第15話 世界樹の末路 天界崩壊まであと700年
【世界樹の森】に光が降り注ぎ、風が踊る。
緑の化身と翠緑の語り手は心を結び、碧き運命は交差する。
『姉御、どうか儂らを使ってくれ。姉御が望んでくれるなら、緑は剣となり盾となり、手足となりましょう』
「セファローズ! 今こそ貴様の心を解放するのだ!」
私は操縦席に乗り込み、声をかけた。
莫大なマナが満ち、自然の意思が錯綜する森。
今なら"無限の根源"に接続できるはずだ。
そして、覚醒めよ──新たなるマナの使い方に。
「うん……皆、私に力を貸して─【翠緑の指揮者──序曲・操り手】」
セファローズの紡ぐ言葉は、詠唱とは異なる軌跡を描き、マナと接続する。
彼女の想いが、自然の意志が、混じり合う。
そして、大いなる力が湧き出した。
虹のような光を纏い始める草木。
彼らは枝を伸ばし、葉を漲らせ、根を絡ませた。
自由を得た緑は、手足を失った岩石人形と一つになる。
堅固な岩石を中心に、強靭な草木が繁茂して手足となり、私たちは再び屹立した。
「諸君の協力、感謝する! 暴走せし世界樹を打ち倒すは……デウス・エクス・テラ バージョンツーだ!!」
『姉御! 儂を手に取ってくれ!』
「よォーし! 森よ、今こそ反撃の時! 【翠緑の指揮者──第二曲・叛逆】」
セファローズの掛け声に一本の古木が呼応する。
主よりマナを与えられた古木は枝葉を上に上に、怒髪冠を衝くように伸ばしていき、やがて長槍を象った。
収束した葉は風をも切り裂く刃となり、生命力に満ちた蔓は長槍に更なる強靭さを与えた。
私とセファローズ──岩石人形は長槍を掴み取り、世界樹と対峙する。
今や操縦に分担など無い。
我々は三位一体、一心同体であった。
『オノレ雑兵共メ……許サンゾ』
「フン……そうやって見下してるから反乱されるのよ」
「さあ、今こそ決着の時!」
『全テ木ッ端微塵ニシテクレル!』
世界樹の暴力的な圧。
それは我々で言う怒りと似ていた。
奴は唯一残された枝を縦横無尽に打ち付けてくる。
先程までは防御するしか無かった攻撃。
しかし、自然を味方に付けた今は回避可能だ。
「「遅いッ!」」
格段に素早い反応。
靭やかな回避。
それから派生する茨のように鋭い反撃。
世界樹の野太い根を叩き斬った。
『小賢シイゾッ!!』
更に怒り狂った世界樹は攻撃の速度を上げ、私たちを追い詰めんとする。
これが奴の本気なのだろう。
回避では間に合わない。
私たちは世界樹の攻撃を長槍で払い続けた。
勿論、長槍の使い方など心得ていない。
恐らくセファローズもそうだろう。
何処かで見た魔王軍将軍とは程遠い、行き当たりばったりな槍捌きは、長槍本体に負担をかけてしまっている。
「フィーネ……! このままじゃ槍がマズいわ」
「だが、奴の枝も折れそうだ……ここは退くか?」
『いや、その必要は無いぜ。儂諸共やっちまってくれ』
長槍もとい古木の言葉に神妙な面持ちで頷くセファローズ。
一瞬口を出しかけた私だったが、逡巡して口を噤んだ。
弱肉強食である自然の中を生き抜いた彼らだからこそできる決断を、私は尊重すべきだ。
彼らの覚悟を感じ取った私は真正面に向き直る。
いよいよ終幕だ。
『貴様ラナド! 虫螻ノ如ク貴様ナンカ二!』
「……行くわよ、フィーネ! 遅れを取らないでよね!」
「ふん……誰に言っている!」
長槍を構え一気に距離を詰める。
地面が抉れ、激しい風が吹いた。
世界樹の痛恨の薙ぎ払いと私たちの渾身の一撃が衝突する。
結果は相打ち。
世界樹の枝は折れ、長槍も折れてしまった。
『行け、姉御、始天使。儂らの想いを遂げてくれッ!』
気持ちと気持ちのぶつかり合い。
最終的な対決は……根競べだ。
岩石人形は両腕を大きく広げ世界樹を掴む。
それに世界樹は強く根を張って対抗する。
「「うおおおおおおおおお!!」」
『オオオオオオオオオオ!!』
体力、力、耐久力はほぼ互角。
勝敗を決めるのは心の強さ。
次第に地面に亀裂が入っていく。
地中深くまで伸びた世界樹の根が剥がされていた。
その瞬間、私は勝ちを確信した。
奴の腐った性根ごとそのまま引っこ抜いてやる。
「「どりゃあああああああ!!!!」」
『何ダト!! ウオオオ!!』
死闘の末、世界樹が空を飛んだ。
前代未聞の出来事だろう。
そんな有り得ないことも実現可能だ。
そう、魔法ならね。
「どーよ! 空を飛ぶ感覚は!」
「ついでに、馬鹿にしていた魔法に瞬殺される感覚も味わっていくといい! 『熱き炎よ、大空に弾け、満開の花を咲かせよ【花火】』」
上空に咲き誇る炎の花。
それは眩い輝きと共に世界樹を焼き尽くすのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
此度の仕事「世界樹の剪定」が無事……いや、何とか終わり、私は天界に帰還することとなった。
エルフ族は全員無事。
激戦によって穴だらけになった地盤は魔法で修復した。
と美談のようになっているが、私の足取りは重かった。
またもや勢いに任せて行動してしまった。
世界の管理者たるものが、自然界の象徴、そしてマナにとっての重要機関を消滅させてしまうとは。
総合管理局の連中、いよいよ怒ってくるだろうか。
「マギウェル様、エルフ族一同心より感謝申し上げます」
「ああ……そう言ってもらえると私も助かる」
頭を深々と下げる長老カルディオスと背後に並ぶエルフ族たちに少しだけ心が救われる。
世界樹を失って最も影響を受けるのは彼らに違いない。
繰り返すことになるが、エルフ族は世界樹の守り人だ。
その使命を全うすることで、世界樹と自然からの恩恵を受け生活してきたはず。
私のせいで彼らは所謂無職になってしまったのだ。
「この無能始天使」、「ちゃんと管理しろ」とボコボコにされることを覚悟していたが、案外そうでもなかった。
「貴女様の御活躍により我等は自由を得ました。全てはフロスウェル様次第ですが、もしかすると結界の外に出られる日が来るやもしれません」
長老カルディオスはその堅苦しい表情に少しばかりの笑みを滲ませて言った。
その背後にいるエルフ族たちもどこか晴れ晴れとしている。
子供の「外に出られるの?」という小さな声と、それに優しげな笑みを浮かべる母親が見えるのがその証拠だろう。
エルフ族は世界樹を守ることに誇りを持っていると、私は天界から見るうちにそう判断していた。
だが、実のところ彼らにとってその使命は呪縛のような存在だったのかもしれない。
不幸中の幸いというか、破壊だけでなく恩恵も与えられたようで安心する。
「アモルには私から進言しておこう……あと、世界樹の件は私が何とかするので気にしないで下さい。多分大丈夫です」
古来より開発中の魔法を頭に浮かべる。
頭がどうにかなってしまいそうなシステムである為、遠回しにしていたが、いよいよ着手するしかなくなったらしい。
これも良い機会だと思うことにしよう。
「左様で御座いますか。重ねて感謝申し上げます。それと引き留めてしまうようで申し訳ありませんが……最後に彼女と会って頂けませんか。セファローズ! 出てきなさい!」
長老カルディオスの言葉に、木陰からチラチラと伺っていた影がビクッと跳ねた。
暫くしてやってきたセファローズは緊張した面持ちであった。
出会った頃と似たような状況だな。
「も、もう行くのね……?」
「うむ。仕事が山積みだ」
「……そっか」
と静寂が訪れた。
セファローズはもじもじしている。
何か言おうとしているのだろうが、葛藤しているようだ。
そんな彼女をなんとなく理解できそうで理解できない私。
一歩距離を縮めた。
「ようやく旅に出られるな」
「そ、そうかもだけど……それだけじゃ意味ないっていうか、アタシはその……アンタと…………」
「ん?」
「……ねえ、また会えるよね?」
耳先まで真っ赤にして瞳を潤ませるセファローズ。
私は強く頷いた。
無理だ、という本音を飲み込みながら。
「天界からセファローズの旅に幸があらんことを願っている! きっと大丈夫だ……! 何故なら私の相棒だからな……!」
私は翼を大きく羽ばたかせ、空に浮かび上がった。
目下で何かがキラリと光ったことを視認する。
「アタシ、絶対活躍するから! アンタが見逃せないような立派な旅人になってやる!」
「……良い心構えだ……碧き旅人とエルフ族に光の祝福あれ!」
勢いのままに結界をブチ壊しながら、私は天界へと帰還した。




