第13話 世界樹と散髪と微妙な仕上がりと その2 天界崩壊まであと700年
「この私に傷を負わせるとは……」
嘆息の滲んだ声を漏らす。
傷と言っても口元が切れただけ。
たかが切り傷。
されど切り傷だ。
私は動揺を抑えきれないでいた。
破壊不可能とされる天使の身体にヒビが入ったのだ。
新雪のような肌の上で圧倒的な存在感を放つ深紅。
それは不老不死であるはずの私に「死」を思わせた。
こんな事が出来るのは、天使と同等以上の力のみ。
ようやく晴れてきた土煙の中で立ち上がり、前方を見やる。
視線の先には巨大な世界樹、そして小さな人影。
「世界樹サマ!! ど、どうか怒りをお鎮め下さい!!」
手を広げて声を張り上げるセファローズ。
彼女の視線の先には、枝を揺らし、膨大なマナを発し、暴れ狂う世界樹の姿があった。
その風貌は樹木などでは無く、さながら怪物のようだ。
他のエルフ族も止めに入ろうとしているが、暴風の如く吹き荒れるマナの奔流に近付けずにいる。
少し離れた古木の傍らでは、長老が血を流す子供を庇っていた。
「わ、私のせいだ……」
このままではエルフ族に、いや世界に甚大な被害が及ぶ。
今までに感じたことのない焦燥。
魔法しか能のない頭で、必死に解決策を探る。
かつての世界樹の暴走では、ほぼ全ての始天使が揃って頭を垂れ、七日間の首吊りを以て罪を償った。
私は天界に身を潜め、同胞たちに防御魔法をかけて身を守る担当だった為、その場にはいなかったがな。
よし、今回も謝罪しよう。
心込めて首を縊ろうじゃないか。
「おーい! 世界樹ー!」
「ちょっ!? フィーネ!?」
「たかだか木の枝一本だが、すまなかったなー! ほら、この通りだー!」
私は身体が折り曲がるほどのお辞儀を披露する。
正直そこまで怒ることか、と内心思っていたので誠心誠意とはいかないが、形だけは見事な謝罪だったと自負出来る。
怒りの沸点は人それぞれ違うらしいからな。
下手に言い訳はせずに謝罪だ。
「──フィーネ……!! 危ない!!」
「うわっ!!」
私の頬をナイフのような枝が通り過ぎた。
セファローズが突き飛ばしてくれなければ、雁首を飛ばされていたかもしれない。
私は一瞬驚愕し、それから怒りを覚えた。
そして、世界樹を睨みつける。
「私の謝罪に攻撃で返答するとは! 面倒な奴とは聞いていたが、貴様、度が過ぎているのではないか!」
空を覆い、太陽を遮る世界樹に怒号を飛ばす。
私が悪いのは間違いないが、腐っても始天使だぞ。
その上、世界樹が阿呆みたく放出するマナを安定化し、管理しているのだ。
感謝されこそすれ、ここまで非難される覚えはない。
だが、私の考えは通用していないらしい。
世界樹は敵意丸出しのマナで、攻撃する隙を今か今かと伺っていた。
「『始天使如キノ謝罪ナド受ケ入イレヌ』ってさ……」
「なっ……!? 本当にそう言っているのか!」
「う、うん。でも、諦めずに謝るしか無いわよ!」
セファローズの言葉に頷く。
不満もなくはないが、この悲惨な状況を覆せるのならば我慢しよう。
私は腹の底で疼く怒りを抑え、和解を試みることにした。
「もう一度言うぞ! すまなかった! 確かに髪型は大事だ! 私のせいで円形脱毛のようになってしまった!」
「『馬鹿ニシテイルノカ』って更に怒ったわ」
「馬鹿になどしていない! そもそも私は髪型などの陳腐な事で悩んだりしないからな! 馬鹿にする以前に興味が無い!」
「『フザケルナ、新入リ天使風情ガ』だって……アンタ、真面目に謝りなさいよ……!」
怒り気味のセファローズ。
たが、私は大真面目だぞ。
それはともかく、どうやら世界樹は誤解をしているらしい。
『新入り天使』だと?
実際、顔を合わせるのは初めてだったが、まさか私を魔法の管理者と認識できていないとは。
世界樹には分からせてやる必要があるようだ。
「私は新人ではないぞ! 無も知れぬ場所で一人、崇高なる魔法を司る深淵黎明天衣団団長にして、下界では伝説として語り継がれる者、魔法の始天使マギウェル・デア・フィーネだ!」
私が声を高らかにすると、世界樹が一瞬止まった。
何かと思い様子を窺っていると、何故か枝の連撃を放ってきた。
どうやら気に食わなかったらしいな。
「うわっ……『貴様ガ魔法ノ始天使カ。我ノ子ヲ好キ勝手シオッテ』ってさ。こんなに怒ってるのは見たこと無いわ」
「好き勝手とはなんだ! マナの無限の可能性を引き出しているのだぞ! 私の魔法で救われた命がいくつあると思っている! 魔法こそ至高なのだ!」
「『魔法ナド愚行ダ。貴様ハ間違ッテイル』」
「…………何だと?」
「『我ガ子ハ我ノタメ在ルベキダ。天ノ子、人ノ子、魔ノ子如キニ利用サレルベキデハナイ。魔法ナド愚劣ノ極ミ。消エルベキダ』」
魔法を愚弄する言葉。
魔法を否定する言葉。
腹の底で手綱を締められていた怒りが、束縛から逃れようとのたうち回った。
「……違う」
「『首吊リシタ阿呆ドモト並ンデ、貴様ノヨウナ愚者ヲ始天使トスルトハ、女神モ落タナ』」
「……ッ!」
世界樹の"その言葉"に私の中で何かが切れた。
始天使や魔法だけには留まらず、あまつさえ女神デア様を愚弄するとは。
私を馬鹿にするのは億万歩譲って許してやろう。
魔法は無価値だと揶揄する者も少数だが存在する。
だが、彼女だけは、彼女を悪く言うことだけは、許せなかった。
「……フィーネ……大丈夫?」
「世界樹よ……どうやらこの私を怒らせたようだな……」
対して世界樹は嘲笑するように葉を小刻みに揺らす。
余裕綽々か。
そうだろうな。
貴様はこの私を新入り天使と見誤った程度なのだから。
「──『奇跡解放! 漆黒より深く! 閃光より輝け! 無限より来たるは我が魔法! ──【魔導書・顕現】』」
白の魔導書が応え、出現する。
私の怒りに共鳴しているのか、それは微かに震えていた。
手を振るうと頁が捲れ、「土元素・究極魔法」で止まる。
全身から手の平へマナが収束し、魔導書と結び付く。
大地の意志が刻まれた頁から詠唱が浮かび上がり、淡い光を放ちながら空を舞った。
そして、私は勢い良く地面に手を叩きつけた。
「『繁栄と守護を司りし元素、世界を背負いし大地よ。
隆起し、衝突し、結合し、起動せよ。
豊穣を刈り取る悪を、盤石を崩壊する者を排除せよ。
堅牢たる意志を以て、女神が創造せし箱庭を守護するのだ。
我が望むは天をも穿つ傀儡【岩石仕掛けの神】』」
膨大なマナが大地に沈み込み、力を与える。
轟音の中、進行する地殻変動。
揺れ動く大地は私を囲み、結束し、人の形となった。
「デウス・エクス・テラ、発進! 行くぞ、セファローズ!」
「え、え!? アタシも乗ってる!?」
超巨大な岩石人形。─
マナを宿した強固な身体は生半可な攻撃を受け付けない。
搭乗者──魔法の始天使マギウェル・デア・フィーネ、次期エルフ長老セファローズ。
暴走する世界樹を止めるべく、私たちは力強い一歩を踏み出すのだった。
備考
【岩石仕掛けの神】
「至高の魔術師」にのみ、当魔法の鍵を与えん。
概要
・詳細の閲覧を禁ずる。
発動手順
・詳細の閲覧を禁ずる。




