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第17話 星々の始天使 天界崩壊まであと400年


 ここは星々管理局。

 天蓋を奔走する光を観測し、星座を結ぶ場所。

 主は星々の始天使、またの名をステウェル・デア・ルキス。

 太陽を弄び、三日月に腰掛ける彼女は、幼気な笑みを浮かべて地上に陽光と闇夜を落とし込む。


 地の民からは世界の管理者として崇められる一方で「願いを叶えてくれる天使」としても親しまれている。


 一年に一度、星降る夜に催される「祝星祭」では大陸中の人々が夜空を見上げ、感謝と願望を捧げるのだ。

 数え切れないほどの想いが満天の星まで届いた時、天界から流れ星と共に彼女はやってくる。


 その煌めきはあらゆる悩みを吹き飛ばし、人々の心を星々のように輝かせてくれるという。

 

 そんなルキスに私は呼び出されていた。

 星形の紋章が描かれた白扉の前、「勝手に開けるの禁止! ノックして!」と掛けられた札を見て、三度音を鳴らす。

 

 彼女とは三百年振り、「始天使会議」以来になるか。

 相変わらず私のことは嫌いだろうか、と苦笑を口元に滲ませながら待っていると「入ってもいいわよ」と返事があった。

 扉越しでもハッキリと分かる甲高い声は、いつも以上にキンキンしていたような気がする。


 私は真っ白な扉を開け放ち、息を大きく吸い込んだ。

 実際に星々管理局に訪れるのは初めてだったので、若干の緊張感を帯びながら部屋に入った。


 真っ白の部屋にクルクルと回る星々の模型や虹色に輝く不思議な板版、設計図のようなものが視界に映る。

 

「深淵より出で来たりし至高の魔法使いマギウェル・デア・フィーネ降臨! 幾百年過ぎ去りし暗夜の暮れに、星々との邂逅に祝福を捧げよう! 久しいな、我が同胞たちよ!」


 渾身の決めポーズ(右手を広げるついでにマントを大袈裟にはためかせる)と共に、眼前の天使二人に挨拶をする。

 つい先程思い付いた台詞であったが、非の打ち所が無い。

 世界中のマナを司るようになってから万事絶好調だ。


「遅いわよ、フィーネ! 二分も遅刻!」


 と開幕早々文句を垂れたのは星々の始天使ルキス。

 勢い良く席を立ち、こちらを鋭く指差してくる。

 優美で線の細い金髪はさながら天の川のようであり、耳横で二つに結んだ束が忙しそうに揺れていた。

 口を動かす度に見え隠れする八重歯も彼女の可愛らしさに拍車を掛けているようだ。


 いつも通りだな、と感想を抱きかけたが、遅れて彼女の頬が妙に赤らんでいることに気が付いた。

 気になって一瞬目を合わせてみれば、視線を外される。


 私の顔すら見たくないというわけか。

 遂にそこまで嫌われてしまったのか。

 八人しかいない同胞の一人だというのに残念だ、と傷心したところでもう一人の天使が声をかけてきた。


「お久し振りですなマギウェル氏! 慧眼たる神聖眼も相変わらず健在でござるな?」


 彼女の名はオタコ。

 星々管理局の算術担当にしてルキスの守護天使だ。


「オタコ! 御光が封じられし我が右目に、真っ先に触れるとは……もう生かしてはおけぬ! 聖なる炎に抱かれて消えろ!」


「決め台詞キター!! 礼拝! 礼拝!」


 そして、"我が言葉"の理解者でもある。


 遥か昔、我々が世界の管理を任され始めた頃。

 下界では「暗黒時代」として闇に葬られ、天界でも「黒歴史」として皆が顔を俯かせるという、天使が世界の守護者と呼ばれる前の話。


 全てが始まった時、管理業務の振り分けにおいて、大陸の天蓋に浮かぶ岩石群の管理を任されたのはルキスだったが、当時の彼女は計算が苦手……というかアホの子だった。


 天使特有の清楚さとは無縁の男勝りな性格で、隙あらばスカートを捲ってくるようなお転婆少女に、失敗の許されない仕事が務まるのかと我々は心に暗雲を募らせるほどだったのだ。

 そんな矢先に、当然の如く彼女は計算を誤り、小月を地上に急接近させ、同時に異常な海面上昇が引き起こした──通称「星の大洪水」。


 慌てふためく天界でただ一人、「計算ヲタクの俺氏が通りますよっと」と冷静だった天使がオタコなのである。

  

 困惑する我々を差し置いて、ヲタコは自作の天字板(キーボード)という摩訶不思議な道具をどこからともなく取り出して「みなぎってきた」と謎に興奮しながら怒涛の計算を披露。

 星々を操る力を与えられたルキスに的確な指示を飛ばして世界を救ったのだ。

 

 それからルキスの目に留まり……というか総合管理局が半ば強制的に星々管理局への異動を決行して現在に至るというわけだ。


「心眼の持ち主オタコよ、貴様は元気にしていたか?」


「モチのロンですぞ! 太陽クンと月たんと小月ちゃんの三角関係にモエーな毎日でござる。最近は小月ちゃんが太陽クンの強引な引力に振り回されっぱなしで──」


 一見変わり者だが、彼女はスゴい奴なのだ。

 また、深い意味は無いが、先入観による誤解を解く為に外見について補足しておくと彼女は太ってはいない。


 確かに胸は大きく太腿には柔らかそうな贅肉が付いている。

 しかし、くびれはあるし例にも漏れず顔立ちは整っていて、丸ブチ眼鏡の奥には純粋な光を蓄えた瞳があり、気さくな笑顔とノリの良さも相まって女性としての魅力を感じる。


 まあ、一言で言えば彼女はエロい。

 人前に出れば「アイツの良さに気がついているのは俺だけだろうなあ」と何故だか満足気に頷く過激な信仰者を集めそうな風貌だ。


 重めの前髪と後ろ髪を無造作に結んだだけの外見は一見洒落っ気がないように思えるが、それはあらゆる可能性を秘めていることと同義であり、「はじめてのデート」で「君のためにお洒落した」彼女が現れれば全男子が心を射抜かれてしまうだろう。


 と、私の主観的意見はこのくらいにしておいて、そろそろ本題に移ろうじゃないか。

 こう見えてあまり暇ではないのだ。

 最近はお昼寝の時間を八時間ほどしか確保出来ていない。


「それで、何用なのだ? わざわざ呼び出すなんて珍しい」


 珍しいというか初だな。

 かつては女神デア様を含んで睡眠を共にした仲だったが、今では「同僚」という言葉がよく似合うほど薄っぺらい関係だ。


 それを証明するように今も返事がすぐに返ってこない。

 ルキスに投げかけたつもりの質問だったが、当の本人は口をモゴモゴと動かして困ったようにオタコの方に視線を送っている。 

 そして、何故か「頑張るのですぞ!」と小声で応援されていた。


 一体何を頑張るというのだ。


「こ、今度……! 星の月に『祝星祭』があるでしょ? い、い、一緒に光臨してあげてもいいわよ?」


「え、なんで?」


 私らしくもなく咄嗟に言葉が出てきてしまった。

 全く意図が分からない。


 「祝星祭」は星々の始天使の催しである。

 地の民は年に一度の聖夜を心待ちにしており、信仰度の収集率からしても天界でも一目置かれていると聞いたことがある。

 魔法の始天使である私が出る幕ではないことは主催者であるルキスが一番心得ていることだと思うが。


「な、なんでって……たまには良い、でしょ?」


「そんなこと言っても貴様は私のことが嫌いじゃないか。誰の差し金なのか分からないが無理しなくていいぞ」


 私の一言にルキスは目を大きく見開き、やがて薄っすらと涙を浮かべた。


「はあ!? ……アタシは……!! アンタのこと……す、す、す、す、す、す」


「す??」


「す、素晴らしいと思うわ! 実はシオンに言われてたのよ。フィーネが大変そうだから相手してやってくれってさ。あーアンタと一緒に行かなくてすんで気が楽になったわ。あ、そうだオタコも用があるらしいわよ?」


 そう言ってルキスは大きく鼻を鳴らした。

 そんな一部始終を黙って見守っていたオタコは急に話を振られて驚きつつ、役目を終えたように背を向けてしまったルキスに物悲しげな視線を送った。


 そうしてオタコは奥歯を噛み締めると、いつもの陽気な雰囲気に戻りこちらを向き直る。


「マギウェル氏、不明遺物(アース・ファクトゥム)について詳しくご存知ですかな?」


 またもや予想外の質問に私は内心唸る。

 以前にも記述したことがあったが、不明遺物アース・ファクトゥムとは大陸各地に点在するその名の通り由来も存在意義も不明なオブジェクトだ。

 

 私が生まれ落ちた時には既に地面に突き刺さっていた為、おそらく女神デア様が造られた物なのだろう。


 そんな圧倒的なロマンを感じさせる物体に私が興味を抱かないわけもなく、直接女神デア様に質問したことがあった。

 しかし、「世界を救うものですよ」といつも通りの回答があっただけ。

 彼女は何でもかんでも平和と救済に結び付けるのでヒントにすらならなかったのだ。


 そうは思いつつも彼女はいつだって正しいので、多分、おそらくは、いつか世界を救う時が来るのだろう。


「いや、アレは私も管轄外だ。大いなる可能性を感じるが、それまでだな。何か進展があったのか?」


「いや、進展と言う程のことではないでござるが……先日何者かの願いの痕跡が不明遺物アース・ファクトゥムに見えましてね。願いが宿るということは意志がある、もしくは動き出す可能性が微粒子レベルで存在しているというわけで、マナの専門家であるマギウェル氏であれば何か分かることがあるのではと考えた次第でつ」


「そうだったか。だが役には立てないな……不明遺物アース・ファクトゥムにマナの息吹は感じられない。夢を現実にする聖杯のような器になら成り得るかもしれないが……それなら魔法で充分だ」


 とはいえ気にならないといえば嘘になる。

 余暇があれば視察に向かってみようか。

 遠い未来の果てには使い方を発見し、何らかの道具として利用出来るかもしれない。

 まあ、魔法に並ぶ実用性は絶対に無いだろうがな。


「聖杯……ワクテカする響きですな。ひとまずこの件に関しては星々管理局で預かっておくでござる」


「うむ、私も閃きがあれば報告しよう」


「マギウェル氏は開発の天才ですからね(意味深) っとこれ以上多忙なマギウェル氏を足止めするわけにはいきませんな。マターリしていって欲しいところですが──オウフ!!」


「何よ──ああ!!」


「ん?」


 オタコが椅子を戻した衝撃で机の上から何かが落ちた。

 その場にいた誰もが、いや特にルキスが肩を震わせて驚く。

 あわや地面に直撃する寸前で、俊敏な反応を見せたオタコは何かをキャッチして見事惨事を回避する。


「セ、セーフ。危うくステウェル氏からマギウェル氏への贈り物を台無しにする所だったでごさる……ふう……失敬失敬」


「ちょ、ちょっとオタコ……!」


 贈り物という言葉に、誰から誰へのという言葉にこれまでの真面目な雰囲気が一変する。

 ほろ苦く甘酸っぱい空気の中、「また俺何かやっちゃいました?」とおとぼけ顔のオタコと、首元まで真っ赤にして私を伺ってくるルキスがいた。


 聞かなかったことにした方が良いかもと一瞬思ったが、名前を出された以上聞く権利もあるはずなので思い切って聞いてみる。


「贈り物? 私にか?」


「べ、別にそんなんじゃないし! たまたま見つけたっていうか、捨て場所に困ってた物をアンタに──」


 またもや早口で捲し立て始めたルキス。

 それを遮るようにオタコが意味ありげに咳払いをする。

 対してルキスは一瞬恨めしそうに睨んだが、やがて観念したように溜め息を吐いた。

 

「──そうよ……最近アンタが頑張ってるって聞いたから、何か出来ることはないかと思って作ったのよ。余計なお世話を焼いて悪かったわね。失敗もしちゃったし別に受け取らなくても──あ」


 ルキスの手に渡り、机の引き出しに仕舞われそうになったそれを私は若干強引に奪い取る。


 綺麗な星が二つ付いたペンダントだった。

 何から何まで金色に輝いており、少しだけ歪曲したところもあるがそれも一興で、双星からは不思議な力を感じる。


 実際に身に着けてみると、サイズはピッタリだった。

 そういえば「星屑宿りし三角帽子」と「闇夜を背負う外套」を貰った時もこんな感じだったことを思い出す。


「ありがとうルキス! 嬉しいぞ!」


 私は自然と笑っていた。

 ルキスが気遣ってくれたことが嬉しかったのだ。

 それに私が思っているよりも嫌われていなかったのだと安堵する気持ちもあった。


「ふ、ふん! いい? 次会った時に付けてなかったら許さないから! ほら、分かったらさっさと行きなさいよ!」

 

 何故か怒られながら退出を促される私。

 背中をグイグイと押されて、部屋から締め出される瞬間に嬉しそうな顔をするルキスと、腕を組んで気色悪い笑みを浮かべるオタコが目に入った。


 愉快な連中だな、と頬を綻ばせながら私は魔法管理局に戻るのだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 訪問者が去った星々管理局。

 数ヶ月前から練っていた計画を何とか無事にやり切った一同は充実感の帯びた溜め息を付いていた。


「でゅふふ、花丸には届きませんが、超が付く程のツンデレであるステウェル氏にしては上出来でしたぞ」


「……うっさいわね……でもありがと」


 ゴニョゴニョと礼を言う星々の始天使。

 気を取り直そうとするが、どうしても口元に笑みを浮かべてしまう自身を恥ずかしく思いながら椅子に座った。


 すると必然的に机上の星座図が目に入る。

 キラキラと輝いていた心に薄っすらと黒い影がかかった。

 すぐに忘れてしまおうと努力するが、意外と、そして面倒なことに生真面目な一面もある守護天使がそれを許さなかった。 


「そういえばステウェル氏、『赤い星』のことは言わなくても良かったのでごさるか?」


 守護天使の一言に部屋が静まり返る。

 重い沈黙を破ったのは星々の始天使の呟きだった。


「だって天界が崩壊するなんて……ありえないもん」


備考

【プロフィール】

名前:ステウェル・デア・ルキス。

種族:天使

年齢:???歳

身長:147cm

体重:39kg

スリーサイズ:B75・W53・H75

趣味:占い、人の恋愛を応援すること、妄想

容姿:童顔、ツインテール


注釈:特に無いけど。


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