第12話 世界樹と散髪と微妙な仕上がりと 天界崩壊まであと700年
堅苦しい挨拶が終わり、ようやく仕事が始まる。
世界樹の根本に並んでいたエルフたちは散り散りになり、案内役セファローズだけが残っていた。
また忘れてはならないのは、世界樹の根本には刺さっている「不明遺物」だ。
先程まではエルフの列に隠れていて気が付かなかったが、奴 もまたこの場に残存している。
そして、私は「神切りハサミ」を無駄にチョキチョキさせながら、セファローズに近付いた。
「薫風吹きし世界樹の下、碧き運命の巡り合わせに感謝しよう。翠緑の語り手セファローズよ!」
「ヘ……? なんて? しかも何そのポーズ?」
「ククク……世界樹反乱の落日に生まれた子。植物に選ばれし存在……貴様は天界、というか私の中で有名だ」
世界に顕現する魔法の全てを管理する私は、その根源とも言えるマナも常に掌握している。
その中でも、特に際立ったマナの質・量を保有する者は捕捉対象として認知しているのだ。
大いなるマナは暴走や叛逆、もっと言えば世界崩壊にも繋がりかねないからな。
「いや、ぜんぜん意味が分からない……んですけど」
「む、まあいいだろう……気を取り直して案内を頼むぞ! あとコイツの説明もな!」
「え? 本当に案内するの……するんですか?」
「何故そんなことを聞く。貴様は案内役なのだろう?」
「いや、いつも始天使サマたちは一人でやってる……ますから」
セファローズは心の底から困惑しているようだった。
先程までの様子からして、案内役としての責務を果たすのはこれが初めてであり、普段は他の始天使たちに任せっきりだったのではないか、と邪推する。
まあ、エルフ族からしてみても、天地開闢から数千年の時を経て、まさかド素人を寄越してくるとは微塵も思っていなかったのかもしれないがな。
「セファローズよ、言っておくが私は世間知らずだ!」
「そんな自信満々にいわれても……」
「自信と魔法だけが私の取り柄だからな! 世界樹に関することは全て貴様に委ねるぞ!」
そう言ってセファローズの細い肩を叩こうとする。
が、ヒョイと避けられてしまった。
「ん……すまない、嫌だったか?」
「そうじゃない……です。天使サマには触れちゃいけないって慣わしがあるので」
「何故だ?」
「それは……アタシたちが無闇に触れると、純粋無垢である天使サマを穢してしまうって。常識だと思いますけど──え?」
わけの分からないことを言うセファローズの手を掴む。
そして、白の魔導書を空に浮かべた。
「そんなこと、どうでもいいではないか! 『我を導け、優しき涼風よ、病に縛られた小童、翼を失くした禽鳥、彼らの願いを叶えるのだ──【飛翔】』!」
私とセファローズの身体にマナの風が集まっていく。
微風はやがて旋風となり、二人を持ち上げた。
翼無き者たちが、かつて夢見た景色を実現する風元素の中級補助魔法だ。
「す、すごい!! アタシ、空を飛んでる!!」
「樹冠まで飛ぶぞー! 掴まってろよー!」
「キャーー!!」
こうして楽しい世界樹剪定が始まった。
──世界樹、樹冠付近。
「で、このハサミを使う理由は何なんだ?」
「え、えっと……まず全ての植物には意思があるの……あります。それは世界樹も同じで、同じなので──」
「……普通に話してくれていいぞ」
一生懸命敬意を払おうとしてくれているのは伝わってきた。
だが、あまりにも話しづらそうだ。
つっかえすぎてアホ面をしている時さえある。
せっかくの整った顔が台無しだ。
「でも、えっと……偉大なる魔法仕事人? であるマギウェルサマは下界を束ねしマナを操りし? 者でありし?」
「もういい、もういい! 呼び名もフィーネでいいぞ!」
「ほ、ホント?」
セファローズの信じられないといった顔。
私にはその感覚こそ信じられなかった。
確かに私たちは世界を管理しているが、それはそういう風に生まれたからだ。
下界には天使を信仰する者も存在するが、正直困る。
その多くが、祈りの代償に奇跡を求めてくるからな。
「私は敬意を求めぬ! だから普通でいい!」
「う、うん。ありがとう……」
「そうだ、それでいい!」
「それじゃあ説明を続けるけど、世界樹にも意思があって好みとかもあるの。で、世界樹にとっての樹冠は私たちで言う髪型みたいなものらしくて、すごく神経質になるのよ」
なるほど、髪型か。
私は寝て起きたらイイ感じになっている髪型、通称「蛇女王の魔髪」を採用しているが、星々の始天使ルキスなんかは顔を合わせる度に鏡を見ながら髪を弄り回しているイメージがある。
下界では命よりも髪を大事にする者もいる、と聞いたことすらある。
「『神切りハサミ』は世界樹お気に入りというわけか」
「うん。切り口の滑らかさがいい感じらしいわ」
「……知人のように話すのだな」
「アタシ、ちょっとだけ植物の言葉が分かるのよ」
セファローズはニコリと笑った。
いつかの聖女のように、笑顔がよく似合う女性だと感じる。
やはり天使と地の民の間に妄信的な敬意など必要ない、と私は再認識した。
──老爺のように枯れた枝、剪定中
「これを切ればいいのか?」
「うん、そういう変な奴を切っていってほしいの。マナの放散を邪魔しちゃうから」
私はハサミを両手で持ち、勢い良く閉じた。
チョキン、と小気味良い音が響く。
「地味な作業だな。わざわざ始天使がやる必要があるのか?」
「ほら……一般人がやると世界樹が嫌がるのよ」
「むう、我が儘なのだな」
天空会議場で同胞たちが「面倒くさい」と顔を歪めていた理由が分かったような気がする。
──酷く捻り曲がった枝、剪定中。
「っていうか『魔法の始天使マギウェル』って存在したのね」
「どういう意味だ?」
「逆に聞くけど、フィーネって頻繁に下界に来たりする?」
「いや、全くだな」
「やっぱりそうなんだ……アナタ、里では『伝説の始天使』って呼ばれてるわよ。無も知れぬ場所で孤独に魔法を司る始天使。唯一彼女を目撃できるのは、世界に危機が訪れた時だって」
セファローズが語る言葉の数々。
胸の奥から熱いものが沸き起こり、私は息を呑んだ。
伝説の始天使?
あまりにカッコ良すぎるではないか。
「ふ、ふん……まあ当然だな」
「いや、泣いてるし」
──理に逆らい下方に伸びる枝、剪定中。
「世界樹の葉というのは、万病を治す薬になるらしいな。少し貰っても良いか?」
「ダメよ。世界樹の力が外に流れてしまうと世界のバランスが崩れちゃうから。いくら天使サマでも、それがルールなの」
セファローズの言う通りだな。
大いなる力は生命を狂わし、争いを生むに違いない。
「そうか……私の思慮が足りなかったな」
「でも──」
「ん?」
「──剪定中に落ちた葉の1枚や2枚、どこかにいっても誰も気が付かないわよね」
視線を逸らし、口を尖らせるセファローズ。
「ああ、確かに。気を付けないとな」
「そ、そうじゃなくて! アタシが黙っといてあげるから、持っていってもいいってこと!」
「ならそう言ってくれ……分かり辛いぞ!」
「……アナタの詠唱の方が分かり辛いでしょうが」
そう言うセファローズを横目に、世界樹の葉をしっかり2枚取り、服の中に仕舞い込んだ。
──幹から直接伸びた元気印の枝、剪定中。
「フィーネってさ……かなりカワイイわよね?」
「な、何を言うか!」
「天使サマって顔整いばっかだけど、フィーネは頭一つ抜けてるっていうか……カワイイ顔してるわよ」
世界が作られ、生命が作られた時。
女神デア様は最初の生命として、自身を模した存在を作られたそうだ。
麗しい金髪と純白の肌を持った肉体を作り出し、同じ空を飛べるよう翼を与え、愛の印として光の輪を授けた。
そして、最後に「天使」と名付けて生命を吹き込んだのだ。
この世で最も完璧で美しい女神デア様。
彼女を模倣した外観をしている我々も美しいのは当然だ。
しかし──
「私はカワイイのではなく、カッコいいのだ!」
「いや、カッコよくはないわよ」
「ぐぬぬ……その言葉は……禁忌だぞ」
「アタシが言うのも何だけどさ、色白でスタイルもいいし、もっとカワイイ服を着たらいいのに。そういう悪い魔女みたいなのじゃなくてさ」
「それは駄目だ……女性らしい服は、他の始天使や、私の守護天使バニーとキャラが被る……」
天界においてキャラ被りは御法度だ。
ただでさえ「金髪」と「天使」が被っているのだからな。
魔法とマナ以外のことを覚えるのが苦手な私は、正直言って始天使以外の天使たちの区別が付かない程だ。
「へぇ……アナタには守護天使がいるのね。ちょっと意外かも」
「固定観念の解放により、我等は宿命に導かれたのだ……」
「相変わらず何を言ってるのか分からないけど……たしかフロスウェル様はいないのよね?」
「ああ、確かそうだな。自然、感情、重力、捕食の始天使は守護天使を従えていない。必要無いのだろうな」
そもそも守護天使の存在に実用性は(一部を除いて)無いに等しく、言ってしまえば始天使のお気に入りみたいなものだ。
バニーを見れば分かると思うが、かなり自由な地位にある。
実際に世の為に役立てているは星々管理局くらいだろうな。
それでも咎められないのは始天使の庇護下にあるからだ。
とは言え、バニーはその……なんというか少し危ういがな。
「フィーネの守護天使かぁ……見てみたいな」
「き、機会があればな……個性的だが良い奴だぞ」
今頃火酒を呷りまくっているだろう守護天使を羨ましく思う私だった。
──逞しい枝の影に隠れていた歪な枝、剪定中。
「アタシさ……次期長老なんだって」
そろそろ話題も少なくなり、沈黙の割合が増えてきた頃。
セファローズが突拍子も無いことを言ってきた。
「長老」と言えば世界樹の守り人エルフ族の長であり、「勇者」、「魔王」、「教皇」などの名だたる面々と並ぶ称号だ。
私の琴線に触れる単語だし、胸を張っていいことだと思うが、当のセファローズの表情は暗い。
「……何か不満があるのか?」
「うーん……アタシ、本当は旅に出たいの。結界の外を見てみたいのよ」
遥か彼方の地平線に目を向けるセファローズ。
その碧眼に映し出された蒼穹は悲しげな蒼さをしていた。
「出ればいいじゃないか」
「フィーネってば、簡単そうに言うわね?」
「世の中のことは思ったより簡単だ。案外、不可能というものは可能になると思えば可能になるのだぞ」
下界の魔法を見ていると特にそう思う。
地の民は魔法を「高等技術だ」と評価し、詠唱の解析や改良を進めている。
だが、それは間違いだ。
魔法とは心の力。
魔法を使いたいという気持ちが大事なのだ。
好きなこと、やりたいことを難しく考える必要はない。
「ねえ……アタシと一緒に来ない?」
「ん」
「フィーネとなら何だって出来る気がするの。変かな」
セファローズは小さくそう言った。
わざわざ声の音量を抑えたのは照れているのか、怖がっているのか、はたまた別の理由か、私には分からない。
だが、陽光に照らされた彼女の横顔は美しかった。
その輝きは、かつて暗雲が立ち込める天界で見出した守護天使と似ている。
「いや私も──」
と言いかけたところで、言葉を飲んだ。
身体が揺れている。
初めは風の仕業かと思ったが、そうではない。
森が、大地が、マナが震えていた。
「フィーネ……!! それ……!!」
鼓膜を突き破るほどの叫声。
セファローズの指差す方を見れば、立派な枝が幹から離れ、下に落ちていくところであった。
これまでのように歪な枝だけを切るつもりが、逞しい枝までも巻き込んでしまったらしい。
「あ」
「『あ』じゃないわよ!! 世界樹が怒ってるわ!! この世の終わりよ!! 皆まとめて殺されるわ!!」
「い、いや……も、元に戻しますから……」
慌てて白の魔導書を開いたが、魔法発動には至らなかった。
目にも留まらぬ速さの"何か"に身体を打たれ、地面に叩き尽きられてしまったからだ。
何が起こった?
巻き起こる土煙の中で、何故か濡れている口元。
不思議に思い拭うと、真っ赤な液体が付いていた。
そこで私は初めて己の血の色を知るのだった。




