第14話 世界樹と散髪と微妙な仕上がりと その3 天界崩壊まであと700年
──デウス・エクス・テラ、胸部。
岩壁の搭乗室、横並びの操縦席。
「よし! 上半身の操縦は私がやる! 下半身は任せたぞ!」
私は右側のセファローズに声をかけた。
「きゅ、急すぎない!? どーやって動かすのよコレ!」
「そんなの決まってる、心だ……!」
「ホント雑ね! アンタ!」
そう言いながらも、呼吸を整え始めるセファローズ。
彼女の鼓動と意志はやがて、岩石人形と接続する。
そして、私たちは地面を揺らした。
「さすがは私の見込んだ者なだけある!」
「く……中々難しいけど……ね!」
「そういえばセファローズよ……勢いに任せて搭乗させてしまったが大丈夫か? このままでは世界樹と戦うことになる」
「今更すぎるわね……でも、平気よ。世界樹をぶっ飛ばせばアタシたちエルフ族は自由になれる。それに……結構嫌いだったのよ、アイツ!」
笑みを浮かべるセファローズに私も頷き返す。
部外者に対して友好的で外界を夢見るエルフ。
エルフ族は伝統と戒律を重んじると聞き及んでいたが、やはり彼女は例外のようだ。
そんなセファローズを私は気に入っていた。
しかし、彼女はエルフで私は天使だ。
天変地異でも起こらない限り、道を共にすることはないだろう。
嬉しいような悲しいような、そんな複雑な感情をどう処理して良いのか私には分からなかった。
「とにかく! 共に世界樹を葬り去るぞ!」
「オオー!」
世界樹とほぼ同等の背丈である岩石人形の歩幅は、途方も無く大きく、ほんの数歩で世界樹と相対した。
両者は出方を伺って睨み合いとなる。
『岩人形如キデ我二楯突クカ、始天使ト裏切リ者メ』
「うわッ! 声が聞こえる! 脳内に直接式じゃないわ!」
「セファローズの天賦をデウス・テクス・テラに適応させたのだ! 魔法を用いれば私だって植物と心を通わせることが出来る! どうだ! 魔法はスゴイだろう!」
私は世界樹にも聞こえるように叫ぶ。
これこそ魔法の真骨頂。
魔法とは無限の可能性なのだ。
『御託ハ要ラヌ。"手品師"よ、カカッテコイ』
「貴様ーッ!! それを言うかッ!! 『静かなる土石よ、大いなる意思の下、合体せよ、放出せよ【岩石砲】』!!」
岩石人形の右腕が変形し、大砲を象る。
寸刻後、轟音と共に強烈な土魔法が放たれた。
砲弾はマナで強化された岩石、砲筒は砲弾が通過する度にマナを上乗せする特別仕様だ。
初級魔法だが、威力は絶大。
いくら世界樹でも喰らえばひとたまりもないだろう。
「命中ッ!! やったかッ!?」
「……ッ! 危ないッ!」
セファローズの声とほぼ同時に左方から衝撃が走った。
岩石人形が激しく揺れ、転倒しかけた所をセファローズが歯を食いしばり、何とか耐え抜いた。
世界樹は生きている。
樹冠の下部一割程度が欠けているところから察するに、枝を犠牲にして守ったのだろう。
『ソノ程度カ。何度打トウガ、微風ニモ届カン』
「私の全力の魔法を微風だと……?」
私は愕然とする。
土属性究極魔法【岩石仕掛けの神】から放たれる【岩石砲】は火力で言えば最高クラスだ。
それで世界樹全体の一割未満にも届かないダメージ。
一方、先程の攻撃で岩石人形が受けた衝撃はかなり大きい。
クソ……火属性魔法を使うか?
【火球】であれば焼き切る事が可能だろうが、周囲には木々とエルフの民がいる。
何の罪もない彼らを殺すというのか。
いや、私であれば制御可能か……だがしかし──
「シッカリしなさいフィーネ! アンタの力はそんなもんじゃないんでしょ!」
「セファローズ……! そうだな……私としたことが……ありがとう」
『傷ノ舐メ合イカ。無様ダナ。我ノ怒リヲ喰ラエ』
世界樹は枝を大きく広げる。
すると、周囲の木々が呼応したように揺れ始めた。
私と同等、いや、それ以上のマナが集まっていく。
「何よアレ……皆が、枯れていく……?」
セファローズの言う通り、目下の緑が掠れていく。
木々に宿るマナを吸い上げているのだろう。
アレは魔法?
いや、違う。
もっと粗悪で暴力的な力だ。
「マズいぞ……! 避けろッ! セファローズ!」
「ムリよ! 里が、皆がやられちゃう!」
「そうか……! クソ……【反撃】、駄目だ、コイツは開発中……ならば……いや、間に合わん! ええい、『【詠唱破棄】──【岩壁】』」
左腕を盾に変え、断崖絶壁を作り出す。
まさか邪道中の邪道、開発者の私ですら忌み嫌う【詠唱破棄】を使う羽目になるとは。
だが、おかげで防御は間に合った。
そう安心したのも束の間、殺意に満ちたマナ塊が私たちに襲い掛かってきた。
私が痛みを受けていると錯覚するほどの攻撃。
その渦中、私は吐き気を抑え、セファローズは叫んでいた。
攻撃は数十発ほど続き、何とか耐え切った頃には岩石人形の左腕が消し飛んでいた。
「な、何て攻撃なの……フィーネ、血が出てる……!」
「この魔法の欠点は、岩石人形と術者が結び付きすぎるところだな……」
私と岩石人形は今、マナを通して繋がっている。
とは言え、ほとんど程度の攻撃は強固な岩石とマナの防御力で無効化できるはずだが、世界樹の放つ攻撃は規格外のようだ。
「っていうか他の始天使たちは助けに来ないわけ!?」
「それは期待しない方が良い。お互いの仕事には干渉しないのがルールだからな」
ルールというか暗黙の了解だな。
天界創始当初は仲良しこよしで運営していたが、ちょっとした連携、確認不足の度に世界に悪影響を及ぼしていた。
そんな事が続いて、数々の災害を招いた結果、孤立した管理局を持った方が良いという結論に至り、現在の個別管理、完全自己責任の形となったのだ。
助け合うことも無くなってしまったが、始天使同士の衝突という線も消し去ることが出来た故、誰も文句は言えないのだ。
「じゃあどうするのよ!」
「だ、大丈夫だ……まだ手はある。セファローズよ、これより全操縦を委ねるぞ」
「え? アンタはどうするのよ?」
「ククク……私がマナの真の理解者でもあることを奴に思い知らせてやるのだ……」
私は立ち上がり、【転移】により岩石人形の頭頂部へ躍り出た。
荒々しい風が金色の髪を嬲る。
手を広げ、意識を集中させた。
そして、世界樹のマナを掌握する。
「『目下に広がる、始まりの土石よ、我に力を【土塊】』」
土属性の初級基礎魔法。
狙いは世界樹の枝、その根元だ。
私は枝に流るるマナを静止し、凝固、土石化させた。
その結果、世界樹の逞しい枝が根元から砕破する。
『……此レハ……我ガ子ガ言ウ事ヲ効カヌ』
「ふん……貴様を丸ハゲにしてやるぞ!」
『天使如キガッ!!』
激昂する世界樹。
だが、先程のマナ攻撃は使えない。
奴に残された手段は枝による打ち付けのみ。
ここからは消耗戦だ。
「セファローズ! とにかく避けてくれ! 里や他の木に当たりそうな攻撃は受け止めてくれていいからな!」
「そ、それって全部受けることにならない!?」
「それでもいい! やりたいようにやるんだ!」
「……ッ! うん!」
そこから始まったのはただの殴り合いだった。
私の【土塊】による部位破壊。
世界樹の鞭のように強靭な攻撃。
それが交互に繰り返され、お互いの身体を壊し合った。
私もセファローズも、おそらく世界樹も苦悶していただろう。
血の代わりに枝と岩が散らばった。
最初は互角に思えた戦いだったが、時が過ぎるに連れて勝敗が見えてきた。
『隙有リ。四肢ハ貰ッタ』
「……クソッ!」
岩石人形は四肢を失い、言葉通り岩石となっていた。
敗因は継続損傷だ。
大地を集結させて作った岩石人形は、防御や回避、移動、全ての行動において身体を消費していた。
砂塵のような差であったが、長きに渡る戦いで積もりに積もり、岩山のように大きな痛みとなってしまったのだ。
行動不能となった私は"その時"が来るのを待つだけだった。
「このままじゃ……!」
セファローズの焦燥に満ちた声。
私から姿は見えないが、操縦席で活路を求めて藻掻いているのが感じ取れた。
『愚者ニシテハ健闘シタナ。シカシ世界ヲ束ネル我ニハ勝テヌノダ。天使ト裏切リ者ヨ、今楽ニシテヤル』
樹冠を除き、世界樹に残された枝は一本。
最後の武器を奪えなかった私たちは、このままでは敗北する。
逞しく、鋭く、恐ろしい枝が迫る。
『姉御、助太刀するぜ』
「ッ……え?」
剣のような枝を、払い除ける枝があった。
岩石の足元から不自然に伸びる枝。
それが私たちを攻撃から守ってくれていた。
『姐さん、遅れてすいやせん!』
『オレたちも混ぜてくれよ!』
『一緒にアイツをブッ飛ばしましょう!』
「み、みんな……!」
その声の正体は木々たちであった。
生命の循環を担う緑の象徴。
セファローズと心を通わす者たちだ。
『魔法のネーちゃんも! いいよな!』
『頭から「神託」を頂きました。「ずっと面倒だったし倒しちゃっていいわよ〜」だそうですぜ』
『オレたち、前からアイツにイジメられてんですよ! 植物同士が攻撃なんて掟破りですけど、許可下さい!』
その言葉に私は笑みを浮かべた。
「碧き生命たちよ!! 我に力を貸してくれ!! そして、始めようじゃないか! 天界と自然の厄介払いを!」




