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一流冒険者の部屋

 

 神竜隊によって作られた魔術学校の塀に綺麗に空いた穴。その穴の前では、二人の神竜隊が身動きを取れずにいた。


「ちょ、なんなのよこの氷!? これじゃ身動き出来ないじゃない!」

「……右に同じく」


 二人の足にこびり付いた氷は、転送者の身体能力でも決して壊れることはなかった。


「どうやら、ティオネアの言っていた脅威とは君たちのようだね。僕様の護衛依頼も、高くついたものだよ」


 ――時は少し遡る。

 

 ナシストは、始まりの地にあるギルドで一流冒険者として活躍している転送者だ。


 彼はこの世界で出来た唯一無二の親友が魔術学校を満喫していると知り、依頼の達成も兼ねて、もうすぐ開かれる文化祭のためにお忍びで観光に来ていた。


「ナシストちゃ〜ん! 置いていかないで〜!」

「ああ、すまなかったティオネア。少しはしゃぎ過ぎてしまったようだね」


 彼のレインボーのネクタイは揺れる度に周囲の人々の目に止まっている。

 彼の視線の先には、酒瓶を片手に持って千鳥足で近づいてくる彼の依頼人であるエルフの姿があった。


「んもお〜! 今回はアタシの護衛依頼なのにい〜。ナシストちゃんは、少年のことしか考えてないわけえ〜?」


 ティオネア・ルミナスは飼い猫であるジョセフィーヌを肩に乗せてピンクの短い髪を揺らし、ナシストの方をニヤニヤしながら軽く睨んでいる。


「すまなかったって。僕様は、思っていた以上に頼来のことを気にかけていたようだ」

「依頼料も払ってるんだから〜、アタシとのデ・エ・トを楽しみましょ〜! そのためにテラを置いてきたんだから〜」

 

 テラとは、テラファネア・ルミナス。この魔術学校で教師をしていたが失踪したエルフだ。

 彼女は学術都市から失踪していた期間に主の声に従って始まりの地へ赴き、街唯一のエルフであるティオネアの部屋を清め、生活習慣の指導をおこなっていた。


「それにしてもテラったら、どうしてあんな風になったのかしら。元々人間嫌いで、ヒステリックなところはあったけど、『これも竜のお告げよ〜!』なんて言う子じゃなかったのに」


 ティオネアはニヤニヤした笑顔のまま酒瓶を煽る。急に上がった肩に、思わずジョセフィーヌは飛び退いてどこかへ去っていった。


「ティオネアが逃げるように僕様をモノレールに乗せようとしたのはそういう経緯があったのかい。それじゃあ、もうすぐそのエルフもここに辿り着いてしまうのではないかな?」


 始まりの地から学術都市までのモノレールは一本道で、途中駅はない。ティオネアがモノレールに乗ったことがバレれば、どこにいるのかなどすぐに分かってしまう。


「ふっふっふ。安心してちょ〜だい! あの子は私の部屋にしっかり閉じ込めてきたわ! 何千にも及ぶ魔術回路の迷路。一歩でも間違えればドカンとあの世行きよ〜!」


 エルフはこの世界では上位種と呼ばれるだけあり、大気中の魔素の扱いに長けている。人間の使う補助魔法は全てエルフたちが使役する魔法生物で代用できる。

 その魔法のセンスから、エルフは特有の魔法を作り出してきた。音楽再生魔法・生徒粛正魔法・起爆型爆発魔法など、その種類は多岐にわたる。


「やれやれ。始まりの地が君たちのせいで大惨事にならないといいのだけど」

「言っておくけど、アタシは悪くないわよ〜。テラがアタシの部屋を荒らしたせいなんだからね〜」


 まるで他人事のように語るティオネアは、ナシストの腕に纏わりつく。


「まったく。エルフというのは、こんな方々しかいないのだろうか?」


 ナシストはこの世界のエルフに疑問を抱きながら歩みを進めていこうとする。

 しかし、ティオネアが歩みを急に止めたせいで、ナシストの体は急に引っ張られた。


「どうしたんだい、ティオネア? 何かあったのかい?」


 転送者すら引き止める力にナシストは驚きながらも、ティオネアに要件を尋ねる。


「ナシストちゃん。少し寄り道するわよ」


 ナシストの体は更に引っ張られて、道に放り出される。転送者である僕を容易く引っ張るその力は、上位種の格に相応しいものがあった。


「……アタシは獣人(ビースト)の子を救助するから、目の前の『脅威』はお願いね」


 ティオネアは、ナシストを置いて走り去っていく。彼女には先ほどまでのニヤニヤした笑顔はなく、全てを見通しているかのような暗緑色の瞳をしていた。



 ――



「ふざけんなっての! さっさとアタシたちにへばりついた氷剥がせし!」

「右に同じく」


 二人の転送者はナシストが張った氷に悪戦苦闘し続けている。


「はじめに襲ってきたのは君たちじゃないか。僕様が道を尋ねたら遠慮なく『僕様を消す』魔法を放ってくるなんて、明らかに異常な連中だ」


 その異常な連中を氷で足止めしているお前の方が異常だと東は内心思いつつ、左に立つ仮面の男、北崎に指示を出す。


「……バレてるなら隠す必要もないっつーの。北っち、アイツもう消しちゃっていーよ」


 本来ならシヤベリを倒した未知の存在である平野頼来への奇襲として考えていた手段を、東はここで使うことに決める。


「……『多重複写(マルチプル・コピー)』」


 北崎は仮面を被った自身と同じ存在を何十体も出現させる。それぞれが意思を持ち、片手をあげてナシストに突っ込んでいく。


 円状にナシストを囲い、中心へと迫るくる北崎達。しかし、ナシストは揺らぐことなく足に力を加えて、地面から氷を突き出させる。


「おおっとすまない、僕様は親友とレディ以外からのスキンシップはNGなんだ」


 地面から勢いよく生えてきた氷のつららに突き刺さった何十体の北崎はその姿を消していく。しかし、一体の北崎が触れていた場所にあった氷のつららは、一瞬のうちに消えていた。


「なるほど。君の能力は、近づく物質を否定してるんだね」


 ナシストは消えた氷の感覚から、北の能力を判断する。


「あったりー。北崎の『手』は、近づいた物質が分子レベルで拒否して離れていく! 要するにアンタは、北崎の手に触れたら死ぬってわけえ!」


 ナシストが交戦中に氷の足止めを剥がし切った東は、魔術学校の塀の外にようやく出てくる。


「あれえ? オマエって確か、始まりの地の一流冒険者とかアホなこと言いふらしてるナシストじゃね?」

「おや、僕様のことを知っているのかい? どうやら僕様の知名度も上がってきたようだね」


 ナシストは自慢げに氷の上を滑って決めポーズをするが、地面に倒れて笑い転げている東は見向きすらしていなかった。


「キャハハハッ! オモシロい冗談でアタシを笑い死にさせるのはやめてよね〜! 始まりの地で燻ってるスキル一個持ちのクソ雑魚転送者が、魔族との戦いに加わらずにひっそりと生意気なことしてるとは聞いていたけど、こんな奴だったなんてねえ!」


 二人の堕ち勇者は先ほどまでの警戒心を全て無くして、蔑んだ目でナシストを嘲笑っていた。


「アタシたちが駆り出された戦場の最前線に、怖くて行けなかったクソ雑魚勇者。アタシたちにとってアンタなんて、相手にする価値もない。さっさと『平野頼来』を殺して帰ろう、北っち」

「……右に同じく」


 二人の転送者が神竜隊になるまでに経験したこの世界での惨劇は、鮮明に記憶に残っていた。元の世界の記憶と天界での記憶を失った今では、二人に残っていた記憶は地獄絵図しかなかった。


 行動する理由も覚悟も違う雑魚に興味をなくした二人は、本来の目的のためにトンネルへと歩を進める。


「!!?」

「!? な、なになに? なんなのお!?」


 二人の堕ち勇者はトンネルにできた氷に思わず立ち竦む。発生原因である男へと振り返ろうとした身体は、全身が氷に覆われて、二つの柱になる。


「……僕様が何を言われたって構わない。それらはむしろ、目立ちたい僕様の良い宣伝になるからねっ!」


 ナシストは凍った二人組の前に足を滑らせながら移動した。


「でも、僕の親友には……」


 ナシストは地面から勢いよく氷を発生させ、二つの氷の柱を蹴り飛ばす。氷柱は蹴られた箇所を変形させて、鋭く尖った槍となり、依然氷漬けになっていた二人組の腹を穿つ。


「僕様の盟友の名前が出てしまった以上! 君たちを進ませることは出来ないな!」


 氷の槍で穿たれて真っ二つに折れた二つの氷柱。氷柱が崩れ、魔術学校の塀に触れる。塀から発生した電撃は、二つの氷柱を光らせた。

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