実験室の部屋②
学術都市にある魔術学校の三階。目的もなければ立ち入らないような隅に置かれたその部屋で、僕とエランスは機械人の女性と遭遇した。
「ごめんなさい、ロジーさん。研究室の中なら誰かいるかと思って、勝手に入ってしまいました。この研究室は勇者転送の魔法陣を調べていると、僕の親友から聞いたもので」
僕はロジーさんに無断で部屋に入ったことを謝罪する。僕としたことが、もうすぐ家賃問題が解決できると思って浮かれていたようだ。
「あら? もしかしてあなたが、オーレが伝えて来た『悪魔の日を終わらせる者』かしら?」
「いえ、違います」
「はい。彼が最強の勇者です」
僕の全力の否定は、エランスの言葉によって打ち消されてしまった。これ以上僕のことを変な名前で呼んで揶揄うのはやめてほしい。
エランスなんて僕の呼び方が「最強の勇者」に変わっている。そんなに僕を辱めたいのか?
「なるほどね。あなたが来ることは、事前にオーレが共有してくれていたわ。それにしても、随分遅い到着ね。聞いていたほど、切羽詰まっている訳ではなさそう」
「そんなことはありません。ただ、宗教の妨害が酷かったのもあって、ここまで来れなかったんです」
この学校の三階は今まで立ち入り禁止だったのだが、最近通れるようになっていた。エランスが言うには、神竜教の妨害が弱まった影響らしい。
「ふーん。……テラファネアの暴走は、君の仕業だったんだね。あの勇者嫌いだったテラファネアに指示を出すなんて、流石はオーレが見込むだけの勇者ではあるようだね」
ロジーさんは研究室の明かりをつける。暗くてよく見えなかったが、棚には実験で使うような器具が数多くあり、テーブルの上には何十冊ものノートが散りばめられていた。
「オーレ氏の知り合いということは、ロジーさんは始まりの地を創り上げた一人なのですか?」
エランスがロジーさんに出自を尋ねている。そういえばキントさんは何人かで始まりの地を創り上げたと言ってたっけ?
「その通りよ。始まりの地に転送された勇者を保護する施設は、私の『クリエイティブ』よ」
ロジーさんは、キントさんと同じ経緯で人間に協力しているらしい。
……それにしても。やっぱりキントさんみたいに、創作物のことをクリエイティブって言うんだ。
「始まりの地には長く滞在していたけど、勇者が転送されてくる魔法陣がどこにあったか、全く分からなかったな」
始まりの地にそんな施設があったなんて初耳だ。どうして誰も言ってくれなかったのだろう? ……まあ、勇者自体には興味はなかったけど。
「当然よ。勇者が転送されてくる魔法陣は場所が定まっていないもの。始まりの地に転送されることが多いけど、人間の領域ならどこにでも転送されてくるわ。平野をあの南の草原で見つけたのだって、私が女神から予言を聞いたからよ」
そうだったのか。始まりの地には何ヶ月かいたけれど、ナシストから転送の話を聞くまで、勇者関連の話は僕には縁がなさすぎて全く調べなかったな。
ロジーさんは魔法陣に近づき、近くにあったコンピューターを操作している。
「……魔族にだけは、転送の魔法陣を見られるわけにはいかない。グデーン国の王族と、我々機械人は徹底的に秘密主義を守り切るため、始まりの地を中心に女神の神殿が存在する何箇所かに巫女を配置した。いつでも女神の予言した転送に対応出来るようにね」
ロジーさんは話しながらも、キーボードを操作する手が止まっていなかった。
「そういうことよ。魔族が執拗に人間を襲うのは、この世界を創り出した女神の情報を得るためなの」
「それなら。こちらの世界に来た転送者だって、魔法陣の場所くらい覚えてるんじゃない? 天界にいるっていう女神? との会話を覚えているくらいなんだから」
以前ナシストは僕に、天界にいるという女神から見放された話をしてくれた。
女神の存在は怪しいけど、ナシストがあれだけ鮮明に覚えているのなら、この世界に転送されてきた時の記憶だって当然あるはずだ。勇者じゃない僕だって、初めてこの世界に来た時の洞窟を覚えているのだから。
「覚えてはいるでしょうね。……でも話せないのよ。それが、女神と交わした契約なんだから」
ロジーさんはモニターを見ていた白い目をこちらに向けてくる。手だけは変わらずキーボードを操作している。
「あなただってそうでしょ? 転送者は女神からスキルを与えられた時点で、既に女神の僕となる。迂闊に転送されて来た魔法陣の場所なんて話そうものなら、神の雷が転送者を裁く。実際何度もこの目で見てきたのだから、間違いないわよ」
ロジーさんは点滅する白い目を指差した。ロジーさんの瞳はその言葉に真実がないと伝えてくる。
僕は衝撃の真実に驚愕してしまい、思わずエランスを見る。
僕の驚いた顔を見たエランスは、真剣な表情を僕に向ける。
「もちろん、転送者だけじゃないわ。魔法陣の場所を広めようとした者は種族に関係なく全て、神の雷を受けているわ」
……この世界ってそんなにヤバい所だったの? 迂闊なこと喋ったら種族関係なく空から雷が降ってくる。そんなことを聞かされては、これからファウンドとゆったり観光なんてできたものではない。
「……神の雷って、受けたらどうなるんですか?」
神が自分の居場所を暴露されて怒り狂った場合どうなるのか、気になったので一応ロジーさんに聞いておく。
「当然ただじゃ済まないわ。普通の人間や私たち機械人は即死。身体強化を受けている転送者や上位種なんかは記憶喪失になるくらいね」
……なに? その独裁的な世界。女神は慈悲というものがないのか?
僕の恐怖した顔を察したのか、エランスは優しく応えてくれる。
「安心して平野。女神に対して叛逆の意思を示さない限り、私たちに雷が降ることはないわ。これまで通り、女神から託された責務である魔族の殲滅だけを続けていれば、問題はない」
……なんの解決にもなってないぞエランス。そもそも僕は、宗教の人を好きで倒しているんじゃない。毎回あちらから寄ってきて、ファウンドを馬鹿にしてくるから倒しているだけだ。よく分からない女神は関係ない。
それに、もしも女神がキレて雷を降らせようとも、僕には譲れないものがあった。
「……でも、僕はどうしても転送の魔法陣を使わないといけないんだ……!」
ファウンドの家賃一生分の入った金貨を、どうにかして以前の世界にいる管理人さんに届けないといけない。もし金貨を届けた結果、女神の居場所が判明して、女神がキレて神の雷を降らしてきても全力で避けてやる。
僕は目の前の魔法陣へと歩みを進める。どうやらこれが転送用の魔法陣のようだし、ここに金貨を入れたら、あとは完璧な部屋とのゆったり観光ルートまっしぐらだ。
「待ちなさい平野頼来! その魔法陣はあなたにとって毒でしかないわ!」
僕が雷を省みずに魔法陣を使おうとするのをロジーさんは必死に止めようとする。必死すぎて雷のことを毒なんて言い間違えている。
「……ロジーさん。僕は決めたんだ。これからもずっとファウンドと過ごしていくって。そのためなら毒だろうが雷だろうが、僕は全て乗り越えてやる!」
僕は真っ直ぐ魔法陣に進んでいく。不気味に輝くその魔法陣は、まるで僕の覚悟を試しているかのようにゆっくりと回っていた。
僕はその挑発に受けて立つため、ゆっくりと魔法陣に手を伸ばしていった…………
――
「キャッキャッキャ! 平野頼来ううう!! 俺様たちの恩師をおおお!! よくも殺してくれたなあああ!!」
「わ、危ね」
いきなり大声を出した人が僕が先程いた場所を通り過ぎて、先に魔法陣に突っ込んでいく。
僕はいきなり後ろから大声で叫ばれて、思わず体を捻ってしまった。……これ、また腰やったかなあ。




