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実験室の部屋③


 勇者転送用の魔法陣を目前にして、僕は後ろから割り込んできた人を避けたせいで再び腰を痛めていた。


「……エランス、悪いんだけど肩を貸してくれ」

「その演技、またやるの? 演技するにしてももう少し恥ずかしくないものにした方がいいわよ」


 文句を言いながらもエランスは僕に肩を貸してくれる。演技じゃないので、恥じらいも何もない。


「別に恥ずかしくないよ。本当に腰が痛いんだって」

「はいはい。そういうことにしておきましょ」


 不意に後ろから男の人の奇声が聞こえたからびっくりして、腰が抜けてしまったのだ。だからエランス、そんな雑に腕を引っ張らないでほしい。


「全く。いきなり私の作った魔法陣に突っ込んできて、何者なんですか?」


 ロジーさんは魔法陣の中に入り、僕より先に魔法陣に突っ込んだ人物を外へと引っ張り出す。少し苛ついているせいか救助も雑だ。


「キャ……キャキャ……」


「あー、こいつはダメね。魔法陣に仕掛けた毒にやられている。あなたを襲ってきた辺り、いわゆる『堕ち勇者』ってやつかな?」

「……この人が、エランスの言ってた人なんだね」


 僕は、堕ち勇者と言われた男の顔を覗き見る。先ほどから「キャキャキャ」としか言ってない。ロジーさんはこの魔法陣が毒だと言っていたが、この中に入ると言葉すら忘れるのだろうか?


「……実はこれはね、転送用の魔法陣じゃないのよ」


 ロジーさんは痙攣している堕ち勇者の人を介護しながら、僕たちに真相を語ってくれた。


 ロジーさんが言うには、この世界にやって来た勇者、転送者の多くは以前の世界への無念や後悔を持っていたそうだ。

 彼らのためにロジーさんは、以前の世界に何かを送れる魔法陣と偽り、この魔法陣を作り出したらしい。


「この魔法陣自体は、単なる趣味で作った侵入者撃退用の魔法陣よ。転送されてきた勇者たちの辛そうな顔を見てたら、私に出来ることをしてあげたいって思っただけ」


 ロジーさんは研究室の隣の部屋にあった倉庫を見せてくれる。そこには、勇者たちの以前の世界への想いが込められた贈り物が綺麗に整理されて置かれていた。


「……やっぱり。未だに転送用の魔法陣は、解析には至れていなかったのね」


 僕の隣で、勇者たちの贈り物を眺めていたエランスがぽつりと呟く。


「ごめんなさいね。機械人同士の『情報共有』で定期的に魔法陣の解析をしているのだけれど、神の雷による情報統制のせいで大きな進展はないわ」


「気にしないでください、マダム・ロジー。ここには、勇者としての心構えを学びに来ただけなのです。彼にとっても、以前の世界と向き合う良い時間になりました」


 エランスはロジーさんに丁寧な挨拶をしている。


 ……呆然と立ちすくんでいた僕は、ロジーさんに一応確認することにした。


「つ、つまり……前の世界に物を送る手段は……な、ななな、ないってことですかあ!?」


 僕は腰の痛みを忘れて、ロジーさんの両腕に縋り付く。白衣越しに掴んだ両腕は金属の硬さを持ちながらも、生き物としての温もりを感じた。


「ええ、ないわ」


 ロジーさんは温かい体温に似合わない冷たい言葉を僕に浴びせてくる。……え? それは話と違うんですが。


「諦めなさい平野。これは以前の世界との決別。未練を残したままこの世界で戦わせないための、マダム・ロジーの優しさなのだから」

「エランス! 君は言ったじゃないか! 僕とファウンドの家賃問題に協力してくれるって!」


 僕は始まりの地でエランスと二人きりになった時に、ファウンドの家賃問題を一緒に解決してくれる約束をしていた。

 エランスは素直じゃないが、約束だけは必ず守ってくれると信じていたのに!


「はい、そこまで。とりあえず、この堕ち勇者を保健室まで運ぶのを手伝いなさい」


 ロジーさんは僕の反論を遮り、先ほど魔法陣に突っ込んでいった堕ち勇者を僕に担がせ、腰に容量を超えた衝撃を伝えてくる。


 ――神の雷が降り注いだ。


 それは、人間には到底抗えないほどの脊髄へと走る電撃だった。果てには記憶すらも吹き飛びそうな程のその衝撃は、エランスたちが話していた神の雷の特徴と完全に一致していた。


 ……そうか。グラウンドでの一件も、全て女神のせいか。


 僕は、腰に響く神の雷のあまりの強烈さに意識を失ってしまった。


 ――


「ふふ。私のことなんて気にしなくても良いのに、平野さんは本当に律儀な方ですね」

「あ、はい」


 僕は保健室でうつ伏せになり、真っ白な枕に顔を埋めていた。白紙に戻ってしまったファウンドの家賃問題をすぐにでも解決したいが、神の雷を受けた体は、僕のいうことを聞かない。


「ふーん。平野はウールのことが大好きなの……ねっ!」

「!! 痛ったあああ!」


 僕の腰に、エランスから勢いよく放たれた湿布が貼られた。……僕の大事な腰を治療してくれるのは嬉しいが、もっと優しくして欲しい。


 それにしても、またこうして腰を痛めて保健室に来てしまうとは。このままじゃ、ここが若い子のための保健室じゃなくて、年老いたおっさんの介護室になってしまう。早いとこ治して、保健室から出よう。


 

 ――


 

「えー。猿渡と上江州のやつ、やられてんじゃん。まじウケる」

「右に同じく」


 魔術学校の塀越しに、二人の堕ち勇者は戦闘を覗き見ていた。


「てかー。あの獣人ヤバくね? アタシの『目』でも追いつけないとか速度とか、イカれてるってー」

「右に同じく」


 魔術学校の塀は他種族の知恵が集まったものだ。当然透視など不可能となっている。

 しかし、彼女の持つスキルにはそんなもの、ただの透明なアクリル板に過ぎなかった。


「まー、やられちゃったならしょーがないか。アタシたちで仇討ち済ませちゃおー」

「右に同じく」


 猿渡が目標に近づく前に倒されたのは予想外だったが、立ちはだかった獣人とは相打ちになっていた。目的を阻むものが消えた彼女たちは、計画をそのまま遂行する。


 二人の堕ち勇者はそのまま塀に正面から向かい、仮面の男が片手を塀につける。すると、魔術学校の塀は、二人から離れたいかのように綺麗にトンネルを開けた。


「平野頼来……シヤベリっちの恨みを晴らさせてもらうかんね」

「右に同じく」


 二人の堕ち勇者がたった一人の大罪人を処刑に向かう。

 しかし、トンネルを潜る前に一人の男から声をかけられる。


「お二方、魔術学校への道を尋ねてもいいかな? ()()がもうすぐ文化祭をするんだ」

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