれざる客人が来たらしい……
私は蕩けた表情を引き締めるが、それよりも先にアモルは彼らの方向へ視線を向けていた。
「へへへ、イイ女発見」
「今日の獲物は君たちで決まり〜」
灰色の薄汚れたターバンを巻いた二人の男が近付いてくる。
身軽そうな布生地の服に革製のベスト、腰のベルトには妖しく揺れるナイフ、そして、外道者特有の曇天のような瞳。
推察するに下界で「盗賊」と呼ばれる者たちだろう。
彼らの放った言葉、こちらを舐め回すような視線に警戒心を抱いた私はすぐに立ち上がる。
「……地の民が我々に何のようだ」
声を低くする私を見て、いや、私の頭上付近にあるものを確認した彼らは狼狽し一歩後退する。
おそらく彼らは光の輪を見たのだろう。
愚かにも光の使者である天使に無礼を働いてしまったことに気が付いたはずだ。
天使に色目を使うなど下界のなんたら教団やかんたら教会の戒律に則るならば、彼らは一生牢屋暮らしか最悪断頭台行きだろうが、私はそこまでするつもりはなかった。
信仰や断罪などに興味は無かったからだ。
このまま些事として過ぎ去ることを予想したが、盗賊たちは立ち去ることすらせずに、むしろニヤリと笑みを浮かべた。
「オレ、一度でいいから天使を抱いてみたかったんだ」
「ああ、おんなじ事考えてたぜ。世界の守護者だかなんだか知らねえが女の形をしてるのが悪いんだよ」
そう言って盗賊たちは更に距離を詰めてくる。
片方が腰のナイフに手を掛け、もう片方が革ベストの裏からロープを取り出した。
私は彼らの足元を見て深い溜息を吐き出す。
逃げるなら今のうちだぞ、と心の中で呟いた。
「悪いがオレたちは無宗教派なんだ。お前たち天使にはこれっぽっちも感謝してねえ」
「神の使いなら戦争や貧困を無くしてみろってんだ。おい見ろよ、やっぱ天使ってのはそこらの村娘よりよっぽど上玉だな」
「ああ……しかも向こうのは最高の身体付きをしてやがる」
盗賊たちの視線を真っ向に受けたアモルは俯いていた。
悲しそうに、残念そうに。
何も事情を知らぬ者からすれば、か弱い女性に見えただろう。
だが、違う。
彼女は、自然が傷付けられた時の彼女は、恐ろしく強いのだ。
「そこ、踏んでるわ」
アモルが静かに指摘する。
彼女が指差す先には盗賊の靴に踏まれてへし折れた紫色の小花があった。
「は? おいおいまさか、この花の事を言ってんのか? さすが天使サマはお優しいねえ。ならオレたちにも優しくしてくれよッ!」
盗賊が小花を蹴り飛ばす。
宙に舞う紫色の花弁はアモルの足元に流れ着いた。
そして、盗賊たちの下品な笑い声が沸き上がる。
それがあまりにも耳障りで、僅かだが腹が立った為、立ち上がって四枚の翼を広げたアモルを私は止めなかった。
「あなたたちは植物の気持ちが分からないようね。なら分からせてあげる。『奇跡解放よ──表作【自然の恵み】──裏作【大地の恵み】』」
本日二度目の奇跡。
それも同時発動だ。
無から種子を顕現させ更には急成長させた奇跡。
──今度は二人の盗賊の身体が光を放った。
「な、なんだよ……何も起きねえじゃん」
「やっぱり大したこと──うわっ!」
そうやって声を上げた一人の盗賊。
自身の手の甲を目の前に持ってきて驚愕の表情を浮かべている。
視線の先には本来有り得ない場所に顔を出す新芽。
そう、ヒューマン族である彼の手の甲に発芽していたのだ。
「うふふ、悪い子でもきっと綺麗な花が咲くわよ」
その一言を皮切りに盗賊たちの身体の至る所から大小様々な新緑の芽が出始める。
砂利が混ざったような掠れた絶叫が上がり、肌色の大地から養分を吸い取った草花が根を張り、茎と葉を伸ばし、急成長していく。
その光景は何とも筆舌に尽くし難いほど惨いものだった。
「うわあああああああああああああああああ!!!!」
「痛え!! 苦しい!! たかだか天使が!! どうして!!」
前代未聞の状況に醜く藻掻く盗賊たち。
皮膚を貫き、血管中を異物が巡り、血を吹き出す間もなくポツポツと発芽していく様は見ているだけで身体が震えてくるようだ。
私ですらそこまで恐ろしい魔法は開発したことがないぞ。
闇魔法以外は、な。
「貴様らは喧嘩を売る相手を間違えたのだ……よく覚えておけ……四枚の翼を持つ天使には手を出すな、とな」
盗賊の全身が緑に覆われる直前私は忠告をした。
重なり合う若葉の奥で大きく見開かれる瞳とボソリと呟かれた「始天使様か」という言葉を最後に彼らは動かなくなってしまった。
悲惨な結末を前に呆れる私。
アモルの方を見やれば彼女はニコニコと微笑んでいた。
「久し振りに見たわ、人間樹。植物の気持ちが分かって良かったわね? うん? 人間に戻りたい? それはムリよ。だってヒューマンの生やし方なんて分からないもの」
植物の言葉が分かるアモルは完全に植物となってしまった盗賊たちの声も聞くことができるのだろう。
呆気なく言い放ったアモルの言葉に盗賊たちが絶望する姿が目に浮かぶようだ。
一方で、アモルの方は植物に生まれ変わることができた盗賊たちを心の底から祝福しているに違いない。
なぜなら彼女にとってはヒューマンも植物も同じ自然に生きる生命なのだから。
これまでに何度か人間樹を作り出してきたことがあるような発言に関しては触れないことにしよう。
普通に怖すぎる。
「……お前たちに敬意を払うぞ」
その愚かさにな。
私の記憶が正しければ我々始天使に喧嘩を売ったのは、傲慢なる魔王と強欲の世界樹、そして色欲に塗れたお前たちだけだ。
錚々たる面々に名を連ねたことを今後の余生で誇りに思うがいい。
そして、始天使を堕とすことなど不可能であると知れ。
「そういえばフィーネちゃん、最近デア様を見かけた?」
先程起きた出来事を既に何とも思っていないのか、アモルは呑気な口調で別の話題を振ってくる。
そんな彼女の天然な所を私は嫌いではなかった。
「いや、見てないな。何故私に聞くのだ?」
言われてみればここ最近会っていないことに気が付く。
とは言え、私は引き籠もりがちだし、仕事の上でもデア様と関わることが無い。
私に聞くのは得策ではないように感じるが……
「だって、フィーネちゃんが一番の愛娘だもの」
「……ああ、私は『世界の救世主』だからな」
苦笑交じりに言うと、アモルも肩を竦めて笑った。
お互いに変わり者の創造主を思い浮かべて懐かしい気持ちに浸る。
それから特に話すこともなく、自然とお開きとなり、私は魔法管理局に帰還することとなった。
数年後、ふと人間樹となった彼らを思い出した私は、流石に可哀想だと思い魔法で直してやった。
泣くほど感謝され、終いには抱き着かれそうになったので殺害を仄めかすと、ようやく大人しくなり天使に対する絶対忠誠と二度と私に関わらないことを誓ってくれた。
【プロフィール】
名前:フロスウェル・デア・アモル
種族:天使
年齢:???歳
身長:154cm
体重:50kg
スリーサイズ:B90・W60・H89
趣味:草花の手入れ
容姿:ロングウェーブの髪型、ナイスバディ
注釈:乳牛ってどういう意味かしら?
フィーネちゃん分かる?




