第16話 幕間 天界崩壊まであと700年
緑風乱れる森林大決戦の末、世界樹は消失した。
マナ循環は均衡を崩し、総マナ量の減少とそれに伴う全生命の弱体化が危惧される事態となった。
種の絶滅、生態系の崩壊、世界崩壊の危機である。
こんなことを誰がやらかしたのか?
はい、私です。
私がやりました。
天使初の追放者が出るのではないか、むしろ天界が責任を負わされるのではないか、と様々な憶測が飛び交う中、私は初めて他人に頭を下げてなんとか執行猶予の確保に成功。
汗と涙を拭いながら問題解決の為に動き出した。
──私の解決策。
それは大昔に封印した魔法の研究を再開すること。
魔法の名は【吸収】
外部のマナを取り込み、我が物とする魔法だ。
あまりの反則さに、封印した私以外誰も知らない「禁忌魔法」の範疇である。
これを用いて、マナの抜け殻ともいえる「ロストマナ」を吸収し、私と【吸収】を媒介して、生命活動に必要不可欠な「アライブマナ」として再生させようと考えている。
要は私が世界樹の代わりになるという話だ。
計画は完璧。
しかし、正直迷っていた。
いや、私は恐れているのだ。
世界中のマナを吸収した暁に。
私が始天使以上の存在になってしまうことを。
そんな懸念を嘲笑うように、魔法はあっという間に完成してしまった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
かつての私は眺めていた。
傲慢と恐怖による支配から解放されたヒューマンを。
灰色の大地に種を蒔く聖女と、それを笑顔で見守る勇者を。
かつての私は眺めていた。
世界樹から解き放たれたエルフ族が外界と接触する瞬間を。
遂に夢を叶え、一風変わった薬草師として世界を救い歩く友人の誇らしげな表情を。
始天使マギウェル・デア・フィーネの軌跡。
私の大切な思い出は、止め処なく流れ込んでくる「ロストマナ」によって掻き乱されていた。
飽和を超えたマナの奔流、使用者の息吹、存在しないはずの記憶が私を襲い続ける。
遂には目覚めたまま悪夢を見始めた末に、全てを受け入れられるようになり、私は全てを超越した。
全能感と一抹の不安のみが肉体を構築しているようだ。
私は女神をも超える存在となった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
力ある言の葉を操り、無限の根源に接続せよ。
至る所に可能性は秘められている。
ひとつ捻れば発火せん。
ひとつ絞れば発水せん。
ひとつ押せば発風せん。
ひとつ握れば発土せん。
ひとつ叩けば発雷せん。
生かせば光に。
殺せば闇に。
全ては心次第である。
魔法の力に飲み込まれることなかれ。
出典
至高の魔術師マギーネ、「青の魔術書〜魔法の実践編〜」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
全てのマナが集う場所、魔法管理局。
今宵は稀有なことに深淵黎明天衣団の団員が勢揃いしていた。
その上、魔法訓練をしているというのだから驚きである。
地の民たちは大雪を警戒するべきだろう。
「熱き炎よ、灼熱の痛みを集め、敵を撃ち焦がせ【|火球《ファイアボール】」
副団長バニーが手を翳すが何も起きない。
沈黙の後、彼女は顔を顰めて、自身の手の平に異常があるのではないかという風に確認していた。
私は溜め息を飲み込んで、副団長に近付いた。
「それは詠唱ではない。ただ言葉を発しているだけだ」
「何が違うんですか」
「貴様には魔法を想う心が! 打ち震えるような魂が! 我が身を犠牲にする覚悟が! 込められていない!」
「うわ……あつくるしい……」
味気無い突っ込みに狼狽えながらも、訓練の続きを促す。
彼女に強いているのは火属性の初級魔法【火球】
俗に言う魔法適性が無い者でも生涯を懸ければ習得できる程度の簡単な魔法なのだが、上手く行かない。
私の守護天使は圧倒的に才能が無いのか。
違う。
単純にやる気がないのだ。
「熱き炎よ、ひゃ、し、しゃくねつを……はあ……」
─
「そこの兎! 諦めるんじゃない!」
「人は諦める生物なんですよ……っていうか何で今更魔法を習ってるんでしたっけ。寝込みを強引に襲われたので聞いてませんでした。あと、お酒下さい」
酒の要求はさておき至極真っ当な事を訊ねてくるバニー。
確かに今更すぎるだろう。
彼女を拾ってから幾千もの時が経ったが、魔法を教えるのはこれが初めてである。
それは彼女の意志を尊重した結果であり、「心を自由に」という魔法管理局の矜持を保つ為でもあった。
しかし、それを捨ててでも魔法を覚えさせたい事情があった。
「実は魔法管理局の拡大を考えているのだ」
「え……」
これからの魔法管理局はマナも管理対象となる。
世界に宿る膨大なマナを制御しつつ、魔法の接続と開拓を並行していくにはより多くの人手が必要になる。
それに世界樹の一件で気が付いたのだ。
仲間と協力することの大切さをな。
「副団長であるバニーには指導者も兼任してもらいたい。中級魔法くらいは簡単に扱えるようになってもらわなければな」
私はバニーの耳飾りを取る。
すると【透明化】の魔法によって隠されていた光の輪がひょっこりと顔を出した。
酒ばかり飲んでいるが、彼女もれっきとした天使。
世界の管理者の一人なのである。
私の気持ちが届いたのか、バニーは真面目な顔になった。
「もういいです……マギウェル様なんて知りません……」
「お、おいッ!」
驚いて声を掛ける私を無視してバニーは魔法管理局から出ていってしまった。




